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2019.09

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07/29のツイートまとめ 

boukenkyuu

□秋水□十八間筋兜 梵字打ち出し 丸に桔梗紋入 (検)武具・甲冑・鎧兜 https://t.co/jaYFalv48T こう言う打ち出しは 戦国期の筋兜には無いと言う事なのかだが
07-29 08:28

https://t.co/K1o3o4n9Dq 忍者も潜入後最初の火炎攻撃の為の火縄や火矢への着火は 敵の光源を利用と言う方向も有るだろうが 此れを予期して光源付近に護衛が配置される例も有るのかだが
07-29 08:52

そうした事が護衛の前に不能なら 潜入後音を周囲に出来るだけ漏らさない位置で 火縄や火矢に火打ち石で着火すると言う方向も有るのかだが
07-29 08:58

https://t.co/oUWEetwLOu 真如堂縁起絵巻には袖印は書かれるが 傘印は無いと言う事なのかだが
07-29 09:03

1525年頃成立の洛中洛外図・歴博甲本に有る様な指物が登場した後は 傘印は廃れたのかだが 指物を装備しない騎馬武者は此れを装備していた可能性も有るかも知れぬし 指物との同時装備も有り得るのかどうかだが
07-29 09:07

https://t.co/AAXAs6FPQj ホイルロックの発火装置でも火口の様な物に着火は 或いは出来る可能性も有るのかだが 左の様な方法では音も大きく 着火に時間も掛かるだろうか
07-29 09:39

夜間だと照明から発する煙で 火縄の匂いがある程度は紛れる可能性も有るのかだが
07-29 09:39

https://t.co/PDIM6g2pkG 鰭の様な前立も有るが 戦国期に同様の物は有るのかだが
07-29 10:03

https://t.co/uCNDXGPnTr 1482年成立の 笠置寺縁起絵巻に十文字槍と鎌が複合した様な武器も有るが 通常の十文字槍もこの時点で有るのかだが 鞘の構造を考えると 此れは十文字槍の可能性も有るのかだが 鈎の有る突棒も有るが鈎槍は有るのかだが
07-29 12:03

槍印も有るが 紐を柄或いは金具に結び付けた様な物なのかだが 後の時代でも同様の物は有るのかだが
07-29 12:05

https://t.co/ruNdky2UGa 1580年台或いは其れ以前の成立かも知れぬ 洛中洛外図・歴博乙本には赤い毛の引き回しが有るのかだが 兜鉢の下に此れが有る様にも見えなくは無いだろうか
07-29 13:40

https://t.co/iapwUrOu3t 歴博乙本には 宗十郎頭巾の様な物も書かれるが 此れは江戸期に登場したと有るが 原型的な者が1580年台にも有った可能性も有るのかだが 浮世絵に書かれる様に同時期の忍者が此れを利用した可能性は有るのかだが
07-29 13:51

https://t.co/3Ia1AmPnju 宗十郎頭巾は1736年に初代澤村宗十郎が考案したと有るが 歌舞伎で此れを利用したのが初と言う可能性も有るのかだが
07-29 14:02

https://t.co/hV3b0gxlPR 左の様な形の忍者用頭巾が 戦国期にも有ったと言う事かも知れぬが 宗十郎頭巾形では無い物も浮世絵には書かれるだろうか
07-29 14:03

https://t.co/EeQItrrQag https://t.co/YE2xqrNvvR 左の浮世絵の宗十郎頭巾は 忍者の物とは何か違うかも知れぬし 別種の頭巾の可能性も有るのかだが
07-29 14:18

https://t.co/qF3deDX0Hx 左の大内義興の太刀は 片手打なのかだが 騎馬武者は通常の70cm台前半程度の太刀と 片手打打刀を同時装備していた例も多いのかだが
07-29 14:36

