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2018.12

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10/03のツイートまとめ 

boukenkyuu

座星兜 戦国桃山期古鉢 /// 甲冑 武具 鎧 兜 刀 鍔 鞍 鐙 弓矢 縁頭  https://t.co/emKXmRBlUa この兜鉢は 桃山期の物なのかだが
10-03 10:35

突盔形兜や桃形兜は 大阪夏の陣図では書かれているのかどうかだが 桃形兜は頭形兜より比率は 黒田家や立花家以外では可成り低いのかだが
10-03 11:32

大阪夏の陣図の下の頂部の尖った兜は 桃形兜なのかだが 突盔形兜の可能性も有るのかだが このタイプの物は余り描かれていないだろうか https://t.co/3av5E4JsUa
10-03 11:51

右上の兜は桃形兜なのかだが 似ているが長い別の兜は 烏帽子形兜と言う事なのかだが https://t.co/nBVp1G37Be
10-03 11:59

下は突盔形では無く 瓜形兜や椎の実形兜なのかだが https://t.co/u58e5BDWAr
10-03 12:06

▲▽桃形兜 眉差 桃山~江戸初期 鉄、黒漆、金塗 30.5×30.5×24cm 1.46kg 鎧/甲冑/武具▲▽ https://t.co/0ECj9FHu9d 繋がっている打眉等も有るが 桃山期には有るのかだが
10-03 12:10

下の津軽屏風の兜は 椎の実形兜なのかだが https://t.co/fx6CtjTpTx
10-03 13:05

17世紀前期成立と言う 川中島合戦図にも椎の実形兜的な物が書かれるが 右は中央に鎬が有る南蛮兜等の可能性も有るのかだが https://t.co/6iNmTyMBly
10-03 13:51

こう言う中に兜鉢が有るらしき 僧頭巾も川中島合戦図には有るが 大阪陣辺りでは同様の物が有った可能性も有るのかだが https://t.co/u9eZ5v0RQD
10-03 13:55

https://t.co/own5MsmSS6 1517年成立の清水寺縁起絵巻の僧兵の場合は 兜鉢は頭巾の下には明確に有る様には見えないが 帽子兜が有る可能性も有るのかだが
10-03 14:06

https://t.co/NnuhlBmn5M 15世紀後期成立の笠置寺縁起絵巻の僧兵は 頭巾に吹返の様な物が有る様にも見えるが 下に兜が有ると言う解釈なのかだが 江戸期の模本では有る訳だろうか
10-03 14:11

画質的に分かり難いが 頭巾内部に吹返の有る兜が入る可能性も有るのかだが https://t.co/MwvC6fNZFy
10-03 14:16

https://t.co/RaFOwvBavY 僧頭巾の上に兜を被る例も浮世絵には有るが 古い絵では有るのかどうかだが
10-03 14:38

https://t.co/hwEwWse9fQ 或いは頭巾は左の様な形で付けられ 兜の下には無い可能性も有るのかだが
10-03 14:42

https://t.co/8Z4v84PHOb 左の場合は僧頭巾は兜の上には 明確に無いと言う事だろうか
10-03 14:46

https://t.co/G7misP5q4A 左の兜と手甲の有る兵は 重騎兵シパーヒであり 服の下に装甲は有ると言う事なのかだが
10-03 15:23

https://t.co/8DJ6LyVnll https://t.co/YZ1z5aEzjc ポーランドのパンセルニはシパーヒの模倣なのかだが 弓は攻撃的に利用されたのかだが 十倍等のトルコ軍の軽騎兵と弓で撃ち合って 勝利出来るのかどうかだが
10-03 15:39

https://t.co/DHJaDo8Aor >そこでフサリアは、タタールとの戦いの際には、軽騎兵相手には使い道のない重い槍を置いて軽装で挑んだ。主な武器は火器であった。フサリアは各々ピストルを持ち、マスケット銃兵を乗せた馬車を連れてタタールと戦った。
10-03 16:04

フサリアもタタール等の軽騎兵に対しては フスの戦車的な物で対処していたのかだが とは言え此れは砲撃には弱いのでは無いのかだが
10-03 16:05

>トルコ兵に対しては、フサリアは常に突撃を行った。イェニチェリの銃といえども、フサリアの突撃の前には全く意味を持たなかった。  とは言えニコポリスの様に歩兵の前に杭が置かれていれば フサリアも突撃出来たのかどうかだが
10-03 16:08

https://t.co/oJsQQYTeHM >同年9月2日にオスマン帝国の軍勢は、ホティン城を中心とするポーランド・リトアニア共和国軍の陣地に攻め入った。しかし、城の廻りは荷車と土塁で作られたコサックの防衛線が設置され、イスラム勢は数日をかけてもその防衛線を突破することができなかった。
10-03 16:21

>2日から28日までの間、オスマン帝国軍は6回にわたる総攻撃を行ったが、コサックの大砲や鉄砲の前ではなす術もなく、すべての総攻撃は大敗に終わった[8]。  1621年のホティンの戦いでは ポーランド軍もフサリアと言うより陣地で20万のトルコ軍を撃退したのかだが
10-03 16:23

https://t.co/aqbju0OtAo こう言う前立と言うのも見ないが 現実には有るのかどうかだが
10-03 16:41

https://t.co/S4JcUltPnk https://t.co/W4uy4jMKsO 縦型の竹ぼらなら 法螺貝とほぼ同じ音が出るのかだが 東国でも本物の法螺貝が 一部高級品として使われていたのかだが
10-03 16:57

ヨーロッパの騎士の大半の剣はロングソード等では無く片手剣だろうが 乗馬戦闘ではランスが主武器だろうが 乱戦突入後は剣を使用せずポールアクスや他の打撃武器に持ち替えた兵も多かったのかだが
10-03 18:34

下馬戦闘時の武器もランスが主体だが パイク方陣のハルバード兵の様にポールアクスを持つ兵も幾らか乱戦用に 混ぜられていた可能性も有るのかだが ランスの切断を狙う両手剣等を持つ下馬騎士等は居たのかだが
10-03 18:48

ドイツの下馬騎士の場合は乗馬騎兵阻止の為にパイクを持つ例も有ったと言う事だっただろうか
10-03 18:49

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