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2021.09

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08/27のツイートまとめ 

boukenkyuu

戦意の低い者や 地位の低い者 指揮官と仲が悪い者が 先に内通と言うのも良く有ると言う事だろうか
08-27 09:28

RT @ikeda_San: 万博のロゴ、どこかで見た事あると思ったら、マスターオブウェポンの敵じゃないか! https://t.co/iZt3bs2VJI
08-27 09:36

壇ノ浦の場合は親族が先に投降したから 内通と言う事だっただろうか
08-27 09:37

☆調略☆兜   重量約1950g   検/武具・甲冑・鎧部品 https://t.co/mrijZKfVNm  鋲留めの 烏帽子形兜も有ると言う事だろうか
08-27 09:51

「フォークとナイフ」持つヘビ発見 研究者もびっくり(朝日新聞デジタル)#Yahooニュースhttps://t.co/O3jzCAyp41
08-27 09:59

時代 小型 槍型 三又銛 モリ2種 採ったぞ~!! 漁獲 漁業 釣り 用の美 古民具 古民藝 武器 槍 矢じり https://t.co/Knwky4L5zq   穂先に溝が有る 銛等も有るが 抜け止めであり毒を入れる部分では無いと言う事なのかだが
08-27 11:11

RT @kamaeatte: 大阪城築城では藤堂高虎の家臣で吉田流の弓術家・吉田元直と米村流の砲術家・米村一長が櫓や多聞、高塀の矢狭間や鉄砲狭間を担当したという。弓術家や砲術家に城の狭間を任せるのは一般的なことだったんだろうか
08-27 12:31

RT @kamaeatte: 朝鮮の泗川倭城築城の際に、垣見一直が塀の狭間を高い位置に切ろうとして長曾我部元親から人の頭の上でも撃つつもりか、と笑われた逸話があるが、大名が自ら狭間の切り方を指導することもままあったんだろうな(当時の大名なら誰でも戦闘経験豊富だから普通にできるだ…
08-27 12:31

RT @kamaeatte: @nouhuhoumei 砲術は実戦から乖離した個人芸と思われがちですが(僕も以前はそう思っていました)、実際には高価値目標を狙撃する武士のための特殊技能だったようです。https://t.co/1CC5iCaz9d
08-27 12:31

兼続の言う大筒の戦功と言うのも 散弾利用の物なのかだが
08-27 12:33

上杉軍だと20-30匁程度の雷筒で 散弾利用と言うのが多いのかだが
08-27 12:36

https://t.co/QzYnFlJSSp >胸板に、天照大神・正八幡大菩薩(源氏の氏神)を鋳付けて、左右の袖には、藤の花が咲いている様子を威してありました。   源太産衣の胸板には 仏像的な金物が有ると言う事なのかだが
08-27 14:41

https://t.co/pB7WLxgyvj >六波羅の皇居には、公卿詮議あつて清盛を召されけり。紺の直垂に黒糸縅の腹巻に、左右の籠手を差して、折烏帽帽子引つ立てて大床に畏まる。  この場面の清盛は 屋内の白兵戦を想定して 両籠手を装備しているのかだが
08-27 14:47

https://t.co/S2rdOibGJD >弓手(左手)の方に材木が多くあって、義平の乗っていた馬は、まだ十分に馴らされていない馬だったので、材木に驚いたのか、馬手(右手)の方へふっとんで、膝をついてばたりと伏せてしまいました。   材木に驚く馬等も 現実に居ると言う事なのかだが
08-27 15:15

>矢は重盛の射向いの袖に、当たって跳ね返りました。正清はすぐに二の矢を射ると、今度は押し付け([鎧の肩から胸までの部分])に当たりましたが、篦被([矢の鏃やじりと矢柄が接する部分])が折れて矢は飛んで行きました。義平は、「あれは名に聞く唐皮の鎧に違いない。
08-27 15:17

唐皮も 膝丸や盾無の様に 強度の有る小札が使われていたと言う事なのかだが
08-27 15:18

>鎌田堀川を馳せ越して、重盛に組まんと落ち合ふたり。重盛近付きては敵はじとや思はれけん、弓の筈にて鎌田が兜の鉢をちやうど突く。突かれてゆらゆる間に、兜を取つてうち着つつ、緒を強くこそ締められけれ。   弓の筈での突きも 平治物語絵巻成立時には有ったと言う事なのかだが
08-27 15:29

弭槍は 槍が普及する南北朝迄は 無いと言う事なのかだが
08-27 15:30

https://t.co/JWVPpVg34j 弓矢を発射体制直前で保持していた際に奇襲を受けた場合は 矢でも突く例が有るのかだが
08-27 15:39

RT @TOKYO_DEMOCRACY: 知ってた。米国で検査による隔離が機能している場所なんかない。ニューヨークでさえ。ニューヨークはトレーサー3000人による接触者追跡と厳しい行動制限、市民の防疫意識の高さで抑えている。https://t.co/bwkWb1QYGj
08-27 16:04

