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2019.12

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03/04のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/VykVy5Gaq8 赤備えで無く共 黒田二十四騎の村田吉次の様に 赤い甲冑を着た者は相当数居ると言う事だろうが 村田吉次の鎧は現存するのかだが
03-04 10:10

前田慶次や相馬義胤も赤備え等では無いが 赤が多い甲冑を利用していると言う事だろうか
03-04 10:13

https://t.co/FUfqlgM2qJ >英賀城攻めで初陣。天正12年(1584年)の岸和田合戦の際には、敵に忍び寄って相手を殺害し、相手の武具・刀・槍・馬を奪って戻ったという。  赤い甲冑でこうした事が出来たのかだが 地形を利用した可能性も有るのかだが
03-04 10:24

3万の紀州勢が8000の籠もる岸和田城に侵入した際に 城の地形を利用して奇襲したと言う事なのかだが 1名で行ったのでは無いと言う事なのかだが
03-04 10:29

https://t.co/JjjYJU7hZI 左に有る様なペルシャ・インド的な三叉槍も現物が残っているだろうが ミニアチュールで此れを使用している場面は今の所見ないが 指物的にのみ使われた可能性は有るのかだが
03-04 10:33

https://t.co/ezYf8L1KRd 左でも三叉槍は 指物的な利用がされていると言う事なのかだが
03-04 10:44

https://t.co/mETjpsys42 トルコ軍も騎兵槍には 旗は標準装備されると言う事なのかだが
03-04 11:30

https://t.co/ltBvVScCOH https://t.co/vMnrztFXOn こう言う三叉或いは二股槍の現物も有るが 装飾が有る物が多いなら指物的利用が基本だったのかだが
03-04 11:43

https://t.co/evcc5OAtjJ 5つに分かれた物迄有るが こうした物は実戦使用されたのかだが
03-04 11:46

https://t.co/vvILHnc97n 左は明時代の物と同様の钂鈀なのかだが 先端は尖るが 枝が掛かって貫通力が低下する例も有るのかだが https://t.co/x6UYe1RrIU 絵の物と形状は異なるだろうか
03-04 12:31

https://t.co/M6JOxlH45L 20世紀の満州の賊のポールアームの房飾りは長いが 明の物と果たして同様なのかだが
03-04 12:59

https://t.co/BtiRHtmMsL 左の17-19世紀の清の槍の房は 撹乱に使える長さは有るのかどうかだが
03-04 13:02

https://t.co/59BlDq9Dka 明歩兵は戚継光の編成とは異なり 円盾と鐺鈀が前衛で敵の斬り込みを阻止し 槍及び大刀を持つ兵が此れを支援と言う事なのかだが
03-04 13:34

https://t.co/KPbLf40p8i 明騎兵の場合は 槍が前衛なのかだが 槍で敵に突撃し崩した後 鐺鈀や大刀が切り込むと言う事なのかだが 突撃前に射撃する刀・弓が主体の騎兵が前衛の可能性も有るのかだが
03-04 13:42

明歩兵も日本軍との戦闘では円盾兵が銃撃でダメージを受け 長槍兵への斬り込みが阻止出来なく成り 騎馬武者の短槍で踏み込まれてやられていたのかだが
03-04 13:48

https://t.co/ydAMy5W004 欧のポールアームを持つ騎兵も ランスを持つ騎兵の背後に配置され ランス突撃で敵を崩した後斬り込んでいた可能性も有るだろうが 16世紀の絵ではポールアーム装備の乗馬騎兵は書かれないだろうか
03-04 13:59

明騎兵の場合槍で敵を崩した後 鐺鈀の枝で敵の攻撃を抑え 大刀で斬り込んでいたと言う可能性も有るのかだが 日本軍相手では前衛の槍騎兵が射撃で壊滅し 衝撃力が低下していたと言う事なのかだが 碧蹄館では更に泥で速度が低下していた訳だろうか
03-04 14:05

https://t.co/bjVW0HE4qU 一国長吉は蜻蛉切に似ているかも知れぬが 似た様な槍の作成を黒田長政が依頼した可能性は有るのかだが
03-04 15:55

https://t.co/iITLUFVzvq 蜻蛉切は平三角断面だろうが 名の由来からして切断を意図した造りなのかどうかだが
03-04 15:59

https://t.co/UkaVBg3nL1 >革製の鎧や盾等の硬い物も簡単に斬れる様、刃幅(刀の刃部分から上部棟までの高さ)の大きい物となり、刀の断面も片切刃造りという構造となりました。 >これは、右利きの者が刀を振り下ろす時に、右手の親指は刀の柄を跨ぐ格好となるので、
03-04 16:09

