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2020.08

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04/29のツイートまとめ 

boukenkyuu

馬廻は西国でも 乗馬戦闘が多いと言う事なのかだが 敵の敗走時或いは味方の逃走時迄は大将の護衛の為に温存されて 追撃時には乗馬戦闘をしていたと言う事なのかだが 逃走時も乗馬して離脱する大将の周囲で 乗馬戦闘していたと言う事なのかだが
04-29 10:07

立花宗茂は乗馬戦闘が多いだろうが 戦闘時は護衛の馬廻も追随しているだろうが 追撃時で無く共宗茂同様に乗馬戦闘をしている例も多いのかだが 乗馬戦闘主体とすると関東・東国の武者の様に装甲が重装の可能性も有るのかだが
04-29 10:11

https://t.co/d0xFjJ8qB7 >主君・大将の乗った馬の周囲にあって警護をする騎馬武者。また、その一団。  こうした馬廻が黒田屏風の家康・秀忠周囲では識別出来ないが 歩兵的な護衛兵は居るが 此れは馬廻では無いと言う事だろうし この外側に馬廻が居たのかだが
04-29 10:17

サイコミュ・サイコフレーム的な物が現実に有るとすると  https://t.co/RnX1vUhMIi 脳細胞内で量子通信をしているかも知れぬPosner分子以外機械化された様な脳細胞を 外部の機械にも組み込めば 宇宙の果てに居ても超光速の量子的通信が可能と成る様な物が作り得る可能性も有るのかだが
04-29 11:22

https://t.co/bmq9iI3Cz7 量子もつれの関係にある2つの粒子のうち一方の状態を観測すると瞬時にもう一方の状態が確定的に判明することからこのような名前がついた。また、この際に粒子間で情報の伝達や物理的作用は起こっていない。
04-29 11:25

>これは、観測により任意の量子状態を実現することは不可能であることからもわかる。したがって、量子テレポーテーションを用いれば超光速通信が実現できるなどということはない。  脳細胞の意識体を用いれば 例外的に超光速通信が可能と言う様な意見も有ったかも知れぬが
04-29 11:27

自身の脳細胞以外にも ニュータイプ的にシンクロし量子的通信が可能と言う様な意見も有るが 脳細胞に機械的な操作をすれば出来る可能性も有るのかだが
04-29 11:30

https://t.co/E4Rct0SwJx とは言えワイヤレスな量子的通信迄は 未だ確認されていないと言う事なのかだが
04-29 11:38

Posner分子からサイコフレームの様に エネルギー迄引き出せるかは不明と言う事なのかだが
04-29 11:52

自身の脳細胞では無く共 自身の意識体がシンクロ出来るPosner分子が作れれば 此れを利用した超光速通信は可能と成るのかだが
04-29 12:03

下の川中島合戦図の山県有朋の備の後方に居る乗馬した警固與(与)力と言うのは 馬廻では無いと言う事なのかだが https://t.co/tZAnChdNB2
04-29 12:44

乗馬した警固与力は前衛にも居る様だが 戦闘時も下馬していない可能性は有るのかだが 乗馬はしているが敵が崩れない限り突撃は無い可能性も有るのかだが https://t.co/PnNLRNN7NI
04-29 14:17

西国でも乗馬戦闘が多い馬廻は 馬鎧装備率は高いと言う事なのかだが
04-29 14:56

脳はコンピューターや記憶装置では無く 別の次元等の意識体との通信装置であり 人格や記憶は別の次元等に格納されていると言う意見も有るが 果たしてどうなのかだが
04-29 15:12

https://t.co/HDrP0KEjjy 左の様に太刀と打刀が同時装備される例も有るだろうが 忍者も筒腰当で刀を装備する場合は 打刀の位置に長目の苦無が有る例も有るのかだが
04-29 15:52

大友家も龍造寺軍同様に フランキ砲は野戦使用したのかだが フランキ砲の影響で日本製の大型銃も 多数配備されていた可能性は有るのかだが 大友の影響の有る立花軍はどうなのかだが
04-29 16:42

龍造寺のフランキは有馬の物と異なり 敵が伏せていたから大きな影響は与えていないと言う事なのかだが 龍造寺軍は有馬軍のフランキを伏せて回避はしたのかだが
04-29 16:45

