FC2ブログ

Category

2021.09

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  

08/16のツイートまとめ 

boukenkyuu

RT @take10syo: 密集して騎射で敵を射ながら突撃して敵陣を崩すのは、気心が知れた熟達の家之子郎党じゃないと無理。追物射で、付かず離れず射すくめて、蜘蛛手万字に敵中を蹂躙するようなのは特に。代わって太刀や長刀の打ち物を手に突撃する騎馬の武者が増える事に。#…
08-16 11:16

南北朝期の騎兵の打物増加は 元軍重騎兵の影響と言う意見も有るが 太平記でも依然騎射を行う者は居たと言う事だろうし 戦国期にも残るだろうか
08-16 11:18

『分かった,分かった,分かったぞ!』⇒ https://t.co/Qh3n4CmdpH  https://t.co/gPw5vXCVIP 此れは左の打竹なのかだが 胴火も戦国期には利用されたのかどうかだが
08-16 11:33

RT @shinobi803: みんなで忍び六具のひとつ「打竹」を作りました!火縄20分のところ40分持ちました。これならいつでも火遁の術ができます。ベルトにつけて普段使いにもいい感じ。これから寒くなるので手放せなくなりそうです!忍術書の図面は胴火。同じ要領だと思うので今度作り…
08-16 11:36

打竹も内部に酸素が入り難く成るからか 火縄の燃える速度は低下すると言う事なのかだが
08-16 11:37

https://t.co/F1xYnMEsMm 忍者だと火縄の光を隠す為 打竹は懐に入れる可能性も有るだろうが 匂い迄は消せないと言う事だろうか
08-16 11:46

打物騎兵が 騎馬弓兵に一方的にやられている場面も太平記では目立つが 敵にそうした騎兵が多い場合は 弓歩兵が対処していたのかだが
08-16 13:24

https://t.co/YP7eTlznwx >矢の根の重量は凡そ十三四匁より二十匁近きを用い         (矢の根 13匁 ~ 20匁 : 約50g ~ 約75g) 矢抦(箆)も十匁より十四五匁迄を使用されている。        >(矢の箆 10匁 ~ 15匁 : 約38g ~ 約57g)
08-16 13:43

https://t.co/0wXxoSs9XA 満州弓の戦闘用矢は80-100g有るが 日本の矢とほぼ同様の重量なのかどうかだが
08-16 13:48

https://t.co/rjvI30Of4K >室町時代に矢の長さは3尺2寸に制定したとあるが、これは定尺が7尺1寸の弓用で、江戸期に様々な弓が出現したので、各々の長さに応じた矢が存在する。   室町期迄だと 96cm程度の矢が多いと言う事なのかだが
08-16 13:57

https://t.co/QDtls6i6sC 満州弓の矢は92-105cmと有るから 平均的な物は日本の室町期迄の矢よりやや長い可能性も有るのかだが
08-16 13:59

https://t.co/QJpQN9sWgh >「束」 は握りこぶしの親指を除いた残り4本の指の幅でだいたい8cm弱、「伏」 は指1本の幅です。すごく大雑把な計算ですが、三伏を5cmほどと仮定すると十二束三伏で約101cmになります。
08-16 14:24

>さて、問題は、この長さが当時の標準でいって長いのか短いのか・・・ですよね。いろいろな解説資料を見ると、源平合戦当時の標準的な矢の長さは十二束だったという説明でおおよそ一致しています。   源平合戦時でも 12束(96cm)程度の矢が主流と言う事なのかだが
08-16 14:25

為朝の通常の矢は15束=120cmと言う事なのかかだが 25束(200cm)の矢で船を沈めた例も有ると言う事だっただろうか
08-16 14:34

そうした矢で板割鏃を用いれば 小型船の船体を割る事は 可能なのかどうかだが
08-16 14:35

https://t.co/jKYB6Z0tDj >通常の矢は、重いものでも二百グラムくらいではないかと推定されるが、この矢は矢尻のサイズ及び中子が箆全体に差し込んであることから推定して重さは一キログラムくらいにはなる矢となる。
08-16 14:43

>いくら強弓を引いた大男が使用したとしても、実用的に飛ばす矢としては重量がありすぎると考えられる。    打根を弓で放つ際と同様に 近距離専用の重い矢を腕力が有る者が 放っていた例も有るのかだが
08-16 14:44

https://t.co/Pmd8vLzJ41 >「関東の武者の弓は三人張り・五人張り(注一)、矢の長さは十四束・十五束(注二)です。矢継ぎ早に射出す一矢で、二,三人射落し、鎧の二,三領を射通します。大名は部下五百騎以下の者はおらず、その中にこうした強弓の者二,三十人はおりまする。
08-16 15:03

平家物語の関東武者の場合は 14-15束(112-120cm)の矢を使う者が 5%程度は居たと言う事なのかだが 13束(104cm)程度の矢を使う者は 更に多い可能性も有るのかだが
08-16 15:06

>馬と申せば牧場から選び取り、飼い慣らしたる逸物(いちもつ)を一人に五匹、十匹は引かせております。   関東武者もモンゴル的に替え馬を増やして 蹄の消耗を抑えていると言う事なのかだが
08-16 15:11

