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2020.08

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02/01のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/kAeDUObvWi >朝鮮出兵時の1593年、邪魔な袖を切り落として戦っていた家臣に宗茂が自らの袖を与えたという記録が残されており、  1593年時点では袖の無い具足は https://t.co/hKaLlPqrqP 左の1590年には有る秀吉の物を見る限り 割に存在していたと言う事は無いのかだが
02-01 11:31

或いは攻城戦時に大型の仕寄袖を失ったから 仕寄袖として使える大型の壺袖を与えた可能性も有るだろうし 明・朝鮮軍の弓に対しては野戦でも大型の袖は有用だから 此れを与えたと言う可能性も有るのかだが
02-01 11:32

https://t.co/yg6TA2zwBM https://t.co/EykGw4WJfx 左の古い山城や真田丸の様な緩い傾斜を登る際なら 大袖は前に出せるのかどうかだが https://t.co/zitzvsidtZ 左の様に石垣を登ったり 縄梯子を使う状況ではその限りでは無いのかだが https://t.co/uXeky3pmbN
02-01 12:00

土塁の傾斜を利用し下半身も袖に隠しつつ 上手く前進と言う様な事は 果たして行われたのかどうかだが 銃が出た後は此れで可成りやられていたのかだが
02-01 12:07

https://t.co/Cg9NTZ4qcN >現在の狩猟に使う散弾銃12番口径は18mm。その散弾のパターンは30mの距離で1m四方くらいだ。これを火縄銃口径15‐6mmくらいで使うと、1m四方に広がるには50mくらいの距離だろう。  果たして50mから城の銃眼を牽制出来るのかどうかだが
02-01 12:40

https://t.co/s34H376ewJ こう言う雲梯なら 傾斜は無く袖は前に向けられるのかだが 日本国内で果たしてこうした物は 使われたのかだが 上に乗る兵には盾が有るが 防弾用の鉄盾がこうした物の上で構えられた例は有るのかだが
02-01 12:45

https://t.co/ldiFQRgRSH 中国では雲梯は小数で梯子の利用が多いなら 日本国内でも大量投入は 大阪城で縄梯子が利用された例も有るから 無いと言う事なのかだが
02-01 12:53

大阪陣では鉄の盾を装備した精鋭部隊が雲梯を利用し 他の兵が縄梯子を登ったと言う可能性も有るのかだが 此れでも重火器が鉄盾に集中し損害は出ていたと言う事なのかだが
02-01 12:56

大太刀より重ねの厚いと言う長巻も 平打が多用されたと言う訳でも無いのかだが
02-01 12:58

https://t.co/dUYpl47IaH 朝鮮軍図屏風の蔚山城では雲梯らしき物は書かれていないが 実際はどうなのかだが https://t.co/5VncT9Q8hh 征倭紀功図巻の順天城周囲には 雲梯の様な物が有る様に見えるが 攻城塔の様な物が多いだろうか
02-01 13:19

攻城塔も火矢や小型銃は防げるのかも知れぬが 大型銃ではやられていたのかだが 大阪陣ではフランキ砲らしき物を防ぐ為の 厚さ10cmの鉄板を張った車盾も使用されているから フランキ砲で攻城塔や破城槌がやられていた可能性も有るのかだが
02-01 13:49

https://t.co/EOHFcJcndm 亀甲車も秀吉の四国攻めから存在していたのかだが 晋州城攻防戦で使用が遅れたのは 事前の準備不足故なのかだが
02-01 14:06

https://t.co/78FfrXNJtn >そこで、100疋(匹)の牛を殺してその皮を使って火矢も通さず、亀の甲羅のように強い亀甲車を造ったといいます。  こうした物も焼けた鉄粉或いは 大量の油を注がれてやられた例は西欧等に有ったかも知れぬが
02-01 14:13

https://t.co/cjjXqvnNzF >屋根を持つ構造となった後も、耐久性の観点から依然として石などの重量物の落下攻撃は有効であり、また、火矢やギリシア火薬といった燃やす攻撃も取られた(先述のようにこの対策として屋根を湿った被覆材で覆った)  焼けた鉄粉迄も濡れた被覆材で防げるのかどうかだが
02-01 14:18

