FC2ブログ

Category

2020.08

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  

02/19のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/bq8nElV0uI この籠手の親指部分は丁番が有るのかだが 動作性はどうなのかだが
02-19 09:13

https://t.co/Lnqgr61I1q 小笠原忠政・小笠原忠脩の草摺の裾板は銀だが 金や他の色の物も大阪陣辺りでは有るのかだが
02-19 10:07

https://t.co/FzEqV66Nuw 吹返が有る状況では弓は引き切れないだろうが 此れでも威力を出す為に張力を強くしている言う意見も有るが 反動でぶれ易く成る可能性は有るのかだが トルコ系弓と同程度には引けると言う事なのかだが
02-19 14:01

https://t.co/yFE53sX65j シコロを少し動かせて弓を引けるなら 笠シコロなら更に弓を引ける可能性は有るだろうが 引き切る事迄は可能なのかだが 笠シコロ時代では騎射は減少するだろうが 地上からの射撃は依然多いのかだが
02-19 14:03

https://t.co/HTwosPetWQ 南北朝期の笠シコロ或いは 更に後期の笠シコロは この位置からもやや上には動くだろうが 弓は果たして引き切れるのかだが
02-19 14:11

https://t.co/91RwcLforc 後方への追い物射(パルティアンショット)なら 平安・鎌倉期の吹返しでも干渉は余り無いのかも知れぬが 引く威力はどうなのかだが 下馬戦闘時でもそうした射撃をしていたのかだが
02-19 14:17

https://t.co/LHgo89MLoR この開いたシコロなら弓を引き切れるのかも知れぬが そうした場面は動画には無いだろうか
02-19 14:45

https://t.co/O1TKoklH91 吹返の無い当世兜では此処迄は引けるが 小型の吹返が有っても干渉は無いのかだが
02-19 15:04

津軽屏風だと白以外の腹帯が書かれる場面も有るが 大半は白いだろうし 黒田屏風では白以外は無い様に見えるが 実際の比率はどうなのかだが https://t.co/TNYDzAgPkP
02-19 15:17

大珍品 長尺鎖鎌 5尺4寸 162cm 折り畳み式 変わり石突 分銅 隠し鎌/暗器/武具/棒術 https://t.co/ENlc3LyiTX 戦国期では こうした仕込み形式の鎖鎌は無いと言う事なのかだが
02-19 16:00

https://t.co/a80Ya1OZob 3つに分かれた鎌薙刀的な物が有るが 此れは何だろうか
02-19 16:10

https://t.co/zb6Ou4uAca >考えられるのは、前九年合戦絵巻・金為行のように射向けの姿勢で弓を寝かせて矢を番える場合。胴の前に弦がきます。馬上でこの姿勢で弓を番える場合、胴の前の空間はとても狭いのですが、そこで弦を引いたりすればひっかかる可能性もあります。
02-19 16:43

https://t.co/LpM4LDUA9L 金為行の姿勢は左に有るが 袖が無い場合こうした腕を袖に隠した装填は無いと言う事なら 蒙古襲来絵詞に有る袖の無い胴丸装備の騎兵はこうした事は無いと言う事なのかだが
02-19 16:47

革・錦包胴でも弦は掛からないかも知れぬし 大鎧が廃れた後袖装備の鎧で騎射をしたければ此れを用いたのかだが
02-19 16:48

胴の下方だけ革包に成っている古い胴が有るが 此れは騎射を想定しての物なのかどうかだが
02-19 17:01

こうした状態で弦が引っ掛かると言うのは尖った札頭にだろうし 札頭が平坦な最上胴なら掛かりは無い可能性も有るのかだが
02-19 17:04

こうした状態で弦を動かした時に 尖った札頭に掛かる可能性が有ると言う事なのかだが 通常の小札だけでは無く 碁石頭や矢筈頭の伊予札にも掛かり得るのかだが https://t.co/QiirVkwiqc
02-19 17:18

https://t.co/f0JFh8ATTV https://t.co/04srP27J0X 結城合戦絵巻に通常の胴丸装備の 袖が有る弓兵が居るが 袖利用時の弦の掛かりを考慮して 革包胴を利用していた可能性も有るのかどうかだが
02-19 17:26

https://t.co/BXnJp6Zv3P 1524年成立の真如堂縁起絵巻でもその種の袖付き胴丸装備の弓兵は書かれるが この時点では最上胴を装備していた可能性も有るのかだが
02-19 17:34

https://t.co/BTFg7XxM8Y >南軍兵士には十分な支給が行われておらず、多くの兵士が裸足で進軍する状況であった。南軍の兵士は、ゲティスバーグの街に靴を探しに出かけたところ、北軍の騎兵隊に遭遇し、小競り合いが始まり、これに気づいた両軍が本隊を差し向けたのがこの戦いの始まりであった。
02-19 18:37

