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2018.12

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12/30のツイートまとめ 

boukenkyuu

この4つの場面の大刀・槍の長さは違うが 何れが正しいのかだが 騎兵用の物は短い可能性も有るのかだが 最大の物だと3m超は有るから 日本の槍にも対抗可能かも知れぬが 大刀はこの刃長だと重量は相当に有るのかだが https://t.co/O8KHIAjBFU
12-30 11:36

https://t.co/bks3cxaoMa https://t.co/Ya0umoMtXn https://t.co/WSlRLjjH2M 左の絵でも槍・大刀の長さは2.7mは無い様にも見えるが 現物は残るのかだが
12-30 11:51

https://t.co/4gDYyQcXpX https://t.co/Y9pBfa3wEp 左のサルフの戦いの絵に書かれる槍も 長短ばらつきが有るだろうか
12-30 12:00

https://t.co/mZLHJOx1Fk https://t.co/Sbwn8Ua8eh 銃兵は妙に重装備の鎧を装備しているが 密集して清騎兵の弓を防ぐ為の装備なのかだが 戚継光の兵はこうした物は有るのかだが 散開して機動性を重視する日本での戦いでは 松浦党等の明人兵もこうした物は使用しなかった可能性も有るのかだが
12-30 12:12

倭寇や日本軍との戦いでこうした鎧は役に立ったのかだが 鉄札が入るなら遠距離からの3匁弾なら止まるかも知れぬが 士鉄砲組の六匁等の筒は止まらなかったと言う事なのかだが
12-30 12:19

手銃や弾幕射撃用の火縄銃の射程外から長時間射撃を受け続ければ 板金鎧では無いから 装甲は貫通せず共衝撃でダメージを受け混乱し 反撃は困難と成るのかどうかだが
12-30 12:20

https://t.co/HmsehwSHem 弓や銃の射撃が始まる200PACESと言うのは 中国の単位で200歩(312m)と言う事なのかだが これより遠い距離も https://t.co/ikcrCKbEdX 左のトルコも使う様な遠射用の矢を放っていたのかだが
12-30 13:23

https://t.co/ojG8DDNnkI 100歩(156m)で弩の毒矢の射撃を開始したと有るが 手銃は更に近い距離での発砲なのかだが 312mで放たれる銃は弾幕射撃用では無いだろうが 弾幕射撃用の銃は西欧同様に 75m以内での射撃なのかだが
12-30 13:25

狙撃用の銃の数は無く 矢は垣盾や森林等に阻まれていたと言う事なのかだが
12-30 13:26

30歩(46m)で投げ槍を放った等と有るが 此処迄の射程は果たして有るのかだが https://t.co/uWZqq9EG3B ローマのピラは30m射程は有る様だが 此れより軽い物が放られた可能性も有るのかだが
12-30 13:31

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12/29のツイートまとめ 

boukenkyuu

銃登場から防弾仕様の甲冑が出る迄 西欧では何年掛かったのかだが フス戦争やブルゴーニュ戦争で銃が大量投入されたが この付近で防弾仕様の鎧は無い様に見えるが 早く共銃で仏騎兵が壊滅した 1525年のパヴィアの戦い直後からなのかだが
12-29 11:34

パヴィアは関係無く ピストル装備の騎兵が1530年台に登場した際に此れを防ぐ為の鎧が登場したと言う可能性も有るだろうが 1610年辺り迄の胴は7kgも無いし 此れはマスケット銃を50mでも止められない可能性も有るなら ピストルの至近射撃を防ぐ為の物なのかだが
12-29 11:41

日本の場合は1530-40年代の銃登場から 1570年台には厚い最上胴・雪下胴は出ているだろうが 此れ以前は騎馬武者が銃を利用する事が多いと言う事だろうから 銃撃戦をする彼らのみが二両具足的に 胴を二重等としていた可能性も有るのかだが
12-29 11:47

https://t.co/8y3e6TQsSH >なお、日本における火縄銃が頬付け形に終始し、肩付け形の銃床にならなかった理由には、戦国期においては戦闘に従事する兵士が、足軽から大将まで大なり小なり鎧を装着しており、物理的に銃床を肩に効率的にあてがう事ができないという銃床射撃に適さない装備であり、
12-29 12:10

とは言えレパントの海戦の絵では 甲冑装備のスペインの銃兵が書かれるが トルコ軍の銃を近距離で防げる装甲は無いだろうし 弓を止める為の物と言う事なのかだが https://t.co/c3TDJ38fFk
12-29 12:16

https://t.co/ut2eJJtUkN 左の様なストックを受けるプレート付きの胸甲なら マスケット銃の運用も容易と言う事の様だが 弓を使うトルコ軍や対インディアン相手以外では 利用は何処迄有るのかどうかだが
12-29 12:18

16-17世紀のヨーロッパが日本と戦争したら 弓対策でこうした物が使われた可能性も有るのかだが 3匁弾なら100m程度では止まる装甲は有るかも知れぬが 日本軍の銃が大型化した可能性も有るだろうし 弓も全身止まる訳でも無いだろうか
12-29 12:21

こうした装甲が有れマスケット銃の射程外から 3匁弾・弓の射撃を長時間受け続ければ 混乱で銃での反撃も困難と成る得るのかだが 砲の通常弾は日本軍はテルシオ的密集は無いなら 余り効果は無いと言う事なのかだが
12-29 12:27

https://t.co/R7sYHwsN8E 中尾城には1554年に既に 防弾仕様の石の入る塀が有ると言うから この時点で銃を撃つ騎馬武者も 胴を二重とする等して防弾を考慮していた可能性も有るのかだが
12-29 12:47

西欧の場合歩兵同士の銃撃戦が終わった後 騎兵が槍突撃するなら 銃で騎兵が狙われる事は ピストル騎兵登場迄基本的に無かったと言う事だろうが パヴィアでは砲撃戦後 歩兵同士の銃撃戦をせずに騎兵が突撃したから 歩兵の銃で騎兵が狙われたと言う事なのかだが
12-29 13:00

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12/28のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/E1A6HY0G7z >江戸時代の驚きの喫煙率!江戸時代後期に江戸でタバコ屋を営んでいた文筆家・三河屋弥平次は自著のなかで「喫煙しないのは100人に2~3人」と推定しているんだとか。んん??これが本当なら喫煙率 97%以上!?   戦国時代では此処迄は 果たして有るのかどうかだが
12-28 08:58

https://t.co/IEyc2LMUVU >そんな宗春の煙管はなんと長さ約3.6m(2間)だったとか。ホントに喫っていたとしたら肺活量半端ない。  こうした物を傾奇者等が武器に使う例も漫画等には有るが 強度は何処迄有るのかだが
12-28 09:12

持槍・薙刀・大太刀を持つ傾奇者も書かれるが 此れを持って彼ら同士が戦っている絵も有るから 戦場で此れが使われた可能性も有るのかだが 持槍を持つ者は持槍足軽で 大太刀を持つ者は 大太刀を中巻野太刀に改造する等して 長巻兵に加わっているのかも知れぬが 薙刀を持つ者はどうなのかだが
12-28 09:38