>人を斬る場合、右斜め上から左斜め下へと刀の軌跡が走り、切先は左側へと向かいます。刀の刃の断面は、左側刃部分の角度は鋭くなっており、反対側の右手の刃角は大きくなっており、刃先は右側へ向かおうとするのです。
03-04 16:09

>この切先が左手に行こうとする力と構造的に右側へ行こうとする力を相殺して、真直ぐに斬れる様にしたのです。   槍の平三角断面も同様の事を考慮していた可能性は 果たして有るのかだが 両鎬断面の物も有ると言う事は 関連は無いと言う事なのかだが
03-04 16:10

https://t.co/LzETdT811s >そこへ12月22日、明軍の先鋒、擺寨指揮の軽騎兵1000に急襲され、毛利家家臣、冷泉元満、阿曽沼元秀、都野家頼が討ち死にし、仮営が焼き払われた。  この軽騎兵と言うのは モンゴル的な弓が主兵装の物なのかだが
03-04 16:32

https://t.co/DgUj2h6Dii 左の様な兜と胴鎧を装備した モンゴル的では無い軽騎兵なのか https://t.co/YrG2ZCu8lg 左の宋の絵に有る様な装甲が無い様な弓騎兵の可能性も有るのかだが
03-04 16:39

https://t.co/LzETdT811s >敵の襲来の報が入り浅野幸長、太田一吉が反撃に移るが、擺寨が偽りの退却をし、浅野勢をおびき寄せ、楊登山・李如梅らが三方から合撃したので浅野勢は苦戦に陥った。460余[2]の戦死者を出し太田一吉も負傷するほどの激戦の後、蔚山城惣構内に撤退して籠城戦が始まる
03-04 16:55

https://t.co/Z02NFKxWjl >12月21日夜、突如、明軍が浅野勢の歩哨を急襲した。幸長は翌日に反撃を試みるが、明軍は数万の軍勢であったので苦戦に陥り、幸長自身も負傷、馬印を奪われた。家臣亀田高綱が敵将を斬って混乱した隙に、蔚山城に撤退した[15]。
03-04 16:56

明軍の偽装退却後の包囲攻撃では 騎兵の槍突撃は余り阻止出来なかったのかだが 歩兵の砲撃等は受けていたのかだが 亀田高綱も簡単に敵将に突撃等出来たのかだが 銃兵を混乱から再編した後 集中射撃で敵将迄の突破口を作ってから突撃した可能性も有るのかどうかだが
03-04 16:58

蔚山城の戦いの明軍も歩兵の砲撃後騎兵が突撃したと言う事なのかだが マリニャーノの戦いの様に砲兵を正面に置いて 騎兵が左右から突撃と言う様な事は行われたのかだが 亀田高綱に討ち取られたのは歩兵の指揮官なのかどうかだが
03-04 17:16

西国の軍の機動力を考慮すると 亀田高綱は歩兵の指揮官を倒し 士気の余り高く無い歩兵が此れで混乱した所を突破し包囲を抜け 蔚山城に離脱したと言う事なのかだが
03-04 19:09

https://t.co/KCFwME4aSO 佐分利流の60cm程度の大身槍なら 似た様な貫通力は有るのかどうかだが 先端が鋭いのは30cm程度の物が多い様に見えるが
03-04 20:00

https://t.co/HJUn4S5zep その種の槍でも左を見る限り板金鎧は 貫通出来るのかどうかだが
03-04 20:08

https://t.co/C7mvrI9hTY コルセスカでも余り貫通しないが 革札や薄い鉄板なら 衝撃も考慮すると可也ダメージを受け得ると言う事だろうか
03-04 20:15

https://t.co/xzyIhic09j 正三角形断面の刃長139cmの御手杵或いは此れより小さい物でも 板金鎧を更に貫通する可能性は有ると言う事なのかだが
03-04 20:36

https://t.co/k9M3Laru1C https://t.co/k93caDIRtK アールシェピースはそう太くは無いし 板金鎧の貫通は考慮しているのかどうかだが
03-04 20:44

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