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2021.09

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08/23のツイートまとめ 

boukenkyuu

RT @kerpanen: @saemonhiguchi @Genji_Samurai @kisouma_bokujo @in20876533 騎馬戦闘の歴史的検証の一環としてぜひ。今回、紅葉台で腰刀を差して左から乗ろうとしたら柄頭が鞍に当たって乗れませんでした。従来、太刀…
08-23 10:57

https://t.co/yCqDC0tJlx >六野太が童は、遅ればせに馳せ来たつて、急ぎ馬より飛んで下り、打ち刀を抜いて、薩摩の守の右の腕を、肘の元よりふつと打ち落とす。   平家物語時点では騎馬武者の右腕に籠手は無いだろうから 切断され得ると言う事なのかだが
08-23 12:48

籠手が有る場合でも裏籠手側からなら 腕が切断された例も有るのかどうかだが
08-23 12:51

斬り合いの最中に止血は困難だろうし 前腕部を斬られた場合でも10秒程度時間を稼がれれば 出血で動けなくなりやられると言う事なのかだが 上腕部を斬られた場合は数秒でやられると言う事だろうか
08-23 12:54

六野太が童と言うのは https://t.co/WtQBGmGDYI 奉公人と言う事なのかだが 太刀では無く打刀を持つ奉公人が 騎乗をしていたと言う事なのかだが
08-23 13:01

平治物語絵巻に そうした騎乗した童が描かれると言う事なのかだが 打刀では無く太刀を持つ例も有るのかだが https://t.co/PRmBUaTtGW
08-23 13:07

https://t.co/FBmJAU19XW >その日の装束は、褐([黒く見えるほど濃い藍色])に薄黄色の糸で、群千鳥([群がっている千鳥]。着物の紋様の一つらしい)を刺繍した直垂([鎧の下に着る着物])を着て、
08-23 13:24

群千鳥の紋の有る直垂と言うのは 現存するのかだが https://t.co/mZMyWsef9T 左の物は群千鳥では無く 千鳥の紋が入ると言う事なのかだが
08-23 13:25

https://t.co/x7nEpHbdVC 左の小袖に有る群千鳥の紋と同様の物が 果たして入っていたのかだが
08-23 13:27

https://t.co/fodeIOBbaS >庄四郎高家(庄高家、児玉党の武士)が、鞭鐙を合わせて([馬に乗って速く走らせるとき、鞭を当てると同時に鐙をあおる])やって来て、   スタミナの有るモンゴル系馬でも こうした機動は長時間出来るのかだが
08-23 13:47

https://t.co/IyFXz8vsrw >ここに練貫に鶴縫うたる直垂に、蓬匂の鎧よろひ着て、   平敦盛の着ている様な 鶴の紋の入る直垂と言うのも 現存しているのかどうかだが
08-23 13:55

RT @dongein: 『平家物語』「敦盛最期」より平敦盛(16)の装束。色鮮やかな若武者として絵に描かれることも多い敦盛ですが、平家を読むと、当時の武士の最上級の晴装束だったと思われる錦の直垂は着用してないんですね。大鎧:萌黄匂 直垂:練貫(鶴の刺繍) https://…
08-23 13:56

https://t.co/I4CoEbZ6u5 >首を包まんとて、鎧直垂を解いて見ければ、錦の袋に入れられたりける笛をぞ腰に差されたる。   母衣で首を包む例も戦国期では有ると言う事だろうが 直垂や具足下しか無い場合は此れで包んだと言う事なのかだが
08-23 14:47

RT @dongein: 『平家物語』「重衡生捕」より平重衡(28)の装束。重衡は一ノ谷の戦いで捕虜となり、壇ノ浦で一族が滅亡した後も命を長らえていました。護送された鎌倉でもその人柄に魅了された者は多かったようですが、結局奈良での焼討の責任を問われ処刑されました。大鎧:紫裾…
08-23 15:05

https://t.co/uaBWcyaDrr >この紛れに新中納言知盛の卿は、そこをつと逃げ延びて、究竟の息長き名馬には乗り給ひぬ。海の面二十余町泳がせて、大臣おほい殿の御船へぞ参られける。    2180m程度なら人が乗った状態でも泳げる馬も スタミナの有るモンゴル系馬なら居るのかどうかだが
08-23 15:42