持槍足軽に薙刀を持つ者が加わっている可能性も有るだろうが 3.6m等の持槍程の長さの物は使われたのかだが 傾奇者の槍は2.7m程度しか無い様に見えるから 同程度の物でも問題は無いのかも知れぬが
12-28 09:46

薙刀を持つ足軽も 黒田屏風には書かれるが 騎馬武者の物を持っているだけの可能性も有るのかだが https://t.co/apMad222in
12-28 10:50

下の薙刀で戦う兜・脛当ての無い兵は 足軽なのかどうかだが https://t.co/fdOTcZ4CsQ
12-28 10:51

下に有る歩兵の薙刀・十文字槍は 近くに居る恐らく主人の騎馬武者の物なのかだが https://t.co/6wouUWhgfa
12-28 10:53

津軽屏風には十文字槍で戦闘する 脛当ての無い兵が居るが 持槍足軽なのかだが 現実に有るとしても鈎槍・素槍の方が多いと言う事なのかだが https://t.co/ahx2wn5Kwx
12-28 10:55

複雑な指物の有る 脛当の無い兵が居るが 此れは持槍足軽なのかだが 通常はこうした物は足軽用に大量生産されないが 傾奇者的な者が 独自に作成した指物を装備していると言う可能性も有るのかだが https://t.co/A2Sxcakdfz
12-28 10:59

士大将の護衛兵に迄 そうした独自の指物を装備する者は居たのかどうかだが
12-28 11:01

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12/27のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/BPokb30RIy https://t.co/1hPuaqAQUS 戦国時代の袖印は 左の様なサイズなのかだが 足軽の物は https://t.co/bdxIo1BI9D 幕末の物と同程度の可能性も有るのかだが 士大将は此れは無いと言う事なのかだが
12-27 10:09

https://t.co/cP7f3IlNeT 出羽米沢藩軍事顧問へンリ-・スネルの袖印は小型だが 騎馬武者の袖印でもこのサイズの物が有る可能性も有るのかだが
12-27 10:26

https://t.co/lDw0iP28k9 幕末の兵士が袖印を装備している写真を 今の所見ないが 非戦闘時には装備しないと言う事なのかだが
12-27 11:23

https://t.co/aK7jM32xy7 長岡藩のこうし大型の袖印も 一般兵用の物では無いと言う事なのかだが
12-27 11:26

https://t.co/SmKcaG23pK 長州藩の袖印は 寸法は一般兵用でも縦27cm・横9cmと大型なのかだが 規定と違うサイズの物も使われた様だが 素材は侍分は絹だが 戦国時代も騎馬武者用はそうなのかだが
12-27 11:34

https://t.co/9ydsTcowjY 袖印は室町期の物なのかだが 戦国期にはこれ以下のサイズの物は無い可能性も有るのかだが
12-27 12:30

https://t.co/UxzMjXwzfd >秀吉軍3万5千の軍勢が韮山城を囲み、福島正則の家臣可児才蔵が家臣を引き連れ攻め寄せた時、城門を開き家臣と共に打って出て、エ藤二郎三郎也と名乗り、可児才蔵の太股を槍で突き通したとあり。  とは言え戦闘不能と成る様な傷は 果たして負っていたのかどうかだが
12-27 14:24

https://t.co/GPdGgstRsR >その腕前を知りたいと思っていた飯田正国は、小田原の前衛である山中城攻めの際にたまたま才蔵を見つけ、試合を申し込んだ。両人とも秘術を尽くして戦い、飯田正国は身に四傷、才蔵は三傷を負うが勝負がつかず、引き分けとなって別れた。
12-27 14:31

小田原攻めの最中に味方同士が こんな真剣勝負をしたのかどうかだが 戦闘不能と成る様な傷は双方共無いのかどうかだが
12-27 14:35

>後日飯田正国は、この槍がおもすぎて才蔵を突き伏せられなかったというので、実戦ではそれより軽く模造させた槍を使うことにした。   飯田正国が軽い槍を使用していたら 可児才蔵はやられていたのかどうかだが
12-27 14:39

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12/26のツイートまとめ 

boukenkyuu

下も腰に差すタイプの指物が書かれるし この他にも紙垂だけが付いた物は多数有るだろうか https://t.co/1Usy3LobQ2
12-26 10:59

左は池田長幸の 花クルス紋の旗が有ると言うが 家紋の花クルスとはやや異なるだろうか https://t.co/5Jjm9m8iFu
12-26 11:41

下は明石全登隊らしき物の花クルスの旗が有ると言うし こちらは家紋の花クルスと同様に見えるが https://t.co/MPWdMiwNA0
12-26 11:50

下の縦長の頭巾は 長範頭巾では無いと言う事なのかだが https://t.co/5Wz01BZITN
12-26 12:01

カンネーでは ローマ軍70000対カルタゴ軍50000だが https://t.co/ETvMGnCw8L 長篠の場合は武田15000対 織田徳川72000と言う可能性も有り得るのかだが 此処迄の兵力差ではカンネーの様に包囲しても 武田軍は果たして勝てるのかだろうし 撤退以外無いのかだが
12-26 12:10

25000対38000でも カンネーより兵力差はやや有ると言う事だろうか
12-26 12:17

15000対72000なら 別働隊で背後の4000を牽制しつつ 本隊は最悪捨てがまり的な事もして 脱出する以外無いのかだが
12-26 12:20

白兵戦能力はカルタゴ歩兵・ローマ歩兵と異なり 武田軍の方に分が有るだろうから 包囲すれば倍程度の数なら対抗し得た可能性も有るのかだが 背後を騎兵で突く事は 騎兵を単独運用した事が有る武田信繁が居ない状況で出来るのかだが
12-26 13:18

擬人化ブームに歴史あり、刀剣男士、艦娘に日本の伝統  https://t.co/qxA2Cs5ik4 >西洋では歴史上の偉人が使っていた剣に名前がついている、なんていうことはありません   神話・伝説上の物以外では https://t.co/po6xqVZTUW カール大帝のジョワユーズ程度しか無いのかだが
12-26 13:35

>日本と西洋とでは、刀剣の使い方も異なった。刀剣は合戦で使うとすぐに刃こぼれするため、「剣がメインウェポン(主武装)の西洋では使い捨ての武器。だが日本のメインウェポンは弓矢や槍で、刀はあくまでサブウェポン。実戦で使われることはあまりなかった」。
12-26 13:49

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12/25のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/mT3TNmsTxN https://t.co/0EFxaRUR7Q https://t.co/wzCc3qdD2z 大阪冬の陣図の腰に差すタイプの指物は 左の物以外は今の所見ないが
12-25 10:56

https://t.co/YMANn9ZBnB 18世紀登場のブラウンベスでは 100ヤード(91m)では人に当てるのは困難等と有るが https://t.co/7xNGgFZ8SI 左ではそれなりに命中しているが 照星も無い弾幕射撃用の銃であるから 50ヤード(46m)以下での射撃が基本なのかだが
12-25 11:06