RT @samanokami0122: @tono_mikado この有名な騎馬武者像も、よく見ると大鎧に諸籠手です。小袖の上に諸籠手を着け、錦の袖無しの羽織り(?)を着て、その上に大鎧を着ています。上半身を諸籠手にしてしまうと、錦の直垂が見えなくなって見栄えしないので、籠手…
08-16 15:18

戦国期でも騎馬弓兵は両籠手と言う事かも知れぬが 袖や籠手が軽量化されて 弓は南北朝期よりは引き易く成っていたのかだが
08-16 15:19

https://t.co/o8A1ku65XS モンゴルの100cmの矢と言うのは 満州弓の影響を受けた後の物なのかだが 遠距離用と近距離用の弓を装備していたと言う意見も有るだろうから 近距離用の弓の矢の可能性も有るのかだが
08-16 15:51

----コロナで井上が渡米できないとか、渡米しても2週間隔離とか言ってる人いるけどそれは問題ないよ。雑誌で大橋会長が言ってるからね。 今回のはカシメロ陣営が井上戦のファイトマネー減額を受け入れなかったからで...#Yahooニュースのコメント https://t.co/JtCvfslhtS
08-16 16:21

RT @klueze_gundam: 昨年、シアトルマリナーズとの練習試合(だったかな?)で、イチローが見せた山なりレーザービームを見てしまい、場内が盛り上がったというのが影響したかもしれんね。あれはフライアウトだったけど・・・。#石川慎吾 https://t.co/kH
08-16 17:02

関東武者の14・15束の矢と言うのも 近距離では鏃が長い重い物が 利用される可能性も有るのかだが
08-16 17:04

https://t.co/Tpj0BLJeWa 満州弓の3フィート5.5インチ(105cm)の大型矢は 200ポンド(90kg)以上の弓で利用されると有るが こうした物が使えた者は何処迄居たのかだが
08-16 17:17

https://t.co/uI3zKQF3Un 康煕帝は52インチ(132cm)の矢を放てたと有るが  https://t.co/w7VzIYGxOr 張力200ポンド(90kg)の弓を利用していたと言う事なのかだが
08-16 17:28

足利義輝の御衣装 https://t.co/rtuki8fn7U こうした上部が薄い直垂・素襖は戦国期以前から有るのかだが 陣羽織も薄い物は 明智光秀の物等で有っただろうか
08-16 19:12

RT @kamaeatte: 戦闘戦史を読んでふと思ったが、弘安の役における元寇防塁、これのせいで元軍は海岸堡の確保が出来ず、大軍の利を生かせない志賀島に押し込められている。この防塁をめぐる戦闘自体は起こらなかったがそんなことは関係なく、上陸を未然に防いだという点で元寇防塁が果…
08-16 19:51

https://t.co/4tteFfcB8b 元寇防塁を構築しなかったとしても 高麗遠征での恩賞問題解決は困難だったと言う事なのかだが
08-16 19:54

https://t.co/XA7dW8T1uj >詳細は不明ながら、同時に進められていた石築地の築造に多大な費用と人員を要したことと、兵船の不備不足などの理由により計画は実行されなかったとされる[237]。   石塁を構築しなかったとしても 兵船不足で遠征は困難とう事だったのかだが
08-16 19:58

https://t.co/Beynafsh0b >中止にした理由について詳細は不明だが、次回の元の日本侵攻が前回よりもはるかに大仕掛けであることを知り、外征計画よりも国防の準備が優先されることになったと考えられている。
08-16 20:03

日本も南宋等から数十万の軍が派遣される事を察知して 朝鮮半島を攻撃しても此れを阻止出来ないと考え 遠征が中止された可能性も有るのかだが
08-16 20:04

https://t.co/qIrrFMgvsq >万暦緞子というのは、前田家秘蔵の名物裂で、明から渡来したいうものですが、「日本の染織意匠と中国 : 波兎文様を中心に」(台湾大学の黄韻如氏)という論文によると、中国の意匠に波と兎を組み合わせたものはなく、兎は霊芝や、雲とは組み合わせられるそうで、
08-16 20:37

>この波と兎の万暦緞子は、中国の物ではないのでは?と推測されています(う~ん・・雲に見えなくもないけどなあ   https://t.co/bqhK3qNrUk 一方で月と兎の組み合わせは仏教的だろうが 明の緞子には此れは利用されるのかどうかだが
08-16 20:40

https://t.co/44ZgqXNemF 馬具の鏡板に鹿の角を装備する例も古墳時代には有ると言う事なのかだが こうした物は軍用では利用されなかったと言う事なのかだが
08-16 20:55

>建治二年(1276年)三月に時宗は、博多を中心に石塁を築くことを命令している。また河口などで石垣を造ることが出来ない所には、たくさんの乱杭を立てて敵の船が近寄ることのできないようにしたという。
08-16 21:31

https://t.co/hqxkTajA5t 1276年1月に 南宋の首都臨安が陥落しているから 旧南宋軍が日本攻撃に動員される危険が有ると見て 3月に高麗遠征を中止し防塁構築を指示したと言う可能性も有るのかだが
08-16 21:33

RT @honouya: すごいなぁ、トップのハミルトンは4位のボッタスに前との間隔を詰めさせるためと、タイヤを守るために、あえて遅く運転して、2位のフェルスタッペンはそれに気付いてる。
08-16 22:28

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://boukenkyuusha.blog72.fc2.com/tb.php/11252-eeab3461