スペインサッカー協会 新監督にデル・ボスケ氏を任命
http://www.afpbb.com/article/sports/soccer/soccer-others/2418384/3133842
アラゴネスと似た様な
レアルマドリードの様な個性派集団を纏められる監督を
選んだと言う事だろうが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%82%B1
>しかしリーガ優勝を達成した翌日、クラブ首脳部は突如
>デル・ボスケとの契約を更新しないことを発表した。これ
>はデル・ボスケがフェルナンド・イエロを始めとする選手
>たちと共にクロード・マケレレの年俸アップを要求してい
>たこと、新しい「銀河系」デビッド・ベッカムについて不要>だと意見したことが原因と見られている。ちなみに当事ス
>ポーツディレクターを務めていたホルヘ・バルダーノは
>「成功を収めている時でも時に変化することは必要であ
>る」と発言し、当事の会長ペレスは「デル・ボスケは疲労
>を見せていた。正直に述べるが、我々は、彼は将来的に
>適切な監督ではないと考えている」「デル・ボスケの経歴>は伝統的なもの。我々はより戦術を重要視した人物を探
>している。我々が築いているチームは違うキャラクターを
>持った監督によって、より強力になるだろう」と述べてい
>る[1]。
>デル・ボスケが監督を務めていた4シーズンの間、レア
>ル・マドリードは毎シーズンビッグタイトルを獲得し、リー
>ガ優勝2回、チャンピオンズリーグ優勝2回(4シーズン連
>続ベスト4以上)、インターコンチネンタルカップ優勝1回
>など、クラブ史に残る黄金時代を謳歌した。ペレスが提
>唱した「ジダネス、パボネス政策(スター選手とカンテラ
>出身の選手の融合)」の成功はデル・ボスケの手腕によ
>るところが大きく、国内外のスター選手とカンテラ出身の
>若手選手が混在したロッカールームを巧みにまとめ上
>げ、一つのチームとして機能させていた。また何があっ
>ても動じず冷静沈着であり、選手たちの人望も厚かっ
>た。デル・ボスケ以後のレアル・マドリードは3年間で7人
>の監督が指揮を執ることとなり、次のタイトルは2007年
>にファビオ・カペッロによってもたらされたリーガ・エスパ
>ニョーラ優勝まで待たねばならなかった。そして皮肉にも
>ペレスは辞任。
デルボスケがレアルマドリードを辞めた理由は
当時は良く分からなかったが
守備的ボランチのマケレレを軽視していたクラブへの
反発も大きかった訳だろうし
クラブの収入源であるベッカムを無用と見たのが
決定的だったと言う事かも知れぬが
デルボスケも選手を纏める能力は兎も角
アラゴネス程の采配能力は果たして
有るのかどうかだが
- [2008/07/16 12:21]
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