FC2ブログ

Category

2020.08

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  

01/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

寺紋―寺院の紋章 丹羽 基二 https://t.co/qH5uOqKkjq 僧兵の甲冑に左に有る様な 寺院特有の紋が入る例も有るのかどうかだが
01-15 12:25

神紋総覧 (講談社学術文庫) 丹羽 基二 https://t.co/iJUtknrwjO  神社の護衛兵・神人の甲冑や武器に 左の様な神社特有の神紋が入る例は有るのかどうかだが こうした紋が入る旗指物迄は利用していたのかだが
01-15 12:34

古式銃・指火式銃砲・ランタカ砲 ・古式銃・青銅製旋回砲(検索:大航海時代中世ヨーロッパオランダポルトガルコロンブスマゼラン) https://t.co/7GPvGzdXtv 此れは口径は2.3cmしか無いが 輸入品が日本の船舶で利用されたのかどうかだが
01-15 12:52

最高傑作!相州上工不動明王彫見事在銘『相州住綱廣』『寛永八年二月日』特別貴重刀剣鑑定書 https://t.co/1LLL5v0gMQ 不動明王の彫り物としては 幅は広い物と言う事なのかだが
01-15 13:03

RT @kerpanen: 明治陸軍の騎兵「永沼挺進隊」の人馬給養一覧によると馬糧は一日一頭が大麦3kg、高梁1.8kg、粟殻若干や、豆600g、高梁1.2kg、または稗1.8kgと干草7kgなど様々だが、高梁1.8kgと干草や、粟殻7kgのみの日が圧倒的に多い。それを176頭…
01-15 13:29

RT @kerpanen: 夏季なら生草を馬糧を補うこともできただろうが、敵戦線後方二千キロを進んだ永沼挺進隊の作戦は冬の内モンゴルで実施された。人馬の食糧はすべて現地で購入、運搬も現地雇用の馬車隊が行なった。馬車隊は戦闘地域に近づくと帰りたがり、その管理もたいへん。もちろん将…
01-15 13:29

● 武具 日本刀 < やり(両鎬ぎ) > 在銘 : 奥州会津住下坂 ● https://t.co/fvhmnKGTc3 両鎬の笹穂的槍と言うのも見ないが 刃長43cmの蜻蛉切より巨大な笹穂槍と言うのも見ないが 両鎬の物は有るのかどうかだが
01-15 14:14

保存刀剣 手柄山正繁 両鎬大身槍 新々刀大鑑所載槍!刃長54.8cm https://t.co/x0RUW1QGT1 中央に焼きが入る大身槍等も有るのかだが 表面付近だけ硬いなら 強度には余り影響は無いのかだが
01-15 14:21

【喜】身幅有素晴らしい出来の【美作国津山兼景作之】の一振り 見事な剣梵字彫り大槍 刀身のみ 101918 https://t.co/HDf7dnDP3G 剣の彫物が左右非対称なのは 何か意図は有るのかだが
01-15 14:32

https://t.co/8fa7LIZMcy 伝神功皇后の南北朝頃の物と言う大鎧の草摺は 7段有るが 南北朝期の打物戦に備えて 佩楯の代用として脚を保護する為の物と言う事なのかだが
01-15 14:45

上杉謙信の同様に佩楯無しで脚を保護する為か 8段の草摺の有る腹巻と言うのも有るが こうした物は南北朝期には有ったのかどうかだが 下馬戦闘には不向きの可能性も有るなら 騎馬武者の指揮官用と言う事なのかだが https://t.co/YdQ84dX3Y0
01-15 15:17

https://t.co/RBbJC4eYvg >湧泉とは、足の裏にあるツボで、足底を内側に曲げると人の字のようになる交点のくぼみ(図の赤丸)部分をいいます。剣道でも、左右の湧泉に体重を乗せることで安定した足運びが可能となるので、重要なキーワードのひとつです。
01-15 16:13

>ウルトラランナーたちの間では、メキシコのタラウラマ族の走りを学び、“かかと着地”は故障の元、今や“つま先着地”(フォアフットランニング)の時代となっているそうです。剣道の教えも、昔からフォアフット(湧泉)であった、ということですね。
01-15 16:15

>左足の湧泉が床から離れ、つま先重心(左足が外を向く人は親指側に重心がある)になってしまうと、左足の運びが床に十分伝わらず左腰が流れ、また右足重心になり、足幅も広くなってしまいます。その結果、居着き(いつき)、構えの崩れ、打ち急ぎ、出遅れが生じるのです。
01-15 16:16

剣道も摺り足では有るが フォアフット的な踏み込みが基本と言う事なのかだが 重心が前過ぎても問題は有ると言う事だろうか 体重が前脚に掛かり過ぎても脚払いを受けると言う事だろうか
01-15 16:18

https://t.co/GhQ3zjoqAh >靴を履かないランナーは、母指球または足裏全体で着地することが多い。このことは、裸足のランナーは接地時に足首を動かしており、それによって着地の衝撃が、靴を履いていて後足部で接地する場合よりも小さくなることを意味している。
01-15 16:22

>ジャンプして踵から着地したときと、つま先から着地したときの衝撃を比較してみてほしい。 表紙は、今回の研究に参加したケニアの若者たちの足である。彼らは靴を履いておらず、時には1日に20 kmも走る。その足は健康で強靱である。近年まで、誰もがこのような足をもっていたのだ
01-15 16:23

とは言え足裏に何も無いと 地形に拠っては石や枝等で傷付く危険は有るだろうが 石の入り難い足半+足袋と言うセットが そうした地形での野戦では良いと言う事なのかだが
01-15 16:26

https://t.co/MQonYvA2IC 日本で鎧の上に片肌脱ぎの服が有る例は 左の1351年成立の慕帰絵詞が初なのかだが 袖の無い鎧を装備する下位の騎馬武者が 片肌脱ぎ或いは通常の状態で 鎧の上に服を着ていた例は同時期に有るのかだが
01-15 17:48

三国志時代では騎馬民族の血が入らない者でも 馬上での止まっての打ち合いだけなら騎馬民族に引けを取らない者も居たのかだが 急旋回し後方の死角に回り込んで攻撃と言う様な事は 苦手だったと言う事かも知れぬが 集団戦でそうした事は何処迄出来るのかだが
01-15 17:54

集団での騎兵戦で互いに正面から全速でチャージする様な場合でも 騎馬民族の血が入らない側は体勢を崩されて 落馬させられる例が多かったと言う事なのかだが
01-15 17:56

曹操の精鋭騎兵・虎豹騎と言うのは 全員騎馬民族か騎馬民族の血の入る者だったのかどうかだが
01-15 17:57

騎射戦でも精度の差等で 騎馬民族騎兵が可也優位だったと言う事なのかだが
01-15 18:05

https://t.co/MJs4jKVmMr 諸葛亮は地形を利用し重騎兵には頼らない戦い方をしたが 姜維はそうでは無いという事なのかだが
01-15 18:45

https://t.co/bq7tIwhM9G 三国志時代でも攻撃用の戦車は使われたと有るが 騎兵に撃退されない様に騎兵等で護衛されていたのかだが
01-15 19:54

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://boukenkyuusha.blog72.fc2.com/tb.php/11038-648f5fb7