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2019.01

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 2019年01月 

01/25のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/jjx6awcto0 >宏秀は撃ち針術を得意としていて、常日頃より両鬢に四本ずつ、都合八本の撃ち針を挿し置き、危急の場に備えることを忘れなかったと今日に伝えられています。  此れは下の写真に有る 10g程度の物なのかだが
01-25 11:34

忍者が同様の位置に 針型手裏剣を装備している例は有るのかだが 同数程度が帯等に差される例の方が多かったのかだが
01-25 11:36

https://t.co/ZgCiPbo1Ry >平安後期にみちのくで威を振った奥州藤原氏の古記録のひとつ『秀衡家の記』には、「手裏に小剣を隠して遠きを打つ」云々のくだりがみられ、平安後期には既に手裏剣が用いられていたことがわかる。  太平記の忍者がこうした物を装備していた可能性は有るのかだが
01-25 11:54

>先を鋭くした針型の笄を頭髪の中に差しておく。これを「蔵髪の術」といい、  上遠野伊豆広秀の手裏剣は只の針型手裏剣では無く https://t.co/Hw6361xjkD 左の様な笄型棒手裏剣なのかだが 此れを側頭部に4本も差していたのかだが
01-25 12:02

>それは明治期、紀州徳川家の子孫がフランスへ留学した際、随行の臣が護身用として携えていった不殺剣がそのままパリの博物館に所蔵されることになり、それがフランス軍の兵器係の目にとまって近代兵器として利用されたのだという。   此れは笄型棒手裏剣なのかどうかだが
01-25 12:14

>さて、前掲した「蔵髪の術」に対して、何本もまとめて腰袋に入れて腰に携帯する手裏剣に「腰間の術」がある。我々がイメージする手裏剣の形状(風車形―六方・八方・十字・卍・銛話盤など―)もほとんどが腰間の術において活用されていた。   袋に入れて携行する場合は抜き撃ち等は出来るのかだが
01-25 12:20

日本は成長したか 試されるイラン戦/セルジオ越後 https://t.co/u8eMP8BkvT >イラン戦は遠藤塩谷で戦うべき 柴崎の守備力距離感では遠藤とセンターバックの負担が大きすぎる  セットプレーで柴崎は必要かも知れぬが ボランチを守備的2枚として 南野を下げ柴崎を前の方に置く手も有るのかだが
01-25 14:13

https://t.co/5oGGpjqr9U こうした小さい鯱形兜で 単純な黒漆塗の物なら戦国期にも有るのかだが
01-25 14:49

https://t.co/9zB1ebsh0a 敗走時に弓を放つ騎馬武者も黒田屏風には書かれるが 敗走時に馬上筒を放っている例はこの時点で何処迄有るのかだが 逃げながら装填迄はしているのかだが
01-25 16:27

下馬戦闘時に銃を放つ騎馬武者も 馬上筒を装備しているとは大阪陣時点でも限らぬと言う事なのかだが 下馬戦闘用の長い筒を馬上で逃げながら放っている例等は有るのかだろうし 騎乗移動中の再装填は行えるのかどうかだが
01-25 16:29

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