RT @noitarepootra: 冬季長距離遠征でしたらセルゲイ・イワノフによるモスクワ・ルーシの16世紀リトアニアへ侵攻を描いた画が好きです。16世紀にこの2国は戦争多数しておりどれを元にしたか不明ですが、例えば1512年12月に冬季侵攻しています。服や装備等の再現性の…
08-23 16:18

RT @dvOTfYB6ELTPvZ3: @Hatashirorz オランダ独立戦争では凍結した河川で機動力を生かしたスケート部隊による高速移動でスペイン軍を苦しめたケースがありますね。だからスケート王国なんだろうな~と思ったり。(選手名がパッと出てこないですが。ウォーザースプ…
08-23 16:19

https://t.co/j2cef44drC 11km泳いだ馬も居る訳だろうし 大鎧装備の人を乗せても2km程度なら スタミナの有る木曽馬なら泳げる可能性は有るのかだが
08-23 16:29

https://t.co/uaBWcyaDrr >船には人多く取り乗つて、馬立つべきやうもなかりければ、馬をば渚へ追つ返へさる。   雑魚兵や奉公人より名馬の方が重要と見て 此れが見捨てられた例等は有るのかどうかだが
08-23 16:47

https://t.co/by1mz6iYAE >【村濃】とは「斑に染めた文様」のことで、村子とも書き、藍皮の文様を象ったもの   と有るがhttps://t.co/k9Ezy7Spak 左の前九年合戦絵巻の 右の直垂は紺村濃の可能性は有るのかだが
08-23 17:37

https://t.co/zbtJHLO8YS こうした形で 小さい斑点を利用した物の可能性も有るのかだが
08-23 17:48

RT @dongein: 『平家物語』「河原合戦」より源義経の装束。義仲の討伐軍を率いて入京しました。『平家』ではシーンが変わっても、義仲はいつも唐綾縅、義経はいつも紫裾濃というように一貫して描かれています。聞き手が想像しやすいように、なんでしょうか。大鎧:紫裾濃 直垂:赤…
08-23 18:14

https://t.co/LQTVXMgwGG >兜の錏を傾ぶけ、熊手、薙鎌を持つて、敵の舟を引き寄せ引き寄せ喚き叫んで戦ふ。   平家物語時点でも薙鎌は有るが 熊手との使い分けはどうなのかだが コストは熊手より安いと言う事なのかだが
08-23 19:11

https://t.co/B93VH6zGHJ 薙鎌だと藻のカットも考慮していると言う事なのかだが 地上戦でも平治物語絵巻や 十二類合戦絵巻で利用はされるだろうか
08-23 19:14

https://t.co/Xv1RQ3lMEQ >渚に近づいて、馬を下そうとすれば、敵の的になって射られるであろう。渚に近づく前に、船を傾け、馬を追い下して、船から離さぬように泳がせるのだ。馬の脚が立ち、鞍爪([鞍橋くらぼねの前輪まへわと後輪しづわの両端])が浸るほどになれば、静かに馬に乗って、駆けよ
08-23 19:45

