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2017.10

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04/22のツイートまとめ 

boukenkyuu

大日本絵画 日本甲冑史 引用1  http://t.co/JIXw6JuFey 満智羅を具足の上に装備している 徒武者が書かれて居るが こうした事に意味は有るのかだろうし 此れは短い陣羽織の間違いの可能性は無いのかだが
04-22 16:14

大日本絵画 日本甲冑史 引用2  http://t.co/PnrScsp1Cu 前に見たこの牛頭形兜には 後立は無かったが 後立は推定の可能性も 有るのかだが
04-22 16:15

大日本絵画 日本甲冑史 引用3 http://t.co/w1vpSOVMln 足軽が伏せ撃ちしている合戦図は 確か有っただろうが 被弾率を下げる為に行われたのかだが 予備のカルカを携帯している絵等は見ないが 西欧のマスケット銃兵も確か装備していた訳だろうか
04-22 16:22

https://t.co/HugAI8a7AD 左の続きだが 火縄も1時間で40cm燃えると言うから 予備の切火縄は 恐らく一時間も保たないと言う事かも知れぬが
04-22 16:24

大日本絵画 日本甲冑史 引用4 http://t.co/4sTXOXYOle こちらでは 火縄の火が消えた場合は 火縄掛の火を移すと有るが 此れは時間が掛かるかも知れぬし 緊急時は火縄を付け替えた可能性も有るのかだが
04-22 16:30

https://t.co/E1BiNKrcJh 左の続きだが カルカも フリードリヒ大王が使用した鉄製の物とすれば 予備も携行せず共良かった可能性も有るのかだが 此れは日本では 使用されたのかどうかだが
04-22 16:56

大日本絵画 日本甲冑史 引用5 http://t.co/GQLlWplTK6 石落としからの銃撃と言うのは 何処迄行われたのかだが 銃も銃身が必要以上に長いと 抵抗で精度が低下すると言うが 火薬を多目に入れればどうなのかだが
04-22 16:59

大日本絵画 日本甲冑史 引用6  http://t.co/X80dnoef3P 此処に有る158cmの銃と言うのは スペイン等の同時期のマスケット銃と 同程度の重量だろうし 運搬に2名も用いたのかだが テルシオと異なり備は機動性を重視するから 2名用いた可能性も有るのかだが
04-22 17:19

大日本絵画 日本甲冑史 引用7 http://t.co/nI3A9b0EyU  槍を梯子としている図も有るが 通常の3m等の素槍では長さが 足りぬと言う事は無いのかだろうし 6m等の槍でもどうなのかだが
04-22 17:24

大日本絵画 日本甲冑史 引用8 http://t.co/38ITJ4Jpjz 敵の槍足軽も 突きでは無く打撃を狙って来ると言う事では無いのかだろうし 上の様な戦術は有り得たのかは疑問も有るだろうが
04-22 17:26

https://t.co/zRwDxs0BR0 左の続きだが 足軽の士気は 最前線でいきなり戦える程 高いのかだろうし イラストとは逆に 騎馬武者が先に戦闘して 敵の騎馬武者が崩れた後で 槍足軽が突入する可能性も有るかも知れぬが
04-22 17:29

https://t.co/P6VGpB3M0J 左の続きだが ローマ歩兵やテルシオも 前衛は精鋭兵や 倍給兵だろうし 仏騎兵も突撃は重騎兵から行い 軽騎兵は此れの後の突入だろうから 備も同様だった可能性も有るだろうが 銃は精鋭部隊と雑魚が同時に 射撃していた可能性も有るだろうか
04-22 17:32

https://t.co/RvclnQMalD 左の続きだが 備の銃撃戦も 士気の高い精鋭の徒歩或いは騎馬銃兵が 先に発砲して 敵銃兵が崩れて来たら 足軽も銃撃した可能性は無いのかどうかだが 竹束や塁等の防護が有る場合は 全員同時に射撃していた可能性も有るのかだが
04-22 17:36

雑魚である武家奉公人が 一部の合戦図に有る様に 盾を最前線で構える事等していたのかだろうし 徒歩武者が此れを運搬している絵も有る訳だろうから 前線迄は武家奉公人が運搬し 最前線では徒武者が此れを構えた可能性も 有るかも知れぬが
04-22 17:40

