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2018.12

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12/03のツイートまとめ 

boukenkyuu

ベルセルク40巻の巨人が騎士を倒せる程度の小型の石を大量に投石紐等で放れば 鷹の団一般兵は壊滅していた可能性は有るのかだが 戦魔兵には大型の石でも通用しないと言う事なのかだが
12-03 09:14

投石機から小型の石を大量に放つと言う例は有ったのかだが https://t.co/ulHbhDotrJ ヤクサルテス川の戦いでアレクサンダー大王がスキタイ騎兵を投石機で攻撃しているが この際は小型の石を大量に放った可能性は有るのかだが
12-03 09:26

北条軍等は銃の時代でも馬鎧が有るが 雑兵物語では先ず銃撃戦が有り 恐らく此れを冷却・清掃が必要と成る5発程度放った後 弓のみでの射撃が始まると言う事だろうが 銃を5発放った後に乗馬突撃するなら弓を幾らかは防げる馬鎧は意味は有ると言う事なのかだが
12-03 10:02

https://t.co/5TNaiVF7nj >しかし、長篠合戦直前の頃の史料では、「馬介が不足しているようだが、着せるように」と書かれており、全員に徹底できていないようです。  武田軍の場合は乗馬突撃は小幡信貞以外は無いなら 馬鎧は必要なのかどうかだが 乗馬追撃時の歩兵攻撃を重視したのかだが
12-03 10:05

侍筒等は射程が無いなら 遠距離の銃撃戦では使わず 引き付けて至近距離で放っていた可能性も有るだろうし 此れでやられた関東の乗馬突撃した騎馬武者も多いのかだが
12-03 10:08

そうした侍筒を持つ兵は 雑兵物語に出て来る関東の騎乗銃兵や弓兵の射撃で牽制し射撃を幾らかは封じていた可能性も有るのかだが
12-03 10:12

https://t.co/5TNaiVF7nj >特に武士ならまだしも、滅んだ大名家の馬に着せた物が残るとは思えません。武田家では馬鎧のみならず、馬具である鐙や鞍もほとんど現存していません。  北条等の馬鎧の革小札の残欠なら 割に残るだろうか
12-03 10:22

弓歩兵の集中射撃も騎馬武者に完全装甲は無いだろうし危険だろうから 味方の弓歩兵が牽制しつつ乗馬突撃すると言う事なのかだが
12-03 10:30

相手が関東の兵なら 数が劣勢で無ければ騎馬武者が乗馬して迎撃して来るかも知れぬし 仮に此れが敗走してもその間に歩兵の銃の冷却・清掃が完了している可能性も有るなら 即歩兵に突撃と言うのは困難なのかだが 再度歩兵が銃撃戦をして5発放たせた後 突撃すると言う事なのかだが
12-03 10:33

https://t.co/7FXbtTpzVC >戦力的には不利で、北条氏勝が北条氏忠の救援に赴きピンチだったが、北条軍1万人に対し勝成は1人で戦いに挑み300もの首級をあげた。  https://t.co/i5RLwhFZle 此れは北条軍が油断して桶狭間の様に略奪をしていた最中の事なのかどうかだが
12-03 12:35

略奪の為に分散している敵なら 他の味方の奇襲で大混乱に陥っているかも知れぬし 潜みつつ各個撃破すれば 300名倒すのも不可能では無いと言う事なのかだが 討ち取った300人の首や鼻等を集めていたのかだが
12-03 12:37

水野勝成も先頭に立って突撃はしているが 銃撃戦終了後味方の援護が十分有る状況で突撃している可能性も有るだろうし 無謀な突撃は無いと言う事なのかだが そうした突撃はアレクサンダー大王やカエサルが味方の危機の際先頭に成って戦った様に 士気を高める効果が有るのかだが
12-03 13:25

敵味方が銃を5発放ち清掃・冷却に入った後 味方の弓の援護の中突撃すれば 垣盾や大型の手盾を持っていれば 突入迄は矢でダメージは受け難いと言う事なのかだが 白兵戦でも一番槍は付けるが 直後に左右の味方の騎馬武者が援護していたと言う事なのかだが
12-03 13:28

森長可はそうした銃撃戦も終わらない内に突撃してやられたか 序盤の銃撃戦後 冷却・清掃が終了した銃で狙撃されたと言う可能性も有るのかだが
12-03 13:33

https://t.co/HuntulNVYS >暇乞いを申し出て馬に乗ると[7]、そのまま信吉麾下の白江成定の陣に突入し一番首を取って[7]、家康に持参した。   この際は乗馬して移動はしたが 乗馬突撃は無いと言う事なのかだが
12-03 13:44

兵力は同等以上だが火力が劣勢の方が 長時間の射撃戦を避けて 射撃戦中にも突撃すると言う事は有り得るのかだが 味方の援護射撃を受けながら突撃すれば 損害はそれなりに抑えられるのかだが
12-03 13:50

3匁弾なら垣盾でも2町(218m)では防げるのかだが この距離から乗馬突撃すれば銃は1発放たれる程度で済むのかだが 弓の集中射撃を受ければ馬鎧を装備してもだろうが 味方の援護射撃で此れは何処迄封じられるのかだが
12-03 14:04

