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2021.09

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03/23のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/qy3ilSqW5g 第一次木津川口の戦いでやられた 和泉国の真鍋水軍に焙烙火矢が無いとすると 文禄役の藤堂高虎の紀伊水軍にも無い可能性は有るのかだが
03-23 12:40

https://t.co/wflKVnuctn 村上水軍は伊予水軍の一派とすると 慶長役の藤堂高虎の伊予水軍には 焙烙火矢が有る可能性も有るのかだが
03-23 12:42

RT @inuchochin: @SagamiNoriaki @NamakuraKenshi @toshiemonn 動画で「頭ががら空き」と言ってましたが、それが狙いなのでは…と思ってしまいました。
03-23 12:56

イタリア的な下段構えは ハーフソード主体の甲冑剣術では基本では無いだろうし 素肌剣術で上を打たせる為の物と言う事なのかだが 脇構え的な真の鉄の門がイタリア式の基本構えなのかだが 剣道の上段同様に 敵が近い時は使わないと言う事なのかだが https://t.co/KMuI4cVO46
03-23 13:18

RT @yawaratukai: @inuchochin @nuigurumirobo @NicholasP_NPC 鈎は二種類有るように思います引っ掛けるだけの鈎布に刺さる尖った鈎写真は四国の無想新流の尖った鈎ですね紙縒りは、禅家流では三寸縄と言いますが…自分の太…
03-23 13:23

亀井茲矩の因幡水軍も焙烙火矢は 無いと言う事なのかだが 唐項浦の戦いで同行していた得居通幸(来島通之)の村上水軍の焙烙火矢は 亀甲船等に効果的に利用されたのかだが 3000石とすると手勢は 可也少ないと言う事だろうか
03-23 13:29

RT @inuchochin: 鎧と脇構え、どの程度関係あるか興味あります。たしかに甲冑来ていれば防御のために太刀を差し出す必要は減りますし、セイガンの利点は小さくなりそう。 https://t.co/cCJSjttR24
03-23 13:32

RT @NamakuraKenshi: @inuchochin しかも頭がら空きってのが、1番堅い兜で守られるという場合によっては相手の上段や袈裟に対し、その攻撃で空く脇近くを狙えそうな?
03-23 13:32

戦国期や此れ以前の合戦図で甲冑装備の者の脇構えと言うのは 無かった様に見えるが 上段・正眼は有っただろうか
03-23 13:34

https://t.co/bsswxJxxQv 甲冑相手のハーフソードだと 上段で剣先を前とする構えが基本なのかだが
03-23 13:39

https://t.co/h3O3B1wSsG 津軽屏風でも 鎧装備の者の上段ハーフソードは有るが 左手は西欧の様に逆手では無いと言う事なのかだが
03-23 13:42

https://t.co/cfUgLid4y8 津軽屏風だと ハーフソードでは無い上段の構えも 目立つと言う事だろうか
03-23 13:56

https://t.co/itpe6epSPl 一方で完全鎧装備の試合だと 上段のハーフソードは余り使われていない様に見えるし 稀にハーフソード以外も使われるだろうか
03-23 14:01

上の試合だと下方から掌が突かれている例も 割に多いが 脇が下方から突かれている例が一番多いのかどうかだが
03-23 14:05

掌が保護出来るクローズガントレットも ハーフソードで前に成る左手には 装備されるのかどうかだが
03-23 14:08

片手打ちを回避されて 両手打ちでやられている様にも見える描写が 黒田屏風に有るが 現実の構えを反映しているのでは無く やられている表現の形式の可能性も有るのかだが https://t.co/Y9ZaXRq8sc
03-23 15:12

https://t.co/pUENzkfonc 漆川梁の海戦は払暁攻撃だったと言う記述も有るが https://t.co/L6OdV5DvjD 懲毖録だと攻撃は夜半だったと有るだろうか
03-23 16:00

>藤堂・脇坂・小西・島津豊久らの船団で、彼等はここで軍議をこらした。ここから漆川梁は二〇㌖に満たない。七月一五日を期して、月明に乗じて水陸両方面から襲撃することにきめた。   夜半の奇襲攻撃では有るが 月明かりは出ていたと言う事なのかだが
03-23 16:06

