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2021.09

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09/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/KdICads1Jx >我は紺の襖に欵冬の衣を着て、夏毛の行騰を履(はき)、綾藺笠を着て、征箭卅許、上指雁胯二並指たる胡録を負て、手太き弓の革所々巻きたるを持て、打出の太刀帯て、腹葦毛なる馬の長七寸許にて打はへ長きが極たる一物(いちもつ)の進退なるに乗て、軍の員を計ふれば、
09-15 11:46

今昔物語・25巻5話の平維茂も 敗北して甲冑を失った後は 鎧無しで傘や襖・行縢を装備して戦闘していると言う事なのかだが
09-15 11:55

https://t.co/7QZOPafkUr 前九年合戦絵巻だと 傘を装備している騎馬武者も描かれるが 騎射戦時には兜は装備していたと言う事なのかだが
09-15 12:06

前九年合戦絵巻には 陣太鼓的な物も有るが 元軍の影響で使われる様に成った可能性は有るのかだが https://t.co/Pka3ftenL0
09-15 12:16

蒙古襲来絵詞の元軍の太鼓とは 可也違う物である訳だろうか https://t.co/AnSvIwCYTX
09-15 12:27

https://t.co/D8hmTIQCVx >陣太鼓 >軍陣で、軍勢の進退を指示し、士気を鼓舞するために打った太鼓。軍鼓。古代より、鉦(かね)とともに用いられ、奈良時代、軍防令(ぐんぼうりょう)には、各軍団ごとに角笛とともに鼓(太鼓)2面を置くと規定され、また即位式の式官の陣の参集の合図に用いられた。
09-15 12:40

>しかし実際の普及は、組織的に集団を指揮する戦法を必要とした戦国時代からであろう。  >しかし陣太鼓という語は古い文献になく、その制とともに近世に成立したと思われる。同時に軍学者により種々な打ち方も唱えられたが、本来はさほど複雑なものではなかったのであろう。
09-15 12:54

>引き太鼓、掛り太鼓、押し太鼓などは、その合図の打ち方の呼称である。   陣太鼓は元軍とは無関係なのかだが 余り使われなかった物が元寇後増大した可能性は有るのかだが
09-15 12:54

奈良期には有った鉦や角笛は 以後も戦場利用されていたのかどうかだが
09-15 12:56

https://t.co/TgPHjJQzgF >信春は前進の「寄せ」の他、隊列を正す「序」を3種類に分け、部隊を急いで移動させる「急」を2種類に分け、敵を攻撃する「破」を3種類に分けて、合計で9つの伝令を伝えられるように工夫したのです。これは護身の秘呪である臨兵闘者皆陣列在前の「九字」と同じ名で呼ばれ、
09-15 13:19

こうした細かい陣太鼓の合図は 現実の武田軍には無かったと言う事なのかだが
09-15 13:19

https://t.co/OFsavpopCa トルコのメフテルの場合は 軍に指令を出すのには使われたのかどうかだが
09-15 13:44

>なお、現在演奏されているメフテルの楽曲は19世紀後半以降に作曲され第一次世界大戦中に演奏されていたものを基礎としているが、これらは既に西欧諸国の軍楽を逆輸入して西洋音楽の影響を色濃く受けており、イェニチェリ廃止以前のものとは異なると言われる。
09-15 13:45

軍に指令を出す様な曲が有ったとしても 此れは現在では失われていると言う事なのかだが
09-15 13:46

https://t.co/Bu8ORr00l7 1323年の聖徳太子絵伝だと 可也大きな陣太鼓が使われるが 籠城戦・陣地戦用の物なのかだが
09-15 13:55

https://t.co/cTDdR64Dpw 15世紀の聖徳太子絵伝だと 垣盾の背後から乗馬した騎馬武者が 矢を放つ場面も有る訳だろうか https://t.co/jdZ3vhMG3r
09-15 14:28

騎馬武者が肩に弓を掛けた儘 斬り込もうと言う場面も有るが こうした形で弓が安定するのかだが https://t.co/MGpmJ0sRF9
09-15 14:31

https://t.co/XhOi4jclRO 左の足利尊氏の肖像画の下絵の様な形で 弓は肩に掛かっていた可能性も有るのかだが
09-15 14:35

下でも弓は 肩に掛けているのかどうかだが https://t.co/3IfddVhQkf
09-15 14:43

https://t.co/FCzG7nde3c 鎌倉期の聖徳太子絵伝だと 太平記の野伏が山岳戦で多用する 設置式の一枚盾が描かれるのかどうかだが https://t.co/mmPOsBLhIR
09-15 14:52

15世紀の聖徳太子絵伝では 兵が松明で建物に火を付ける場面も有るだろうか https://t.co/xwzvcO3d23
09-15 15:11

https://t.co/Os1vqcxfHt 南北朝期の聖徳太子絵伝だと 歩行戦でも袖を矢に対する盾としている例が描かれるが https://t.co/6TynYMDtBs
09-15 15:50

https://t.co/77yucsnGwD 盾でカバーされない兵が 歩射戦で袖での防御をする例も有ると言う事なのかだが https://t.co/v8gJthCcPQ
09-15 16:03

https://t.co/xNqjyCPa3u >而に、深江の是則・大伴の員秀と云ふ者、猛き者廿余人を具して、剣を以て岸を掘り、鉾を突き、巌に登て、楯の下を斬壊て、城の内に乱れ入て、
09-15 16:56

https://t.co/yVjw7cG6iv >そこで、深江是則、大伴員秀(カズヒデ)という者が、猛者二十余人を率いて、剣で城の崖を削り、鉾(ホコ)を突いて巌に登り、楯(城)の下を切り壊して場内に乱入し、敵味方剣での打ち合いとなった。場内は混乱し、人々は右往左往する。
09-15 17:08