大日本絵画 日本甲冑史 引用9 http://t.co/MIDkI6ZmGr 槍足軽が絵の様に騎馬武者を阻止する等 恐らく不能だろうし 下馬或いは乗馬した騎馬武者・徒歩武者以外では困難かも知れぬが 敵の騎馬武者が崩れた後なら 前線で支援も可能と言う事かも知れぬが
04-22 17:51

大日本絵画 日本甲冑史 引用10 http://t.co/qxlZleqJYS 鳥羽毛の母衣と言うのも こんな形状では 矢を止められるのかだろうし 出典は何なのかだが 大熊手もこの様な形状なら ハルバード等より敵を掛け易いかも知れぬが こうした物は現存しているのかだが
04-22 18:05

https://t.co/Lq6cXUg5P5 左の続きだが 伊勢貞丈は 母衣で正面方向の矢を止めているが 同様の使用法は母衣が籠で固定される前の南北朝期以前には 有ったのかどうかだが
04-22 18:13

大日本絵画 日本甲冑史 引用11 http://t.co/AqaZkjpQEr 羽団扇の付いた母衣等も 有る様だが 室町期の籠が付く前の母衣は 棒が付いていた訳だろうか
04-22 18:20

大日本絵画 日本甲冑史 引用12  http://t.co/D0vOcLWA9l 一丈二尺の金砕棒等は 足軽用なのかだが 刺股も書かれているが 此れは戦場で使用されたのかだが 鎖鎌の様な物も書かれて居るが 鎖は熊手同様に 柄を防護する為の物かも知れぬが
04-22 18:27

大日本絵画 日本甲冑史 引用13  http://t.co/KBYL3Yznee 巨大な指物・前立の有る徒歩弓侍等も居たのかだが 数は100も居たのかどうかだが 長大な指物も森林内等では 外されていたと言う事では無いのかだが
04-22 18:36

大日本絵画 日本甲冑史 引用15   http://t.co/FD8PeXFYjR 指物に付ける紐等 絵では見ないし 何処迄使用されていたのかだが 鎧の輪も采配を付ける為の物と言う記述が 有った訳だが
04-22 18:40

大日本絵画 日本甲冑史 引用17   http://t.co/3ui1lQ6aYh中国大返しの際 草摺や袖を括って足軽が走っていたと言うのは 事実なのかだが パイクマン甲冑や倍給兵の鎧で同様の事は 行われたのかどうかだが
04-22 18:50

http://t.co/6KdO3MiflO http://t.co/W5LI4Ng8i3 http://t.co/kGoEJZTeH8 足軽も冬は具足の下に 袷を着ていると言うし 此れは大阪冬の陣図屏風には 多数書かれて居るが 夏の陣図屏風(黒田屏風)には 無かったかも知れぬが
04-22 19:02

https://t.co/625jxxrraU 左の続きだが 大阪夏の陣図屏風(黒田屏風)では 夏用の四幅袴を見ないが 此れは4-5月に行われて居るので 夏服の出番は無かったと言う事かも知れぬが 春秋に使われたと言う 股引も見ない訳だが
04-22 19:16

大日本絵画 日本甲冑史 引用22 http://t.co/kGoEJZTeH8 額に合印等を書いている 足軽等も居たのかだが 此れはオーガスのチラム兵を想起させるが オーガスが此れを参考とした可能性も 有るのかだが 戦国期の絵で此の様な物は 見ない訳だが
04-22 19:23

https://t.co/7w5kGpT5Lm 左の続きだが 騎馬武者でも冬は 袷を着る必要は無いのかだが 防寒用の陣羽織を着ている者も居るが 此れの無い者は具足の下に鎖帷子や満智羅等を装備して 熱を貯めている可能性も有るのかだが
04-22 19:36

大日本絵画 日本甲冑史 引用23 http://t.co/uGVqxyKAiZ 騎馬武者の場合は 冬は具足下袴を着ると言うが http://t.co/Ig35TCbsXl 左に有る様な長袖の具足下着・直垂も 冬使われていた可能性は無いのかだが
04-22 20:44

大日本絵画 日本甲冑史 引用25 http://t.co/Oo5XerCYSG 此れは15世紀の 結城合戦絵詞の一部だが 騎馬武者が四幅袴を装備している様に見えるし 佩楯も無いが 四幅袴を夏に騎馬武者が装備して居る例は有るが 現実にはこの上に佩楯が有った可能性は無いのかだが
04-22 20:48

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