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2019.10

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07/24のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/eHNY0Q7D6T 乗馬してポールアックスを振るう騎士も割に書かれるが 彼等も乗馬突撃時はランスを持つのでは無く 最初からポールアックスを持った騎士がテルシオ等のハルバード兵の様に乱戦用に少数混ぜられていた可能性は有るのかだが
07-24 10:32

リチャード1世やロバート・ブルースが斧を利用していた描写も有るが 乗馬突撃時も最初から斧を装備していた可能性も有るのかだが
07-24 10:34

スイス傭兵もロングボウを受ければ フォルカーク等のシルトロンの様に割に容易に壊滅する可能性は有るのかだが シャルル突進公の兵にロングボウ兵は居ただろうが 数が少ない或いは奇襲を受け スイス傭兵は阻止出来なかったと言う事なのかだが
07-24 10:48

弓の多いトルコ軍や日本軍等に弓を大量に放たれれば フォルカークの様に成る可能性も有るのかだが モハーチのランツクネヒトもそうした形でもやられたのかだが
07-24 10:50

■四枚胴■在銘?■江戸時代■鎧兜、甲冑、武具、具足の部品■484 https://t.co/8BIQ2ES88b この糸で繋がれた小鰭の動作性はどうなのかだが
07-24 11:04

関ヶ原後は甲賀的な茶系の忍者服は 家康に攻撃されるので用いられなく成ったと言う可能性は有るのかどうかだが
07-24 11:37

https://t.co/J0eZTih1U4 >島原の乱に出陣する松平信綱を甲賀衆百余名とともに水口で出迎え、参陣を申し出たが大勢は連れて行けないと断られ、与右衛門ら10名が代表として参陣する。  100人居れば何処かからは早期に侵入出来 原城は短期で陥落した可能性も有るのかだが
07-24 11:48

https://t.co/WUtlPCsua4 >200人の甲賀忍者隊を指揮して城内を撹乱し、長持は遁走し落城した。  この程度の単位で無いと 中々城を落とせる迄撹乱させるのは難しいのかだが
07-24 11:54

杉谷善住坊 伊賀崎道順 城戸弥左衛門 音羽半六の信長の狙撃は皆失敗しているが 狙撃は行われなかった或いは影武者に命中したと言う様な可能性も有るのかだが 信長が防弾鎧を秘密裏に着ていて此れに弾かれた可能性も有るのかだが
07-24 12:00

https://t.co/J0eZTih1U4 肥後細川家の忍者も原城には投入されているが 越中頭形兜を装備していた可能性は有るのかだが
07-24 12:26

原城では甲賀忍者が落とし穴の上から投石を受けているが 兜鉢等で此れを幾らか防いでいた可能性は有るのかどうかだが
07-24 12:49

>与右衛門と共に潜入した芥川七郎兵衛は落とし穴に落ちて石礫を打ちつけられ重傷を負い、任務は失敗した。  こうした状況では銃で狙撃される危険も有るだろうが 煙玉を利用して回避と言う様な例は有るのかだが
07-24 12:52

落とし穴の中で煙玉を利用しても大量に銃や矢・石を撃ち込まれたり 少数でも散弾を放たれれば やられる危険は有ると言う事だろうか
07-24 14:58

こうした川の中からの射撃も 忍者でさえほぼ無いと言う事なのかどうかだが https://t.co/qRey9gIqaV
07-24 15:01

こうした水蜘蛛的な物も基本的に 忍者用と言う可能性も有るのかだが https://t.co/Qlbv8RPHR2
07-24 15:09

こうした物の浮力は 可成り限定的なのかだが https://t.co/kKjbXqNB38
07-24 15:12

https://t.co/AZpfBvapq7 そうした浮袋もアッシリアで既に利用されるが 大量の兵が此れで移動したのかだろうし 果たして何処迄使われたのかだが
07-24 15:19

https://t.co/2Oya5RpG8a アッシリアでは革の浮袋が装備される筏迄利用されている様だが
07-24 15:34

https://t.co/HUZ2vLKxCJ >義弘はまたしても命拾いをしました。割って入った侍は木の楯ごと、兜までも切り裂かれたからです。その太刀筋は尋常ではありませんでしたが、彼も従者を相手にしている隙に討たれてしまいます。
07-24 16:15

1572年の銃の時代の厚さ5cmの様な盾を 両断出来るのかどうかだが https://t.co/422fl5r8cR https://t.co/xBctpNsCl4 左の様な小型の盾なら持ち上げた物を叩き落とし この勢いで兜迄斬られる事は有るのかだが
07-24 16:26

>多勢に無勢、油断も何もあったものではなく、島津義弘はうち負かされて500m も後退させられ、彼の命に危険が迫りました。この時、六人の侍が「ここは我ら六人で守りますので、その間に態勢を立て直して下され」と、捨て石宣言して砕け散りました。
07-24 16:31

六人でも5cm等の厚さの盾を利用すれば 近距離での銃撃で貫通しても具足でダメージは軽減される可能性も有るだろうし 特攻を覚悟した者に斬り込める者も少数と言う事なのかだが
07-24 16:33

そうした相手には至近距離で多数銃を撃ち込んでから斬り込むか 或いは10匁筒でも撃ち込むか その後馬を突入させて体勢を崩した後 飛び道具を撃ち込むと言う方向も有るのかだが
07-24 16:36

https://t.co/vg1IZoO65m シールドがポールアームで叩き落とされる様な場面は バトルオブネーションズでは今の所見ないが 腕力のない足軽の盾が 馬の速度も利用した重い武器の斬撃で叩き落とされ 薄い兜鉢がやられる危険と言うのは有るのかだが
07-24 16:58

https://t.co/gnTXyPx8la 中央付近の斜線の入る円盾が ポールアームで弾かれている様にも見えるが 果たしてどうなのかだが
07-24 17:11

