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2019.09

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12/23のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/SQs8kgYrxu >Heavu horseman's harness Close-helmet: 3.4 kilos Gorget: 1.7 kilos Shot-proof breast and back plates: 6.8 kilos  家康の恐らく船長用南蛮胴も この程度の物なのかだが 胴はタセット(草摺)込みで6.8kgなら 細川忠興の越中具足の胴程度しか無いだろうか
12-23 11:15

6.8kgでも鎬構造なら耐弾性は丸胴的な物より上かも知れぬが 5-6kg台の胴を二重とした二領具足的な物或いは 胴が13kg等の雪下胴・和製南蛮胴よりは無いと言う事なのかだが
12-23 11:18

https://t.co/KQXdsABLob 左の3/4鎧なら胴は7.6kg有るが 1610年頃の登場だろうし 関ヶ原時点では余り数は無いと言う事なのかだが
12-23 11:23

https://t.co/SQs8kgYrxu >Breastplate: 2.72 kilos Backplate: 2.04 kilos  榊原康政・渡辺盛綱の装飾の無い南蛮胴はこうした一般歩兵用の物なのかだが 鉄製草摺込みでは無い様に見えるが4.7kgしか無いなら 足軽胴と大差無いのかだが
12-23 11:27

上の重量が書いてある歩兵用鎧は https://t.co/eh7HZxiFbo 恐らく左の様な形式の鎧だろうから 胴重量に草摺は含まれない訳だろうか 胴の耐弾性は鎬構造が有るから 騎馬武者用胴より やや上程度なのかだが
12-23 11:30

https://t.co/iUkmnN6jz0 左を見ると胴は鎬構造では有るが 胸上部は余り角度は無いし この部分の耐弾性は同程度の重量の丸い胴と余り差は無い可能性も有るのかだが
12-23 11:35

https://t.co/qiKVVMSpZr 榊原康政の南蛮胴も胸上部の装甲は傾斜は余り無いが 1575年頃の胴よりは全体的に傾斜は有ると言う事なのかだが
12-23 11:38

https://t.co/sfmCwuj9pV 1620年頃の胴だと 厚みは増したが 傾斜は緩く成っている訳だろうか
12-23 11:44

https://t.co/J1XtG38gpB ベルセルクのアザンの 金砕棒の五月雨突きの様な高速の連続突きは 日本の金砕棒で出来るのかだが
12-23 11:59

https://t.co/sT7j3DJYHh >八尺余りのかなさい棒(ボウ)の八角なるを、手許(てもと)二尺許り円めて、  太平記の金砕棒は左の様な物も有るが 60cm程度の柄の部分を滑らせて高速な突きが出来るのかだが 重量故に抵抗が大きく高速で滑らせる事は困難な可能性も有るのかだが
12-23 12:00

https://t.co/6vi4Frk4Tc 左の一部の金砕棒の様に中央付近に迄柄が有ったとしても 重量故に高速で滑らせる事は困難な可能性も有るのかだが
12-23 12:03

御手杵の様な重量級の大身槍も 柄を滑らせて突く事は困難と言う事なのかだが 2.2kgの日本号なら出来るのかだが
12-23 12:20

https://t.co/79H93byBOo 浮世絵だと金砕棒の柄の前を持つ例も有るが 長いスパイクが多数有る様な物では困難と言う事なのかだが
12-23 12:39

https://t.co/EzwdixAaI3 こう言う柄が長い物は操作性は良いだろうが 切断される危険は増すと言う事なのかだが
12-23 12:48

十二類合戦絵巻の左の金砕棒は 先端にメイス的頭部が有るのかだが 右の物はアザンの物ににて 両端にスパイクが有るのかだが 尖った先端も有るのかだが https://t.co/4dQkYKqO49
12-23 13:24

https://t.co/fQiWPt6Jx1 >『太平記』巻二十九に、八角に削られた樫の木の棒=撮棒(金砕棒)に関する記述の中で、両端に石突を入れたと述べられている。  こうした物が十二類合戦絵巻に有ると言う事なのかだが
12-23 13:32

https://t.co/FJk3N4QKQu >樫木の棒の一丈余りに見へたるを、八角に削て両方に石突入れ、右の小脇に引側めて、  太平記の両端に石突の有る棒は 金属は張られていないと言う事なのかだが 十二類合戦絵巻の物はスパイクが入る様に見えるが 金属板は張られているのかだが
12-23 13:43

https://t.co/3JFRMOhK0g 石突の形状は左の絵の様な物なのかだが 十二類合戦絵巻に有る様な尖った物が入るか 或いは https://t.co/9rzeqIP8Z3 左の後三年合戦絵詞の薙刀に有る様な物か https://t.co/foP5yi96Qd 左の一部南北朝期の薙刀拵の石突と同様の物の可能性も有るのかだが
12-23 13:51