火縄式マスケットには照星は有るが 瞬発式では無いから 75m程度での射撃が限度と言う事なのかだが
12-25 11:09

https://t.co/dQRCYTkmp6 球形弾仕様の19世紀のベイカーライフルは弾は6匁(15.5mm)より口径は 15.9mmとやや大きい程度だろうが それでも548m先の敵を狙撃しているから ライフリングが無くても次郎坊等の高級品の6匁筒なら 300mは狙える可能性も有るのかだが
12-25 11:38

関ヶ原で見られた様な 銃の150m等からの奇襲射撃が有り得る状況なら 士大将の護衛兵は前に出ない可能性も有るだろうが 島左近は指揮を優先する為に乗馬していたから 護衛歩兵が周囲に居ても狙撃されたと言う事なのかだが
12-25 12:01

士大将の護衛歩兵を前進させる代わりに 槍足軽を後退させて銃に対する盾に利用と言うのは 長時間の銃撃に耐える事が困難と見れば 無い可能性も有るのかだが
12-25 12:03

https://t.co/wBCI5h4HSX >長政の愛用の銃はこの2挺だけでなく、江戸時代の中ごろまで福岡城内の保管庫には数多くの愛用火縄銃が残されていました。これらは長政好みの銘や象嵌などが彫られています。  こうした銃は 現存しないと言う事なのかだが
12-25 12:38

阿国が初の女歌舞伎者等では恐らく無いだろうし 念仏踊りを流行させた女歌舞伎者と言う事かも知れぬが 戦場で女歌舞伎者等は何処迄居たのかどうかだが 奉公人に歌舞伎者が多いと言うが女は居たのかだが
12-25 13:11

次郎坊も全長132cmと言うから 銃身は下を見る限りベイカーライフル(76cm)より長い 90cm前後は有るのかだが 精度は果たしてどうなのかだが 銃身に象嵌が有るが 戦国期の火縄銃で 木部に装飾が有る例は有るのかだが https://t.co/BHXEyYqc8R
12-25 13:40

黒田長政も次郎坊で虎を仕留めたと有るが 清正は仕留めていないと言う事なのかだが 18mより近くでの射撃と言うが 引き付けて放ったと言っても 居合抜き或いは槍を取るのが間に合う距離で放ったのかだが https://t.co/hpZCm3d1XB
12-25 13:45

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12/24のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/4RkHa20btU 車竹束もこの状態で長距離移動していたのかだろうし 分解して運搬し 敵の銃の射程外で組み立てていたと言う可能性も有るのかだが 長篠では600m程度で組み立てられたのかどうかだが
12-24 11:20

設楽原の土塁から600mと成ると 此処迄有るが 車竹束は森の中を移動したのかだろうし 森を抜ける直前の辺りで組み立てられた可能性も有るのかだが ここからの移動距離は300mは無いが 土塁から50mの所に川が有るが 持ち上げる等して移動したのかだが https://t.co/uqzWmkTlCb
12-24 11:40

https://t.co/CctdQzXCyv 左の車竹束はやや大型かも知れぬし 古い文献の物は竹束は4本装備と言う事だろうか
12-24 11:54

https://t.co/gJy5mGEvY1 竹束6本が装備される車竹束が書かれる例も有るが 銃眼は2列は有るのかだが 射撃より防御力を重視しているなら こうした物は無い可能性も有るのかだが
12-24 11:58

https://t.co/YLNGqsbtZs 土塁の前方50mに有る左の様な川を車竹束を持ち上げて移動すると言うのは 果たして可能なのかだが 12kgの竹束4つ装備の物なら 50kg以上は有る訳だろうか
12-24 12:07

https://t.co/SuNTwxPLdm 竹束も左の高さ1mの物で14kgなら 縦に長い物は更に有るだろうが 4つで90kg以上程度には成るのかだが 大人数で持ち上げれば何とか土塁の前の川は超えられるのかだが
12-24 12:14

車竹束も大型では地形対応性が低下する事を考えると 竹束4つ装備の物が多用されたのかどうかだが
12-24 12:18

こうした車竹束で土塁に接近出来たとしても 3匁弾でさえ至近距離では貫通する可能性も有るだろうが 垣盾を裏面に置く等して補強が成された可能性も有るのかだが 土塁の上に登る部隊はそう効果的では無いだろうが援護射撃を受けつつ 柵を破壊したと言う事なのかだが
12-24 12:22

武田軍騎馬武者も土塁から600m程度或いは森を抜ける直前辺り迄は乗馬して移動するが 後は狙撃を考慮して下馬していると言う事なのかだが 小幡信貞の乗馬突撃と言うのも 柵を排除した後と言う事は無いのかだが
12-24 12:33

弓は銃の装填時に放てと雑兵物語に有るが 鉄砲戦の後に弓戦が始まる共有るが 最初の300m等での遠距離の鉄砲戦の際は弓は命中し難いから牽制的に銃の装填時だけ放ち 銃撃戦終了後は100m以下等に接近して連発していたと言う可能性も有るのかだが
12-24 12:57

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12/23のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/SQs8kgYrxu >Heavu horseman's harness Close-helmet: 3.4 kilos Gorget: 1.7 kilos Shot-proof breast and back plates: 6.8 kilos  家康の恐らく船長用南蛮胴も この程度の物なのかだが 胴はタセット(草摺)込みで6.8kgなら 細川忠興の越中具足の胴程度しか無いだろうか
12-23 11:15

6.8kgでも鎬構造なら耐弾性は丸胴的な物より上かも知れぬが 5-6kg台の胴を二重とした二領具足的な物或いは 胴が13kg等の雪下胴・和製南蛮胴よりは無いと言う事なのかだが
12-23 11:18

https://t.co/KQXdsABLob 左の3/4鎧なら胴は7.6kg有るが 1610年頃の登場だろうし 関ヶ原時点では余り数は無いと言う事なのかだが
12-23 11:23

https://t.co/SQs8kgYrxu >Breastplate: 2.72 kilos Backplate: 2.04 kilos  榊原康政・渡辺盛綱の装飾の無い南蛮胴はこうした一般歩兵用の物なのかだが 鉄製草摺込みでは無い様に見えるが4.7kgしか無いなら 足軽胴と大差無いのかだが
12-23 11:27

上の重量が書いてある歩兵用鎧は https://t.co/eh7HZxiFbo 恐らく左の様な形式の鎧だろうから 胴重量に草摺は含まれない訳だろうか 胴の耐弾性は鎬構造が有るから 騎馬武者用胴より やや上程度なのかだが
12-23 11:30

https://t.co/iUkmnN6jz0 左を見ると胴は鎬構造では有るが 胸上部は余り角度は無いし この部分の耐弾性は同程度の重量の丸い胴と余り差は無い可能性も有るのかだが
12-23 11:35

https://t.co/qiKVVMSpZr 榊原康政の南蛮胴も胸上部の装甲は傾斜は余り無いが 1575年頃の胴よりは全体的に傾斜は有ると言う事なのかだが
12-23 11:38

https://t.co/sfmCwuj9pV 1620年頃の胴だと 厚みは増したが 傾斜は緩く成っている訳だろうか
12-23 11:44

https://t.co/J1XtG38gpB ベルセルクのアザンの 金砕棒の五月雨突きの様な高速の連続突きは 日本の金砕棒で出来るのかだが
12-23 11:59

https://t.co/sT7j3DJYHh >八尺余りのかなさい棒(ボウ)の八角なるを、手許(てもと)二尺許り円めて、  太平記の金砕棒は左の様な物も有るが 60cm程度の柄の部分を滑らせて高速な突きが出来るのかだが 重量故に抵抗が大きく高速で滑らせる事は困難な可能性も有るのかだが
12-23 12:00

