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2021.09

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03/19のツイートまとめ 

boukenkyuu

2115 時代物 槍 やり ヤリ 鎗 鑓 無銘 全長63cm 刃渡り27.2cm 反り無 茎24.5cm 銃砲刀剣類登録証付 https://t.co/iAlsw43RKJ 刃長27cm程度の槍としては 鋭い先端が有るだろうか
03-19 10:31

RT @mikarin_tokyo: 「CDCのディレクター、ロバート・レッドフィールドは、インフルエンザで死んだように見えるアメリカ人の一部が新型コロナ陽性であると認めた」今季、アメリカはインフルエンザの死亡者がとても多いという話だったけど、その中に新型コロナの死亡者がいた…
03-19 12:33

https://t.co/c2xlg1k9MQ >騎士の馬は中世ペルシュロン種、シュバル・ド・オーヴェルニュ種、リモージュ種、アルデンヌ種、ホルシュタイナー種などです。>当時の体高はどれも150センチ前後、体重は軽馬種で500kgから550kg、重馬種で600kgから650kgです。
03-19 13:28

>ちなみに一番人気だったのはシュバル・ド・オーヴェルニュ種で、オーヴェルニュの馬といえば最高の贈り物のひとつとして数えられました。> そんなシュバル・ド・オーヴェルニュ種は、現代でも平均体高が145センチで平均重量が630kgであり、写真で見ると驚くほどガッシリとした馬です。
03-19 13:29

騎士の馬も馬鎧が無い物は 体重は500kg台だった可能性も有るのかだが
03-19 13:30

>またシュバル・ド・オーヴェルニュ種の産地であるオーヴェルニュはフランス中央山塊に位置しており、彼らはどちらかといえば跳ねる馬です。600kgを超える体重でありながら足首は太く柔らかで、戦列に何度突っ込んでも無事に帰ってこれる馬でした。
03-19 13:31

騎士の馬もオーヴェルニュ種なら 山にも割に対応出来るのかだが
03-19 13:31

>クシャトリヤ騎兵は、体高が150センチから160センチ、体重が500kgから650kgのマールワリ種やカーティヤワール種に乗っていたのです。そのため馬鎧を着せていてもかなりの速度を維持できました。  8世紀の印の騎兵の馬は アハルテケ的では無い騎士の物に似た重馬だったのかだが
03-19 13:36

https://t.co/0RYQEA8YlT 左だとマルワリ種やカチアワリ種は モンゴル馬程度の体重しか無いが 軽量化されたのかどうかだが
03-19 13:39

https://t.co/c2xlg1k9MQ>また、この馬を失った唐はその後の安史の乱で良馬を大量に失い、急速に軍馬を増やし直したために、馬の平均サイズが小さく質も悪くなってしまいます。 結果的に人馬とも鎧を軽量化する羽目に陥り、鉄騎隊はその軍事力を大幅に低下させることになったのです。
03-19 13:51

宋や金の騎兵の馬にも可也装甲は有る様に見えるが 汗血馬を利用していた頃の唐の物より装甲は軽かったのかどうかだが
03-19 13:53

>特に太宗が導入した鉄騎隊は人鎧30kgと馬鎧80kgを装備する鋼鉄の怪物で、突撃の衝撃力で敵陣を破壊するのではなく、装甲と重量と圧力で敵陣を押し潰します。 そのため、唐は最盛期には中華全土に牧場を持ち70万頭もの良馬を保有していました。
03-19 13:55

汗血馬と言え共80kgの馬鎧は装備出来たのかだが 人と馬の鎧を合わせて80kgと言う可能性も有るのかだが 騎士も人間用鎧35kgで 馬鎧も同程度の重量だっただろうか
03-19 13:57

https://t.co/rC8Y2hutxC >フィールド(野戦)装甲は40 - 70ポンド(18 - 32キログラム)の重量だった。バーディングまたはホースアーマーは、重量が32キログラム(70ポンド)を超えることはめったになかった[54]。
03-19 13:59

風魔の下のクモヒトデに類似した物としては 鎖の先端に4つ分銅鎖が付く契木が有ったかも知れぬが 此れで絡める攻撃はしていたのかどうかだが https://t.co/FdW1ZiNojv
03-19 16:44

https://t.co/iubgScLUke 左の水滸伝の絵の扈三娘の套索の先端には 大量の鈎が有るが 古い絵では無いだろうし こうした物は果たして有ったのかどうかだが
03-19 16:46