上の大内義興像には短刀らしき物は見えないが 片手打打刀で組討迄していたのかだが 此れが片手抜刀される例も有るのかだが
07-29 14:37

https://t.co/0Q249pW8Xi 左の斉藤正義も短刀は無いし 太刀と片手打打刀的な刀を装備しているが
07-29 14:39

https://t.co/HDrP0KEjjy 湊喜兵衛尉像には片手打打刀的な物に加え短刀も有る様に見えるし 組討を重視している者は短刀も有るのかどうかだが
07-29 14:44

https://t.co/kcBGIXAJ28 片手打用打刀もこの程度の物で ハーフソードでもすれば組討は可成り出来るのかどうかだが
07-29 14:56

https://t.co/XCO8wtMzlx >吉岡流の小太刀技を学んだ成果か、どうか判然とはしないが、朝鮮の役の南原城の戦い(慶長2年)で大河内秀元は2尺1寸(約64cm)の短い打刀を使用して、馬上の敵四騎を次々と切り落としている。  こうした短い刀を主武器とする者も 戦国後期でさえ居たのかだが
07-29 15:39

>あれほど流行した南北朝期の延文、貞治頃の大太刀が室町時代に入って急速に衰微している事実一つとっても容易に理解できるように、当時の鍛錬を詰んだ武士といえども余り長い刀の使用は、長時間の戦闘で急速に体力を奪われ、最後は討ち死にするに至る原因となった可能性が高い。
07-29 15:47

乗馬戦闘なら重い武器でも体力は割に保ち 馬の速度を利用しての一撃離脱で体力の温存も可能な例も有るだろうが 下馬戦闘で重い武器を利用すれば 一撃離脱も困難であり疲労が溜まる危険も有る訳だろうから 騎馬武者も下馬戦闘主体と成った室町期に武器が軽量化されたのかだが
07-29 15:49

>2尺2寸前後よりも、僅かに長い2尺3、4寸(約70~73cm)、あるいは、2尺5寸(約76cm)の刀が、天文や元亀天正頃に登場してくるのである。  此れは短い打刀とは別に携行された 太刀の代用品と言う可能性も有るのかどうかだが
07-29 15:54

https://t.co/9G1XA4nvNp 戦国後期の長い打刀とセットに成っている脇差は 片手打打刀よりは短いと言う事だろうか
07-29 15:59

戦国時代後期に鎧が板金化して リーチの長い刀で隙間を突く事が主体と成った故に 長い打刀が使われ 別に組討用の脇差も装備されたと言う事なのかだが
07-29 16:02

天文年間末期の1550年台には鎧は最上胴等で板金化され 長い刀で隙間を狙う戦術が使われる様に成ったのかどうかだが
07-29 16:04

https://t.co/EgIUdBo0mG >これが享禄・天文(1528~40)頃になると刃長が二尺二寸台位に延びて、やや身幅が広く中峰延びごころの姿が多くなる。  1540年頃迄には最上胴が登場し 此れの隙間を狙う為に打刀の長さは伸びたのかだが 或いはこの時点では太刀の代用品の可能性も有るのかだが
07-29 16:11

1528-31年の享禄年間にも 最上胴は有る可能性も有るのかどうかだが
07-29 16:16

https://t.co/POie7DKIE7 鞘に目潰しが仕込まれる例は果たして有るのかだが 潜水時の呼吸用には別に竹筒を用意するのかだが
07-29 16:54

鞘に目潰しを入れても居合的には使えないだろうし 小型の物が別途用意されていると言う可能性も有るのかだが
07-29 16:59

仕込み短銃も 超小型でホイルロックやスナップハンス・フリントロック発火装置を仕込んだ物は 果たして有るのかどうかだが 散弾使用でも目潰しの方が未だ使えるのかだが
07-29 17:03

https://t.co/nX6Iz4kWF3 こう言う物も有るが そう小さな物でも無いだろうか
07-29 17:13

https://t.co/u7JViXBpGC フリントロックではこうした物も有るが スナップハンスでは有るのかだが
07-29 17:28

https://t.co/POie7DKIE7 尖った分銅は有るが 鈎迄付いた例は有るのかどうかだが
07-29 17:30

https://t.co/207HjPXBnJ 切っ先的な物の有る現代物も有るが 現実の物との関連は有るのかだが そうした物が現実に無く共 小型の槍付き鎖鎌の鎌部分を投げれば 同様の効果が得られると言う事だろうか
07-29 17:44

https://t.co/dWLdCk8Eaj 鎖鎌の原型の距跋渉毛と言う物にも似ているが 槍は可成り後で装備された可能性も有るのかだが
07-29 17:55

https://t.co/3TTGBwFNqR 槍の有る物は鎖装備が基本と言う事は無いのかだが 分銅装備の鎖鎌の方が汎用性は無いのかだが
07-29 17:58

https://t.co/tFcJwsrMSN 距跋渉毛もリングを使えばこうした形で 分銅より腕を拘束し易い可能性も有るだろうが 武器を拘束は何処迄出来るのかだが
07-29 18:33

