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2019.04

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04/18のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/jCKq8xCZM8 火炎の頭立等も有るが 戦国期に同様の物が有るとしても 単純な形状なのかだが
04-18 09:07

https://t.co/fz4u8vwhuN こう言う後部が太い15世紀のランスは 下馬戦闘時滑らせては突けないだろうが 逆側での打撃力は有ると言う事なのかだが https://t.co/2xW3beyhD0 15世紀初期辺り迄の直線的なランスは滑らせていたのかだが
04-18 09:29

ランスもポールアーム同様の 樫よりは強度が低いヨーロピアンアッシュ製なのかだが 先端の補強は無いから ロングソード等で切断される例も有ったのかだが
04-18 09:31

https://t.co/1bWKeGdKtp 15世紀後期のフロワサール年代記のランスも直線的だが 16世紀ではこうした物は軽騎兵用以外無いのかだが
04-18 11:44

https://t.co/E8zacstzVG >若き大将となった資時は、船匿(ふなかくし)城に籠城して波のように押し寄せる元軍相手に小勢で必死の防衛戦を繰り広げましたが、最後は家来数名を引き連れて元軍に果敢に切り込み、何本もの毒矢を受けて壮絶な最後を遂げた、と伝えられています。
04-18 14:04

少弐資時は海上で戦死したと言う意見も有ったが 少弐資能も昼間船を攻撃をして焙烙でやられた可能性も有るのかだが
04-18 14:06

https://t.co/a1q3OWGY3Y >少弐資時が、何処で討ち死にしたかについては諸説あり、「壱岐島前に於いて討死」、「元軍の船から発された火砲の弾が当って死んだ」、「居城の船匿(かくし)城で全滅」、「ショウニバツケ(少弐畑)」   少弐資時が焙烙でやられた可能性は 有ると言う事なのかだが
04-18 14:12

https://t.co/LbR1XdUnGP >この石築地は、最も頑強な部分で高さ3m、幅2m以上ともされており、日本側が守備する内陸方面からは騎乗しながら駆け上がれるように土を盛っており、元軍側の浜辺方面には乱杭(らんぐい)や逆茂木(さかもぎ)などの上陸妨害物を設置していた
04-18 14:31

乱杭・逆茂木は蒙古襲来絵詞の防塁付近には無い様に見えるが 実際は存在していたと言う事なのかだが
04-18 14:31

>海路から東路軍を攻撃した伊予の御家人・河野通有は元兵の石弓によって負傷しながらも太刀を持って元軍船に斬り込み、元軍将校を生け捕るという手柄を立てた[283]。
04-18 14:37

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04/17のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/1UillwSJBS 汗を流す管から 髭が出る面頬も有るが 実戦は考慮していない物なのかだが
04-17 09:30

https://t.co/kFnW0uzvGn >よく見ると、槍の形でもそうなのですが、薙刀の形って相手に突き入れた瞬間に捻るんですよね。ボクシングとかで当たった瞬間に手首を返すって言うでしょう。ちょうどそんな感じで突き入れた瞬間にえぐるんですよ。
04-17 11:12

>本当にそんな突かれ方をしたら、相当なダメージがあるだろうなぁって  刀でこうした捻る突きと言うのは見ないが 実際は行われていたのかだが 板金鎧でも鎖の無い足にこうした事をやられば 致命傷に成ると言う事なのかだが 細い切っ先で脇部等の鎖を貫通した後に 捻られる例は有ったのかだが
04-17 11:19

https://t.co/MuySPHSQNh 左に薙刀の捻る突きが有るが 幅広で湾曲した薙刀等で捻られれば 腿部等でも致命傷に成ると言う事なのかだが
04-17 11:20

突きが浅く共捻る事でダメージが大きく成ると言う事かも知れぬが そうした例は何処迄有るのかだが
04-17 11:25

https://t.co/u0XyVKUQHC >肥後古流長刀 >刃四尺(約一・二メートル)、柄四尺の長刀棒(現代なぎなたより二十センチほど長い)を使う。  刃長1.2m等と言うのは 南北朝期以外は余り無いのかだが
04-17 14:39

https://t.co/79oY9VRxDR >長崎父子一所に打寄て魚鱗に連ては懸破り、虎韜に別ては追靡け、七八度が程ぞ揉だりける。  https://t.co/yynCn7wpOy 太平記の虎韜の陣と言うのは 左の包囲の為の物なのかだが 戦国期には有るのかだが
04-17 17:06

