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2021.09

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09/05のツイートまとめ 

boukenkyuu

#6014 菊池槍 穂先26cm 白鞘入り 袋有 武具 刀剣 希少 古美術品 https://t.co/VuwdBkPWQ5 菊池槍だとこの程度の長さでも 槍のカットを考慮している可能性は有るのかだが
09-05 12:57

カブス・ダルビッシュ有が単独トップ7勝目 変幻自在の変身で相手打線翻弄「全く違うタイプのピッチャーになるというのがキー」(スポーツ報知)#Yahooニュースhttps://t.co/lh3OhYxBN7 米の球種の少ないPでは 同様の事は難しいのかどうかだが
09-05 13:36

菊池槍でも刃長20cm以下の物で 槍をカットと言うのは考慮しない可能性も有るのかだが
09-05 14:03

RT @DONAN_KAYO: 僕が知っている馬と泳ぐのは3形態あって、馬の背に乗る、馬に捕まる、馬に泳がせて後ろで手綱に捕まって引かれる、だったはずです。どこかに資料があったはずなんだけど… https://t.co/pwDROaEw9C
09-05 14:09

RT @baritsu: @DONAN_KAYO それどっかで見た覚えがw 以前上げましたけど西洋でも大体パターンは同じですね https://t.co/MWJk368qu0
09-05 14:09

https://t.co/1FzKJV1Kca 承久の乱の宇治橋合戦では 数千の溺死者が出た可能性も有るだろうが 馬は濁流でも溺れていないないと言う可能性は有るのかだが 馬に人を固定しつつ 対岸に移動させる等は出来たのかどうかだが
09-05 14:17

RT @ryuzi_okenosuke: @kerpanen 海で使用した後、塩抜きの為にお風呂に入ったことがありますが、肩上が重さで千切れるかと思いました。びしょ濡れになったら着たまま運動をするのは困難かと思います。 https://t.co/meaRqesnS0
09-05 14:19

RT @sakone_shogen: 四年前の博多どんたくの際、行軍中にパレードが中止になる程のゲリラ豪雨に遭遇した事あったな…この際、甲冑の重さが体感1.5倍程になった記憶。素掛威でさえこれなんだから、毛引威だともっと大変そうではある…>RTちなみに三具が特に水を吸って重…
09-05 14:20

そうした濁流の中でも 帯を切断する等して鎧を脱いだ者は 助かっている例が多いとは有るだろうか
09-05 14:22

>これを見た朝廷軍は矢を放ち、芝田兼義と春日貞幸の馬が矢に当たって流され、春日貞幸は水底に沈みますが、心で諏訪明神に祈りながら、腰刀で鎧の帯や小具足を切ってなんとか浅瀬にたどり着いたのだとか。
09-05 14:23

>泰時も川を渡ろうとしますが、春日貞幸に「甲冑を身に着けている者は、ほとんど沈んでしまっています。早く鎧を外すように」と言われ、田の畔に下りて鎧を外している間に、乗馬を隠されてしまい、その場に留まったのだとか・・・。
09-05 14:24

https://t.co/6e5CVWahGE >柿渋は、防水・防腐剤として古くは平安末期から塗料として使用されていたといわれています。*防水、防腐効果は現在の合成製品には劣ります
09-05 14:40

柿染で防水効果を高めた 家地や具足下等も 海戦用中心に有る可能性も有るのかだが
09-05 14:41

縅糸に迄 柿染が利用されている例は有るのかどうかだが
09-05 14:41

https://t.co/WHYyAJyMLa 茶糸縅の縅毛と言うのは 柿染利用なのかどうかだが
09-05 14:44

https://t.co/bGFGbzlyS8 >顕著な例として山中で生活や修行を行う山伏は、衣服を柿渋で染めた“柿衣”を着用しました。柿渋によって硬く強くなった服は枝や葉から身を守り、防水効果が雨露の辛さを軽減し、防虫効果が害虫を遠ざけ、防腐効果によって土が付着しても腐りにくくなるという、
09-05 15:00

https://t.co/sZhzkJTKo2 >例えば、昔の山伏などの衣装には柿渋が塗られており山での移動に防水効果があった柿渋を沁みこませていました。防水では他には漁師が漁網に使ったりしました。  漁網の防水にも柿渋が使われると有るが 漁師や鵜飼の服も柿染が多用されているのかだが
09-05 15:03

https://t.co/14piOhrqSt 左の江戸期の船具足の家地は 柿染で防水を考慮しているのかだが 縅糸はそうでは無いが 防水は考慮しているのかどうかだが
09-05 15:09

https://t.co/JjdM9GeWTN 左の船具足の場合は 家地の裏側は茶に見えるが 縅糸は紺なのかどうかだが
09-05 15:14

柿染の上から 藍染がされる例等は有るのかどうかだが
09-05 15:16

綾縅の麻糸の芯に 柿染がされれば 水を吸っても重量増加は可也低減出来る可能性も有るだろうが 平家物語等で多用される唐綾縅は そうした糸が使われるのかどうかだが
09-05 15:19

