FC2ブログ

Category

2020.02

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29  

02/18のツイートまとめ 

boukenkyuu

家康の次男・秀康にゆかり 津山郷土博物館保管の甲冑:山陽新聞デジタル|さんデジ https://t.co/uzQrv2Bcng
02-18 11:59

長く赤い兜蓑は https://t.co/brqam1EdCt 松平忠直の物も有るが 具足本体も含め果たして古い物なのかだが
02-18 12:04

https://t.co/YwdFyTYPvj 抗倭図巻だと 明の水兵にも甲冑は有るだろうか
02-18 12:33

https://t.co/tQ43xh1HxB 藤牌兵の帽子に見える物も 内部に鎖等が仕込まれる例も有るのかだが
02-18 12:49

https://t.co/GLQWoOrxOY 藤牌兵もこうした銃兵の鉄兜は 運動性を重視して被らないと言う事なのかだが
02-18 12:55

https://t.co/aUFeWeXiWc 明銃兵も鳥銃利用の者は 戚継光の兵の場合は苗刀を利用するが 通常の兵には無いと言う事なのかだが 三眼銃利用の者は銃で打撃をしていたのかだが
02-18 12:59

RT @50gallery: 2月4週の営業日のお知らせです。今週は20(木)が臨時休業、他は日月祝休みの通常営業の予定です。写真は #小林清親 「明智左馬之助光春」。#明智秀満 が #琵琶湖 を馬で渡る有名なシーン。浮世絵として様々な絵師が描いていますがこの一枚は構図も色合…
02-18 13:05

https://t.co/mdZvc9WTDH >なお、安土城の留守を守っていた明智秀満は、山崎の戦いでの敗戦を知ると、坂本城に入っています。伝説では、坂本城に急ぐ戻るため、琵琶湖を馬で渡ったとされていますが、もしかしたら、船に馬も載せていたと言う事かも知れません。
02-18 13:19

https://t.co/A2DbqAcLM2 >光秀の敗死を知った秀満は坂本に引き揚げようとしたが、大津で堀秀政の兵に遭遇した。秀満は名馬に騎して湖水渡りをしたということになっている。 >騎馬で湖水を渡ったという逸話の初出は『川角太閤記』であるが[10]、真偽は不明である[4]。
02-18 13:21

明智秀満が琵琶湖を馬と泳いだと言う話は https://t.co/WzCI9565Nh 江戸初期の川角太平記の物と言う事だろうが 此れは一部史料として利用される物では有ると言う事だろうか
02-18 13:31

続きを読む

02/17のツイートまとめ 

boukenkyuu

日本に拐が入っていたとしても 両手持ちの長拐しか無いか 短い拐が入っていたとしても単体で利用するのが基本だった可能性も有るのかどうかだが
02-17 12:16

RT @tkatsumi06j: 米医師「コロナウイルスの感染は温暖な気候でも続くだろう」と推測。優れた保健衛生制度のある🇸🇬シンガポールで日中約30℃でも感染が増え続けていることから「#コロナウイルス は新型故か温暖な気候でも感染を続けるだろう」と推測。「これでは交叉免疫は発…
02-17 13:13

SARSもシンガポールで増えては居ただろうが 今は無いと言う事だろうか
02-17 13:16

https://t.co/QSmomqwGqn https://t.co/ISfIsXZ9ow 火遁の術を使う里見八犬伝の犬山道節は 火と龍の紋の有る服を着ている例も多いが 此れは火遁の術に関連付けられた物なのかだが
02-17 14:15

https://t.co/vEvLdyezpZ 桃山期でも火と龍が入る胴服が有るが 火遁の術が得意な忍者がこうした物を着ていた可能性は有るのかだが
02-17 14:18

https://t.co/bkUZnXSwbh 犬山道節の服も 龍だけでは無く雲や青海波紋が入る例も有るが 龍と関連付けられた物と言う事なのかだが
02-17 14:27

https://t.co/FpM9Iofseq 地域ごとの雨季インドネシアおよそ 10月 - 4月東アフリカおよそ 3月 - 5月(大雨季)と 11月 - 12月(小雨季)日本およそ 6月 - 7月(梅雨)と 9月 - 10月 (秋雨)フィリピンおよそ 6月 - 10月
02-17 14:59

