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2021.09

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08/12のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/sjFZwcnmxB 太刀箱の中に有るうてぬきと言うのは https://t.co/3mSneFPOEO 左の平治物語絵巻に有る 半籠手的な物の可能性も有るのかだが
08-12 09:56

野伏だと山刀・鉈・剣鉈・鎌・包丁が刀の代用として利用されると言う事なのかだが https://t.co/gZgPJkW326 剣鉈的に先端の尖った鉈は江戸期には無いと言う意見も有ったが 存在する可能性も有るのかだが
08-12 11:22

https://t.co/cUp8yYAyLy 左の様な先端が出た鉈は 刃の耐久性が高いのかだが 野伏が武器として利用した例は有るのかどうかだが
08-12 11:44

https://t.co/TFGAZJx3nJ 同種の形状の 江戸後期の物かも知れぬ海老鉈も有るが 更に古い物は有るのかどうかだが
08-12 11:47

先端の出ている部分で兜鉢を強打しても 刃は割れないと言う事なのかだが
08-12 11:48

https://t.co/MhsL3lsWWS >? キャンプには、鉈(なた)、? ヤブ山の突破では、草刈り鎌(かま)、と使い分けておられることだろう。   ところが、鉈でもなく、鎌でもない、【鎌鉈】の存在がある。
08-12 12:14

山岳戦の得意な野伏が藪を突破するのに 鎌或いは鎌鉈を利用し 此れを武器として利用する物も居る可能性は有るのかだが
08-12 12:15

https://t.co/95K9OIbhr8 鎌鉈も先端部分が海老鉈の様に 刃の付かないタイプも有るが この部分で兜鉢を打っても破損しないと言う事なのかだが 古い物は有るのかどうかだが
08-12 12:22

野伏も太平記の笠置城潜入時の様な 鉤縄を利用しての山岳移動は 何処迄有るのかだが 苦無も忍者専用では無いと言うが 此れが鉤縄的に利用される例も有るのかだが
08-12 12:42

RT @3618Tekubi: 今回の20里に及ぶ房総廻国修行の装備記録・入物駄袋(だんぶくろ)道着袋・道具忍び六具(画像文参照、石筆以外)寝袋 カバーライトソーイングセット着替え干飯味噌ワセリン竹筒水筒印籠・服装上着股引羽織晒帯…
08-12 12:54

RT @3618Tekubi: 昔だったらさらに武装も必要だったでしょうから、ここに懐刀や脇差なんかが加わると思うと大変ですね。
08-12 12:54

RT @3618Tekubi: 80Kmを地下足袋で三日かけて歩いたけれど「血止め」の効果を実感。終わった後も股関節や足底、脚部の疲労はまるでない。途中外すと疲労の蓄積を感じたのですぐに巻いたほど。私の場合、緩いと効果が薄く、痛くない範囲でキツめに巻いた。歩くので勝手…
08-12 12:56

https://t.co/mkhO1Nln4q >血止め紐は一説によると、江戸時代の飛脚、籠かきが、足のふくらはぎに巻いた、脚絆の上部のひもの名残と言われております。   血止めも江戸期以前には 有るのかどうかだが
08-12 13:05

https://t.co/KIacIqEXCz ククリナイフも鎌同様 藪を突破するのに 利用されたと言う事なのかだが
08-12 13:10

>低地に住む部族の物は、曲がりが小さく細長く薄型(=軽量)で、比較的柔らかめの草木を刈るのに向いている。これに対し、高地に暮らす部族の物は、曲がりが大きく幅広で分厚く、硬い木の枝や幹を打ち払う斧や鉈に近い使い方が可能なように成形されている。
08-12 13:27

ククリも高地の物は 藪を突破する事を考慮しているのかだが
08-12 13:28

ククリも刃の下部の鈎の様な部分(チョー)は 刃を受けるのに使われた例は有るのかだが スパーリングでも此れを利用している例は 今の所見ないが
08-12 13:36

楠木正成考案と言う兜割と 正成が多用した野伏が利用するかも知れぬ 鎌鉈との関連は有るのかどうかだが 先端部分に刃が無いタイプが 兜割に変化した可能性は有るのかだが
08-12 13:59

野伏が先端に刃の無いタイプの 鎌鉈で敵の兜鉢を打ち 動きが鈍った所を倒したのを正成が見て より打撃に特化した 兜割を考案したと言う可能性も有るのかだが
08-12 14:02

https://t.co/DNdp73dR2z 泊鉈の先端部は打撃力は有るだろうが 古い物は有るのかどうかだが
08-12 17:52

http://103.55.158.247/uploads/public/archive_0000003381_00/siryoukan.pdf マタギも毛皮製で無い 手甲が利用される例も有るのかだが 夏でも蚊・蛇除けに使う藁の足袋も有るが マタギ以外は此れを利用したのかどうかだが
08-12 18:35

https://t.co/nf68q1MOya >すると、国鉄の情報誌「あきた」の1967年7月1日号に、なまはげの習俗について述べた文章が見つかったのです。引用してみましょう。同じ夜ごろ、赤青の鬼面をかぶり、山刀を携えた「ナマハゲ」が、家々を回り歩いて、正月の怠けぐせをいましめる。
08-12 19:55

>ここでフクロナガサを持ってこなかったのは、それが比較的近年普及したものだから、です。しかも、今までのフクロナガサの考察の中で、「昔のナガサは、大きな出刃包丁のような形であった」という証言もあります
08-12 19:57

