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2020.09

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12/30のツイートまとめ 

boukenkyuu

カムイの鎖帷子も 外伝後期では非リベット留めと成ったのか クナイが貫通しているが 機動性を考慮して草摺部分は無いと言う事なのかだが https://t.co/gtDhsUGqvH
12-30 13:37

クナイは釘・針形手裏剣よりコストが掛かるだろうし 道具も兼ねているだろうから 低コストの釘・針形手裏剣が切れた後に投じられる可能性も有ると言う事なのかだが 紐を付けて縄鏢的に利用される例も多いのかだが
12-30 13:44

技能の無い者は星型手裏剣を利用し クナイは投げないと言う事なのかだが 縄鏢的に利用するのも技術が要るから 此れも行う者は少数と言う事なのかだが
12-30 13:50

太刀紐にクナイが結ばれて 縄鏢的に利用される例も有るのかどうかだが 鈎縄の逆側に装備される例等は有るのかだが
12-30 13:53

https://t.co/J0eZTih1U4 >望月与右衛門 >同年12月、城方の兵糧米の奪取の命を受け、海側から城内に侵入、米俵13俵を奪い取る戦果を上げる。  米俵を13俵も奪えるなら 食料庫を炎上させる事は出来なかったのかだが 米は分散配置されていたと言う事なのかだが
12-30 14:17

幕府軍も甲賀忍者を100人雇える可能性も有ったなら 彼等に原城を同時攻撃させれば 食料庫は分散されていたとしても大部分は燃やせた可能性も有るのかだが
12-30 14:21

https://t.co/nSygSJdZDf >1637年に島原の乱が起こると、百余名の甲賀衆が参陣を求めた。しかし、多すぎると断られ10人だけが代表として参陣を許された。  百余名を上手く運用出来れば 原城は短期で陥落した可能性も有るのかだが
12-30 14:26

https://t.co/qm253jc0zE >早速その夜、黒田忠之の陣から敵城へと忍び寄り、海側に保管されていた兵糧を13俵盗み、松平に報告した。  甲賀忍者が100人居ても 海側以外への潜入は何処迄可能だったのかだが 海側から城の大部分を炎上させる事は 100人居れば出来た可能性も有るのかだが
12-30 14:35

甲賀忍者も最大10名で原城の海側から米俵を13俵運び出せたなら 100人居れば同じ程度の重量の爆発物を海側から大量に搬入して 城を可也炎上させる事も出来たのかだが
12-30 14:38

https://t.co/2VlJHjPjUV 海側に左に有る様なロケット推進式の大国火矢を大量に配置して 短時間で連射すれば対応は困難だった可能性も有るのかだが
12-30 14:50

https://t.co/2VlJHjPjUV >大国火矢は弓で射たり、手で投げたりするほか、台に複数本を設置し、推進用火薬に火をつけて一斉に飛ばすなどして使っていたようである。  https://t.co/EDLgSpPrye 大国火矢も明の背負式や設置式の発射機と同様の物は 果たして利用されたのかだが
12-30 15:08

https://t.co/zL2Ja0yMFU 1585年の千石堀城攻防戦で 火薬庫を爆発させたのは 伊賀忍者の棒火矢や大国火矢と言う意見も有っただろうが 果たしてどうなのかだが 原城の火薬庫を同様に大国火矢で 爆発させられる可能性は有ったのかどうかだが
12-30 15:19

欧州だと泥を屋根に塗って そうしたロケット兵器での炎上を防いだと有るが 原城の一揆軍はそうした事はしていたのかどうかだが
12-30 15:21

https://t.co/y3jaj558am イノシシも可也小回りが利く様に見えるし 低速時でも突き上げられて脚を斬られる危険も有るのかだが
12-30 16:14

此れでも高レベルの忍者なら回避出来る機動かも知れぬが 地形に不意に足を取られる等してやられる危険も有るのかだが 跳んで背中に乗る等して早期に止めを刺せばその限りでは無いのかだが
12-30 16:23

手突矢・手突槍は手裏剣とは違い戦場用武器だろうが 通常の構えの弓よりは連射速度は速く出来るかも知れぬが 騎馬武者用だろうし 戦国期の近距離での射撃戦で連発された例は有るのかどうかだが
12-30 19:52

手突矢も打根程度のサイズの鏃は有り 長さも通常の矢よりは可也長いと言う事なのかだが
12-30 20:09

手突矢も重い物なら 草摺や佩楯の皮札なら貫通する可能性も有るのかだが
12-30 20:16

https://t.co/F8Rb6A868w 手突槍なら竹では無く木が使われ 左のジャベリン程度の威力が有る物も有ると言う事なのかだが
12-30 20:24

https://t.co/uaTnAIDSJz >慶長の頃の記録であるが、諸大名が参勤交代や旅行で駕籠を用いるときに、非常時に対する備えとして、打根を駕籠の片隅に立てて乗ったといわれている。    慶長頃に打根は少なく共戦場用では無い物は存在はしていたと言う事なのかだが
12-30 21:00

ハシリドコロは同様の成分が有るベラドンナやチョウセンアサガオと異なり 江戸期の日本にも有るだろうが https://t.co/KVzfZDP9Sj >日本最古の医書“医心方(982年)にも“ロウトウ子、和名於保美久佐(オオミクサ)”と和名を充てていて、 https://t.co/DRkXNn5bHt
12-30 22:23

>ロウトウ子が伊豆、相模、安房、上総、近江及び讃岐国から典薬寮へ貢進されており、これらの産地と現在のハシリドコロの自然分布は比較的良く一致しているそうです。  982年には中国のロウトウと類似の物と見られていたのかだが 幻覚剤としては果たして利用されていたのかどうかだが
12-30 22:26

>漢名のロウトウ(莨トウ)は“のた打ち回る”の意で、中毒すると異常興奮し暗いところを求めてのたうち回ることから。  ロウトウも名前を見れば 危険な作用が有ると言う事は類推は出来るだろうが 果たしてベラドンナ同様に戦場での幻覚剤としての利用を考えた者は居たのかどうかだが
12-30 22:30

https://t.co/WlMeYNpY5N >鳶加藤は常陸国茨城郡の出で、小田原の風間次郎太郎を師として幻術を身につけたという。 鳶加藤は小田原で風間次郎太郎に幻術を学んだと言うし 相模国にはハシリドコロは有るから 此れを利用して幻術を使っていた可能性も有るのかだが
12-30 22:46

>『甲陽軍鑑』末書結要本と同じく幻術使いの名前は書かれていない。  鳶加藤も幻術は利用せず 風魔忍者に幻術を学んだ訳でも無いと言う事なのかだが
12-30 22:51

>長尾謙信のもとに「じゅつし(幻術使い)」がやってきて、得意とした牛を呑みこむ「呑牛の術」や扇で木をあおいで花や実をつけさせる幻術「生花の術」[2]を見せ、木に登って牛を呑む術を見破った男の首を斬ったところ、謙信が隠密だと見破って成敗したという永禄2年(1559年)の出来事が載っている。
12-30 22:53

鳶加藤では無いとしてもハシリドコロ利用の幻術を使う隠密が 戦国期に存在していた可能性と言うのは有るのかどうかだが
12-30 22:54

https://t.co/jkA8zaldMu 幻術師の果心居士も秀吉にやられたと言う意見も有るから 何処かの隠密だった可能性も有るのかだが
12-30 23:15

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