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2018.12

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11/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/SQ8ieEOfGP 北条軍の槍足軽は40%程度であるなら 最小程度の300人の備でも120人の槍足軽が居る訳だろうし スウェーデンの10X10人以上の槍方陣が組めると言う事だろうが 果たして密集方陣で運用されたのかだが
11-15 09:54

最大の800人の備なら 320名の槍足軽が居る訳だろうし 本陣備は1500人だろうから 600名の槍足軽が居る訳なら テルシオと同程度或いはこれ以上の槍方陣が組める可能性も有るだろうが 果たして方陣で運用されたのかだが
11-15 10:01

https://t.co/yrfS5BVov3 テルシオは1700名槍兵が居る場合も有るが オランダは250名 スウェーデンは54名しか槍兵は居ない訳だろうが スウェーデンの槍兵は槍騎兵を阻止出来たのかどうかだが
11-15 10:11

スウェーデン軍の54人のパイク兵ではフサリアの騎兵槍コピアにアウトレンジされず共 集中攻撃で撃破されていたと言う事なのかどうかだが
11-15 10:13

https://t.co/yrfS5BVov3 >1567年5月 Tercio de Cerdeña パイク兵 745名  この辺りなら槍騎兵の突撃は考慮されていた可能性も有るのかだが 700名程度の槍方陣なら阻止は出来たのかだが
11-15 10:18

アルベドのスイス歩兵は4000で 此れが確か3つに分かれていたなら 1300名程度の槍方陣を作っていたのかどうかだが
11-15 10:21

https://t.co/f4vbutiZ3R アルベドでミラノ騎兵が400スイス兵に乗馬突撃したが撃退されているが 400名が1300人程度のスイス兵の1部隊に集中したとしても 撃退されていると言う事なのかだが
11-15 11:11

関東の騎馬武者も 雑兵物語を見る限り 30名程度の恐らく備単位で突撃しているなら 北条軍の恐らく120名程度の槍方陣なら此れを防げていたと言う事なのかだが
11-15 11:21

アルベドでも6000のミラノ騎士が乗馬して スイス傭兵の1300名程度の1部隊に集中的に波状攻撃すれば 壊滅出来た可能性は無いのかだが 此れでは勝利出来ても損害が大きく成ると見て下馬戦闘に切り替えたと言う事なのかだが
11-15 11:26

スイス傭兵も1部隊が集中攻撃された場合は 他の部隊が突撃する敵を包囲する様に動いていると言うが 此れを騎士で足止めされてやられた例は有るのかだが 少数の騎士で彼等を足止めするのは 困難な可能性も有るのかだが
11-15 11:28

レパントではトルコ軍が 高所から銃でやられたと言うが 散弾利用のピストルを多数撃ち込まれたと言う訳でも無いのかだが
11-15 13:03

https://t.co/RRls6mGd9L スイス歩兵も絵だとハーフアーマー装備が多いし 一部足に装甲の有る兵迄居るが 移動速度は高速と言う事だっただろうが ハーフアーマーは10kg以上は有るのかだが
11-15 14:23

スイス歩兵のハーフアーマーも足軽胴より軽い訳も無いだろうが 板金は胴も含め1mm程度の可能性は有るのかだが クロスボウ対策で胴や兜鉢はそれなりに厚い可能性も有るのかだが スイス歩兵も山で育っているから足が強く この程度の重量ならミュルテン等の様に高速移動出来たと言う事なのかだが
11-15 14:30

https://t.co/SQs8kgYrxu >Burgonet: 3.06 kilos Gorget: 2.72 kilos Breastplate: 2.72 kilos Backplate: 2.04 kilos Arm harness: 1.7 kilos Gauntlets: 1.26 kilos Cuisses, covering the leg to the knee: 1.7 kilos
11-15 15:09

1572年計測の歩兵用3/4鎧の重量は最大15.2kgと当世具足程度有るが スイス兵の兜は2kgも無いだろうし 足装甲・ゴルゲットも無いとすれば 大概は10kgは無いと言う可能性も有るのかだが 胴は4.76kgと近距離での防弾は考慮されない訳だろうか
11-15 15:14

https://t.co/5PXTh6CAIj 重量が計測されたのは左の様な鎧か 或いは https://t.co/udVIZHminn 左の様な腕装甲が一部鎖の物の可能性も有るのかだが
11-15 15:28

https://t.co/CSe5sRPSLR 寛永期の祇園祭礼図屏風には こうした巨大な車の付いた船が有るが 大阪陣ではこうした車で輸入した重砲を移動していた可能性は有るのかだが
11-15 20:02

或いは台座や車輪迄 輸入していた可能性も有るのかだが
11-15 20:03

https://t.co/RkxWQolBkR >13発撃って、11発しか弾痕がない。10発は黒点。不明のひとつは8点の同じところに当っている、  此れは50mで黒丸は直径40cmだっただろうが 10匁士筒は100mでもそれなりには 垣盾程度の標的なら当たると言う事なのかだが
11-15 21:04

垣盾も100mなら6匁筒でも貫通するかも知れぬが 九州以外の西日本では3匁筒程度が標準だったかも知れぬが 此れでは100mでは貫通しても余りダメージは与えられない可能性も有るなら 10匁士筒が威嚇的に少数撃ち込まれたと言う可能性も有るのかだが
11-15 21:06

6匁筒も100mでは垣盾を貫通してもダメージは可也軽減される可能性も有るなら 10匁等の士筒が撃ち込まれていた可能性も有るだろうが 200mでは流石に放っていないのかだが
11-15 21:08

https://t.co/mOIbyWG1fN >朝鮮の役中の文禄2年、巨済島に駐屯する島津義弘軍2千の火器装備記録によると。 百丁の内 大筒(?)     1丁    五十目(31.4) 5丁  三十目(26.5) 5丁  二十目(23.1) 5丁 十三文め(20.0) 2丁   六文目(15.5) 10丁
11-15 22:33

>二文半目(11.6) 72丁   文禄期の島津軍は2.5匁筒が主力なのかだが  30匁筒では100mで垣盾に当てる事は出来るのかどうかだが 20匁筒が主に1町(109m)程度以下から垣盾に撃ち込まれていたのかだが 10丁の六匁筒は士鉄砲組の主力銃の可能性も有るのかだが
11-15 22:39

島津軍が2000の内100しか銃が果たして無いのかだが 全兵士が携行すると言う腰筒は含まれていないと言う事なのかだが
11-15 22:41

https://t.co/HszW5y5YuI 東北地方では10匁以上の筒の比率は 他地域より多いと言う事かも知れぬが 銃兵の比率は必ずしも多くは無い地域も有るだろうか
11-15 22:46

https://t.co/wDT8sAGV2d >米沢藩20匁火縄筒全長93.2cm・銃身63.7cm・銃口2.5cm   この程度の物なら 上手い者なら100mでも垣盾に命中させる事は 可能なのかどうかだが
11-15 23:04

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