RT @TOKYO_DEMOCRACY: 米CDCの元トップによれば、検査結果は最低でも48時間以内、できれば24時間以内に帰ってこないと、隔離が機能しなくなり、検査の意味がなくなる。韓国は現状3日待ちということで、米国や独バイエルンよりはマシだが、もうギリギリだろう。
08-27 16:06

RT @mph_for_doctors: 追加で情報提供いただいたので共有しますが、ニューヨークでは検査を受けてから結果が出るまでの中央値は9日だということです。これでは感染対策として正直話になりません。精度が高く、どこでもできて、結果もすぐ得られる検査を誰にでも実現し…
08-27 16:07

https://t.co/MaPlUhZ9oV >敵の馬武者がはるかむこうに立って逃げて行くのを、八町が追いかけ攻めて、敵を捕まえて馬から下ろし、首を取ってきたので、それから八町次郎と呼ばれました。   騎射戦で疲労した後の馬なら 走って追い付ける可能性も有るのかだが
08-27 16:35

一方で逃走用の疲労していない替え馬に乗り換えた者に 走って追い付く事は 困難と言う事なのかだが
08-27 16:38

>頼盛は身に付けた太刀を引き抜いて熊手を切ってしまいました。熊手の柄を二尺(一尺は約30cm)ばかり残して、一刀に切ったので、八町次郎は仰向けに倒れて転びました。
08-27 16:50

https://t.co/J8lAq6zTpY  熊手も前九年合戦絵巻の物の様に 柄を斬られても 鈎は鎖に繋がり 引ける物も多いと言う事だろうか https://t.co/BOLcR2ZTAU 平治物語絵巻の物の様に鎖が描かれない物も有るだろうか
08-27 16:52

https://t.co/ckgniVAYre >実盛は、「今朝から乗りっぱなしの馬に、生首をつけてどうするのだ。さあ捨ててしまおう」と言いましたが、そのまま二条堀川まで駆けて来ました。材木の上に二つの首を置いて、   馬が疲労している場合は 首を鞍に付けない例も有るのかだが
08-27 17:02

https://t.co/rdBKsYlOqp >「これ御覧候へ、足立殿。太刀を討ち折つて候ふ。御帯き副へ候はば、御恩に蒙り候はん」と申しければ、折節帯き副へなかりしかども、「御辺の乞ふがやさしきに」とて、かだが
08-27 17:24

https://t.co/Zip9gTFbkX 帯副は打刀では無く 予備の太刀だろうが 平治物語成立時(13世紀中期)では打物戦は重視されず 騎馬武者の装備は余り無いと言う事なのかだが
08-27 17:25

その時点でも薙刀を持つ精鋭歩兵等だと 予備の太刀が装備される例も有るのかだが
08-27 17:27

https://t.co/BYt877Jf1e >孫子([兵法書])が秘密にする兵法、子房(張良の字。張良は高祖劉邦の軍師)が伝える兵法、源平どちらも知っていたので、平家の大勢の兵たちは、陽に開いて囲もうとしても囲むことができず、陰に閉じて攻めても討つことができません、
08-27 17:51

この時点でそうした 戦闘中の陣形の変化はしていたのかどうかだが
08-27 17:52

https://t.co/FGaS2L9JFO >死せる孔明、生ける仲達を走らかすとこそ申したるに、やみやみと敵に討ち捕られ給はん事、まことに子孫の御恥辱たるべし。   三国志演義はこの時点では無いだろうが 三国志時代の知識は普及していると言う事なのかだが
08-27 17:57

https://t.co/zrDhZgg90I >また横河法師上下四五百人、信頼・義朝の落つるなる、討ち止めんとて、竜華越に逆茂木引き、掻楯かいて待ち懸けたり。   此れは道に 逆茂木を設置したと言う事なのかだが
08-27 18:39

https://t.co/DrQkE95Eqi >越後中将成親朝臣(藤原成親)は、島摺り([島や岬などの景色を模様にしてすり出した布])の直垂   島摺りの紋の直垂と言うのも 現存するのかどうかだが
08-27 18:57

https://t.co/rcpECG3eRa >兵衛佐頼朝、心は猛しと言へども、今年十三、物の具して終日の戦に疲れ給ひければ、馬眠をし、野路の遽にはかよりうち遅をくれ給へり。   https://t.co/YtTCiEZBQ9 馬眠はモンゴル的に馬の上で眠る事だろうが 馬が味方に付いていかず 脱落する例も有るのかだが
08-27 19:43

https://t.co/gaDlCazqeH >「左馬頭義朝はここで自害する。我が手にかけようなどと思うな」と言って、まず顔の皮を削いで、腹を十文字に掻き切って、まだ二十九歳というのに、死んでしまいました。  カムイ伝等で 類似の事をする場面も有ったかも知れぬが
08-27 20:05

