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2019.09

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12/13のツイートまとめ 

boukenkyuu

黒田長政の火縄銃・次郎坊は六匁筒であり 墨縄・太郎坊は4匁だが 此れは距離等で使い分けがされていたのかだが https://t.co/fhTeVX4rpc
12-13 09:53

備の22名の騎馬武者は11人2列 30名の槍足軽は10人3列の可能性も有るなら 槍足軽の3列がテルシオ的に前に槍を出していた可能性も有るのかだが 鍵槍迄有る持槍足軽が最前列なのかだが
12-13 10:18

白兵戦時は側面に居る弓・鉄砲足軽は 白兵戦時は前列に弭槍を持つ弓足軽 後列に刀或いは鉄砲で打撃しようと言う鉄砲足軽 更に後ろに刀を持つ奉公人が配置されると言う事なのかだが
12-13 10:36

最前列の騎馬武者が槍足軽に入れ替わるタイミングはどう判断しているのかだが 後列の持槍足軽より 疲労・損耗で戦闘力が低下していると考えた段階で 士大将や武者奉行等の命令で入れ替わっていたのかだが
12-13 10:47

槍足軽も疲労した後は部隊は その時点で敵が崩れていなければ後退したのかだが 再度生き残った騎馬武者が前列に出て戦っていた可能性も有るのかだが
12-13 10:51

その時点では騎馬武者も損耗して列の人数が足りなく成っている可能性も有るだろうし 持槍足軽が前に出てこの部分を https://t.co/RgGpPstjrC 足軽も前列に居る黒田屏風の 真田幸村・松平忠直隊の槍勝負に有る様な形で補填していた可能性も有るのかだが
12-13 11:22

https://t.co/RgGpPstjrC 左の黒田屏風の真田幸村・松平忠直の部隊の槍勝負は 松平忠直側は https://t.co/KeJALIJP5T 最前列の本多富正の部隊と言う事なのかだが
12-13 11:32

https://t.co/w2WVkhaBoj 本多富正が越前騒動の際に使用した具足が有るが 草摺に被弾が有ると言うが https://t.co/hXmNflDQH4 >これは敵よりも本多隊が危険であり、本多富正本人の脚部にも弾が当たったが甲冑に守られた。  具足を見ると草摺にもそれなりに厚い鉄板が有る様にも見えるが
12-13 11:51

大阪陣では上の具足は着ていたのかだが 同等の防御力の有る物は着ていた可能性も有るのかだが 草摺が革だったら銃弾は貫通し 生命の危険さえ有り得たと言う事なのかだが 雪下胴の鉄製草摺も同様の耐弾性は有るのかだが
12-13 11:58

指物だけでは無く袖印や傘印で 部隊を識別していたと言う意見も有るが 袖の無い具足に袖印は付けられるのかだが 袖の有る陣羽織を着ている場合もどうなのかだが 傘印の場合は後立が有る場合でも シコロの縅糸部分に装備された可能性も有るのかだが
12-13 12:20

雑兵物語の足軽の場合 額や首等に迄識別用の印を装備している例も有るのかだが 騎馬武者でこうした例は有るのかだが https://t.co/9moThyQvSh
12-13 12:38

https://t.co/zOL02OO6hl 左の黒田一成の胴は荒木村重の胴と言うが 1586年迄の物としては胴の紋が小さいが 17世紀に塗り替えられた可能性は有るのかだが https://t.co/jTk4I6Arz1
12-13 12:54

https://t.co/zOL02OO6hl 宣教師が南蛮兜を信者に渡していたのかだが 南蛮胴も早期に渡って具足に改造されていた可能性も有るのかだが
12-13 12:59

□座摩□鳥飾り付き 馬印 旗指物 馬標 馬験   (検)武具・甲冑・鎧兜 https://t.co/o9Mx9ZotXR 左の様に先端に蜻蛉や獅子等が付いた指物は浮世絵や17世紀後期の合戦図には有るが 戦国期には有るのかだが
12-13 13:10

https://t.co/L0g6FlzNjU SCAだとこうした大人数の乱戦も有るが 将棋倒しの危険も有るだろうし 備の槍勝負の初期段階の様に1列ずつ戦えば そうした事は起き難いのかだが
12-13 14:45

https://t.co/IkJ6by8MWo バイキング的に装備も雑多で隊列も無いが ノルマン兵もヘースティングズ時ではシールドウオールの兵は前列は盾+槍で統一されているのかだが
12-13 14:53

