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2020.08

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09/02のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/Y5hEPa4O7P 少林寺でも使われる鉤と藤牌を組み合わせて 戚継光等の軍の少林寺の武僧等が利用した可能性は有るのかだが 清時代末期迄は此れは無いと言う意見も有るだろうか
09-02 11:17

鉤も甲冑の隙間を狙い難い先端では有るだろうが 尖る物が付いた例も有るのかだが
09-02 11:18

https://t.co/ojG8DDNnkI 一方で羅拱辰の兵には鈎の有る鈎鐮鎗が盾と組み合わされているが 戚継光の軍では此れは無いと言う事なのかだが
09-02 11:40

https://t.co/H5xJaon54M >手を焼いた官軍は様々な手を打ちます。それらの手の内、印象に残るのが狼兵の投入です。これは雲南省からベトナムにかけて住んでいる少数民族で、のちに太平天国にも参加している人々です。
09-02 12:12

https://t.co/BTHo4EjZi0 狼兵は https://t.co/7oVEQe6RbU 左の燕尾牌の利用が多いのかだが 騎兵やジャベリンを回収する犬も居ると言うが 20人で200人の倭寇を果たして圧倒等出来たのかだが 伏兵に弱いと言う欠点も有るのかだが
09-02 12:25

狼兵は毒の付いたジャベリンを利用すると有るが 犬は此れを安全に回収する様に訓練されていると言う事なのかだが
09-02 12:36

個人の戦闘能力は 狼兵と少林寺の武僧では 何れが強いのかだが 集団戦の対応力では後者なのかだが
09-02 12:41

兵として投入された数は 狼兵の方が少林寺の武僧より可也多いと言う事なのかだが
09-02 12:48

☆委託処分刀 在銘 尾州小牧住兼房作 上作 大型十字槍27センチ 古い鞘と後代作成の拵え付★ https://t.co/5IoYzTLCSv 天正期の刃長26.9cmの十文字槍と有るが 人間無骨程のサイズは無いが こうした穂先は3.6m程度の柄にも装備されたのかだが
09-02 13:01

https://t.co/xowoGKOyME 人間無骨は刃長38cmと有るが 柄は3.6mは有ったのかどうかだが
09-02 13:04

https://t.co/OdBWRvMjfF 戚継光の北方部隊では クォーター・スタッフを兼ねていた手銃(快鎗)が https://t.co/FmP5guxTOW 槍的な先端の有る大棒に置き換えられたと有るが 少林寺の棒術使いの兵が棒に代わり此れを利用した可能性は有るのかだが
09-02 14:02

https://t.co/GWXTsk3XoW >三男(隆信の次男)の江上家種は大力量の人であった。 >槍の柄は3間半あり、鉄を延ばして付けたので、あたかも羊侃の折樹槊とも言えよう。
09-02 14:19

>この槍で敵を突き貫いては投げ、突き貫いては投げなさったが、ある戦場では槍が折れて柄のみで振るい、薙ぎ回りなさって数十人が打ち倒されたという。常に樫の棒の1尺周りを八角に作り、筋金を伏せて拵えた。これで薙ぎ倒しなさると、側に近付く者はいなかった。
09-02 14:20

日本にも金砕棒に槍先が装備された様な武器が有るが 明の大棒の影響は有るのかどうかだが 強い打撃で槍先が折れるリスクも有ると言う事なのかだが 西欧のメイスには細い槍先が付く例が有るだろうが 折れていたのかどうかだが
09-02 14:21

戦国期に槍が主武器と成った後の金砕棒は 槍先が付く例も多かった可能性も有るのかだが
09-02 14:24

https://t.co/J6tBiRImrN 対倭寇戦に投入された狼兵は 古式ムエタイの壮拳を利用していたのかだが 後で倭寇側に付く者も多かったのかどうかだが
09-02 18:26

>彼らの武術が肘を多用するのは、手には基本、刀を持っているからだと思われます。飛び込みざまに通り抜けて切りつけ、それが受け止められたら肘や膝を叩きこむ。その勇猛果敢な戦闘法は、現在も太拳の中に受け継がれています。 武器を利用する際の組討の当身は 他の勢力も同様と言う事なのかだが
09-02 18:30

倭寇の日本人の柔術は 1550年代だと骨法・竹内流及び念流・堤宝山流等の剣術に付随する物以外は無いと言う事なのかだが 天正期だと荒木流拳法も有るだろうが 陰流等の日本式剣術を利用する倭寇の明人は 日本式の柔術も利用していた可能性も有るのかだが
09-02 19:15

https://t.co/MCQqvv7g74 >明末、倭寇(わこう)の鎮圧に活躍した武将の一人、戚継光(せきけいこう)は拳法の効用を積極的に認め、軍隊強化の基礎訓練にこれを採用した。彼が1584年(万暦12)に著した兵書『紀効新書(きこうしんしょ)』には、全18編のうち1編を「拳経(けんけい)」にあて、
09-02 20:41

>各門派の技法から選んだ三十二勢法の図を載せている。   戚継光の軍の場合は 利用する拳法は特段規定されていない可能性も有るのかだが
09-02 20:42

https://t.co/4NUhs8eRyp >拳経という巻では「拳術は実戦では使う物ではないが、兵器の基礎を養うために必要である」として、宋太祖三十二勢長拳という物を解説し、またこれを土台に含めて独自の調練拳法を制定しています。
09-02 20:50

戚継光の拳術は実戦で使う物では無い等と言うのは 武器の無い素手での柔術は 実戦利用は余り無いと言う意味なのかだが 武器利用時の柔術は訓練していたと言う事なのかだが
09-02 20:51

「秀吉から拝領」伝承の十字型洋剣、400年前に国内製造が判明  https://t.co/xiZtWydAkI 大型のモンタンテや3/4板金鎧迄秀吉時代に国内製造されていた可能性は有るのかだが 戦闘に利用迄は無いと言う事なのかだが
09-02 21:37

レイピアやブロードソードの護拳部分が変形コピーされて 刀に装備された例等は有るのかどうかだが
09-02 21:39

水口レイピアは17世紀前半のレイピアの模造品と言う事の様だが 16世紀にも作られていた可能性は有ると言う事なのかだが
09-02 21:44

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