RT @kamaeatte: 画像は文禄・慶長の役で日本軍の捕虜となった朝鮮の儒者、姜沆による日本の城郭についての記録だが、隅櫓や天守、狭間を切った土塀、櫓を軍需物資の倉庫として利用すること、さらには地形選択と切岸などの遮断線による戦闘正面の限定など、外国人ながらかなり正確な情…
08-27 20:53

RT @kamaeatte: 「城を築くのに、必ず独立した山の頂や川、海の浜辺に設け...」とあるのは日本の城郭というより倭城の特徴だろう(倭城は海岸部の丘陵や山上に純軍事的な拠点として築かれている場合がほとんど)。また四隅のうち最も高い三層の高楼に主将がいるというのも、多くが…
08-27 20:53

RT @kamaeatte: トーチカとしての役割が強い倭城の天守の特徴と見事に一致しているように思える。また興味深いのが門内に積んである砂や石で、これらは戦闘参加人数を増やすための工夫らしい。訓練が必要な他の武器とは違って投石なら老人や子供でもできるということだろう。近世城郭…
08-27 20:53

目潰し用の砂が 日本の城には備蓄されていたのかだが
08-27 21:00

目潰し用では無く焼いて投下する 砂の可能性も有るのかどうかだが
08-27 21:00

RT @pzkw42: @kamaeatte そもそも垣見は何故高い位置に狭間を切ろうとしたんですかね姫路城の狭間の一部も高い位置に切ってあってずっと不思議だったんですけど、土塀を乗り超える敵を狙う為と最近聞いて納得しました。この件も、もしかしてそれに類似する理由かも、と思…
08-27 21:10

https://t.co/gYUcZ8zYfB >また処刑方法も打ち首ではなく「土磔(つちはりつけ)」と言って地面の敷いた戸板に大の字に寝かせ、足を釘で打ち磔にし、槍で爪を剥がし顔の皮を剥ぎ、肉を切り数日かけて殺したという。
08-27 21:29

源義朝を殺害した 長田忠致は凌遅刑的方法で処刑されたのかだが 凌遅刑でも顔の皮迄剥いだ例は 有るのかどうかだが
08-27 21:30

RT @horiguchikenji: 太田秀春教授の研究によれば、当時の朝鮮側の史料に倭城を攻めあぐねた理由として、山の上に築かれているので大砲が届かない、石垣が高くて登れない、城門を突破してもまた門があってなかなか前に進めない、土壁に銃眼を設けていてどこから打ってくるのか分…
08-27 22:25

蔚山城は付近の山から 砲撃を受けていたと言う事だっただろうが 他の城はどうなのかだが
08-27 22:26

信長軍が砲で塀を崩していると有るから 星型要塞の様な砲を防げる壁は無い以上は 此れを砲で崩せなかったのかだが
08-27 22:31

https://t.co/wlhrJAXwSE 2m程度の厚の塀なら桃山期でも有るだろうが 重砲を防げる様な物では無いだろうし 多用された物なのかどうかだが
08-27 22:37

RT @horiguchikenji: @kamaeatte 「三層の高楼」というのが面白いですね。倭城の天守台は、大きさ的に見て三層程度が限界な事と、信長や秀吉は、自身や近親者は五層の天守とし、家臣には五層を許可していないのか三層天守が多いですね。
08-27 23:23

RT @kamaeatte: @qEWAU5TVs8A9HIZ 恐らくですが、あの記述は老人・子供でもという例えで、人夫や水夫などの非戦闘員を想定しているのではないかと想像しています。彼らの分まで武具はないでしょうから、危急のときは石を投げさせたりしたのかもしれません。
08-27 23:24

https://t.co/4bVKKJ3VG3 https://t.co/CRuHMZ1gUX >「明軍が北東の小山に大砲を置いて砲撃を始めた(上記地図の北東500m程に別の丘陵があります)。その一撃が清正の至近を直撃し、兵士の一人の上半身を凄惨に吹き飛ばした。周りの重臣は動揺したが清正は『動くな』と命じた。
08-27 23:35

>次弾も至近に着弾したが次々弾は狙いを変えて遠くへ着弾した。それを見て清正は『されば退き候え』と命じた」(清正高麗陣覚書)
08-27 23:35

蔚山城も山から砲撃を受けたが 着弾位置を偽装して 回避していたのかだが 長時間の偽装は出来たのかどうかだが
08-27 23:37

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