RT @kerpanen: 「矢こぼれ根絶」弓道のベテランでも、会で矢こぼれしそうになり、口で矢を弓手の上に戻すことがある。でも釚(つく、または弭)があれば大丈夫。矢摺籐と握革の間に立てるL字型の金具だ。「止戈枢要」に「弭(つく)」の作り方がしるされているので、為朝も愛用し…
03-19 17:16

RT @kerpanen: 「保元物語」には釚を打った鎮西八郎為朝の強弓が、「太平記」にも釚を打った弓の描写がある。釚は強弓に用いると言う。弓に金具を「打ち込む」とは、たとえ丸木弓であってもひどい暴挙だと思っていたが「止戈枢要」では台座をつけて、針金で弓に巻くとあり、これならば…
03-19 17:16

後三年合戦絵詞の雁行の乱れの場面の 清原武衡の伏兵は 地形に対応する為か弓を横向きとして矢を放っているのかだが https://t.co/4EpXP6seis
03-19 17:26

https://t.co/irvvGtjY0B >金生遺跡からは焼けたイノシシ幼獣の下顎骨がまとまって出土しており、馴化して飼養状態において、食用に間引いていたとも考えられている。  縄文時代にはイノシシが飼い慣らされていたのかだが 以後はどうなのかだが 敵に突撃させる事等は行われたのかだが https://t.co/vginy1SYO6
03-19 18:30

https://t.co/v9MMJxAtT0 >当初は、稲作に役に立つウシやウマの肉を食べることが稲作の妨げになると考えられたが、時代が経つにつれて、ウシやウマに限らず、肉食そのものが稲作に害をもたらす穢れと見なされるようになり、ブタの飼育も途絶えてしまった。
03-19 18:36

飼育されたイノシシは弥生時代以降は豚に置き換えられた後 此れも律令時代には消滅したと言う事なのかだが
03-19 18:39

https://t.co/wlYPNVwdga >縄文前期からすでにブタが飼育されていた可能性が大きいことが分かった。しかし,縄文時代のブタは,骨格的変化が小さいことから,野生イノシシと家畜のブタが交雑可能な程度のかなり粗放的な飼育であったと推測された。
03-19 18:41

RT @kerpanen: 「まーこさんに殺される」大鎧武者同士の格闘戦。騎射戦の手練れも、馬から降りて打ち物をとったら、まーこさんには手も足もでません。ヘッドカメラ映像で、討ち取られる瞬間をご覧ください。3月13日、紅葉台木曽馬牧場で撮影。 https://t.c
03-19 19:40

分銅鎖の打撃で刀が正面から粉砕された例等は 果たして有るのかだが 横や峰側からの打撃で 折れた例なら有るのかどうかだが https://t.co/KsCgMrfsQI
03-19 19:56

袖で手裏剣や矢を 弾いた例等は果たして有るのかだが 弾け無く共母衣的に体迄の貫通は 阻止された例は有るのかだが https://t.co/NyvTHh2wWn
03-19 20:02

敵を他の敵に投げ付けた後で 2名同時に飛び道具で貫通させる様な例は有るのかだが 飛び道具では無く手持ちの武器を貫通させる例も有るのかだが https://t.co/1WekLjDLA3
03-19 20:13

https://t.co/wZyAYJpYGr 4つ分銅鎖が付く契木と言うのは https://t.co/CWhVz35i85 左の英信流資料『居合兵法極意巻秘訣』に有る物だろうし 刀を絡めてもぎ取るのに4つの分銅鎖が利用されると言う事なのかだが
03-19 21:00

此れは英進流の武器とすると https://t.co/U13A8v6X6l 17世紀迄は無い物と言う事なのかだが
03-19 21:04

口から油を吹き出す術は無いと言う事かも知れぬが https://t.co/ZkkdzC0EQN ファイアランス的な取火方は捕物でも使われたのかだが 射程は3mで持続時間は20秒程度なのかどうかだが https://t.co/ZJLQwp07jL
03-19 21:55

撒菱も竹筒以外では同時大量に放れるのかだろうし 少数手で投げても刺さる確率は低いが 一定の牽制には成ると言う事だろうか https://t.co/ElqIWz69K4
03-19 22:08

敵の分銅鎖を掴んで コントロールした例は果たして有るのかどうかだが https://t.co/Ca06rK0zB1
03-19 22:34

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