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2019.09

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02/07のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/aVNE5UlnLU 左の銃は芝辻理右衛門作成と有るから 1634年迄の物なのかだが 金具の有る木部も当時の物なのかだが 戦国期の銃にこうした物は有るのかどうかだが
02-07 08:34

https://t.co/nYpA8RuFU7 秀忠の骨には銃弾を受けた跡が有ると言うが https://t.co/jV0qWY0JuF 大阪陣でやられた可能性が高いのかだが
02-07 08:42

https://t.co/ehVQr0wtz1 垣盾も移動しての射撃では 横方向の隙間から射撃するが  https://t.co/xBctpNsCl4 静止中は左の様に横の隙間を埋めて 上から射撃する例も有るのかだが
02-07 10:32

https://t.co/JWbFGR15A1 こう言う家紋の入る馬面は 戦国期にも有るのかだが
02-07 10:46

大薙刀/男持/刃長約52.0㌢/大名登録/下坂/本歌うぶ鉤付拵入/柄に朱家紋/かぶせ織田木瓜紋/日本刀/刀装具/甲冑/武具 https://t.co/SXEQ9N0FpE この鈎薙刀は鈎が横向きだが 鈎槍でも同様の物は有るのかだが
02-07 11:32

銃での一騎討ちだと https://t.co/65AxRwVrcp 左の三連発銃の様な物を利用していた可能性は果たして有るのかだが この様な物は無いとすると 1発放つ毎に奉公人から銃を受け取っていたのかどうかだが
02-07 11:56

https://t.co/omOwSU4B3V 独だと1610年に同じ銃身に弾を多数入れるタイプの8連発可能な物も有るが リボルバー式はガスが漏れて精度が低いだろうからこちらの方が狙撃を重視する日本では有用なのかだが 戦国期にこうした物が日本に入りコピーはされていたのかだが
02-07 12:05

この種の銃も3連発程度として銃身を長目に作れば 重量増も余り無く精度も低下しないと言う事は無いのかどうかだが
02-07 12:18

着火部分からガス漏れが多少有るとしても リボルバー程では無いと言う事なのかだが
02-07 12:19

散弾だけ放つ或いは近接戦用ならリボルバーでも良いのかも知れぬが 暴発すると腕がやられると言う事だっただろうか
02-07 12:43

https://t.co/TxpmXT5O5h 沢村吉重の具足の文字は小さいが 1645年の物だからなのかだが 戦国期の具足だと巨大な字が有るのかどかだが
02-07 12:51

https://t.co/wx2oWQfU8B >沢村大学助は小男であったため、戦場で組み打ちになると組み伏せられることが多かった。しかし、組み敷かれながらも下から腰の鎧通しを抜いて相手を突き殺すのが得意であったという。
02-07 13:44

肖像画にはこうした鎧通し短刀は見えないが 右手差し故に隠れていると言う事なのかだが
02-07 13:46

https://t.co/6RrxmM7ybB >国友鍛冶藤右衛門の製作した単銃身三連発火縄銃が現存している。これは、単銃身の薬室部を長くして、火皿を3カ所付けたものである。装填に革等の燃焼しにくい物質で隔壁を設けて弾薬を3段に詰め込み、前方から順次発射する機構とする。
02-07 18:14

単銃身連発型の火縄銃も 革を火薬の間に挟まないと 暴発する危険が有ると言う事なのかだが 3発程度の暴発なら銃身破壊は免れ得るのかどうかだが ドイツの8発入る物は破壊の危険は無いのかどうかだが
02-07 18:17

偉い者が銃を騎射する場合は 馬足軽的な騎乗した従者が銃を大量に持ち 渡して放っていた可能性も有るのかどうかだが 単銃身型の連発銃等は果たして利用されたのかどうかだが
02-07 19:32

銃兵を生け捕る場合は 非致死性の毒を入れた散弾を装甲の無い足先に当てると言う様な方向も有るだろうが 敵の銃の通常弾の射程外から果たして当てられるのかだが 足等に精度の高い毒入り銃弾を掠めさせて 麻痺させると言う様な方向も有るのかどうかだが
02-07 20:21

https://t.co/84TaH1pZLl >組討勝負は、力で圧倒する将員が勝り、将員が幸盛を組み伏せる。しかし、組み伏せられた幸盛が、下から腰刀により将員の太股を2回抉り、弱った将員を跳ね返してその首を切り討ち取ったため、幸盛の勝利となった。   山中鹿之介も 下から腰刀で攻撃している訳だろうか
02-07 20:32

https://t.co/84TaH1HB9V >たまりかねた宗信は、弓に大雁股の矢[7]をつがえて解き放ち、将員の弓の弦(つる)を切り落とした[8]。  弓対弓の一騎討ちなら こうした方法での生け捕りも有り得るだろうし 雁股矢なら装甲は貫通し難いと言う事だろうか
02-07 20:43

https://t.co/sY8okkQGM2 >1377年、ホークウッドは、教皇グレゴリウス11世の名の元、チェゼーナにおいて数千人規模の大虐殺を行った。一説には、彼はチェゼーナ市民の助命を約束したが、ジュネーヴのロベール枢機卿(後のアヴィニョン対立教皇クレメンス7世)が全員を殺害するように指示したとも言う
02-07 21:05

此れはグレゴリウス11世の命令では無く ホークウッド或いはロベール枢機卿が行った事なのかどうかだが
02-07 21:06

https://t.co/Ls2BFVCCnx >ジョン・ホークウッドは、2500人ないし5000人と言われる市民を殺害した。当時の戦争法でも残虐行為とみなされたこの一件は非難を浴び、司令官であったロベールは「チェゼーナの虐殺者」(Boia di Cesena)の汚名で呼ばれることとなった。
02-07 21:09

チェゼーナの虐殺はホークウッドでは無く ロベールの仕業と見做されていると言う事なのかだが
02-07 21:11

https://t.co/rWGNJnNPDs >この虐殺事件はまた、教皇が帰還して間もないローマにおいても、教皇に対する市民らの激しい抗議が殺到し、再度アヴィニョンへ戻ることも検討されるほどの事態を招くに至った。  とは言えグレゴリウス11世も 批判の対象とは成っている訳だろうか
02-07 21:15

https://t.co/mAuKmmrwjm >「昔 戦場でそっくり同じこと言ってた貴族が女 子供ごと町一つ丸焼きにしてたぜ」    と言う様なベルセルクの台詞も有るが 貴族所か後で教皇と成る様な枢機卿が こうした事をしていた可能性が有ると言う事なのかだが
02-07 21:21

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