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12/22のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/SYLlLJX1f6 三浦按針はアルマダ海戦に兵では無いが参加しているが プレヴェザ・レパントやアルマダ海戦に参加したスペイン人兵等は 日本に居たのかどうかだが
12-22 09:11

https://t.co/mNvCp10JuQ 大太刀利用の薬丸自顕流だと横方向の斬撃は基本的に無いが 隊列を組んで戦う場合横に回し続けるのは困難かも知れぬし モンタンテは散兵的運用が主体と言う事だっただろうか
12-22 09:37

https://t.co/NoDUwO72hQ 大太刀も包囲される状況なら こうした横方向の回転も多用され得るのかだが
12-22 09:43

https://t.co/yetwfKT2uS 薬丸自顕流も意外とディフェンスから入っているし モンタンテよりかなり短い刀を利用しているから 反応性に差は有る訳だろうか
12-22 09:46

薬丸自顕流も受けてカウンターからの連打で敵の反撃を封じつつ踏み込んで倒すと言う様な方向と言う事なのかだが 甲冑で受けられる攻撃は甲冑で防いで攻撃を優先すると言う事はしているのかだが
12-22 10:07

ディグラッシの両手剣の片手突きと言うのも 両手突きの直後に行う例も有るのかだが 相手の剣を斬撃で弾いてからでないと 片手突きが弾かれる可能性は無いのかだが https://t.co/mYwm2t2X3L
12-22 11:08

大剣の片手突きと言うと 幕末の大石進の例も有るが 210cmの体格を生かせば 両手持ちで相手の竹刀を弾いてから突く必要も無かったと言う事なのかだが
12-22 11:19

https://t.co/MkyEmw8mQo 左は斬撃を受けつつ両手突きをしているが 現実には斬撃で剣を弾かれた後 逆に突きを入れられる例も多いのかだが
12-22 11:27

レパントの海戦等では こうした甲板上で戦うモンタンテの技も使われたのかだが 左右の細かい斬撃からの突きが基本なのかだが https://t.co/U4rxPxTIaP
12-22 12:02

下のレパントの海戦の絵だと 恐らくモンタンテを持つ兵は横に密集した状態で 盾に剣を振り下ろしている様に見えるが この状態で横方向に細かい斬撃をしていたのかだが https://t.co/Drluhi2BiI
12-22 12:07

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12/21のツイートまとめ 

boukenkyuu

リーフデ号の海戦用鎧も 重騎兵並みの耐弾性の有る物は 船長の物だけなのかだが リーフデ号の物を利用した南蛮胴は4つ作られているが 此れは船長の替えの物としては多いかも知れぬし 歩兵用程度の耐弾性の物も含まれるのかだが
12-21 10:47

https://t.co/PcZvxUxBCL https://t.co/PIuipYAAL6 模様の入る家康の2つだけが 重騎兵並みの耐弾性が有る可能性も有るのかだが 此れはリーフデ号船長 https://t.co/0WRneNCU3v ヤコブ・クワッケルナックの物の可能性が高いのかだが
12-21 11:06

https://t.co/o1RSdAFh3l https://t.co/mVOeRzOG6A https://t.co/wwsxUNbZTx 左の榊原康政・渡辺盛綱・黒田長政のリーフデ号の物を利用した南蛮鎧・兜は模様は無いし 一般兵用の耐弾性が低い物の可能性も有るのかだが
12-21 11:09

南蛮胴も船長クラスの使用する様な物は 武将でも中々手に入らないと言う事なのかだが 一般兵が使用する物よりは 最上胴や桶川胴を2枚重ねとした物や 雪下胴の方が恐らく耐弾性は高いと言う事だろうか
12-21 11:26

https://t.co/avCTcVzAY6 >岡定俊 >『武辺咄聞書』によれば、南蛮の伴天連より贈られた「角栄螺の甲」と「鳩胸鴟口の具足」を身につけていたとされ、これは西洋甲冑(南蛮胴)ではないかといわれている。  これは船長用の 耐弾性の高い物を利用している可能性も有るのかだが
12-21 11:28

大友氏傘下の西欧兵も パイク的長槍よりロデレロ的な剣と盾の装備の方が 島津軍の大太刀には対処出来るかも知れぬが 島津軍は持槍も利用するが 2-2.5m程度のボーディングパイクにはロデレロ的な船の兵も対応する訓練は受けているだろうから 持槍なら対処出来る可能性も有るのかだが
12-21 11:44

ボーディングパイクを持つ 散開した士官に対してはロデレロも斬り込めるかも知れぬが 島津軍等の持槍の槍衾に斬り込む様な訓練は受けていない可能性も有るだろうが 日本でそうした訓練を積む可能性も有るのかだが
12-21 12:02

https://t.co/VhTRdmpWpH https://t.co/dfCJks7RgA 左の様なトルコ軍のポールアームを持つ兵は レパントの海戦の絵には見当たらないが そうした兵が多数整列して突入して来る可能性も有るなら 此れに対処する訓練もロデレロは受けていた可能性は有るのかだが
12-21 12:10

https://t.co/2y1WEOwSlj 左の様な斧とポールアームを持つイェニチェリ兵は 槍衾を組む兵では無く士官的な者なのかだが
12-21 12:19

https://t.co/b5SlqM110q バスケットヒルトが付いているバスタードソードが 16世紀中ー後期に有るが 此れは両手剣を持つ16世紀後期の船上の兵は使用したのかだが
12-21 12:39

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boukenkyuu

初期の桃形兜は https://t.co/7QpvTlFRWJ 左の様なバーゴネットを参考としたのかも知れぬが 後期の物は前方に湾曲しているだろうが https://t.co/BXIJ11xBzV 左の様なキャバセットが参考とされた可能性も有るのかだが https://t.co/Qnu5MNYuvy 此れは大概は後方に湾曲しているが
12-20 10:17

