FC2ブログ

Category

2018.12

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  

月別アーカイブ

 2018年12月 

12/27のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/BPokb30RIy https://t.co/1hPuaqAQUS 戦国時代の袖印は 左の様なサイズなのかだが 足軽の物は https://t.co/bdxIo1BI9D 幕末の物と同程度の可能性も有るのかだが 士大将は此れは無いと言う事なのかだが
12-27 10:09

https://t.co/cP7f3IlNeT 出羽米沢藩軍事顧問へンリ-・スネルの袖印は小型だが 騎馬武者の袖印でもこのサイズの物が有る可能性も有るのかだが
12-27 10:26

https://t.co/lDw0iP28k9 幕末の兵士が袖印を装備している写真を 今の所見ないが 非戦闘時には装備しないと言う事なのかだが
12-27 11:23

https://t.co/aK7jM32xy7 長岡藩のこうし大型の袖印も 一般兵用の物では無いと言う事なのかだが
12-27 11:26

https://t.co/SmKcaG23pK 長州藩の袖印は 寸法は一般兵用でも縦27cm・横9cmと大型なのかだが 規定と違うサイズの物も使われた様だが 素材は侍分は絹だが 戦国時代も騎馬武者用はそうなのかだが
12-27 11:34

https://t.co/9ydsTcowjY 袖印は室町期の物なのかだが 戦国期にはこれ以下のサイズの物は無い可能性も有るのかだが
12-27 12:30

https://t.co/UxzMjXwzfd >秀吉軍3万5千の軍勢が韮山城を囲み、福島正則の家臣可児才蔵が家臣を引き連れ攻め寄せた時、城門を開き家臣と共に打って出て、エ藤二郎三郎也と名乗り、可児才蔵の太股を槍で突き通したとあり。  とは言え戦闘不能と成る様な傷は 果たして負っていたのかどうかだが
12-27 14:24

https://t.co/GPdGgstRsR >その腕前を知りたいと思っていた飯田正国は、小田原の前衛である山中城攻めの際にたまたま才蔵を見つけ、試合を申し込んだ。両人とも秘術を尽くして戦い、飯田正国は身に四傷、才蔵は三傷を負うが勝負がつかず、引き分けとなって別れた。
12-27 14:31

小田原攻めの最中に味方同士が こんな真剣勝負をしたのかどうかだが 戦闘不能と成る様な傷は双方共無いのかどうかだが
12-27 14:35

>後日飯田正国は、この槍がおもすぎて才蔵を突き伏せられなかったというので、実戦ではそれより軽く模造させた槍を使うことにした。   飯田正国が軽い槍を使用していたら 可児才蔵はやられていたのかどうかだが
12-27 14:39

続きを読む