とは言え盾が弾かれた後兜鉢や鎧は ダメージはほぼ無いと言う事なのかだが 足軽の装甲の無い或いは薄い部分に当たればその限りでは無いのかだが
07-24 17:14

遠矢良賢を含めた6人と言うのも すてがまり的に地形を利用して銃を放った可能性も有るだろうが 1572年時点で銃の装備率はどうなのかだが
07-24 17:36

https://t.co/vOSf2bgNpD >さて忍者刀と言えば直刀なのですが、もしこの刀を使いこなす流派があるのであれば刺す動作に重点を置いた剣術なのではないかと考えました。
07-24 17:51

万川集海に忍者は脇差を利用と有るが 湾曲が有ろうと甲冑に対しては突く攻撃が多く成ると言う事なのかだが
07-24 17:54

https://t.co/MsZyodK8eL >泗川新城に明軍数十万が押し寄せた際に物見となったが、川上久智より鉄砲は無用であると聞き、脇差のみで一里程進み出て物見を果たし、   押川公近のこの行動は忍者を意識しての物なのかだが
07-24 17:59

https://t.co/zr5rmGhnN6 >『忍秘伝』や『万川集海』といった忍術書には忍刀の記載がなく「折れにくいよう重ね厚く幅広い脇差および錐刀を用いる」という内容が剣術の項にあること   分厚い脇差と言うと 長巻直しの物が多用された可能性は有るのかだが 同田貫の脇差は厚いのかどうかだが
07-24 18:07

>伊賀流・甲賀流といった一部を除き、他のほとんどの忍術流派がこのような特殊な刀を剣術の際には用いず、脇差および打刀を使用すること  打刀と言うのも 居合を考慮した肥後拵的な物が多いのかだが
07-24 18:10

https://t.co/vkgRUTKGji 北斎漫画の忍者は 割に長い刀を背面に装備しているが https://t.co/2kJOO9jhbm 左は脇差では無いだろうが割に短い刀だろうか
07-24 18:19

https://t.co/hBdHk1ECjN 左の刀も短いが 果たして忍者なのかだが
07-24 18:21

https://t.co/7RrFvIMEoP https://t.co/PlsTexEPkO 此れは脇差と言う事なのかだが
07-24 18:27

https://t.co/k0cRg014ix 長巻直しの脇差なら 先が鋭いだろうし 忍者の鎖を貫くのには 役に立つと言う事なのかだが
07-24 18:47

打刀も耐久性を重視して 長巻直しや同田貫の可能性も有るかも知れぬが 居合を重視して肥後拵程度の物が多いのかだが
07-24 18:51

https://t.co/JTTIWI4KCX 左の長巻直しの脇差は 元重は0.82cm有るし 通常の脇差では0.6-7cmの物が多いのかだが
07-24 19:02

https://t.co/SDIgWLusz1 左の同田貫の脇差は元重は0.62mmと厚く無いが 蛤刃的な構造なら耐久性は有るのかだが
07-24 19:05

上の物は平造りだから 蛤刃的では無いと言う事なのかだが
07-24 19:06

https://t.co/k0R6PhfnoA 水蜘蛛もhttps://t.co/ccLz1U8Gx0 左の様な構造なのかどうかだが
07-24 19:52

https://t.co/3eSlBaR2b9 雪に紛れる為に白い服を着る忍者が書かれているのかだが 1884年の絵だが江戸期の忍者もこうした事はしたのかだが
07-24 19:56

https://t.co/ZaF4PH8qlI >火とんの術なんてのは、創作です。元三重県上野市(現伊賀市)の市長だった故奥瀬平七郎さんの創作といわれています。  忍者が城や陣地に火を放った例は古い文献にも有るだろうし 毒の入る焙烙玉も忍術書に記述は有るだろか
07-24 20:24

毒入りの物では無く 着火用の通常の火矢や焙烙玉の利用も恐らく有ると居う事だろうか
07-24 20:25

https://t.co/RgpZVu0jlj  >甲賀忍者の古文書『毒薬之方』(延宝9年(1681年)・17世紀末)の記述に、棒火矢に毒を搭載して城郭に向かって射つ項目があり、射程が30丁(約3km)に達したことが記述されている   通常の炸裂弾や焼夷弾の入る棒火矢も 忍者は利用したと言う事なのかだが
07-24 20:29

https://t.co/UD6C1gpEoL 右の鉄砲足軽小頭は 手に距離を測る棒を持っていると言う事だっただろうが 雑兵物語では1町(109m)毎に射撃位置を指定と有るが 棒の黒い線は恐らく遠距離での人のサイズを図る物だろうから 黒い線の数を見ると436m迄の射撃は恐らく有ると言う事なのかだが
07-24 22:28

良く見ると棒の最後部にも細い黒い線は有るが ここも使うとすると 545mで射撃をしていた可能性も有るのかだが
07-24 22:36

棒を握っている手の部分にも或いは線が有るかも知れぬし 654mで射撃と言うのも 有り得たのかどうかだが
07-24 22:59

https://t.co/OmJAX2raEn >また細川家の家臣松野亀右衛門という名手は、島原の乱で原城を攻撃する際、5町(545m)先の敵を打って外さなかったそうである。  545m等では 士鉄砲組以外は何処迄狙撃したのかだが
07-24 23:02

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