前方に突起が向いているキャバセットの現物は https://t.co/qLyikvjZ6R 左のインドネシアの物しか今の所見ないが 後方に突起が向いている通常の物の 房飾りを付けるソケットが無いタイプを 前後を間違えて認識した物が 後期の桃形兜の参考とされた可能性も有るのかだが
12-20 10:21

https://t.co/NYeKYddYUI 右の桃形兜が 現存最古の永禄期の物と言うし 此れは既に前に湾曲しているが https://t.co/h0LnLM3iuA 1570年頃には後方に湾曲したキャバセットは有るが 此れ以前の物も有るのかだが
12-20 10:32

https://t.co/GJixnMl5jy 1560-70年頃の キャバセット的なモリオンも有るし こうした物で桃形兜に似た物が 前後逆に誤認されて 初期の桃形兜に成ったと言う事なのかだが
12-20 10:46

https://t.co/7srFKYsZao 1480-90年頃にそうした上部が湾曲したキャバセット的兜は既に有るから 永禄初期にも有ったと言う事なのかだが
12-20 10:55

レパントの海戦等の船上でボーディングパイクを持つ恐らく士官は 陸上で戦闘する際はハルバードに持ち替えた可能性等は有るのかだが ロデレロや両手剣を使用する兵もパイクに持ち替えた可能性は有るのかだが
12-20 11:25

大友氏等傘下の 元は商船の兵だったかも知れぬ西欧兵も 騎馬武者クラスでも蜻蛉切の様な 6mのパイク的長槍を 下馬戦闘時には利用した可能性は有るのかだが 乱戦ではロデレロ的な剣と盾 或いは両手剣が使われた可能性も有るのかだが 士官はハルバード的な短い槍を利用した可能性も有るのかだが
12-20 11:31

そうしたパイク的長槍を西欧兵が使用していたとしても 日本槍術の影響で打撃も多用している可能性も有るだろうが 船上で使う両手剣は長槍に切り込んでは居ないだろうし ロデレロ的な兵に斬り込む物だろうから 日本の槍衾に切り込んだのかどうかだが
12-20 11:37

レパントの海戦の絵のトルコ兵は 盾を使用していない様にも見えるが https://t.co/nozCRMyRV5 左のミニアチュールでは ポールアームと盾を持つ兵も居るが 彼等は海戦には利用されたのかだが 銃兵にも一人だけ盾らしき物を背負っている者も居るが こうした者は多かったのかだが
12-20 11:57

https://t.co/5cpl6ISt9e こちらにも盾らしき物を背負うイェニチェリ銃兵が居るが 士官的な者なのかだが
12-20 12:04

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12/19のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/Ho80z4lBJK 上杉等の30匁筒程度の 口径25-30mmの大型銃が使われる例も西欧では有るのかだが 野戦では車に乗せる例も有るのかだが
12-19 10:39

https://t.co/FLNI1EeTDk 騎兵相手では無く歩兵相手に 数十等の大量の犬槍が利用された例は有るのかどうかだが
12-19 11:08

https://t.co/6hzH2Dt78w >北の戦いで不要のは刀盾手の投げ槍だ、刀盾手自体は必要だ。南の徒歩戦で刀盾手は投げ槍使って敵の隙を作る。北の対騎兵戦なら馬の動くが早い、投げ槍は当たらないだから不要だ。
12-19 11:11

とは言え碧蹄館では立花軍の投げ槍が 数十の騎兵に命中しているが 明の騎兵は重騎兵が密集突撃をしようとしていた状況だから命中したのかだが 散開して遠距離から矢を放ち偽装退却しようと言う軽騎兵には命中しないと言う事なのかだが
12-19 11:13

泥で騎兵の衝撃力が低下している状況で 前列が槍を受ければ更に衝撃力は低下し 前列の騎馬武者に阻止されている間に 至近距離からの弓の射撃を受け その間に遠距離射撃をしていた銃の冷却・清掃が完了し この射撃で大打撃を受け 白兵戦で止めを刺されたと言う事なのかだが
12-19 11:24

https://t.co/x6Fp7hd4Lk >騎馬武者の馬首に鉄砲袋を備え、弾薬の袋を馬尻に掛けさせて「火車懸」の戦術を繰り出した  この弾薬の袋かも知れぬ物が https://t.co/527xgGN2mj https://t.co/Lkez282f3A https://t.co/nVYW9G7uaS 左の雑兵物語の馬の鞍後部に書かれるが 果たして弾薬袋なのかだが
12-19 11:47

上の馬のホルスターに有る様な短銃の弾薬を大量に果たして装備しているのかだろうし 鞍後部に有るのは長銃の弾薬であり 短銃は長銃の装填中に奇襲を受けた際等に 利用される物の可能性も有るのかだが
12-19 11:49

馬装備の短銃は https://t.co/oawyhKhiCk 左の様な形で 下馬戦闘時にも装備される可能性は有るのかだが
12-19 12:03

長銃の弾薬が馬の前方に装備される例も 国芳の絵には有るが 戦国期と同様の位置に有るのかだが https://t.co/J6vRNf1a3c
12-19 12:23

下の塵砲と言うのは https://t.co/fWHp8VSfRm 散弾を放つ物らしいが 10匁等の侍筒が使われたのかだが 射程は短いだろうから 何処迄役に立ったのかだが https://t.co/2QzzrIZDLs
12-19 12:28

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boukenkyuu

立花軍の騎馬鉄砲隊も 馬の後部に有るのは胴乱では無く襷早合を大量に入れた袋の可能性も有るだろうが こうした袋に迄有る大量の弾薬は 敵を伏兵迄誘導した後銃撃する分だけでは無く 敵敗走後の乗馬追撃時にも利用されていた可能性も有るのかだが
12-18 13:40

碧蹄館では明軍指揮官李如松を そうした騎馬鉄砲で追撃し銃撃と言う所迄は 物量の問題や騎馬弓での反撃等で出来なかったと言う事なのかだが
12-18 13:42

そうした騎馬鉄砲の馬に 装甲は有るのかどうかだが 西国の騎兵だから完備迄は無いと言う事なのかだが 或いは弓での反撃を考慮して 装備されていた可能性も有るのかだが
12-18 13:47

https://t.co/Fz03vo9YqK >二段射撃して後は槍隊を繰り出して突進、続いて自分が率いて騎馬隊は馬を乗出し敵の中へ縦横に突て廻りける「長尾懸かり」というかけ合い戦法で毛利方の主力である小早川勢を撃破したが、  長尾懸かりのこうした騎乗突撃は 西欧を参考とした可能性も有るのかだが
12-18 13:56

スペインやポルトガルも 1569年段階では槍騎兵はかなり廃れていただろうから 影響は無い可能性も有るのかだが 道雪の軍もそうした騎乗戦闘を多用するなら馬鎧が完備されていた可能性も有るのかだが 宗茂の軍はどうなのかだが 1580年台には火車懸の騎乗銃兵が多く成ったのかだが
12-18 13:58

https://t.co/YC80W1U80u >しかし9月15日の関ヶ原本戦には大津城を攻めていたために参加できず、本戦での西軍壊滅を知って大坂城に引き返した[28]。  立花宗茂が西軍に合流していたら 東軍は敗北していた可能性も有るのかだが
12-18 14:58

>大坂城に退いた後、宗茂は城に籠もって徹底抗戦しようと総大将の毛利輝元に進言したが(『立斉旧聞記』)[29]、輝元はその進言を容れずに徳川家康に恭順したため、宗茂は自領の柳川に引き揚げた。
12-18 15:15

