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2019.11

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03/22のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/v1ChLjgasS 槍先が仕込まれた軍配等も有るが 戦国期には無いと言う事なのかだが
03-22 10:21

https://t.co/EKulAunxmF 此処迄象嵌の入る大筒は 戦国期には無いと言う事なのかだが https://t.co/mar4OAnAPa 慶長15年の大火縄銃には 象嵌が多数有るだろうか
03-22 10:33

筑紫薙刀は 立花宗茂や小早川隆景・秀秋の軍が多用していたのかだが 鈎や枝付きの物は有るのかどうかだが
03-22 12:04

https://t.co/paY8w36fvh 銃の名手・小早川秀包の軍も筑紫薙刀を使用していた可能性は 有ると言う事なのかだが
03-22 12:12

関ヶ原後筑前・筑後に移封された 黒田や有馬の軍は筑紫薙刀は 大阪陣では使用していたのかどうかだが
03-22 12:28

https://t.co/QylOUGkUk7 >「鉈長刀」の呼び名は、『大友興廃記』の中でも度々登場し、大友氏ではこの武具が重用されていたことを示している。  とは言え大友中心地豊後では 何処迄使われていたのかだが
03-22 12:36

https://t.co/SmuH347Kxb 筑紫薙刀も柄部分に茎が無いから この部分が島津軍等の大太刀で切断され やられていた可能性も有るのかだが 蛭巻等の補強が成されていた可能性は有るのかだが
03-22 12:41

https://t.co/wxDplPojoS >大身槍 (服部半蔵の槍)  銘 未確認   現存長さ: 三尺二寸八分(99.3cm)   此れは折れる前は刃長は五尺(151cm)程度は有ったのかだが 139cmの御手杵より長いと言う事なのかだが
03-22 12:58

元の柄は154cm以上は有る可能性も有るが 全長は御手杵同様に3.8m等は有ったのかどうかだが 両鎬の斬るタイプの槍であるなら これより短い可能性も有るのかだが 3m程度の可能性も有るのかだが
03-22 12:59

https://t.co/xu4nNbo1pn >実はこの槍、本来はもっと長く、もっと重かったそうで、槍の穂先の方は地震の際に、槍を守ろうとした半蔵が清水谷に投げたときに30cm程折れてしまい、   刃長は130-40cm程度と言う事なのかどうかだが 両鎬槍としては最大の可能性も有るのかだが
03-22 13:03

https://t.co/CC8XvS8W5j 刃長99cmでこの幅と言う事は 重量は相当に有るのかだが 現状では刃が30cm失われた状態の柄込みで7.5kgと言う事だっただろうか
03-22 13:10

https://t.co/zyzx7JUIQ5 全長は斬撃主体で有る事を考慮すると 日本号同様の3.2m程度と言う可能性も有るのかどうかだが https://t.co/AHZOCmKgNc 刃長180cm・柄2mの薙刀と言うのも有るなら 3.8m程度等の可能性も有るのかだが
03-22 13:20

https://t.co/AHZOCmKgNc >大薙刀とは「大友興廃記」にあるように「大長刀の柄は一丈(約2m)、身は六尺あまり(約1.8m)」という異例もあるが、  一丈=3.03mなら 全長は4.8mと言う事なのかだが 半蔵の槍は此処迄長いのかどうかだが
03-22 13:26

柄長6mの蜻蛉切は平三角形状であるし 太刀打での打撃か突きを基本的に用いていたと言う事なのかだが
03-22 13:27

https://t.co/sVPsuj39m6 左の様な下段から脇のいきなりの突きは 大袖を前に回して下段に構えていれば 防げる可能性も有るのかだが そうした攻撃や防御方法は 何処迄利用されたのかだが 槍全盛時代には集団での上からの打撃が重視され 打撃には強いが脇が防護し難い壺袖が主体と成ったのかだが
03-22 13:37

https://t.co/M9QVJ9A5xd 左に有る様な大袖を前に向けての構えなら 下方からの突きも防げるかも知れぬが 当世袖では困難と言う事だろうか
03-22 13:57

https://t.co/W3l2syBy4C https://t.co/cf5lz1cffZ 結城合戦絵詞の左場面の薙刀・大太刀を持つ騎馬武者は 袖が前に有るが 脇を保護する意図は有るのかだが 他の場面ではこれは無い様に見えるが
03-22 14:10

https://t.co/q5DpJmoYDa 左の薙刀を持つ騎馬武者も 袖は前に有るが この場面に有る様な小型の袖も雑魚兵中心に多かったのかだが
03-22 14:14

十二類合戦絵巻の下の場面では 袖での槍の防御が書かれているのかだが 他に袖を前にした構えは無い様に見えるが https://t.co/CxGXh1TFnu
03-22 14:42

平治物語絵巻・六波羅合戦巻のこう言う袖を前にした姿勢は 低くしているから対弓用と言う事かも知れぬが 射撃を考慮していない状況でも使われた可能性は有るのかだが https://t.co/lHVn6HtpDD
03-22 15:15

聖徳太子絵伝の下の場面では 袖を恐らく矢を防ぐ為に使用している騎馬武者の刀は 下段構えでは無いが 下段に構える例も実際は多いのかだが https://t.co/BdwTeHX8Gr
03-22 15:26

https://t.co/O42M03DJZE 此れは近世の鍔の可能性も有ると言うが そう古い物なのかだが
03-22 17:36

https://t.co/DVUesLRBVD 柳生心眼流甲冑兵法では 槍は下段構えが基本なのかだが 集団戦では上に構えて連打と言うのが基本と言う事は無いのかだが
03-22 18:28

騎馬武者の持槍は打撃主体では無いと言う意見も有るが 持槍足軽の持槍はどうなのかだが
03-22 18:46

太平記では騎馬武者は基本的に 大鎧装備かも知れぬし 広袖装備の大鎧と言うのは無いなら 騎馬武者は大袖利用なのかどうかだが
03-22 22:42

大鎧の草摺の隙間は 側面からでは狙い難い様に見えるし この下に胴丸が装備される例も有るなら 隙間は塞がると言う事だろうが 革札ならまともに長物の突きを受ければ ダメージは受けると言う事だろうか
03-22 22:57

草摺上部の2段程度には鉄札が入る例も有るだろうし 大型の三目札利用なら衝撃もそれなりには止まるのかだが
03-22 22:59

武田の木槌の有る持槍と言うのは 持槍足軽用と言う事なら 持槍足軽の槍は打撃主体の可能性も有るのかだが
03-22 23:10

家康配下等の武田家旧臣も 木槌の有る持槍を利用していた可能性は有るのかだが
03-22 23:15

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