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2019.09

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12/26のツイートまとめ 

boukenkyuu

下も腰に差すタイプの指物が書かれるし この他にも紙垂だけが付いた物は多数有るだろうか https://t.co/1Usy3LobQ2
12-26 10:59

左は池田長幸の 花クルス紋の旗が有ると言うが 家紋の花クルスとはやや異なるだろうか https://t.co/5Jjm9m8iFu
12-26 11:41

下は明石全登隊らしき物の花クルスの旗が有ると言うし こちらは家紋の花クルスと同様に見えるが https://t.co/MPWdMiwNA0
12-26 11:50

下の縦長の頭巾は 長範頭巾では無いと言う事なのかだが https://t.co/5Wz01BZITN
12-26 12:01

カンネーでは ローマ軍70000対カルタゴ軍50000だが https://t.co/ETvMGnCw8L 長篠の場合は武田15000対 織田徳川72000と言う可能性も有り得るのかだが 此処迄の兵力差ではカンネーの様に包囲しても 武田軍は果たして勝てるのかだろうし 撤退以外無いのかだが
12-26 12:10

25000対38000でも カンネーより兵力差はやや有ると言う事だろうか
12-26 12:17

15000対72000なら 別働隊で背後の4000を牽制しつつ 本隊は最悪捨てがまり的な事もして 脱出する以外無いのかだが
12-26 12:20

白兵戦能力はカルタゴ歩兵・ローマ歩兵と異なり 武田軍の方に分が有るだろうから 包囲すれば倍程度の数なら対抗し得た可能性も有るのかだが 背後を騎兵で突く事は 騎兵を単独運用した事が有る武田信繁が居ない状況で出来るのかだが
12-26 13:18

擬人化ブームに歴史あり、刀剣男士、艦娘に日本の伝統  https://t.co/qxA2Cs5ik4 >西洋では歴史上の偉人が使っていた剣に名前がついている、なんていうことはありません   神話・伝説上の物以外では https://t.co/po6xqVZTUW カール大帝のジョワユーズ程度しか無いのかだが
12-26 13:35

>日本と西洋とでは、刀剣の使い方も異なった。刀剣は合戦で使うとすぐに刃こぼれするため、「剣がメインウェポン(主武装)の西洋では使い捨ての武器。だが日本のメインウェポンは弓矢や槍で、刀はあくまでサブウェポン。実戦で使われることはあまりなかった」。
12-26 13:49

メインウェポンの槍にも蜻蛉切・一国長吉等の名前の入る物が有るだろうし 大太刀も同様だろうが 刀でも偉い者が使う者以外無いだろうから 実戦使用の有無は関連は無いと言う事なのかだが
12-26 13:51

西欧の場合も剣の使用頻度は ランスやポールアームが主武器なら 日本と大差無いと言う事だろうか
12-26 13:54

https://t.co/ROA9V4AHHP 阿国では無いが十字架を付けた 女歌舞伎者が書かれるが 本多忠勝等数珠を具足に装備している例が有るなら こうした十字架が装備された例も有るのかどうかだが
12-26 14:28

キリシタン武将は南蛮的な具足は装備していないと言う意見も有るが 和田惟政は南蛮帽型兜・中川クルスの前立を装備していると言う事だっただろうか 1571年迄では西欧の海戦用甲冑を改造した具足は兎も角 和製南蛮胴は未だ無いと言う事なのかだが
12-26 14:43

https://t.co/quOzOWUczo >ドン・プロタジオには何発かの敵弾が鉄兜や鎧に命中したが、それらは彼になんの傷も負わせなかった。他のキリシタンの若者には、一発の至近弾が、彼の巻いていた絹の帯に当ったが、その弾は彼をなんら傷つけることなくその足もとに落ちた。
12-26 14:51

フロイス日本史の沖田畷の戦いの場面に出て来る ドン・プロタジオと言うのは 有馬晴信の様だが 日本製では無いが南蛮胴を装備していた可能性も有るのかだが 日本製の分厚い装甲を装備していた可能性も有るのかだが
12-26 14:53

1570年台では雪下胴以外でも https://t.co/GNhnqmR7l1 左の勝頼の最上胴の様な耐弾性を考慮した厚みの有る物が 利用されていたと言う事だろうか
12-26 14:57

https://t.co/quOzOWUczo >我らの味方は、できうる限り身を屈め、ほとんど地面に腹這うようにしてその射撃を受けた。そしてそれが終った後には、引続き槍をもってする攻撃に出ようと機を窺い、事実そのようにした。
12-26 15:02