https://t.co/hJpEBwmcA4 藍染の上から柿染をする 藍渋染と言うのも有るが 古い物は有るのかどうかだが
09-05 15:36

https://t.co/vmlzlP03Ed >山梨県に古くから伝わる甲州印伝(こうしゅういんでん)は、漆を塗り付けて防水性を高めた鹿革を用いた工芸品。戦国時代の1582(天正10)年にこれを始め、人気を博したのが「印傳屋」遠祖の上原勇七(うえはらゆうしち)です。
09-05 16:11

漆塗の縅革等は 果たして有るのかどうかだが
09-05 16:12

https://t.co/MqUiPfNN17 鵜飼の服は藍染或いは黒染と言う事なのかだが 防水を考慮して柿染も成されている可能性は有るのかだが
09-05 16:17

https://t.co/bmm6Ut01B7 >「漁服」は、鵜匠の仕事着です。夜の漁で鵜が驚かないように、黒色または濃紺色の木綿布で作られています。「胸当」は、漁服の開いた胸元から篝の火の粉が入らないようにするものです。「風折烏帽子(かざおりえぼし)」は、黒色または紺色の麻布で作られています。
09-05 16:22

>頭に巻き、篝の火の粉で頭髪や眉毛が焼けるのを防ぎます。
09-05 16:23

銃が出る前でも 防火用の胸当は有った可能性も有るのかだが
09-05 16:24

赤糸縅も 柿染が成される例は有るのかどうかだが
09-05 16:45

https://t.co/GUhPsN8tTg >人数を出だされ侯へば、雨降り侯て、御味方の鉄砲御用に罷り立たず侯なり。   1569年では 鉄砲の雨覆いは信長軍には未だ無いと言う事なのかだが
09-05 19:11

https://t.co/eZjnbqINiY >翌22日、小谷を前に信長公は一旦兵を後退させることを決意し⑤、殿軍に鉄砲五百挺と弓衆三十余りを据え、簗田左衛門太郎広正・中条将監・佐々成政の三名を奉行として指揮を命じた。   1570年時点では 弓は此処迄比率は減っていないと言う事なのかだが
09-05 19:48

https://t.co/ESkpVzhfVC >手前において討ち取る頸の注文:真柄十郎左衛門( ← この頸、青木所左衛門 これを討ち取る )・   真柄十郎左衛門直隆は 信長公記では大太刀を振り回している描写は無いと言う事だろうか
09-05 20:07

https://t.co/nIPWX5DDJV >海上は打下 (滋賀県高島市) の 林與次左衛門 ( 林員清 ) ・ 明智十兵衛 、堅田 (滋賀県大津市) の 猪飼野甚介 ・ 山岡玉林 ・ 馬場孫次郎 ・ 居初又二郎 に仰せ付けられ、囲い舟をこしらえ、海津浦・塩津浦・與語の入海・江北の敵地 焼き払う。
09-05 22:50

>竹生島へ舟を寄せ、火屋・大筒・鉄砲を以て攻められ侯。  https://t.co/wWHAALn9Io 囲船と言うのは 竹束船では無く 櫓装備の軍船と言う事なのかだが 火屋(火矢)と言うのは 火薬式の物の可能性も有るのかだが
09-05 22:52

>しかるところを足軽どもに攻むべきを仰せ付けられ、すなわち、若武者ども野に臥せ、山に忍び入り、のぼり・差し物 道具を取り、頸 2つ 3つずつ取り参らざる日もこれ無し。   山で指物・幟を外すと言う事は 1572年時点でも行われると言う事なのかだが
09-05 22:56

>瀧川喜左衛門 事、日頃 御近習に召し使われし者にて候。以前、大谷表にて大差し物を仕り罷り出で、させる働きもこれなく、「 曲事!」と仰せ出ださる。    滝川一益は大指物を装備していたのかだが https://t.co/AyJEC5IWVS 左は一益個人の指物では 無いと言う事なのかだが
09-05 23:24

https://t.co/MwspdSZefW >この頃までは、旗も大きくなく小指物も極小で、甲(かぶと)の前立ては水牛の角か唐かぶりである。大きな前立てというものも、鍬型(すきがた)で半月の二尺(約60.6cm)に満たないものだった。小さなものは、動きやすくて利がある。
09-05 23:29

元亀頃でも 真如堂縁起絵巻の鹿角の前立や 十二類合戦絵巻に有る様な前立が存在した可能性は有るのかだが
09-05 23:31

https://t.co/JOy9pWIPOR 信長公記では滝川彦右衛門は 滝川一益では無いと言う事なのかだが
09-05 23:38

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