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07/06のツイートまとめ 

boukenkyuu

東国でも佐竹軍は 銃は多いだろうが 関ヶ原時点で馬上筒は有ったのかどうかだが
07-06 08:47

村上水軍の高精度の阿波筒で 信長の鉄甲船の銃眼が狙撃された例は有るのかだが 鉄甲船も銃眼が狙撃出来ない様な距離から 大鉄砲を放った可能性も有るのかだが
07-06 10:30

合武三島流船戦用法だと 銃・弓船は大型船が利用されると有るが 小型船が多い村上水軍でも安宅船が利用されたと言う事なのかだが https://t.co/0ztjCYJK8z
07-06 12:55

下の石火矢船と言うのは フランキ砲装備の船なのかだが 3門以上の装備は無いと言う事なのかだが https://t.co/7eroJZRcOh
07-06 13:01

武具 鎖付き十手 https://t.co/tieYaSw0xD 戦国期の戦場用十手に 鎖装備の物は有るのかだが
07-06 13:16

https://t.co/rFV0vAvb5K 戦場用十手も2尺・1kg台等の両手用の物なのかだが 鎖が有るとしても両手用鎖鎌の様に 鎖は先端部に付くのかだが 短十手と刀の二刀流は 1対1では基本的に利用されなかった可能性も有るのかだが
07-06 13:21

そうした大型の十手を持つ者だと 小型の十手も組討や2刀流用等に装備している例も有るのかだが
07-06 13:24

主武器が鈎槍の物が 近接戦でも鈎付き武器を利用したいとして 十手を装備していると言う可能性も有るのかだが
07-06 13:32

鎌槍を使う者が 近接戦でも鎌を使っていると言う例は有るのかだが 十文字槍利用の者が似た様な枝の付いた十手を 利用する例も有るのかだが
07-06 13:39

https://t.co/tK2WxJjb5c 中央の鎖分銅が2つ装備される十手は 両手持ちと言う事なのかだが 鈎に刃も有るし 戦場用の物で類似の物が有った可能性も有るのかだが
07-06 13:44

そうした鎌が有るとしても両手用と言う事かも知れぬし 鎖が付いている例は有るのかどうかだが 組討或いは2刀用に 片手用の鎌も装備する例も有るのかだが
07-06 13:54

鈎付き契木を主武器として使う者が 近接戦用に両手用の鎖付き十手を装備する様な例は有るのかどうかだが 片手用の鎖付き十手を組討で使う例等は有るのかだが
07-06 13:59

長柄鎖鎌を主武器とする者が 両手用鎖鎌を近接戦用に装備し 組討・2刀流用に片手用鎖鎌を装備する例も有るのかだが
07-06 14:10

そうした銃・弓装備の大型船も 厳島や木津川では焙烙火矢・火矢を大量に放ったと言う事だろうが 文禄・慶長の役では火炎攻撃では無く 船の鹵獲が優先されていたと言う事なのかだが
07-06 14:43

鹵獲優先としても 銃眼等は狙撃していたと言う事なのかだが 発火性の無い毒弾や煙玉等は投入されたのかだが
07-06 14:53

https://t.co/mgTgEGgn0v >銃床尾に,負い紐などを通すため輪足穴がある。  https://t.co/0Y1gQMSxVq 雑兵物語だと背負い紐は 穴には通されていないし 手貫緒を装備する為の穴の可能性も有るのかだが
07-06 15:21

武道芸術秘伝図会でも 背負紐は穴には通されていないだろうか https://t.co/gJZSNg3XYR
07-06 15:22

こうした反動を抑える紐も 穴には通されていないと言う事なのかだが 足軽はこうした物は使わず 士の大型銃で使われたと言う事なのかだが https://t.co/S1mKJ7iO5t
07-06 15:25

>この火縄銃にあっても頬の当たる銃床尾部分を削り傾斜をつけ,標的を真っ直ぐに狙らえれるようとの工夫がみられる。これは現代銃でも同じような加工がなされており,荻野流の先進性や研究熱心さの現れとして,注目に値する。   西欧の18世紀のライフル銃では 同様の構造は有るのかだが
07-06 15:30

https://t.co/tfgsHmV4xu >薩摩筒には、ピープサイトのものが見られると澤田平さんの御本に書かれていたことは知っていましたが、まさか本州でこんな火縄銃が作られていたとは、驚愕としか言いようがありません。なぜならピープサイトは、わりと新しい照準方式で欧米でも18世紀に出現したものと考え
07-06 15:51

こうしたピープサイトも 18世紀の西欧のライフル銃の物が移入された可能性も有るのかだが
07-06 15:51

https://t.co/NdsPYvVzZm >火縄銃は侵攻作戦よりも,次発装填を安全かつ確実に行なえる環境,つまり陣地や城砦のような身を隠せる防御戦に適した兵器なのである。   一方でオランダ・スウェーデン・島津軍は 装填しながら突撃をする戦術を利用している訳だろうか
07-06 16:26

https://t.co/j2h51IG3qM >朝鮮の役の時,加藤清正は,磨き筒の鉄砲五百丁を先陣に立て,備えを厳重にして行軍したと常山紀談は記している。  >おそらく,加藤清正が朝鮮の役に持ち込んだ磨き筒の鉄砲というのは,出陣にあたり使い慣れた鉄砲の錆を落として,銀色に磨き立てたものだったろう。
07-06 16:39