フロイス日本史の沖田畷の戦いの場面に有る こうした伏せての銃の回避と言うのは 垣盾が有る様な銃兵も 盾が役に立たない距離では行っていたのかどうかだが
12-26 15:03

>ところで日本人は、我らヨーロッパ人のように円楯も手楯も楯も使用しないので、ドン・プロタジオとその弟ドン・エステワンは、鉄砲隊の正面にあって、この上もない危険に曝されていた  野戦では竹束は無いだろうが 垣盾はこの時点では無いのかだが 欧の軍もこの時点では野戦では盾は皆無だろうか
12-26 15:11

>そこで備前守殿というキリシタンの貴人は、幅が二パルモで丈が人の腰あたりまである鉄の衝立てを二基、彼らの前に置いた。かくて彼らはそれぞれの中にどうにか身を匿しておれば敵弾から免れることができた。   小型の鉄盾が1584年時点で 野戦使用されていたなら 垣盾も無いのかどうかだが
12-26 15:14

>槍による激闘が一時間にわたって行なわれた。  2列の騎馬武者・3列の槍足軽が入れ替われば 1時間戦え得るのかどうかだが 刀での乱戦は前後交代は出来ないとすれば 此れは長時間は無理なのかだが
12-26 15:25

>双方とも渾身の力をもって勇戦したが、隆信の軍勢は槍の間からも鉄砲を放って戦局をきわめて有利に展開し、あまつさえその兵力は味方の軍勢とは比較にならぬほど多大であったので、彼らは我らの味方を一挙に押し切って、矢来の中に閉じこめてしまった。
12-26 15:27

鉄砲は槍兵の側面から放たれていたのかだが 矢来と言うのは竹束或いは 垣盾と言う事なのかだが
12-26 15:29

>またもや半筒砲にかなりの弾丸を込めた。人々が語るところによれば、一発で十人を倒した砲弾もあったという。  有馬軍の艦砲も 国崩し同様に散弾と大型弾を混ぜて放っていた可能性も有るのかだが
12-26 15:37

>また、頸に吊している教皇からの贈物である聖遺物入れ、大きい十字を描いた旗指物、ならびこそこに我らのローマ字で描かれているイエズスの至聖なる御名であった。  ドン・プロタジオ=有馬晴信は首に聖遺物入れを装備しているのかだが 十字・ローマ字の入る旗指物も利用していたのかだが
12-26 15:48

https://t.co/GWXTsk3XoW 沖田畷の戦いにも居た龍造寺隆信の次男 江上家種の胴の厚さは1.5cmも有るのかだが 4mmの胴で13kgであれば この3倍程度の重量は有る可能性も有るのかだが
12-26 16:06

>この槍で敵を突き貫いては投げ、突き貫いては投げなさったが、ある戦場では槍が折れて柄のみで振るい、薙ぎ回りなさって数十人が打ち倒されたという。常に樫の棒の1尺周りを八角に作り、筋金を伏せて拵えた。これで薙ぎ倒しなさると、側に近付く者はいなかった。
12-26 16:12

この三間半(6.4m)の槍と言うのは 金砕棒に槍の穂が装備されている様な物なのかだが こんな物を使用していた者は他に居たのかだが
12-26 16:13

厚さ1.5cmの胴と6.4m等の金砕棒的槍を装備して 何処迄戦えたのかだが 馬に乗るのは少なく共長時間は困難だったのかだが
12-26 16:15

https://t.co/tZAd3dEvGI 伏せに近い姿勢と言うのも https://t.co/Bpq5llcyMC 左の黒田屏風の銃兵の様な姿勢か https://t.co/vLX08eNP0O 左の日置流の一番低い姿勢の様な物だった可能性も有るのかだが 槍兵はどうなのかだが
12-26 17:58

https://t.co/vrLLoLiMgD 左の有馬晴信の指物には 何故か十字架は無いだろうか
12-26 18:38

https://t.co/pqv7xY0lxi 長範頭巾的な頭巾を被って真田丸に突撃する兵も書かれるから 上の様な頭巾を被って戦闘していた者も居たのかだが
12-26 20:32

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