Check out 62 KEN SUJI KABUTO (helmet) w/Maetate of YOROI (armor) : EDO : 14.6×12.6×26.4" https://t.co/EDt6my6Lsk 前立は50-100年前の物と言う事の様だが 3つに別れた前立台は 江戸期の物なのかだが
12-13 15:20

騎馬武者10名2列 足軽10名3列ずつ同士が別々に正面からのみ戦えば 将棋倒しは起き難いのかどうかだが
12-13 15:43

黒田家は貸し兜も 立花家同様に桃形兜なのかだが 黒田官兵衛傘下に居た宮本武蔵の兜も この影響を受けている可能性は有るのかだが https://t.co/IgtGGNpi06
12-13 16:15

大型の兜蓑の有る場合は 傘印は付けられるのかどうかだが 毛の一部を縛る等して付けていたのかだが
12-13 17:11

https://t.co/ELKFYnRVsO 鐺鈀は果たして此処迄短いのかだが https://t.co/VkH6AzNAtn 左の絵でも長くは無いが https://t.co/LRQydIw3eV 左は長いが別種の物の可能性も有るのかだが
12-13 19:59

戦国期の西欧の商船の戦闘員が 大友軍等に居た可能性は有るのかだが 銃兵以外の装備は 海戦用鎧にハルバード或いは ボーディングパイクと言うのが主体なのかだが
12-13 20:08

海戦用鎧も手足に装甲が無い例が多いし 西欧兵の使う海戦用甲冑に日本の具足のパーツが装備された例も有るのかだが ボーディングパイクは最大2.5m有るだろうが 日本製槍が支給された例も有るのかだが
12-13 20:22

https://t.co/4msWLHY1D6 商船でこうした半甲冑装備の者は何処迄居るのかだが 手足に装甲は無いか 腕に鎖が有る程度と言う事なのかだが
12-13 20:34

遭難したリーフデ号の鎧には西欧製タセット(草摺)や手足の板金装甲は恐らく無かったから 家康や榊原康政・渡辺守綱の南蛮胴には此れが無いと言う事なのかだが
12-13 20:41

腕の板金装甲はサイズが合わないから使用しなかったと言う可能性も有るのかだが 肩装甲なら何とか使えないのかだが サイズ変更は黒田一成の胴で行われている形跡も有るから 板金鎧の手直しも出来た可能性も有るのかだが
12-13 20:45

https://t.co/nXmH64ezTH レパントの指揮官ドン・フアンの場合は 装甲は余り無いが 指揮官故と言う事なのかだが
12-13 20:53

https://t.co/XT8cHxS99A レパントの海戦の絵だと 半甲冑装備の指揮官的な者以外は胸甲+兜だけなのかだが 銃兵が多いし この場面だけでは何共言えぬだろうか
12-13 21:06

https://t.co/R6cR3lMK3S レパントの海戦の絵も中々高画質の物が無いが 左下に両手剣を持っているスペイン兵も居るが こうした物は陸戦では1550年台迄には廃れていたと言う事では無いのかだが 円盾兵も海戦では居るのかだが 日本に来た商船にこうした武装は有ったのかだが
12-13 21:13

商船に指揮官級の者の着る 半甲冑は無い可能性も有るのかだが
12-13 21:26

レパントのスペイン軍銃兵には基本的に胸甲は無い様に見えるが 大友軍等に西欧軍銃兵が居たとしても 貸具足は支給されたのかだが
12-13 22:31

レパントの海戦の絵にはピストルを持つスペイン兵が居ない様に見えるし この時点では海賊の様なピストルの大量使用は無いと言う事なのかだが
12-13 22:44

羽織だけで具足の無い足軽も津軽屏風では多いし 彼等は袖印は無いと言う事かも知れぬが 羽織の紋で敵味方を識別していたのかだが 羽織さえ無い様な者も居る様に見えるし 彼等は首や額等に印を装備していたのかだが 紛失を考慮すると 最低2つは付けていたのかだが
12-13 22:53

こう言う羽織さえ無い兵も 小袖の紋での部隊識別は無いと言う事なのかだが https://t.co/lKEcZaYVZR
12-13 23:08

@LOEFIpnabbQoGdV @LEjVotHyinXo0C4 恐らく1612年迄に書かれた 関ヶ原合戦図屏風(津軽屏風)だが
12-13 23:24

@LOEFIpnabbQoGdV @LEjVotHyinXo0C4 戦国合戦絵屏風集成 第3巻 関ケ原合戦図 桑田 忠親 https://t.co/q18T7yrRg8 左の本の物だが 東京都新宿区の図書館には無いだろうか
12-13 23:48

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