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2019.11

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07/01のツイートまとめ 

boukenkyuu

狼の口・ヴォルフスムントでレオポルドが 氷が張りかけた湖を馬に乗って渡っていたが 馬の上に乗れば短距離であれば移動は可能なのかどうかだが 人が水中に入ってもhttps://t.co/5AHUHUtSU9 水温4度程度なら 4分泳ぐのは特段問題は無いのかだが
07-01 10:42

漫画の場面に有る 氷が張りかけた程度の水温の湖に落ちた板金鎧装備の騎士が 短時間で行動不能と成ると言うのは 現実には無いと言う事なのかだが
07-01 10:44

https://t.co/IPmPuH27y8 現実のモルガルテンの戦いは湖の沿岸部では行われず 湖に落ちた騎士も居ないと言う事なのかだが
07-01 10:54

https://t.co/xhCAsxbTOP  戦場付近の地形も 漫画で有る様な断崖等は無いだろうか
07-01 11:03

https://t.co/qi6u12GAfT 敗走する際に湖に逃げた兵は 居ると言う事なのかだが 騎士は泳げるなら 意外と逃げられていた可能性は有るのかだが
07-01 11:07

1315年ではコートオブプレートの板金は胴だけだろうが 此れで泳いで手足を連続で動かせば 水中でも熱は溜まり得るのかだが
07-01 11:14

飛び込みからのフェイントでの撹乱では無く 飛び込みからのかつぎで打つ位置を読み難くして 相手を居付かせると言う例は有るのかどうかだが
07-01 11:24

相手が居付かなかった場合は かつぎではカウンターを受ける危険が有るから こうした事は相手が可也戦意喪失気味で無い限り 無いと言う事なのかだが
07-01 11:26

担ぐと見せて担がず 相手が此れで居付いたら攻撃と言う方向も有るのかどうかだが
07-01 11:36

RT @kirinosakujin: 戦国島津氏の忍びは基本的にはいくさ忍びといってよいと思います。「伏草」とか「野伏」と呼ばれ、奇襲・放火・攪乱などの非正規戦に従事しています。身分的にはどのような人々か明らかにするのは難しいですが、村の侍百姓や百姓も動員されていることもわかり…
07-01 13:38

RT @kirinosakujin: その棟梁は判明しているだけでも松浦筑前守、浜田民部左衛門、赤塚源太左衛門尉などがおり、松浦は比較的上層武士である足軽大将だった可能性があります。また情報収集・伝達に関わる「山潜(やまくぐり)」という特殊技能の持ち主もおり、修験者の実態と重な…
07-01 13:38

島津軍の忍者と言うのは 騎馬武者レベルの者は居ないのかだが 攻撃用の忍者が多いのかどうかだが
07-01 13:39

島津軍には足軽大将の忍者が居たと有るが 川中島合戦図の足軽大将は騎乗しているから 騎馬武者クラスの者と言う事なら これ以下の位の騎馬武者の忍者は他にも居たと言う事なのかだが https://t.co/Hdx0zeHXMR
07-01 13:57

足軽に随伴している 警護与力的な騎馬武者の忍者と言うのも 居る可能性は有るのかだが
07-01 14:04

下の両端の尖るナエシと同程度のサイズの 巨大棒手裏剣と言うのは有るのかどうかだが https://t.co/Kb7jAtRTMq
07-01 14:37

心臓への打撃と言うのは 心臓震盪を狙う物なのかだが https://t.co/z60O8rr9uS タイミングが合わないと此れは起きないかも知れぬが 胸を強打すれば呼吸困難とは成るだろうが 板金鎧相手にはハンマー等が必要なのかだが https://t.co/bkwaPJO77P
07-01 15:22

風魔忍者の騎乗している者は 馬足軽的な者も含まれるのかだが 騎乗する盗賊が多いと言う事なのかだが
07-01 18:13

RT @HIRAYAMAYUUKAIN: @kirinosakujin 東国では、かまり、野臥、忍の者は、足軽に分類されていますので、棟梁が足軽大将というのは、腑に落ちますね。
07-01 19:54