輝元が籠城したら15000+立花軍15000は居るかも知れぬし 他の戦場の動向如何では勝利或いは五分には持ち込めたのかだが 輝元は元は東軍寄りだから 其処迄の抵抗は無いのかだが
12-18 15:16

https://t.co/3JrMnFnUTC南宮山方面布陣  毛利 秀元  15000  吉川 広家  3000  安国寺 恵瓊 1800  長束 正家 1500  長宗我部 盛親 6600毛利軍以外にも 10000程度は増やせた可能性も有るだろうし 40000の兵を宗茂が率いれば 結果はどうだったのかだが
12-18 15:24

https://t.co/yvbBiOxQTY >家康が大坂へ向かうのなら三成にとっては好都合であり、大坂城付近での後詰決戦を行えば良いはずであるという点である。田辺や大津など、近辺の東軍を攻撃していた僚軍の合流も見込める  大阪城で宗茂と合流して戦っていれば 西軍にも勝機は可也有ったのかどうかだが
12-18 15:35

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12/17のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/4QC38jTAyw 風流踊・水掛祝図屏風に豹の皮の有る帽子が有るが こうした物が戦場で利用される例は有ったのかだが
12-17 11:37

こうした南蛮傘形兜が 1566年に作られていたのかだが 本物の帽子をこの上に被せた例も 和田惟政等の場合有るのかだが その場合は前立は無いと言う事なのかだが 同時期に和製南蛮兜も有るかも知れぬが 桃形兜の方が圧倒的に多いのかだが https://t.co/MlpAnH1AWK
12-17 15:57

https://t.co/luTvVDhYCa 高山右近の南蛮兜等も有るが 江戸期の和製南蛮兜なのかだが
12-17 16:15

https://t.co/1ZWv9oNjAY >彼ら・キリシタンの将兵たちは、十字架(クルス)で飾られた盛装で、ある者は十字架を兜に、ある者は十字架を旗に付け、また他の者は十字架を衣装に描いていました。 また、信長の息子(6男・三吉信秀)は、美しい象牙のロザリオを首にかけていましたよ。
12-17 16:19

十字架の入る旗は見ないが https://t.co/jiyfonOq83 黒田屏風に十字架らしき 指物は有るだろうか
12-17 16:28

https://t.co/xMK0WEVole 左の様な単純な和製南蛮兜は 1590年台なら有るのかどうかだが
12-17 16:45

下の文禄頃の兜に一枚シコロが有るが 此れ以前には有るのかだが https://t.co/NfIlPKxFlM
12-17 17:14

文禄以前にもそうした一枚シコロは立花家の桃形兜には有る様だが 1580年台には有るのかだが https://t.co/ZafBS9KGTZ
12-17 17:19

此れは天正末辺りの物と言うが 1580年台後半の物なのかだが https://t.co/uX14Y3BQrQ
12-17 17:33

2つ共永禄期の物の様だが こうしたシコロは1580年代でも有ったのかだが https://t.co/YbSMYHUUdb
12-17 17:38

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12/16のツイートまとめ 

boukenkyuu

そうした者が兵士に成る可能性としては 幼馴染等の日本人武士が武術を習っているのを見学している際に 女が武術を習っているのを見て 自分も此れを習うが 武士が初陣等で負傷した後 自分が此れを守る或いは 守れなく共死に際を見る等として戦場に立つと言う様な物も漫画等で有るパターンだろうか
12-16 09:08

大友氏等の西欧人銃兵も 日本の精度重視の砲術を習い マスケット銃相当の高精度の10匁狭間筒を西欧製の杖に乗せ 野戦使用していると言う例等は流石に無いのかだが 6匁筒相当の小型のアルケブス銃を撃つ銃兵も居るが こちらは日本製の6匁筒を使用する可能性も有るのかだが
12-16 09:21

https://t.co/gTAoGjM54W 左の榊原康政の兜鉢後部の毛は https://t.co/rZYeb5QfAm 西欧兜の房飾りを模している可能性は有るのかだが こうした物を装備する大友氏傘下等の西欧兵は居たのかだが
12-16 10:39

https://t.co/JudHHejEzt https://t.co/GYwsjV8Hxq 高位では無い騎乗銃兵や パイク兵の兜にも房飾りは有るが 商船の兵の兜には有るのかだが https://t.co/pp7Gx5rKCK レパントの海戦の絵の銃兵の兜には 一部房は有るだろうか
12-16 10:51

ロデレロの兜の房飾りは 一部には有るのかどうかだが 片手剣だけで戦う者も居るが 盾を投棄したロデレロかも知れぬが 両手剣を持つ者は草摺付きの胸甲を装備している様にも見えるが 腕の板金は有るのかだが https://t.co/lWPvzYhFXr
12-16 10:59

https://t.co/ov5rChTXAv 立花家の貸し兜には 後部に旗が付くし https://t.co/eDHqUjyJh0 https://t.co/FEFIMLNzwZ 立花宗茂の兜の後部にも鳥毛が有るが 此れは立花家で多用される桃形兜の原型の西欧兜の 後部の房飾りを模した可能性も有るのかだが
12-16 11:20

立花家の兜の後部の飾りは 商船の兜の房飾りを模した可能性も有るだろうが 贈答品の物を模した可能性も有るのかだが
12-16 11:23

榊原康政の南蛮兜はリーフデ号の物であるなら 後部の毛はオリジナルでは恐らく無いとしても 房飾りを付けるソケットが恐らく有るなら オリジナルの房飾りが有った可能性も有るのかだが
12-16 11:23

https://t.co/YMwBj4RQoo 左の家康の南蛮胴には線が入るが 高級品なのかだが リーフデ号の物では無い可能性も有るのかだが 佩楯は鉄製なのかだが こうした佩楯で古い物は有るのかだが
12-16 11:38

https://t.co/WlsaWhyZ7r 両手剣を持つ兵も ロデレロと異なり盾が持てないので 半甲冑程度を装備している可能性も有るだろうが 商船にそうした者は居たのかだが
12-16 11:44

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12/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/VDhOyGmJmO 黒田屏風の真田隊の薙刀が異様に多いのは 家康本陣突入を考慮して 槍に斬り込む事を狙っていた可能性も有るのかだが https://t.co/RgGpPstjrC 槍勝負の前線では特段薙刀は多くは無いだろうか
12-15 09:40

https://t.co/JjdM9GeWTN https://t.co/vIV6t9Am61 戦国期の船手具足も左の様な鱗札が多い形式なのかだが 鱗札は無いか前田慶次の具足の様に極限定的に使われる可能性も有るだろが 左の様に素懸縅には成っている可能性も有るのかだが
12-15 09:54

素懸縅では有るが 越中的な軽量な物が使われる訳では必ずしも無いのかだが
12-15 09:56

https://t.co/FP5Xar7mVC 左のスペイン兵のハーフパイクは 海戦用かも知れぬが https://t.co/ihErOdUYp8 ボーディングパイクは基本的にこの枝付き形式なのかだが 2.5mの物が有ると言う記述も有るから日本の騎馬武者用槍共 何とか渡り合えるのかだが 2m程度の物も多いのかだが
12-15 11:23

https://t.co/R6cR3lMK3S 左のレパントの海戦の絵の左下のスペイン兵の槍は ボーディングパイクなのかだが 枝が有るかは良く分からないが
12-15 11:39