前九年合戦の小松柵攻防戦では 金堀衆的な者が城の下を切り壊したと言う訳では無いと言う事なのかだが
09-15 17:13

https://t.co/xNqjyCPa3u >久清、武則が命に随て、猿の如く彼の岸の曲れる木に着て、縄を付て、卅余人の兵、此の縄に着て超へ渡ぬ。密に藤原業道が楯に至りて、火を放て焼く。
09-15 17:29

https://t.co/1OCDpQBvqF >久清は武則の命令に従って、猿の如く向こう岸にある木に取り付き縄を付けた。その縄に取り付いて、三十余人の兵士が対岸に渡った。その中の藤原業道(フジワラノナリミチ)が密かに楯のもとに行き火を放って焼いた。
09-15 17:29

城の垣盾は水が掛けられており 燃え難いと言う意見も有っただろうが 果たしてどうなのかだが 火矢には耐えるが 松明を密着されれば炎上する危険は有るのかだが
09-15 17:38

https://t.co/Os1vqcxfHt 左の歩兵は弓を脇に挟んだ儘 刀を両手打ちしているのかどうかだが 弓は地面に有る可能性も有るのかだが 右の兵は刀は左片手打で 弓は右手に持つのかだが 弓での攻撃も有るのかどうかだが https://t.co/gUGnowFSRW
09-15 17:44

右の兵も弓を左脇に挟んだ儘 刀を両手打ちしている様に見えるが
09-15 17:48

脇板と胴の隙間に弦を掛ける事も出来るのかも知れぬが そうした事は上の絵ではしていないだろうか
09-15 17:50

RT @nacchi1111: Instagramのハッシュタグ検索がPCからできない(´・ω・`)ブラウザをかえて試したけど無理でした。昨日はいけたので今日の何時からかおかしくなったっぽいですね。#Instagram
09-15 18:00

https://t.co/0ZEU1B09h9 和弓を背部に携行と言うのは https://t.co/hb7STmOiTw 小型の李満弓なら可能と言う事の様だが 腰に差すタイプの箙に 弓も付けらると言う事だろうが 江戸期以前にはこうした物は無いと言う事なのかだが
09-15 18:02

そうした李満弓も80cm 矢は45cm以上の物は 有るのかどうかだが 鯨髭製では無く竹製の物も有るのかだが
09-15 18:08

小型のトルコ弓の矢でさえ60cm台は有るだろうが 李満弓の場合常時弦を張る事を考慮して 硬い鯨髭製で余り引けないと言う事なのかだが https://t.co/2WBupGydRs 一方で鏃は 5cm等の物も有るだろうか
09-15 18:14

https://t.co/hb7STmOiTw >籠に乗る際に常備した、床の間においたなどいろんな説がある。  李満弓もこうした用途以外は 基本的に矢の数も威力も無いなら 利用されないと言う事なのかだが 忍者用の半弓は90-160cm程度の物なのかだが
09-15 18:20

忍者用の折り畳み式の旅弓は常時弦を張るタイプでは無いなら 竹・木製と言う事なのかだが
09-15 18:21

赤穂浪士や新選組が 寝床に置いてあった李満弓の様な物で 攻撃を受けた形跡は無いと言う事なのかだが
09-15 18:29

https://t.co/ct6jdZ7W0m トルコの矢よりやや短い58cmの矢を放つ 1.1m程度の弓で 腰に差せる箙に装着出来る物も有る様だが 忍者用でこうした物も有るのかだが
09-15 18:39

https://t.co/FAgdNZtSGV トルコ弓の矢よりやや長い 70cm台の矢を放てる 160cm程度の弓も有るが 此れは箙には入るのかどうかだが
09-15 19:08

>猟師の弓は明らかに短いものであった。この寸法の弓矢は猟に使用されたものではないかと推定できる。北斎漫画より本弓の定尺7尺1寸は戦闘では騎乗、徒歩で使用されたが、野山を歩きまわる狩猟には長過ぎたのではないか。
09-15 19:09

一方で山岳戦が得意な野伏が 160cm程度の弓を使ったかは不明と言う事なのかだが
09-15 19:09

https://t.co/1OCDpQBvqF >敵軍は身を捨てて剣を振るい、囲みを破って脱出しようとした。武則は配下の兵士に、「道を開けて、敵兵を出してやれ」と命じた。兵士たちは命令に従って道を開いた。すると、敵兵たちは戦うのを止めて脱出していった。
09-15 20:15

>守の軍勢は、これを追撃して、ことごとく殺してしまった。   厨川・嫗戸柵の兵も囲みを突破する際は集中していたが 脱出後は自分だけ先に逃げようとして分散し 各個撃破されたと言う事なのかだが
09-15 20:18

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