こうした事をすれば 敵の弓の射程に入ってから突入する迄の時間は短縮出来ると言う事なのかだが
08-23 19:48

RT @KobujutsuDojo: 木登りが得意な動物も落下による死亡事故が起こる。人間も二本足で歩くのが得意だが転倒死は交通事故死の2倍と言われている。危険が無くなる事は無いが道を歩くのと同じような感覚で木の上で過ごす為の感覚を身につけたい。 https://t.co/ui
08-23 19:56

https://t.co/6kddmG4KUN >上げ置いたる船どもの陰を、馬休め所として、喚き叫んで攻め戦ふ。   此れは船を陸に置いて 馬の盾にしたと言う事なのかだが
08-23 20:22

https://t.co/j0R6ju87Ig >その上、南都の衆徒を召さるる事あり。興福寺の信実しんじつ・玄実げんじつら、吉野・十津川の指矢三町・遠矢八町と言ふ者どもを召し具して、千余騎にて参るが、   保元物語の遠矢を872m飛ばす興福寺の兵は 強弓で通常程度の矢を放っていた可能性も有るのかだが
08-23 20:31

管矢迄放っていた可能性は この時点では無いと言う事なのかだが 指矢は重い矢を用いていたと言う事なのかだが
08-23 20:32

https://t.co/LEmFhPxL0H >能登殿、「船戦早うあるものぞ」とて、鎧直垂をば着給はず、唐巻き染めの小袖に、唐綾威の鎧着て、    平家物語時点でも 海戦時の機動性を高める為か 騎馬武者でも小袖を着用する例も有るのかだが
08-23 21:15

https://t.co/DOQB4YT0Ak 蒙古襲来絵詞の竹崎季長も そうした理由でか 船上で直垂は装備していないだろうか
08-23 21:17

https://t.co/zbKGgxiXZA >馬の頭を一面に立て並べて、大将軍の矢面に馳せ塞がりければ、能登殿も力及び給はず。    騎兵戦だと 騎馬武者が大将の盾に使われる例も有るのかだが
08-23 21:26

https://t.co/JpVpF2q2mz 船上での長時間の下馬戦闘と 落下時の泳ぎ易さを考慮して 直垂は着ていないと言う事なのかだが
08-23 21:29

https://t.co/1O516GntEA >能登殿の童に、菊王丸と言ふ大力の剛の者、萌黄威の腹巻に、三枚兜の緒を締め、打ち物の鞘を外づいて、   腹巻を装備する童(奉公人) の三枚兜のシコロは小札が大型の物では無く 短い物と言う事なのかだが
08-23 21:37

平治物語絵巻の下の童も 打刀では無く太刀装備だが こちらは籠手は無いだろうか https://t.co/mILoXo3gPS
08-23 22:22

RT @dongein: 『平家物語』「那須与一」より那須与一の装束。直垂を仕立てる時に、衽や端袖など一部のパーツを錦にする、って方法もあったんですねー。鎧から色々な生地が見えて若々しいです。鏑矢に射られ宙に舞い上がった扇、目に浮かびます。大鎧:萌黄威 直垂:褐を赤地の錦で…
08-23 22:34

RT @heikyoku: 「直垂」と「鎧直垂」は少し違いますけれども。とりあえず平曲で語る那須与一の鎧直垂想像図おいときます。予想される展開:近日中にポチる→今シーズンはこのまま着る→着物にも試す→衿ぐりが違って断念→来シーズンは部屋着に→菊綴つける→おおくび・はたそでに別…
08-23 22:40

https://t.co/MT6T7dXXZF >与一その頃は、いまだ二十ばかんの男なり。褐に、赤地の錦をもつて、大領端袖色へたる直垂に、  この直垂はhttps://t.co/feJcSEUevA  赤地の錦で前襟(まええり)と端袖を美しく彩ってある直垂に。  左の様な物と言う事なのかだが
08-23 22:49

こうした直垂の延長で 前襟と端袖が別の色に成っている素襖や胴服・陣羽織が作られた可能性も有るのかだが
08-23 22:51

RT @kamaeatte: 佐伯市歴史資料館にある佐伯城の模型。こうして見ると、中世山城くらいの面積に櫓や多聞、天守等の近世城郭の建物がごちゃごちゃと建ち並んで城内が極めて狭くなっていることがわかる。四枚目は寛永年間に増築された三の丸だが、この三の丸ができるまで藩主は山城に住…
08-23 23:14

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