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2019.11

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06/09のツイートまとめ 

boukenkyuu

順手・逆手のスイッチ中に 攻撃を受けない様にする必要は有るだろうが 2刀では片方はスイッチせねば防御に使えるだろうが 安全と見れば2刀が同時にスイッチされる例も有るのかだが スイッチすると見せて敵の攻撃を誘い カウンタ-と言う例も有るのかだが
06-09 10:25

逆手で近接戦を挑む相手を 引いてアウトレンジと言うのも 密集した集団戦では余り出来ないと言う事だろうか
06-09 10:28

https://t.co/sbguj77XPW 実物のバックラーの背面の写真も有るが グリップは棒状であるなら ベルトで持つペルシャ的な盾の様に 持った儘組討はし難いと言う事なのかだが 盾での打撃力はこちらの方が上かも知れぬが 組討が出来た方が良いと言う事は無いのかだが
06-09 10:53

https://t.co/7e85hCHbfV トルコの盾もペルシャ的にベルト式なのかだが 小型の盾でも小刀よりは敵の剣を受け易く 敵の視界も奪え 小刀と異なり持った儘組討も出来るが 何れが有用なのかだが
06-09 11:00

https://t.co/VPs3GTZTvO ペルシャ的な組討も出来る盾なら 剣を同時に持つ事も出来るだろうが この盾だけ2枚持ち両手で組討もしつつ攻撃と言う様な例は 有るのかどうかだが 盾にスパイク以外の武器が装備される例は有るのかだが
06-09 11:21

https://t.co/pmPuHH57St こうした印の武器装備の盾も ペルシャ的な盾同様にベルト持ちだろうが これを2枚装備して組討もしつつ戦った者は居るのかどうかだが
06-09 11:38

武器装備の盾2枚+剣2本と言う様な組み合わせは 何処迄有るのかどうかだが
06-09 11:51

https://t.co/kaGOKYab20 >現代は明治期に本阿彌平十郎が考案したと言われる「金肌拭い」が主流である。 金肌拭い自体は江戸時代からあったと伝えられている。   江戸期以前に金肌拭いが 一部の高級品に行われていた可能性は有るのかだが
06-09 12:21

https://t.co/ETrlI912BS  >実際は「金肌拭い」は既に慶長(1596)から行われていて,“鞘店研ぎ”という安研に用いられていた。これは刀の錆びた箇所だけ上鏡寺砥石で研ぎ,その鑢目を中名倉砥で取り,次に小名倉砥で研いだあと,あわせ砥に簡単にかけ,最後に金肌で拭う,と云う手抜き研ぎを
06-09 12:34

とは有るが 全面が金肌拭いされた例も或いは同時期に有るのかだが 中国の技法と言うから 15世紀の日明貿易或いは此れ以前にも入っていた可能性は有るのかだが 事林広記が出た南宋期以前には無い可能性も有るのかだが
06-09 12:36

https://t.co/AC5BvXFG5u 胸板直下に こうした大型の金具が入る例は 戦国期には有るのかどうかだが
06-09 12:56

こうした剣装備の盾は ジャマダハル的であるし 印にしか無い可能性も有るのかだが
06-09 13:56

https://t.co/HkMOWMdCCs 欧のランタンシールドは剣に加え篭手も装備されるが 組討は困難な構造なのかだが
06-09 13:58

https://t.co/K43Y5l7yoV マルはグリップは太い角であるから 此れを持った儘組討は困難である訳だろうか
06-09 14:44

ペルシャ的な盾は両手持ち槍共併用可能だろうが 両手に盾を装備して両手持ち槍が振るわれた例は有るのかだが 印の場合は短剣装備の盾も利用されたのかどうかだが
06-09 14:48

https://t.co/VPs3GTZTvO 剣の片方は 中央を持っているのは 大小二刀流の様に近い間合いに対応する為なのかどうかだが マル的な運用も考慮しているのかどうかだが
06-09 15:00

https://t.co/wtEXAQhkLV 鍔の無い打刀や短刀の逆手持ちでは こうした下方からの斬撃は止め難いのかだが
06-09 17:00

忍者用陣羽織と言うのも https://t.co/mXcmx4mYPX 伝書に有る物や https://t.co/rGH2E0qpfb 実物とされる物が有るが 長い物では腰に有る装備品が取り難く成るだろうが 大阪冬の陣図に有る様に帯が上に装備されると言う事なのかだが
06-09 17:30

https://t.co/xOM4tJXI9x こう言う短い陣羽織なら腰部の装備品は 取り難くは成らぬかも知れぬが 戦国期に同様の長さの物は有るのかだが
06-09 17:31

https://t.co/ETrlI912BS >天正期(1574~91)に来日したルイス・フロイス宣教師の観察した研師のレポート。「日本では研師は高尚な職業とされており,大名を辞めて研師になった者も居る」,と述べている。実際,津和野の城主であった吉見正頼は大名を辞めて研師になっている。
06-09 18:56

こうした高度な研師は 金肌拭いをしていた可能性も有るのかだが 有るとしても非実戦用の高級な刀のみに 行われていた可能性も有るのかだが
06-09 19:04

https://t.co/D9jvPaxePQ >慶長2年(1597)、朝鮮の再役に出陣する小早川秀秋に、波遊ぎ兼光を与えた。秀秋は蔚山(ウルサン)城を囲んだ民兵を、波遊ぎ兼光を揮って13人も斬った。  民兵は明兵の可能性も有るのかどうかだが
06-09 19:22

https://t.co/YZu0qF2uQB 波遊ぎ兼光も左を見る限り刃毀れは無い様に見えるが 敗走した兵を攻撃した故の可能性も有るのかだが
06-09 19:24

逃げる兵の甲冑の隙間を突くのみなら 刃毀れもほぼ起きないと言う事なのかだが
06-09 19:32

https://t.co/EAAfv14gy0 1561年にこうした革製陣羽織が 有ったのかどうかだが
06-09 21:10

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