槍は殆ど書かれていない所を見ると スペイン軍船の白兵戦部隊はロデレロ主体で指揮官はボーディングパイクを持つと言う様な形式の可能性も有るのかだが 陸戦で槍主体の日本軍にロデレロで斬り込むと言う事は考えるのかだが
12-15 11:46

レパントの海戦の絵には 盾と槍を持つ様に見えるスペイン兵が居るが 槍はコルセスカ的にも見えなくは無いが 士官的な兵なのかだが https://t.co/0pGX6Hn3h9
12-15 12:01

下の場面の槍は盾とは併用されないが 先端形状は良く分からないが 両手剣はこの絵が書かれた1603年時点で有るのかだが 英が両手剣を船上で使用したと有るが 此れは16世紀の話なのかだが オランダの場合は17世紀後期でも城に両手剣装備の兵が居るが 船上では使用したのかだが https://t.co/bvMIhYeMha
12-15 12:33

両手剣を持つ者が日本に来る西欧の商船に果たして居たのかだろうし ロデレロと銃兵・砲兵及びボーディングパイクを持った極一部の士官しか居ない可能性も有るのかだが
12-15 12:35

大友軍等に両手剣を持つ西欧の兵が仮に居ても 剣はロングソード程度の110cm程度の物しか無いなら 日本の槍に対抗する為に日本製大太刀を使用した可能性も有るのかだが ロデレロも槍に対抗困難と見て 槍や大太刀に持ち替えた可能性は有るのかだが
12-15 12:42

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12/14のツイートまとめ 

boukenkyuu

そうした西欧兵も敗走し南蛮鎧を失った後は 日本製の具足を使用していた可能性も有るのかだが 戦闘員では無い者及び銃兵に 日本製甲冑が支給されていた可能性も有るかも知れぬが 銃兵は西欧兜は有るだろうが 此れはシコロの付加は無いかも知れぬが
12-14 09:08

西欧兵の鎧に受筒を背部に追加する可能性も有るのかだが 外装式の指物を付ける装置が使われる可能性も有るのかだが
12-14 09:12

ヤスケは戦闘員では恐らく無いなら 日本製の具足・武器を使用していたと言う事なのかだが 沖田畷の戦いに居た砲を操作するカフル人・マラバル人は西欧兜・剣程度は有るのかだが ヤスケもそうした砲手等で兜は西欧の物を改造した可能性も有るのかだが
12-14 09:19

https://t.co/XT8cHxS99A 砲手に兜が有るのかは左の絵では良く分からないが https://t.co/L4esZ711oo 左のフィギュアでは無い様に見えるだろうか
12-14 09:35

https://t.co/eESLjRezzx アルマダ海戦の英の艦の砲兵は 左の絵では極一部に兜が有るが 果たして事実なのかだが
12-14 09:45

https://t.co/jmws6chejJ 虎皮の有る空穂等 下位の士弓組の者が使えるのかだが 袖は無いが下位の者では無いのかどうかだが
12-14 10:38

https://t.co/ghtI0BS8ao 豹皮の有る空穂の有る士弓組の者も それなりに高位の者なのかだが
12-14 10:49

1600年4月19日のリーフデ号遭難後 此れに積まれたオランダの海戦用鎧は10月21日の関ヶ原迄に家康等の具足に改造されていたのかだが リーフデ号船員も砲手は関ヶ原に居たかも知れぬが リーフデ号の戦闘員が居たとしても 海戦用甲冑に日本製部品を装備していたのかどうかだが
12-14 12:02

https://t.co/iYlTeOHeMF 6月の会津征伐時に果たして家康の南蛮胴具足は完成していたのかだが 会津征伐にリーフデ号の砲が利用されたと言う意見も有るが 随行していたかも知れぬ戦闘員の鎧に 日本製パーツがその時点で付けられていたのかだが
12-14 12:09

大阪陣にもリーフデ号の砲は投入されたと言うが 砲手は西欧人だったのかだが リーフデ号の戦闘員が大阪陣で 日本製パーツの付いた海戦用鎧を装備して戦った可能性は有るのかどうかだが
12-14 12:11

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12/13のツイートまとめ 

boukenkyuu

黒田長政の火縄銃・次郎坊は六匁筒であり 墨縄・太郎坊は4匁だが 此れは距離等で使い分けがされていたのかだが https://t.co/fhTeVX4rpc
12-13 09:53

備の22名の騎馬武者は11人2列 30名の槍足軽は10人3列の可能性も有るなら 槍足軽の3列がテルシオ的に前に槍を出していた可能性も有るのかだが 鍵槍迄有る持槍足軽が最前列なのかだが
12-13 10:18

白兵戦時は側面に居る弓・鉄砲足軽は 白兵戦時は前列に弭槍を持つ弓足軽 後列に刀或いは鉄砲で打撃しようと言う鉄砲足軽 更に後ろに刀を持つ奉公人が配置されると言う事なのかだが
12-13 10:36

最前列の騎馬武者が槍足軽に入れ替わるタイミングはどう判断しているのかだが 後列の持槍足軽より 疲労・損耗で戦闘力が低下していると考えた段階で 士大将や武者奉行等の命令で入れ替わっていたのかだが
12-13 10:47

槍足軽も疲労した後は部隊は その時点で敵が崩れていなければ後退したのかだが 再度生き残った騎馬武者が前列に出て戦っていた可能性も有るのかだが
12-13 10:51

その時点では騎馬武者も損耗して列の人数が足りなく成っている可能性も有るだろうし 持槍足軽が前に出てこの部分を https://t.co/RgGpPstjrC 足軽も前列に居る黒田屏風の 真田幸村・松平忠直隊の槍勝負に有る様な形で補填していた可能性も有るのかだが
12-13 11:22

https://t.co/RgGpPstjrC 左の黒田屏風の真田幸村・松平忠直の部隊の槍勝負は 松平忠直側は https://t.co/KeJALIJP5T 最前列の本多富正の部隊と言う事なのかだが
12-13 11:32

https://t.co/w2WVkhaBoj 本多富正が越前騒動の際に使用した具足が有るが 草摺に被弾が有ると言うが https://t.co/hXmNflDQH4 >これは敵よりも本多隊が危険であり、本多富正本人の脚部にも弾が当たったが甲冑に守られた。  具足を見ると草摺にもそれなりに厚い鉄板が有る様にも見えるが
12-13 11:51

大阪陣では上の具足は着ていたのかだが 同等の防御力の有る物は着ていた可能性も有るのかだが 草摺が革だったら銃弾は貫通し 生命の危険さえ有り得たと言う事なのかだが 雪下胴の鉄製草摺も同様の耐弾性は有るのかだが
12-13 11:58