雨で新型肺炎ウイルスが消滅と言う説も有るが インドネシアは現在雨季だから 感染が0なのかだが 0では無いと言う説が多いだろうか
02-17 14:59

https://t.co/yIRx0sYGHA >シンガポール/マレーシア 11~2月   雨季のシンガポールでも 大量に感染者が出ていると言う事だろうか
02-17 15:08

Check out Japanese TACHI Sword Yukimitsu幸光 1415AD Samurai Katana Nihonto, HORIMONO Carving https://t.co/Kz2YNabfN0 1415年にこうした幅の広い彫り物が 有ると言う事なのかだが
02-17 15:23

続きを読む

02/16のツイートまとめ 

boukenkyuu

RT @kamaeatte: ホイス&シャールズ・グレイシー著「ブラジリアン柔術 セルフディフェンステクニック」という本。ブラジリアン柔術というと寝技のイメージが強いけど、本書に載っている103の技術のうち立った相手を寝技に持ち込むものが6つだけなのを見ると、試合と路上の護身で…
02-16 14:12

RT @kamaeatte: その6つにしてもフルネルソンやヘッドロックからの脱出等やむを得ず用いるものばかりで、相手を積極的に寝技に引きずり込もうという意志はないらしい(ただし相手が寝技を仕掛けてきたときの対処法はいくつかある)。また頭突き、平手打ち、肘打ちなど打撃も多彩で、…
02-16 14:13

路上格闘でも敵が一人しか居ない状況では 寝技は使われると言う事かも知れぬが 戦場でそうした状況は余り無いと言う事だろうか 味方に数的優位が有る場合で 複数の敵が自分に来ないと見た場合は合戦図にも有る様な寝技が使われる例も有るのかだが
02-16 14:16

平治物語絵巻・六波羅合戦巻や川中島合戦図で 敵を組み伏せて首を取ろうと言う時に他の敵にやられている描写が有るが 現実にはこうした事は特に騎馬武者は警戒しており 雑魚兵以外では余り起きなかった可能性も有るのかだが https://t.co/es8g7K8xpn
02-16 14:41

馬上での組討時にも 敵の数の方が多い場合は他の敵にやられる危険が高く成ると言う事だろうか
02-16 14:45

1対多の状態でも 敵を投げて囲まれぬ様に移動するスペースを作ったり 敵と短時間組んで他の敵への盾にすると言う例は有るのかどうかだが
02-16 14:46

https://t.co/GTtaAKjEOG 合気道では1対多でも相手を瞬時に投げる或いは倒す事で 制圧する技も有るが 古流柔術には有るのかどうかだが
02-16 15:02

こうした技で囲まれない様に移動するスペースを作るだけでは無く 敵を他者にぶつけて 混乱させる事も出来ると言う事だろうか
02-16 15:07

簡単に投げられる雑魚を強い者に投げ付け 混乱させている間に倒すと言う様な例も有るのかどうかだが
02-16 15:13

密集した雑魚兵に雑魚を多数投げ込めば 大混乱に陥ると言う事なのかだが
02-16 15:23

続きを読む

02/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

周囲に倒れた敵味方が居ない場合は 片方の敵を倒し刀を奪うか 離脱して味方から刀を貰うと言う方向なのかだが 敵の脇差を倒す前に奪うと見せて フェイントを掛け攻撃と言う方向も有るのかだが
02-15 11:54

現代武術や創作武術とされる物の中に 古い時代には有ったが失伝している技と同様の物が 相当数有る可能性も有るだろうが 複雑な物は少ないと言う事なのかだが
02-15 13:23

現存している古流の外国武術の技の中に 日本の古流武術の失伝した技が有る可能性も有るだろうし その逆も言えると言う事なのかだが
02-15 13:28

あずみの京極配下の忍者は 頭を剃っている者が多いし僧兵的だが https://t.co/ljZSbMQwBb 太平記の畑時能の配下には 所大夫房快舜と言う 忍者的に鎖帷子を着て夜間襲撃もする者が居るが 僧兵の配下にもこうした者が相当数居たのかだが
02-15 13:46

