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2021.09

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07/05のツイートまとめ 

boukenkyuu

山中幸盛の具足と言うのも 同時代の上杉謙信が装備している様な 最上胴的な物と言う事なのかだが
07-05 11:23

上杉景勝の初期の天正前期の具足と類似の物も 山中幸盛が装備していた可能性は有るのかどうかだが
07-05 11:33

西国だと下馬戦闘に不向きな 大立挙脛当や 重い下ジコロ 大型の喉輪的垂の付く面頬等は 余り無い可能性も有るのかだが
07-05 12:23

中国地方は特に山が多いし 山中幸盛は末期にはゲリラ戦を多用したなら 可也軽い鎧を装備していたのかだが
07-05 12:32

https://t.co/fFYvaaUpvH 一方で毛利家の益田元祥の鎧には 大立挙脛当や喉輪が有るが 下馬戦闘用なのかどうかだが
07-05 13:42

山中幸盛の兜も 末期では軽量な古頭形的な物の可能性も有るのかだが 上杉謙信の古頭形兜も複数残るだろうか
07-05 13:55

陣羽織も謙信時代には有るだろうが ゲリラ戦を考慮して撥水性の高い物が利用された可能性は有るのかだが
07-05 14:11

RT @kamaeatte: この津和野城城付武具の火砲1019挺の中に、口径三匁五分の馬上筒が61挺ある。仙台伊達氏や加賀前田氏、肥後加藤氏などにも馬上筒の部隊ないし戦術があったようだし、この時期は西洋と同じく日本でも馬上筒がトレンドだったのだろうか https://t.co
07-05 17:29

https://t.co/nlCrj3g564 馬上筒も左の様な六匁より小型の物は 散弾利用は無い可能性も有るのかだが
07-05 17:31

https://t.co/5EJOmaT4GT 左の関流の銃には 手貫緒を装備する穴が 馬上筒とされる物以外にも有る様に見えるが 50匁の物等も馬上利用を考えているのかどうかだが
07-05 19:18

https://t.co/CUSkcxoNnF >銘には力薬9匁と彫られている。このサイズの鉄砲の実弾射撃には火薬6gか7gあれば十分だ。9匁とは約34gだから通常の5倍の火薬を詰め込むことができるということになる。  こうした量の火薬を入れて 銃身は保つのかどうかだが 厚くして巻張を何重もすれば保つのかだが
07-05 19:40

>この鉄砲の重さは約5.1㎏しかない。34gの火薬を入れて空包演武したならば,鉄砲自体が真後ろめがけて飛んでいくに決まっている。   紐で反動を抑える技も有る様だが 何処迄使われたのかだが
07-05 19:41

https://t.co/DO9wIQIMHD 恐らく帯に紐を結ぶか 足で紐を踏んで反動を抑える方法も有ると言う事だろうか
07-05 19:44

>尾張藩 要流の火縄銃イメージ 1  口径 5分5厘  銃身長 2尺5分2厘 愛知県登録 銘 二重巻張 国友小池故藤二春房 力薬九匁     こうした二重巻張の高級品の銃は 皆火薬を通常の5倍に迄増やせると言う訳でも無いのかだが
07-05 19:46

https://t.co/0CKEJn3Ad0 >これは流祖の関之信の師である丸田九左衛門が、長崎で南蛮人から遠距離射撃の極意を学び会得し,ヨーロッパの影響を色濃く受けたことに由来すると思われる。  欧の緩発式火縄銃は 100m超の遠距離射撃は考慮していないと言う事だっただろうが
07-05 20:24

西欧の砲の遠距離射撃技術が 関流の大型銃や大筒の射撃技術に移入されたと言う可能性も有るのかだが
07-05 20:25

https://t.co/quSRFBKYz3 >関流炮術は、大口径火縄銃や大筒の遠距離射撃を得意とする炮術流派で、他流と異なり入門1年目は扱いの難しい十匁玉筒(口径19ミリ)の修業から始まる。  こうした大型銃や大筒の遠距離射撃に 欧の大砲の遠距離射撃技術が一部導入されたと言う事なのかだが
07-05 20:33

RT @TimeRary_: 【COVID-19関連情報】[東京都]■7/5(日)の新規感染者数内訳新規感染確認者数 111人(-20)※うち重症者0人(59日連続)濃厚接触者等 58人(-27)調査中 53人(+7)詳細不明 0人▼陽性率(7日間平均)…
07-05 20:43

東京の経路不明者は増えたが 日曜は此れは保健所が 余り追えないと言う事かも知れぬが こうした水準が続けば カリフォルニア的な飲食店制限や 認証マークの無い店の夜間等の営業が規制される可能性も有るのかだが
07-05 20:46

RT @take_nakanishi: @kamaeatte 『宇都宮高麗帰陣物語』に宇都宮国綱が西国の武者はみんな馬上筒を携えていると驚いている様子が書かれていますね。
07-05 20:55

西国の騎馬武者は騎乗戦は少ないだろうが 敗走した敵を追撃する際或いは 逃げる際には馬上筒が 騎乗白兵戦や馬上弓が苦手な所為も有り多用されていたのかだが
07-05 20:57

明・朝鮮軍相手でもこうした馬上筒は利用されたと言う事なのかだが 散弾利用の物で無ければ騎馬弓には対抗し難いと言う事なのかだが
07-05 20:59

朝鮮軍陣図屏風では そうした馬上筒が利用されている場面は 何故か無いと言う事だろうか https://t.co/BzLowi4QLc
07-05 21:03

以後の合戦図でも見ないが https://t.co/nVYW9G7uaS https://t.co/Lkez282f3A https://t.co/527xgGN2mj 雑兵物語の軍馬には 皆馬上筒が有るだろうか
07-05 21:18

フサリアもタタールには 槍では無くピストルで対抗したと有るが 散開して散弾を放っていたのかだが 弓を持つ軽騎兵パンセルニや 戦車の銃砲の援護も有る訳だろうか
07-05 21:45

RT @take_nakanishi: @kamaeatte 鉄炮装備率の西高東低ですね。『常山紀談』には加藤清正が家中の士分に皆長さ1尺2寸ほどの鉄炮を持たせたとあったはずです。次いで、馬上で火縄の火を絶やさないようにするのは難しかったと、それが馬上筒であることを示す古老の…
07-05 22:04

馬上で火縄の火が消える事に備えて  https://t.co/kJpAv0r3JN 雑兵物語の左の足軽小頭の様に 手等に予備の火縄を装備していた可能性も有るのかだが
07-05 22:06

鍋島軍等の旧龍造寺勢力の馬上筒は 肥前的な大型の物が利用されたのかどうかだが
07-05 22:34

https://t.co/hMD1NGiyaB >そして平山城を包囲する一揆方の有働兼元軍を騎馬鉄砲[注、騎馬武者の馬首に鉄砲袋を備え、弾薬の袋を馬尻に掛けさせて「火車懸」の戦術を繰り出した]の先陣が引き離しつつ、第二陣に守られた輜重隊が城に兵糧を搬入、長槍の第三陣が有動軍を永野原において撃破し
07-05 23:04

肥後国人一揆で利用された立花宗茂の火車懸の馬上筒は 敵を牽制しつつ偽装退却するのに利用されたと言う事なのかだが
07-05 23:09

そうした立花軍の馬上鉄砲も 敗走した敵の追撃時や 立花道雪の長尾懸かりの様な乗馬突撃で利用された例は有るのかどうかだが
07-05 23:10

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