>十字軍遠征においては、イスラム側は先にフックをつけたポールを使って、そのフックを破城槌の屋根に引っ掛け、ひっくり返すという手法を編み出した。  破城槌の重量を増加させたり 或いは地面に固定する様な方法で 此れは防がれた可能性は有るのかだが
02-01 14:22

>城郭の構造として、城門とそこへの通路を直線状に配置しないことは、進行方向の変更が苦手で、原理上垂直に取り付かなければならない破城槌にはとりわけ有効だった。  日本の城は果たしてこうした事を 考慮しているのかだが
02-01 14:24

https://t.co/YOehoau1Ut >また古代ローマ時代から動物の皮に燃えない油を塗るなどして防火措置を取っており、 此れは焼けた鉄粉迄は防げるのかだが
02-01 14:29

>城壁の側溝に作られた穴に熱した油を流すことで、登ってくる敵や城門を攻撃する破城槌などに対し、灼熱の油をぶつける  此れは破城槌が下から燃やされる危険も有るのかどうかだが
02-01 14:30

焼けた鉄粉も破城槌の傾斜した屋根で弾かれて 下に大半は落下し 炎上はさせられ無い可能性も有るのかだが
02-01 15:12

https://t.co/4oYey1Xg1j 左の鎖に隙間の有る越中佩楯(600g)は https://t.co/THZdYftIhS 左の革製伊予佩楯(570g)より意外とやや重いが 越中佩楯装備の場合は脛当の立挙部分は基本的に無いから 足の装甲重量はほぼ同じと言う事は無いのかだが
02-01 16:23

越中脛当の場合は立挙だけでは無く家地も無いから 越中佩楯+越中脛当の場合は トータルでは伊予佩楯+立挙付きの篠脛当よりは軽いと言う事なのかだが
02-01 16:26

https://t.co/oY9ZeBFJnQ 左の鎖で埋まっていない篠脛当は490g https://t.co/ZFQUb3Gomi 左の鎖で埋まっている物は590gと割に差が有るが https://t.co/s9TZ6C1YLk 左の革製の筒脛当は660g有るが 鉄製では更に重いのかだが
02-01 16:31

https://t.co/8rDtdqHJ94 左の袖は1kg有るし 革の伊予佩楯の1.75倍程度有るから 鉄板札の佩楯の重量は革や越中式の倍以上(1.2kg程度以上)に成ると言う事なのかだが
02-01 16:37

https://t.co/Xq78ERD2VM 籠手も890gの物から https://t.co/sxILHp9ovm 左の1.91kgの物も有るが https://t.co/E6KcIPQTNV 左は裏籠手に格子鎖が有るが 1.4kgに収まっているだろうが 越中籠手は1kg程度なのかどうかだが
02-01 16:42

https://t.co/VqGoatRDC5 左の鉄製筒籠手は1.46kgであるし 異様に重いと言う事も無い訳だろうか
02-01 16:47

https://t.co/Y0GeNWUbVK 左の江戸中期の具足は12.9kgだが 胴は6.2kgよりもう少し重く 他の部分が軽い物も多いのかだが
02-01 17:00

https://t.co/Lg3zC4SEML 左の越中的な小篠籠手は1.33kgと 余り軽く無いが 綿がやや多いだろうか
02-01 18:06

https://t.co/8Ki13JFgGM 此れは裏に格子鎖が有るから 重いと言う事なのかだが
02-01 18:08

裏の格子鎖が無ければ 1kg程度と言う可能性は有るのかだが
02-01 18:13

https://t.co/VTR59hYlrA 左の鉄製筒脛当は1.05kgであるから 篠脛当の倍程度の重量は有るのかだが 戦国期の物は鉸具摺部分にも鉄が有る可能性も有るなら 更に重いのかだが
02-01 18:39

佐賀城本丸に謎の地下階段 設計図に記載なし https://t.co/6GG2KJhRXu 水場が設計図に無いと言う事は有り得るのかだが 貯蔵庫もどうなのかだが
02-01 20:38

海戦用舟手具足も 面具は船から落下した際の呼吸の邪魔とは成るのかだが https://t.co/JjdM9GeWTN 左の物は口は歯も無く 割に大きくは開けられている様に見えるが https://t.co/0pZK25u5Yv 左は鼻の無い面頬が有るだろうか
02-01 22:20

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