袋槍共成るフクロナガサは 江戸期には無いと言う事なのかだが
08-12 19:58

RT @kamaeatte: 今読んでいるバート・S・ホール著「火器の誕生とヨーロッパの戦争」によると、中世の騎士の武具の変化は、戦場での騎士の役割が次第に急襲戦術(Shock Tactics)に専門化していったことを示しているという。11世紀後半に背板と前橋を高くした鞍ができ…
08-12 20:05

RT @kamaeatte: だった槍が右脇下に抱える特殊な武器となり、15世紀初めには胸甲に槍の支え具が付く。これらは槍に騎手と馬の重量を乗せて突撃時の衝力を生み出すための工夫で、そうした武具の進化から騎士達が密集隊形による騎馬突撃で敵陣を突き崩し潰走させる役割を担っていたこ…
08-12 20:05

RT @kamaeatte: 翻って騎士と同じような戦士階級であった日本の武士の武具を見てみると、始めこそ騎射戦に特化した大鎧を着ていたものの、その後の甲冑の変遷(胴丸や腹巻、最終的には当世具足)は専門化ではなくむしろ汎用化の流れを見せており、西洋とは対照的なのが興味深い。
08-12 20:05

RT @kamaeatte: 首取りの習慣なども含め、西洋の騎士と比べて武士の戦い方はより個人戦、個々の武勇にこだわる傾向が強かったと言うことができるだろうか
08-12 20:05

西欧甲冑もゴシック鎧やマクシミリアン鎧は下馬戦闘も可也考慮し イタリア式鎧も後期の物は考慮されていると言う事かも知れぬが 乗馬戦時には槍は https://t.co/OYIhElTLKc サンロマーノの戦いの絵では多いだろうから 15世紀には主力と成っていたのかだが
08-12 20:16

西欧軍も ニコポリス等のトルコ軍重騎兵の影響で 騎兵槍が増えた可能性は有るのかだが
08-12 20:19

https://t.co/5LM8A93ues >戦闘は午前10時に始まり、午後4時に終わった。オスマン帝国の旗艦が捕獲され、ドン・ファンの意向とは反対に敵の司令官アリ・パシャは捕らえられ斬首された。スペインの旗艦のマストにアリ・パシャの首が掲げられたことで、オスマン帝国側の士気は崩壊した。
08-12 20:34

レパントだとトルコ軍司令官 アリパシャの首をスペイン軍が晒しているが こうした事はキリスト教徒相手には行われなかったと言う事なのかだが
08-12 20:34

https://t.co/zqOkqFBKdw  >ニカイア攻囲戦 >この戦いの後、勝った十字軍側は投石機でセルジューク兵の首を城壁内の市街に投げ込み、立てこもる市民を脅かしたという(下の写本挿絵参照)。
08-12 20:45

1097年のニカイア攻囲戦で 十字軍がセルジューク兵の首をカタパルトで投げ込んでいるが キリスト教徒相手には こうした事は無かったと言う事なのかだが
08-12 20:48

https://t.co/cM7FzQTedm >また、師直は大規模な合戦の中で軍の機動性を発揮させるため、顕家との戦いの中で、分捕切捨の法(ぶんどりきりすてのほう)を初めて採用した[31]。これは、戦功確認として斬った敵将の首を一々軍奉行に認定されるまで後生大事に持っているのではなく、
08-12 20:52

>近くにいる仲間に確認してもらったらすぐその場に捨てよという、当時としては画期的であると評される軍令である[31]。   足利軍の分捕切捨の法と言うのも 後には一般化したのかどうかだが
08-12 20:54

https://t.co/8EaY5OtVcP 1340年のドレリウムの戦いの絵でも 騎士の槍は大量に有るだろうが この時点で集団運用されていたのかだが
08-12 21:01

RT @Armored2020: @kamaeatte 平安時代は馬上の鎧武者が騎射を行い軽装の徒士(当時の侍)が白兵を行う形でしたが白兵戦全盛期の南北朝時代は割と重装の鎧武者が白兵戦の中心になり軽装の徒士が射撃戦の中心になるなど割と西欧に近い逆転現象などもあっ…
08-12 21:03

南北朝期の騎兵の場合 槍主体の乗馬突撃は無いが 薙刀が多目なのかだが 戦国期の関東武者の場合は 槍主体の乗馬突撃が少単位では有るが 有ったと言う事なのかだが
08-12 21:05

南北朝期でも楠木正儀が 槍を多用したと言う意見も有るが 乗馬突撃時も槍が多かったのかどうかだが
08-12 21:06

https://t.co/3bIlhVIMSj 赤松円心・楠木正儀の槍は 基本的に歩行戦で利用と言う事なのかだが
08-12 21:19

https://t.co/1WNUIGtguY 12世紀末辺りの絵だと 槍を抱えてのランスチャージが明確に描かれると言う事なのかだが
08-12 23:14

https://t.co/u8gFPBjLIO 12世紀末でも ランスチャージの槍が多い絵は有るだろうが この時点では槍の標準化は無いと言う事なのかだが
08-12 23:17

https://t.co/xY9RHhdFBL 11世紀のバイユーのタペストリーでもノルマン騎兵の武器は槍が大半だろうし 此れが後でランスに置き換わったと言う可能性も有るのかだが
08-12 23:30

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