龍造寺軍や大友軍には スウェーデン連隊砲的な400匁等の筒が大量に有った可能性は有るのかどうかだが 肥前筒はそうした大筒の木部迄赤いのかだが
04-29 16:52

https://t.co/o8uy6O87KQ >しかるに薩摩の連中は、戦場が敵軍に埋め尽されており、島原から三会まで一里の間というものは敵の軍団以外には何も見えず、それも単なる軍勢ではなく、いずれも高貴で華麗な将兵が金色の鎧をまとい、同じ色で飾られた槍を携え、無数の工夫を施した黄金色の兜をかぶり、
04-29 17:19

沖田畷の島津の金の鎧と言うのは 騎馬武者だけなのかだが 金小札の毛引縅胴では無く 素掛縅の最上胴や伊予札胴が利用されていたのかだが
04-29 17:21

https://t.co/eMDY7ehfG1 >長刀や長槍を高く揚げて白い刃と300名ほどの将兵が被る金兜で日光を反射させ、敵の将兵の目を晦ませて左側面から突襲。   島津軍の金の鎧兜は 左の立花軍同様に 突撃時に光を反射させる事を狙っていた可能性も有るのかだが 島津軍が斬り込みが多い故の物なのかだが
04-29 17:27

金の装備が多いのは島津軍では無く龍造寺軍の様だが 彼等は斬り込みは考えていたのかどうかだが https://t.co/pju3hDUecV 一方で島津軍も金の貸兜が有ると言うから 金の鎧は兎も角兜は 斬り込み時に光を反射する為に多用していたのかだが
04-29 17:40

>双方とも渾身の力をもって勇戦したが、隆信の軍勢は槍の間からも鉄砲を放って戦局をきわめて有利に展開し、   龍造寺軍の銃は槍衾の後方からでは無く 雑兵物語の様に側面から放たれていたのかどうかだが 有馬軍は白兵戦中に 至近距離で10-30匁弾等を受けていたのかだが
04-29 17:49

>またもや半筒砲にかなりの弾丸を込めた。人々が語るところによれば、一発で十人を倒した砲弾もあったという。  かなりの弾丸と言う事は 有馬軍のフランキ砲には散弾が込められていたのかだが 1発で十人を倒した弾も有ると言うなら 大型弾も臼杵城の大友軍の物の様に混ぜられていたのかだが
04-29 18:01

https://t.co/WO9rKah3B3 武宮武蔵守は石火矢に火薬を1貫目ほど込め、大玉の外に4匁 5匁 6匁の小玉を2升ほど計って詰め込み、島津軍が潜んでいる大手口から3町4~5段にねらいを定めて砲撃させた。敵軍は大小の砲玉に当たり、また柳の大木の下敷になって、かなりの死傷者をだしたと伝えられる
04-29 18:18

上と似た様な玉が 有馬軍のフランキにも入っていた可能性は有るのかだが 大玉と言うのはどの程度の物なのかだが
04-29 18:20

>すなわち隆信勢は、多数の鉄砲を有していたが弓の数は少なく、長槍と短い太刀を持っていたのに反し、薩摩勢は鉄砲の数が少なかったが多くの弓を持ち、短い槍と非常に長い太刀を備えていた。
04-29 20:35

>両軍とも槍を構える暇もなく、手当り次第に刀で相手の槍を切り払った。薩摩勢は、敵の槍など眼中にないかのように、その真只中に身を投じ、鉄砲も弾を込める間がないので射つのをやめてしまった。
04-29 20:35

>薩摩勢は鉄砲の代りに、その得意とし、熟練し、また情け容赦せぬ弓矢の業を大いに役立たせて、少なからず敵を悩ませた。   島津軍の弓は 銃の射撃を牽制するのには役に立っていたのかだが 接近戦でも連発されていたのかだが
04-29 20:38

https://t.co/ZTKKdWFHWJ 島津軍弓兵も龍造寺軍の大型銃の射程距離では日置流的に 伏せて射撃をしていたのかだが
04-29 20:48

結城合戦絵巻の左の大太刀らしき物の長さは 150cm程度は有るのかだが https://t.co/efUiESX5vw
04-29 21:14

https://t.co/ypK4s4MSJB 薙刀と弓を同じ手で持つ例も有るかも知れぬと前に書いたが 13世紀後期の平治物語絵巻の下の場面では 騎馬武者らしき者がそうした事をしているが 騎射戦時もこうした事はしたのかだが https://t.co/zrDx8KPNWM
04-29 21:20

下の足軽の水筒の位置は 果たして正しいのかだが https://t.co/F8fcycI3OP
04-29 22:31

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