新人物往来社・絵でみる時代考証百科 捕者道具編に 両端にスパイクの有る金砕棒が有るが 石突は無いし 中央のグリップ部分は丸くは無いが 操作性を考慮して丸く成っている物も有るのかだが https://t.co/w35Vzu9IJh
12-23 14:01

https://t.co/662Yfc7zcz 左の金砕棒は スパイクは先端付近のみに有るから 前の方を持つ事を考慮しているのかだが こうした物は戦国期には有ったのかだが
12-23 14:12

https://t.co/fQiWPt6Jx1 >『古老茶話』の記述として、宝蔵院流槍術では、石突の長さは穂と同じにしており、穂先が打ち折られた際には石突で勝負するようになっていた。  この石突は 15cm程度は有るのかどうかだが 刃迄は無いと言う事なのかだが
12-23 14:24

https://t.co/fPg4izjWrP 左の宝蔵院流の槍を見ると石突は15cm以上有るが 穂先は22cm以上有るから 同等の長さは無い訳だろうが 左は標準的なサイズの物なのかだが
12-23 14:29

https://t.co/C14962FLLJ 左の様な長い石突も有るが 22cm以上は有るのかだが 先端は尖る訳では無いだろうか
12-23 14:38

https://t.co/2h1I0LSfV2 左の宝蔵院の稽古用の木槍の先端は 20cm以上は有ると言う事かも知れぬが 戦国期の実物の槍はどうなのかだが
12-23 14:43

https://t.co/hXp71ftpCA 太平記の両端に石突の有る棒は 1丈(3m)程度有るが 通常の金砕棒でこうした長さの物は有るのかだが 八尺(240cm)の物は有ると言う事だろうか
12-23 15:12

https://t.co/06xOPTgvTc >又氏政の旗本清水太郎左衛門、黒糸縅の鎧を著(き)八幅四方の大旗を差し、岩手鴇毛と云ふ太く逞しき馬に乗り、長さ一丈程の樫の棒を持つて敵の中へ割て入り、   江戸期の小田原北条記に一丈の樫の棒は出て来るが 金属は張られないと言う事なのかだが
12-23 15:18

https://t.co/Ph3jXpVbAE >この年、平戸松浦氏の船隊 50 余隻(あるいは 70 隻)と堺商人の大型船 8〜10 隻が福田の港に停泊中のポルトガル船 2 隻を襲った。形勢不利なナウ船は大砲を装備したガレオン船と数隻の中国船の救援を得て、2 時間にわたる海戦に堪えた。
12-23 16:51

>松浦方は大型船 3 隻を撃破され、死者 80 人( あるいは 60 人)、負傷者 120 人(あるいは 200 人)以上を出した(80)。 松浦氏と堺商人の目的はポルトガル船からの商品の略奪とその焼却、そして福田港の破壊にあったようであるが、これに失敗した。
12-23 16:51

此れは1565年の海戦だろうが 商品の略奪に拘らなければ 火矢で砲・マスケット銃をアウトレンジして勝利出来た可能性も有るのかだが 1565年時点では日本軍の大鉄砲は少数なら 砲撃戦は困難な訳だろうか
12-23 16:54

中国船からは棒火矢及び通常の火矢が放たれた可能性も有るだろうが 関船や小型船で移動しながら射撃すれば前者は命中し難い可能性も有るのかだが
12-23 16:57

停泊中ならアルマダ海戦の様に焼き討ち船での奇襲も出来たかも知れぬが 積み荷の略奪が目的なら此れは無いと言う事だろうか
12-23 17:00

略奪に拘らない場合 焼き討ち船を突入させ此れが回避されたら 火矢で砲撃を沈黙させ 接近して焙烙玉を投げ込めば 物量が有れば勝利出来た可能性も高いのかだが
12-23 17:11

鄭成功がオランダ艦隊を松明を投げ込んで壊滅させたと有るが 棒火矢や火矢も多用されていたのかだが 此れで砲はアウトレンジしていたのかだが
12-23 17:28

鄭成功もゼーランジャ城攻略には九ヶ月掛かったが 日本軍の支援が有れば星型要塞と言え共晋州城等の様に城壁を掘り崩され 早期に落城していたのかだが
12-23 17:37

https://t.co/06xOPTgvTc >氏幹は関東にて鬼真壁と呼ばれし(陰ナキ)強刀(力)のあら武者なれは、樫の木の棒の壱丈弐三尺有しを六角に削り、鉄の筋金を渡して疣を繁く打たるを振廻し手先に障るを幸に人馬を不嫌なきたおしける程に小田方見るが内に崩れ立て四角八面にみたれかかるを
12-23 17:54

金属の貼られる360-390cmの 鋲の出ている棒が 江戸期の関八州古戦録に有るが 戦国期に此処迄の物は有るのかだが
12-23 17:55

https://t.co/kcWz75lE2s 最上義光の金砕棒も 5.1-8尺と幅が有るが 槍に対抗する為に長く軽目の物を使用していた可能性も有るのかだが https://t.co/s0G3Gvyhhg 長谷堂合戦図の物は細く長いが
12-23 18:09

https://t.co/kcWz75lE2s >一丈四五尺モアリケル樫ノ木ノ棒ニ鉄ノ金疣所繁ク打タルヲ軽々ト打振テ大音ニ申ケルハ清和天皇ノ後胤多田満仲ノ孫栗原又五郎信秀ノ末葉沼尻播磨守カ嫡男沼尻又五郎家忠生年十六歳ナリ   鉄は張られないが鋲の有る 4.2-4.5mの棒も有るのかだが
12-23 18:22

https://t.co/FKtYEqv8qr 突きの多い両手剣に 盾が踏み込めていないが 回避直後に踏み込む以外無いのかだが 両手剣の片手突きは左では見ないが
12-23 20:31

盾で剣を抑え込むのは困難だろうから 片手剣の力の強い根本で両手剣の出来れば剣の力の弱い先端部を抑えつつ踏み込み シールドで強打と言う様な方向も有るのかだが
12-23 20:58

https://t.co/xzyIhic09j 御手杵は https://t.co/rVO4QxEArs 左のアールシェピースの影響は有るのかだが 断面が御手杵は正三角 アールシェピースは四角と異なるから 関連は無い可能性も有るのかだが
12-23 22:18

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