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2019.09

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03/09のツイートまとめ 

boukenkyuu

大友軍等の西欧人兵の一部が 非専業の忍者をしていたと言う可能性は有るのかだが 戦国期の日葡辞書に忍びと言う語は有るが 忍者に迄成った西欧人は居るのかだが
03-09 11:22

https://t.co/LUhVp3YxzX >この間に王直本人は蒋洲らとともに九州各地の倭寇勢力を説得し、さらに豊後の大名・大友宗麟に接近した。勘合貿易の復活を狙う大友氏に結びつくことで自らの貿易活動の大義名分を得ようとしていた節がある。
03-09 11:44

>明から帰還した毛烈らの報告を受けた王直は嘉靖36年(1557)、ついに明への帰国を決意する。形式的に「豊後王」の朝貢船の形を取り、大友氏の使者も載せ、勘合貿易復活を請う上奏文まで用意していた。
03-09 11:44

大友氏と王直が 1550年台後半には連携していたのかだが 王直処刑後配下の倭寇残党の明人が 大友の水軍等に加わっていた可能性は有るのかだが 彼等が非専業の忍者に迄は成っていたのかだが
03-09 11:46

https://t.co/aheNmwTbCd >それに倭寇の構成員には、朝鮮王朝の被差別階層の人々や、東南アジアの諸民族、それにポルトガル人やオランダ人も混じっていたのではないかと言われています。  王直の倭寇残党には 西欧人や東南亜細亜人が居た可能性も有るのかだが
03-09 12:01

騎馬武者の3mの槍の列に 大太刀を持つ者は何処迄加わっていたのかだが 刃長175cmの太郎太刀とは言わぬ迄も 刃長150cm程度の大太刀ならリーチは突きを考慮せねば 3mの槍とほぼ同等かも知れぬが 何処迄の物が使われていたのかだが
03-09 12:19

https://t.co/zXluOL2QrV バックラーとパタを併用している動画も有るが 枝の付いたマルが併用される例は有るのかだが
03-09 13:14

西欧人に作業員とされていた カフル人やマラバル人が倭寇では戦闘員と成っている可能性は 有るのかどうかだが
03-09 14:14

刃長150cmの大太刀より刃長150cmの大長巻の方が未だ使われていたのかだが 金砕棒も大太刀同様後部を持つ例が多いが 槍と同程度のリーチの有る全長2m程度の物が使われたのかだが 槍の突きのリーチを考慮して 太平記に有る様な八尺程度の物も多いのかだが
03-09 16:30

https://t.co/YuDA47Wvus >ちなみに子・隆基も大刀を所有していて、その大きさは四尺七寸(142.4cm)あり、『次郎太刀』と呼ばれていた。  この程度のサイズでも 槍に対抗可能なのかどうかだが
03-09 16:47

https://t.co/7oP3PSrr9M https://t.co/FrU9eI1CG4 西欧の場合刃長1.5mも無い様なツヴァイハンダーで 5.5mのパイクに斬り込んでいるのも事実だろうが 反応性はパイクは極めて悪いと言うが 後列の槍が前に出ている訳だろうか
03-09 18:18

https://t.co/N3rGGra0fy 左のインドの女用鎧の背部には 斧が装備されるのかだが 実用を考慮した物なのかだが
03-09 22:57

https://t.co/zyPULCh2xb 派手な産篭手が有るが 戦国期にこうした物は無いと言う事なのかだが
03-09 23:06

実用の物としては 肩が動作し難いと言う事だろうか
03-09 23:19

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