ゲティスバーグでは靴が無いから南軍が敗北した訳では無いだろうが 草鞋ではこうした欠乏は起き難いと言う事なのかだが 騎兵しか居ないモンゴル軍や後金軍の主力は 靴の補充は余り考慮する必要は無いと言う事だろうし 蹄鉄も砂漠行軍時以外は無いと言う事だっただろうか
02-19 18:39

https://t.co/tuTVwCAq93 草鞋も16km程度で交換と言う意見も有るが 中世ヨーロッパの底の薄い靴よりはコストは低いのかどうかだが
02-19 18:43

https://t.co/mr7xoP0XAR >その強靱な事から、麻、棕櫚、山葡萄の皮を使った草鞋が、戦場において軍用の草鞋として武士に使用されたという。特に麻で編んだ草鞋を藍染めした物が有名である。(なお、藍染めは虫除けの他、繊維の耐久性を向上させる働きがある。)
02-19 18:47

戦闘中に草鞋を交換するのも困難だろうから 行軍時は通常の草鞋 戦闘が近い状況では 耐久性を増した草鞋を兵は利用していた可能性も有るのかだが
02-19 18:49

騎馬武者は行軍時は騎乗するなら 強化された草鞋を最初から装備していた可能性も有るのかだが
02-19 18:49

https://t.co/mr7xoP0XAR >さらには履く前夜に水に濡らしておくと、これまた耐久性や強靱度が上がるという。  こうした事をしても 16km程度で通常の草鞋は消耗するのかだが
02-19 18:51

中国大返しは200kmを行軍したが 草鞋は歩兵一人あたり10以上消耗したのかどうかだが 小型の足半が多用された可能性は有るのかだが
02-19 19:04

https://t.co/OZfkv8R1UL >なお、顕家の軍勢はこのとき、1日に平均40km弱も移動して600kmに及ぶ長距離を僅か半月で駆けており、渡渉などが続く中1日30kmのペースを維持している。これは後の羽柴秀吉の中国大返しを遥かに越える日本屈指の強行軍である。
02-19 19:08

北畠顕家が奥州から遠江へ16日で進軍した14世紀前期では 歩兵は足半或いは これさえも無いと言う事なのかだが
02-19 19:12

14世紀前期の絵だと 後三年合戦絵巻では歩兵は足半も無いが 春日権現験記絵では足半は有ると言う事だろうか
02-19 19:16

https://t.co/rmgkR3oZSj 1295年頃成立の男衾三郎絵巻の歩兵には足半が有るし 蒙古襲来絵詞にも有るだろうか
02-19 19:19

北畠顕家の歩兵も足に厳しい地形以外は裸足で移動していたと言う可能性も有るのかどうかだが 此れ以後の兵はどうなのかだが
02-19 19:21

通常の道路なら裸足でも 速度を保って移動出来た可能性も有るだろうが 道路外の険しい場所を移動する場合は足半が利用される例も有るのかだが 戦闘中はグリップを考慮して 平坦な地形でも足半が利用されたから 合戦絵巻に此れが多数書かれるのかだが
02-19 19:26

戦国時代でも草鞋が補給困難な状況では 道路は裸足で移動し 道路外の険しい地形や 戦場では草鞋或いは足半を利用していた可能性も有るのかだが
02-19 19:38

北畠顕家の歩兵も奥州ー遠江間の600kmの大半は 道路を裸足で移動していた可能性も高いのかどうかだが
02-19 19:40

https://t.co/OZfkv8R1UL 600kmと言うのも12-1月の行軍では有るが 車懸りの陣の様に動きながら体を温めていた可能性も有るのかだが
02-19 19:52

https://t.co/AZLRojKZJL この種のトルコやタタール等の投げ縄も 刀等で切断されていた例も多いのかだが 切断困難な鎖装備の分銅や 中国の流星錘 西欧の仕込みキャンデリエールでの拘束は何処迄行われたのかだが
02-19 20:31

只の紐としても首が締まって引かれた後の切断は困難故に 首を掛けられるのを防ぐ為フサリアやデリには翼が装備されていると言う事なのかだが
02-19 20:36

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://boukenkyuusha.blog72.fc2.com/tb.php/10712-e3593cc6