>この戦いに日本軍は敵船二百余隻を捕獲、焼かれ沈んだもの数知れず、敵の死傷者は無慮数千といった大勝利であった。   100隻等が 焙烙火矢で焼かれていた可能性は有るのかだが
03-23 16:24

漆川梁の地上軍も島津軍には焙烙火矢は無いかも知れぬが 小西行長の軍には有ったのかどうかだが
03-23 16:35

津軽屏風でも 正眼の構えは有ると言う事なのかだが 手前の倒れた敵を 斬撃した直後の状態と言う可能性も有るのかだが https://t.co/KTp2Rj7p85
03-23 17:37

https://t.co/ICjJF3iNkV 津軽屏風と同時期の成立かも知れぬ 戦国合戦図にも正眼の構えは有るし 秋夜長物語絵巻・真如堂縁起絵巻にも有ると言う事だろうか
03-23 17:38

15世紀の芦引絵には 正眼の構えが此れ以外にも多数有るが 津軽屏風以前にハーフソード的な構えは 見ない訳だが https://t.co/iMVjoUwVTK
03-23 18:49

https://t.co/fo6D9OMLBu 14世紀初期の法然上人絵伝では 刀を屋内で短く持つ事を考慮してか 鍔元を左手で持つ構えが有るなら ハーフソードもこの時点で有り得るのかだが
03-23 19:02

小西行長の水軍も 第一次木津川河口の戦いの真鍋同様の 和泉水軍とすると 焙烙火矢は無い可能性も有るのかだが
03-23 20:04

https://t.co/tGGREbmDNe 小西行長だと摂津や小豆島の水軍が 多いと言う事なのかだが 後者は村上水軍拠点に隣接するから 焙烙火矢が多い可能性も有るのかだが
03-23 20:09

https://t.co/SdEUXiqNGK >秀吉の部将・小西行長は室津を中心に活動し、小豆島の水軍も率いていたようである。小豆島は四国の長宗我部攻めの拠点にもなっている。>秀吉の朝鮮出兵の際には小豆島でも船の建造が行われている。小豆島の船大工に動員がかけられたものと思われる。
03-23 20:42

RT @rokuhara12212: 先にuPした法住寺殿な武将墓から出土した鍬形。右は本来の形に戻したものです。12〜13世紀、承久の乱前の頃に活躍した被葬者の所用したものだと思われますが、それは誰だったのでしょう? https://t.co/Ji8E2BHdT3
03-23 21:29

鎌倉期の龍の象嵌の有る鍬形は 南北朝以降も有るのかどうかだが https://t.co/BWmDL62TLT 左の様な龍の蒔絵の有る前立は 此れの影響は有るのかどうかだが
03-23 21:35

RT @kamaeatte: 黒田家譜の石垣原合戦の記事より、井上九郎右衛門と吉弘嘉兵衛の一騎討ちの部分。体格で劣る井上は不利だったが、吉弘の槍は井上の鎧の胸板に当たって止まり、井上の槍は内兜に入って十文字の横手が吉弘の頬を傷つけ兜の緒を切った。兜が吉弘の視界を覆ったところを井…
03-23 21:53

https://t.co/8L63g8VuP0 サレットでも頬当未装備の場合は ベルトが切断され前にずれて 視界を損なった例は有るのかどうかだが
03-23 22:00

https://t.co/11ETNW8q4C >平安期龍前立鉄黒漆塗十二間筋兜金角小札金糸威二枚胴具足の完全修復この鍬形には龍が彫られるが 南北朝期等にこうした物は有るのかどうかだが
03-23 22:24

https://t.co/Iyo7OIJWuz やぐら的な照尺装備の阿波筒も有るが 500m程度は狙撃していたのかだが
03-23 23:05

https://t.co/RiKb3iEPSo >画像は、阿波筒の照門についている照尺だ。阿波筒系の銃には良く見られるが錆びていて、これを照門から離して立てたことはない。しかし、木製のものよりははるかに進んだもので、一度立てた、照尺の高さで距離が調整できる。
03-23 23:12

https://t.co/XFFTkJQzZU こうしたインド的な長銃は 照尺的な物は装備されるのかどうかだが
03-23 23:28

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