https://t.co/LMhBt1SAxb 武器をリングを生かして 拘束する様な場面は左では無いが
07-29 18:45

南北朝期なら兎も角 下馬戦闘主体の室町期に喉輪・面頬や大立挙脛当が多用されたのはどう言う事なのかだが 槍でそうした部分を狙われる危険が増していたと言う事なのかだが 喉輪や面頬は極少数かも知れぬが 大立挙脛当はそれなりに有るのかだが
07-29 19:37

宝幢佩楯もそれなりに描かれるが 槍で腿の内側を狙われる故の物なのかだが 甲懸はほぼ無いのかだが 臆病金も割に装備される絵も有るが 熊手や薙鎌で脛裏を狙われるのを防ぐ為なのかだが 宝幢佩楯も同様なのかだが
07-29 19:39

室町期の鎧も胴や兜は弓の防御をあまり考慮せず軽量化し 垣盾や地形で矢を防護する方向として 槍や熊手・薙鎌を防ぐ為に他の部分に装甲を配分したと言う事なのかだが
07-29 19:53

室町期の騎馬武者も下馬戦闘しているから 乗馬騎兵と異なり垣盾や地形の防護を得られる故に 胴や兜鉢を薄く出来たと言う事なのかだが
07-29 19:54

乗馬騎兵にも弓を防ぐ為の袖は有るだろうが 袖も無い騎兵も居るだろうし 袖で防護出来ない部分を狙われる可能性も可成り有ると言う事なのかだが 兜鉢や腹下部は 袖や吹返から露出するだろうし この部分を歩兵の様に薄くする訳には行かぬと言う事なのかだが
07-29 20:00

室町期のそうした胴や兜を軽くした下馬騎兵も 雑兵物語に有る様な白兵戦突入後の至近距離の射撃で やられていた者も多かったのかだが それでも装甲を重装化するより生存性は高かったのかだが
07-29 20:09

https://t.co/d3nl2q4d0P 結城合戦絵詞のこう言う距離での射撃も 雑兵物語では有るが この時点では何処迄行われたのかだが
07-29 20:15

この距離で士弓組の強弓を受ければ ダメージを受けるだけでは無く 高精度の射撃で顔等を狙われてやられる危険も有るのかだが 足軽も強弓を使用していると言う記述が有るから 精度は兎も角威力はそれなりに有ると言う事なのかだが
07-29 20:33

そう言う状況でも関東の騎馬武者は 乗馬戦闘主体で重装甲なのかだが 相手が側面を地形で防護して騎兵は下馬していた場合は 乗馬突撃はせず歩兵と共同で射撃後 下馬戦闘した可能性も有るのかだが 側面が空いていた場合は馬足軽的な者を移動させて幾らか射撃した後で 乗馬突撃したのかだが
07-29 20:56

そうした状況でも相手が関東の兵なら 乗馬した騎馬武者が歩兵突入前に迎撃して来る可能性も有るのかだが
07-29 21:01

相手が側面を地形を防護して下馬していた場合でも 下馬した第一陣の攻撃で敵が崩れたら 第二陣が乗馬突撃をした可能性も 関東の騎馬武者なら有るのかだが
07-29 21:13

雑兵物語に片手で 60cmの大脇差を抜こうとしている描写も有るが こうした物や片手打打刀も返角が有れば 片手で抜刀出来ると言う事なのかだが 肥後拵辺りはどうなのかだが https://t.co/8e1X8wFZYX
07-29 22:44

北条軍も秀吉軍相手では物量の差で下馬して正面突撃をしても 乗馬突撃が出来る程には崩せず 野戦築城的な物をされていれば 崩しても乗馬突撃は困難だったと言う事なのかだが
07-29 22:47

脇差でも手足を斬れと言う記述も有るし 此れで草摺の隙間を突いている描写も有るから 足軽は小脇差が使えないと言う事でも無いのかだが
07-29 22:59

兜を殴って刀が曲がった後 脇差で恐らく草摺の隙間を突いた描写も有るが 兜を被っていたのは騎馬武者では無いと言う事なのかだが https://t.co/m4fWstC41i
07-29 23:15

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