>銀色に磨き立てたのは,敵や味方にそれを示すことにより,武備が厳重であることを示し,味方の士気を高め敵に脅威を与えるためだったに違いない。   https://t.co/5xgrtGNr4E 碧蹄館で立花軍が 金兜や刀槍で光を反射させ突撃したが 磨き筒も此れと同様の事を行う為の物の可能性も有るのかだが
07-06 16:44

清正も銀の兜が有るが 一般兵も銀の兜を装備して 立花軍の様に光を反射させていた可能性は有るのかだが 龍造寺軍も金の兜が多いと言う事だっただろうか
07-06 16:46

https://t.co/cS3aIlHlhs 1566年の遠藤秀清・俊通兄弟の三村家親の狙撃では 短筒が使われたと有るが 馬上筒はこの時点で有ったのかどうかだが
07-06 17:26

剣道だと目を牽制してからの打撃と言うのも 多いだろうが 古い剣道だと目を牽制して上に目を向けさせてから 足払いと言うのも多かったのかだが 目を牽制してから低い位置に飛び込んで斬るか テイクダウン等を狙う例も有るのかだが
07-06 18:08

https://t.co/xsBrV9NuOm https://t.co/BlWMJEcjpI ステルスパンチ的な足払い・前蹴りからの頭部横斬り等と言うのも 有るのかどうかだが
07-06 18:11

RT @kamaeatte: 永禄六年(1563)の毛利元就による白鹿城・熊野城攻めの際の吉川元春勢の軍忠状が残っているので、負傷武器と負傷箇所の円グラフを作ってみた。これによると吉川勢では44人が負傷し(うち1人は二か所を負傷)、5人が討死している。負傷者の負傷状況はわかるが…
07-06 18:41

RT @kamaeatte: 死傷者49人のうち名字のある侍と思われる者が30人、中間が19人。寄せ手を負傷させた武器はほぼ飛び道具で、中でも鉄砲が圧倒的に多い。白鹿城や熊野城は山城なので、鉄砲による俯射が効果を発揮したのだろう。負傷箇所も足や手といった甲冑で比較的守られていな…
07-06 18:41

RT @kamaeatte: しかしこれだけ鉄砲が猛威を振るっているにも関わらず甲冑で(比較的)守られていない箇所の負傷が多いということは、裏を返せば甲冑で銃弾をある程度は防げたということだろうか。実際、鉄砲傷33を子細に見ると、その負傷箇所は多い順に足9、手8、腰5、股4、首…
07-06 18:41

毛利元就による白鹿城・熊野城攻めは 1563年だが この時点でも銃での負傷が7割も有ると言う事なのかだが 銃での甲冑部分のダメージが極小なのは 垣盾と甲冑を同時に貫通する程の威力が有る銃は 少ない故と言う事なのかだが 竹束は西国には未だ無い訳だろうか
07-06 18:48

一部の兵は攻城戦用に 胴の装甲を厚くしている可能性も有ると言う事だろうか 防弾考慮の厚い垣盾越しに こうした物を貫通するのは通常の銃では困難と言う事だろうか
07-06 18:51

武田軍だと1562年には竹束が有ると言う事かも知れぬが 西国では1578年でも無いと言う事なのかだが 一方で防弾仕様の厚い垣盾や 土俵は利用されていたと言う事なのかだが https://t.co/z0rUUdGAik
07-06 19:02

鉄盾も沖田畷では有馬晴信等の防弾用に出て来るだろうが 1560年代等には有ったのかどうかだが
07-06 19:03

矢は垣盾で遮断されるので やられる者は1割程度と言う事なのかだが 礫も盾を粉砕する様な物が投げられたのかだが 太平記に出て来る攻城戦用の練皮を貼った様な盾なら 粉砕され難いのかだが
07-06 19:10

https://t.co/baJFXnIpyM >今度は質てを替て可責とて、面々に持楯をはがせ、其面にいため皮を当て、輒く被打破ぬ様に拵て、かづきつれてぞ責たりける。   楠木軍もこうした練皮を貼った楯は石で破壊し難いと見て 熱湯をかけたと言う事なのかだが
07-06 19:21

そうした垣盾で守られる状況で 騎馬武者がやられた例が有るとすると 盾を貫通した弾丸が首や 胴の隙間等に命中した物が多いと言う事なのかだが
07-06 19:29

https://t.co/m2xOdLwMCW >名和弓雄氏の著書「長篠設楽原合戦の真実」には、実験を交えて竹束についての記載があるが、竹だけで丸く縛られた竹束は、至近距離からの銃撃でたやすく貫通してしまうので、粘土に小石を混ぜて布で包んだものを竹で巻いて作られていたそうである。
07-06 21:06

車竹束等の移動式の竹束には 粘土や石は 重いので詰めては無い可能性も有るのかだが
07-06 21:07

https://t.co/0LarSYacDs 士の銃は自前の物だったかも知れぬが 足軽用の10匁貸筒も有るのかどうかだが
07-06 22:30

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