そうした乗馬突撃をするとしても関東の軍だけと言う事かも知れぬし 地形を利用されればそうした事も困難である訳だろうか
12-03 14:09

https://t.co/VVkGy8xtwT 沖田畷の戦いでは龍造寺軍が銃を使えぬ侭島津軍の突撃で壊滅しているが 伏兵の地形を利用しての近距離からの奇襲攻撃を受けたから 銃が使えなかったのかだが
12-03 14:26

>また、浜手(有明海側)を密集して進む龍造寺軍の江上勢・後藤勢2千に対し、島津・有馬連合軍は大砲2門を積んだ天草伊豆守の船から砲撃を加えて大損害を与えて、これを敗走させた  此れは島津軍が散弾装備の大友軍の国崩しでやられた経験から 同様の散弾が密集陣に対し使われた可能性も有るのかだが
12-03 14:37

https://t.co/C7O0m9RQql  国崩しが島津軍に使われたのは1586年であるし 沖田畷の戦いより後だろうが 沖田畷でも同様の散弾が利用された可能性は有るのかだが
12-03 14:44

武具 兜 茶熊 https://t.co/HwckGoO1Kh 茶熊成る物も有るが 合戦図では赤・白・黒或いはグレーの物しか見ないが
12-03 14:59

下の大阪冬の陣図の左の足軽らしき者には赤熊が有るのかだが 小頭クラスの者なのかだが 右の騎馬武者らしき者ににも有るが 下に額金の様な物は有るのかだが https://t.co/HdLxQQ3ztf
12-03 15:25

こうした半首と一体化した様な赤熊は有るのかだが 面頬や額金の上に赤熊が装備される例なら有るのかだが https://t.co/SYgNrlZP0i
12-03 15:34

こう言う長烏帽子は 戦闘時は兜に替えられていたのかだが https://t.co/mHNyZyDVZV
12-03 15:38

下は両方共白熊の下に鉢巻が有ると言う事なのかだが 額金が有る例も有るのかどうかだが https://t.co/hWGCKjucjv
12-03 16:33

https://t.co/0EFxaRUR7Q 相馬野馬追に出て来る様な 大型の黒い旗の指物も有るが https://t.co/PwTw4Nvcas サイズは野馬追の標準的な物よりはやや小さいのかだが
12-03 18:34

この黒い旗の指物は付近に大量に書かれるし 他の同サイズの旗も大阪冬の陣図には多数書かれるだろうか https://t.co/eR1btLnA5w
12-03 18:50

https://t.co/c4klr2AkFZ
12-03 18:51

https://t.co/JTYk1YNLfW
12-03 18:51

https://t.co/SuxM1pLYvw
12-03 18:52

https://t.co/ltjrHuqbpx
12-03 18:52

髭の有る書体が書かれる指物も 大阪冬の陣図には有る訳だろうか https://t.co/dpZIUxKXTG
12-03 18:53

https://t.co/wD4j7dd5dA 左の歩兵は 黒熊の下に鉢巻が有るのかだが
12-03 19:37

https://t.co/aIulk0Nt99 >大坂の時、水野日向守か手に付、三間ほとの志ないのさし物に、釈迦者仏法之為知者、我者兵法之為知者と書れる。よき覚ハなし、何方にて有れん橋の上にて、大木刀を持、雑人を橋の左右へなぎ伏れる様子、見事なりと、人々誉れる。
12-03 20:36

この宮本武蔵が戦場で利用した大木刀と言うのは https://t.co/5qppyJDOUs 左の大山寺に奉納された木太刀の様な物なのかだが 左よりは実戦的な形状かも知れぬが グリップには柄巻等は有ったのかだが 槍に対抗出来る長さは有ったのかだが
12-03 20:39

https://t.co/sMn3FhIBYi こう言うドラゴン殺しの様な太い木刀では無く 刀では容易に切断は出来ないがそう太くは無い物が使われた可能性も有るのかだが 金属の無い金砕棒よりは重いが 鉄の貼られる物よりは重くは無い可能性も有るのかだが
12-03 21:16

https://t.co/abUxWqbOmc 左の北斎の絵の木太刀は細いが こうした長さの物を武蔵は用いていたのかだが
12-03 21:26

隠し狭間を大筒で撃ち抜いて奇襲されれば 伏せて回避する余裕も無いだろうが そうした事は果たして行われたのかどうかだが
12-03 21:38

武蔵の具足に関する記述は無いが https://t.co/UsS6TKxjz4 伊達政宗等の様に墓に具足が有る可能性も有るのかだが
12-03 22:02

https://t.co/vTxtnXQrsA 武蔵の家紋 九曜巴が具足に入っている可能性も有るのかだが
12-03 22:06

https://t.co/EIKkr2vXKW 宮本武蔵の壮年期の自画像等も有るが この赤い羽織と同様の物を具足の上に装備していた可能性も有るのかだが
12-03 22:51

https://t.co/MeAyRK6KZo https://t.co/Tr46D6waGQ https://t.co/jPtmGnnpnR 前書いた様に具足の上に着た羽織等の上に 帯を巻く着装法も恐らく有るが 果たしてこうした着方はしたのかだが
12-03 22:52

@SagamiNoriaki 伝承が本物の可能性も有るかも知れぬが 背部の指物も3間(5.45m)有ると言うが 装備して戦闘したかは不明だが10kg以上の指物も有ったと言うが 武蔵も西国の播磨国の者であるから乗馬して移動はするだろうが 戦闘時は基本的に下馬していたと言う事だろうか
12-03 23:15

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