>鎧の袖引ちぎり、草摺あまた切落し、太刀をも鞘に納つゝ、左右の大手を播ては、此に馳合彼に馳替、大童に成て駈散しける。   素肌武者迄では無いが 袖や草摺を排除して戦っている例は 戦国期にも有るのかだが
04-17 17:50

https://t.co/vIV6t9Am61 同時期に作られたかも知れぬ船出具足には佩楯や脛当が有るが 村上水軍以外は重装だった可能性も有るのかだが https://t.co/vJADyk3syk
04-17 19:23

https://t.co/qnQUZ32kRL 一方で蒙古襲来絵詞の日本の騎馬武者は 脛当は無い様にも見えるが 果たしてどうなのかだが
04-17 19:27

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04/16のツイートまとめ 

boukenkyuu

ノートルダム大聖堂で大規模な火災 パリ https://t.co/iFMkzImYus https://t.co/wXDb5HmLWD ノートルダムも仏革命で 可也破壊されたと言うが 構造材等は完全に古い物と言う事なのかだが
04-16 09:30

>ファサードを装飾する彫刻、屋根の塔、その他多くの部分は、19世紀のゴシック・リヴァイヴァル期にウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクによって大幅に改装されたものである。  と有るが 14世紀以前の部分は 何処迄有るのかだが
04-16 09:33

https://t.co/Y882Hce1im >袖搦(そでがらみ):室町時代に中国から日本に伝わった  と有るが https://t.co/L0tJFQW1Yc 左では見当たらないだろうか
04-16 10:11

https://t.co/6ifpH2Fl7H 袖絡も左程度の長さで 長く持てば船上でもつかえ難いのかだが
04-16 10:47

https://t.co/QAKwyO3iRx 戦闘用の袖絡は 左の様に槍的な部分が長い可能性も有るだろうし 銘が入る物は全て戦闘用と言う事なのかだが
04-16 11:04

中国にも袖絡は有ったが 捕物専用であり戦場での利用は無い可能性も有るのかだが
04-16 11:07

https://t.co/QecWLHKw7D 分銅鎖装備の袖絡は戦国期に有るのかだが 15世紀辺りの鎖鎌登場後に出て来たと言う事なのかだが
04-16 11:17

船上で使われる長物の石突は 味方に当たる危険を考慮して鈍い物が多いのかだが 薙刀はどうなのかだが
04-16 11:19

村上海賊の娘だと 袖搦は帯に掛けているが 滑り込ませられなくは無いのかも知れぬが 袴に巻いて絡めて 腕力が有れば持ち上げる事も出来るのかだが https://t.co/grdHq6VHkB
04-16 11:24

熊手の代用として袖搦は使えるかも知れぬが 熊手が此れに全て置き換わった訳では無いのかだが
04-16 11:27

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04/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

長篠以前は 飛び道具を持つ兵のみが前方等に抽出される例は有ったのかだが https://t.co/oUQI8GFhmp >赤松是を聞て、三千余騎を三手に分つ。一手には足軽の射手を勝て五百余人小塩山へ廻す。   太平記の左の場面では 足軽の射手が500 射撃に優位な山に抽出されていると言う事なのかだが
04-15 12:15

https://t.co/5GWCg1Oyco 腹の出た16世紀末の伊予札丸胴は 小札のサイズは左のブリガンダインよりは小さいが 札は左よりは固定的かも知れぬが この程度の打撃なら耐えるのかだが
04-15 12:48