僧兵は刀狩りで消えたと有るが 以後も寺院の警護要員は居たと言う事なのかだが 武装は長い刀は無いが 長物は持てたのかだが 突棒等の警護具に限定されていた可能性も有るのかだが
02-15 13:53

https://t.co/XuJLqVtIJA >大坂の陣の際、徳川家康軍が法隆寺から大坂に向かう途中、金地院崇伝・儒者の道春など3人が鎧を着けて挨拶に来た。「自分の幕下にも3人の法師武者(僧形の武士。僧兵)がいる」 そう言って家康は笑った。
02-15 13:54

僧兵的な格好をした法師武者は刀狩り後も戦闘員としては居たのかだが 寺院の警護はしなかったと言う事なのかだが
02-15 13:56

あずみの天海は僧兵を多数率いているが この時点で僧兵は無いが 私兵に相当数の法師武者が交じっていたと言う可能性は有るのかだが https://t.co/Ugtz0gg4MQ
02-15 14:05

法師武者は僧兵的に袈裟を被る者も居ると言う事かも知れぬが 浮世絵の僧形をして鎧を着ている武田信玄や上杉謙信の様に 僧兵よりは派手な格好をしている例も有ると言う事なのかだが
02-15 14:11

https://t.co/rUwC77wOiy >衆徒 >一般的に学侶よりも下位、行人よりも上位とされ、寺院内の警備や管理運営などの実務なども扱った。 中下級の貴族や武家・荘官などの出身者が多かったため、武術などの心得を持つものもあり、武装化して僧兵を構成したのもこの身分が中心であった
02-15 14:17

続きを読む

02/14のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/sXJ71pWeWx https://t.co/R7smywHODU 平治物語絵巻・前九年合戦絵巻に有る騎馬武者の下馬戦闘では イケ盾は利用されていないし 下馬戦闘が多くなる状況以外では馬には積まなかった可能性も有るのかだが
02-14 09:18

南北朝期には騎兵が下馬時にのみ射撃している例が多いが この際は馬に積む盾では無く 歩兵用の垣盾を利用していたと言う事なのかだが 一部の騎射をする騎兵も 下馬時には垣盾を利用していた可能性も有るのかだが
02-14 09:53

室町期だと騎兵は弓をほぼ利用しなく成り 一部の騎射をする兵も下馬時は垣盾を利用していたと言う事なのかだが
02-14 09:56

https://t.co/7JdK0cHEdt >騎馬武者は母衣を前にたらし矢を防ぎ、板の楯も使用した様子。  一方で打物騎兵が 馬上で盾を利用する例は室町期でも有ったのかだが 馬鎧も併用されていたのかどうかだが
02-14 09:59

銃が出た後はそうした盾や 馬鎧も減っていたのかどうかだが
02-14 10:00

https://t.co/jifjQk15oI 盾が無い場合左の前九年合戦絵巻の様に木を利用して 日置流より伏せ気味で矢を放つ例も有るのかどうかだが
02-14 10:13

男衾三郎絵詞の様に 隠れる地形が有る場合は此れが利用される例も有ると言う事だろうか https://t.co/699FPpcsxY
02-14 10:17

皮盾も蒙古襲来絵詞や男衾三郎絵詞に描かれる様な 袖が無い騎兵が利用していた可能性も有るのかだが 歩兵は垣盾を利用していたと言う事なのかだが
02-14 11:39

https://t.co/hZ8VNUjoC2 そうした袖の無い騎兵が皮盾らしき物を利用している例は見ないが 室町期でも銃が出る前なら 一部利用されていた可能性も有るのかだが 銃が普及した後ではどうなのかだが
02-14 11:50

https://t.co/5oIeqaohER 下馬しての打物戦でも そうした手盾は法然上人絵伝や十二類合戦絵巻の様に利用されていた例も有ると言う事なのかだが 銃が出た後は減ったと言う事なのかだが
02-14 11:57

続きを読む