RT @kirinosakujin: @HIRAYAMAYUUKAIN 島津と大友が戦った高城合戦(耳川合戦)では、島津は「伏草」と呼ばれる集団を、じつに3000人も動員しています。どう考えても正規の武士ではなく、百姓や牢人、武家奉公人的な雑多な人々で編成されているのではないか…
07-01 19:54

RT @kirinosakujin: 続き)戦国島津氏の忍びは岩剣合戦、木崎原合戦、高城合戦などで「伏草」「山潜」などが活躍しているが、敗北や失敗例もあり。天正11年、肥後の堅志田城を攻めるとき、松浦筑前守が30人の「忍衆」を率いて攪乱工作をして、成功したら合図の狼煙を上げるこ…
07-01 19:56

RT @kirinosakujin: そのうち鉄炮の音が聞こえてきたので失敗したわかったと、上井覚兼が日記に書いている。戦国島津氏研究の一級史料『上井覚兼日記』には少なからず、忍びの記事が散見される。また個人的にもっとも印象深くて同情するのは、豊後侵攻のとき、天下の天嶮、岡城に…
07-01 19:56

RT @kirinosakujin: 彼は岡城の弱点を知りたいという義弘の意向に応えて城中潜入を志願。首尾よく潜入に成功したものの、着衣などから島津方とばれてしまい、城の隅に追い詰められ、崖近くの岩に隠れたものの、ついに力尽きて墜落。写真のような高石垣の舌は数十メートルの断崖絶…
07-01 19:56

RT @kirinosakujin: 思い、その子を武士に取り立てたという。また庄内の乱でも持久戦だったせいか、士気の緩みがあったらしい。上方にいた義弘が息子忠恒に宛てた書状には、敵の伊集院方との境目に出かけた「伏草」が弁当を持参したり、炊事のためか煙を立てたり乗馬をいななかせ…
07-01 19:56

RT @kirinosakujin: 油断を戒めている。馬をいななかせているのは「伏草」が乗馬による攪乱も行っていたことを間接的に裏付けるか。百戦錬磨の義弘から息子はじめ近頃の若いもんはというため息が聞こえてきそうである。庄内の乱では伊集院方を支援する加藤清正の山潜を捕捉して、…
07-01 19:56

島津軍にも乗馬忍者が居たと言う意見も有るが 風魔的な戦闘・撹乱用では無く 長距離移動や偵察用に馬を利用したのみの可能性も有るのかだが
07-01 20:08

東国では忍者は足軽に分類されると有るが 足軽と言うのは足軽部隊であり 此れを支援する足軽大将的な者及び 支援用の警護与力的な者も含まれている可能性も有るのかだが
07-01 20:09

岡城の高石垣から島津軍の忍者が 逃げ切れず落ちたと言う記述も有るが https://t.co/gP2YYs6GZo 長さ10mの鉤縄等も有るが 此れ以上の物は忍者は利用していたのかだが
07-01 20:38

https://t.co/KwuG6p9H2T 石垣の傾斜の緩い下部迄鉤縄で降りて ここからは転げ落ちれば 助かった可能性は有るのかどうかだが
07-01 20:44

赤い所は鉤縄で下り 此処から下は植物が有れば此れを伝って降りる事は 可能なのかどうかだが 中間的な忍者ではそうした技術は無いと言う事なのかだが 盗賊ならどうなのかだが https://t.co/iqwfL0DZKe
07-01 21:24

鉤縄で降りている際に 此れが切断されてやられる例も漫画等では有るが https://t.co/jJ85Qdwn6U  鎖が先端に付くタイプなら 切断は刀では容易では無いと言う事なのかだが 鎖や縄が銃で切られる危険も有るのかだが
07-01 21:46

鎖や縄が銃で切られてやられるか 或いは薙刀や両鎬槍等で縄部分が斬られてやられる 或いは落下中に狙撃される可能性も有るが 此れは近距離だが横に移動して幾らかは回避出来るのかだが
07-01 22:08

https://t.co/dku2aTPWPG 左の様な大型のスローイングスパイクの作成例も有るが 棒手裏剣で同程度のサイズの物は現存するのかだが
07-01 22:41

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