時代在銘鎖鎌/武具武器/宍戸 梅軒 https://t.co/65OFXBaFi2 銘が入る鎖鎌だが 古い物なのかだが
04-15 13:33

貸し刀には加工に手間の掛かる樋は無いと言う事なのかだが 樋でやや強度は増すと言う意見も有るが 果たしてどうなのかだが
04-15 13:40

https://t.co/MHJlFdR9cs >ちなみに刀を振ると「ピュッ」と風を切る音が聞こえるかと思いますが、これは樋の存在によるところが大きいです。その為夜間の戦いなどではこの音を嫌い、樋がある刀は使われなかったとも言われています。  忍者用の刀には 樋は無いと言う事なのかだが
04-15 13:41

https://t.co/nkOFSXzRNN 貸し刀も薩摩拵同様に 目貫は無いのかだが 騎馬武者用刀も目貫付近を握る構えを利用する場合は 目貫が無い方が良いのかだが
04-15 14:05

https://t.co/5IbScZ3jWs とは言え手を付けて持つ場合でも 目貫の干渉は何処迄有るのかだが
04-15 14:11

https://t.co/tYzke4Wtla 天井の低い安宅船内等でもこうした斬撃は 装甲の無い部分には多用されていたのかだが
04-15 14:21

https://t.co/e9IsbMuLmr 雑兵物語の貸し刀の鞘は革製の様だが 返角は有るのかどうだが
04-15 14:31

この貸具足は三成家中の物と言うなら 関ヶ原でも使われたのかだが 関ヶ原時点でもこうした平坦な二枚胴の貸具足なら 多数派では無いとしても 精鋭部隊等の一部には有ったのかだが https://t.co/ZdTTDG7gTN
04-15 15:29

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04/14のツイートまとめ 

boukenkyuu

南部馬の大型の物なら アラブ馬同様の400kg程度の体重は有るのかだが 指揮官用の馬はこうした物が多いのかも知れぬが 一般騎馬武者は利用していたのかだが 乗馬戦闘を多用する関東の馬廻辺りなら多いのかだが 西国の馬廻はどうなのかだが
04-14 10:06

https://t.co/zMiuvzsbvg 腰刀もシミター程湾曲は無いし 打刀より湾曲していない物さえ有るが モンゴル的に馬を走らせて斬ると言う事は 中国の騎兵では少なかった故なのかだが
04-14 11:41

https://t.co/vgqPGfoxu8 モンゴルの剣も 一部湾曲が浅い物も有るが 歩兵用と言う訳でも無いのかだが
04-14 11:45

https://t.co/4pskpdLd0k 左の南北朝期の大太刀なら 一部のモンゴルの剣程度の湾曲は有るかも知れぬが 馬を走らせての斬撃を考慮していると言う事なのかだが 乗馬戦闘の多い関東では室町期でもこうした物は残ったのかだが
04-14 11:56

https://t.co/X1HABQ3y6D モンゴルの剣よりトルコ的なシミターの方が湾曲が強い物が多い様に見えるが 此れはモンゴル馬よりアラブ馬の方が高速故に 湾曲を強くする必要が有る故なのかだが 直剣型シミターも有るが 歩兵用なのかどうかだが
04-14 12:04

https://t.co/lF5NkAJuKw >また瀬戸内海賊の村上氏の戦闘砲や砲術をまとめた「合武三島流船戦要法」に船中での戦では槍では後先がつっかえて不便であり、太刀打ちで船首から船尾まで斬ってまわるべきであるとあり、
04-14 12:14

>河川回路の運航に関わりのある武装集団を中心として発達したのが徒歩「太刀打ち」であり、そのための「大太刀」とも考えられる。  レパントの海戦の絵でもスペイン・トルコ両軍は槍は無く剣+盾が多いが ボーディングパイクの様な短槍なら利用されていると言う事だろうか
04-14 12:15

日本の海戦でもボーディングパイク的な短槍が利用された可能性は有るのかだが 蒙古襲来絵詞で振るわれる船上の薙刀は 通常サイズより短いのかだが 元軍の槍はどうなのかだが
04-14 12:16

三尺五寸(1.06m)の刃長の大太刀を船内で使う場面も 村上海賊の娘に有るが https://t.co/cGlPxFQrJ4 レパントの海戦の絵には https://t.co/UAv5JUrxHa 更に長いモンタンテが船上で振るわれる例も有ると言う事だろうか https://t.co/n2exzQuKiA
04-14 12:30

モンタンテを狭い甲板上で使う技も有るから 海戦で此れが使われた事は確実と言う事なのかだが 船内でも同様の技が使われたのかだが 安宅船船内でこうした技が使われる例は日本で有ったのかだが https://t.co/KJWlM8lpH0
04-14 12:43

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