指物だけでは無く袖印や傘印で 部隊を識別していたと言う意見も有るが 袖の無い具足に袖印は付けられるのかだが 袖の有る陣羽織を着ている場合もどうなのかだが 傘印の場合は後立が有る場合でも シコロの縅糸部分に装備された可能性も有るのかだが
12-13 12:20

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boukenkyuu

https://t.co/EF93TK6FUl 相馬義胤の具足は 脇の緑の部分に装甲が有るし 肩上部にも妙に装甲が有るが https://t.co/d2D8zdMJQC 長谷堂合戦図に有る様な重い金砕棒を利用するなら 武器での防御に問題が出るかも知れぬし 装甲で敵の攻撃を受けていた例も多いと言う事なのかだが https://t.co/h4swHp9LX6
12-12 10:58

本多忠勝は対照的に 軽い鎧を装備し6mの槍でアウトレンジを狙っていたのかだが https://t.co/5MkBHXUuPS 前田利家も6.3mの槍を使用していたと言う事なのかだが 士大将であるから 乗馬して護衛の徒武者の背後から槍を入れていた可能性も有るのかだが
12-12 11:06

馬上でそうした6mの槍は使えないと言う意見も有るが https://t.co/DHJaDoqbN1 ポーランドフサリアのコピアは片手用で5.5m有ると言う事だろうか
12-12 11:11

https://t.co/cSCJBn4syR 前田利家の短い槍は残るが 此れとは別に長い物も有った可能性は有るのかだが
12-12 11:33

https://t.co/HaqOHVEfPt ランスを両手持ちとして 石突側で突く技も有るが 太い部分で殴る技は有るのかだが 3.5m程度有るなら 金砕棒以上の威力は有るのかだが
12-12 11:52

アルベドでハーフアーマーやそれ以上の物を着ている前列のスイス歩兵が ミラノ騎士のそうしたランスの打撃でやられていた可能性は有るのかだが
12-12 11:53

https://t.co/t0JhlfK4te 前田慶次の具足も 相馬義胤の物に似て肩装甲が妙に有るが https://t.co/KxZWCIqw1P 313cmの大身槍を使う訳だろうし 武器での防御がやや困難と成るから肩部の装甲を強化して この部分で攻撃をかなり受けていたのかだが
12-12 12:31

隊列を組んでの戦いの場合は 突きと上からの打撃が多く成る故に 相馬義胤や前田慶次の具足は肩部の装甲が強化されていると言う事なのかだが 甲冑の隙間への突きは中々命中し難いと言う意見も多いだろうが 相馬義胤の具足の場合は脇に装甲が追加されている訳だろうか
12-12 12:49

https://t.co/hyvtstKTJo ガチ甲冑合戦の槍の隊列を組んでの集団戦も 横方向の強打と言うのは基本的に無いのかだが
12-12 13:17

https://t.co/kRxl29BLDS スペースが有る場合は中央の武者の様に 横への打撃も加わり得るのかだが
12-12 13:34

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12/11のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/Ce9ldY1ezb >そのほかにも豊臣秀吉が「カフル人」の踊りを見て褒美を与えたなど、さまざまな記録にアフリカの人々の姿が残されています。  カフルはモザンビークと言う意見が多いが 踊りと言うのは西欧的な物では無いと言う事なのかだが
12-11 10:51

ポルトガルのモザンビーク完全植民地化は17世紀中盤であるから 16世紀後期では現地の文化が依然残っていたと言う事なのかだが
12-11 10:57

https://t.co/LZ7dT0oAvF >ところでその場には砲手がいなかったので、一人のアフリカのカルフ人が弾丸を込め、一人のマラバル人が点火していた。そうした厄介な操作にもかかわらず砲は見事な協力のもと発射を始めた。
12-11 11:05

>何分にも敵兵は大群であったから弾丸が当たり損ねることがなく、敵の一群が木端微塵に粉砕されると https://t.co/VVkGy8fSFl >浜手(有明海側)を密集して進む龍造寺軍の江上勢・後藤勢2千に対し、  と有るから 密集陣に葡萄弾等が撃ち込まれた可能性も有るのかだが
12-11 11:08

発射速度の高速なフランキ砲から 葡萄弾が短時間に連続して密集陣に撃ち込まれたから 2000の兵は敗走したと言う事なのかだが 明のフランキ砲は余り役に立っていない様に見えるが 龍造寺軍が狭い地形を通っていたからこうした物の効果が出ていたのかだが
12-11 11:11

大友宗麟が使用した国崩しの場合は キャニスター弾的に4・5・6匁弾が多数詰まっていたが 沖田畷の戦いの物は日本人の操作さえ無いから 西欧製の葡萄弾利用なのかだが
12-11 11:16

泗川の戦いの島津軍の砲は キャニスター弾的な物では無く鉄片や鉄釘が入っていたと言うが https://t.co/7TohfYwGAw 西欧でも同様のラングリッジ弾と言うのが有るが 此れの模倣なのかだが フランキならこうした物も高速連射可能と言う事なのかだが
12-11 11:23

https://t.co/7ib0uJR9xT >野戦の関ヶ原で、石田三成が、大砲を使った時は、大量の鉄砲の鉛玉や小石を詰めて、散弾銃のようにまき散らしたそうです。  関ヶ原では大友宗麟の国崩し同様に キャニスター弾的な物を利用していたのかだが 何処迄役に立ったのかだが
12-11 11:29

https://t.co/TuCbfV0vHl >このフランキ砲は国産化に成功し、石田三成が関ヶ原の戦いで使用しています(5門)。また大坂の陣で豊臣方が使用したのも同タイプだと考えられています。   関ヶ原の西軍のフランキは5門と言うが 此れ以外に日本製大鉄砲の散弾もかなり放たれていたのかだが
12-11 11:32

とは言え500匁等の大筒は大量に有ったのかどうかだが 20匁程度の物が多かった可能性も有るのかだが
12-11 11:33

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12/10のツイートまとめ 

boukenkyuu

上杉謙信の亀甲金の篭手が当時の物なら 1570年台には亀甲金は有ったと言う事かも知れぬが https://t.co/Tvmltmr0Y9 龍造寺隆信の亀甲金の小鰭・脛当の立挙は1584年迄の物なのかだが https://t.co/LMSX93cyuB 小幡信貞の具足にも同様の物が有るが 1592年迄の物の可能性も有るのかだが
12-10 10:53

甲冑の紋のサイズは 大阪陣では未だ大型であると言う事なのかだが https://t.co/kzXGQ94ma0 左の松平信一の具足は家康から拝領した物と言うが 1595年以降の物と言う事なのかだが 関ヶ原ではこうした大型の紋が使われたと言う事なのかだが
12-10 11:06

戦国期で大きく無い紋が入る例としては  https://t.co/SKkUtBz1h2 左の後藤又兵衛の物も有るが 此れは古い具足なのかだが
12-10 11:12

https://t.co/4jfwGN6bG7 左の立花宗茂の胴の紋も やや小さいと言う事なのかだが
12-10 11:17

https://t.co/vYSNnLzDRk 左の真田昌幸の佩楯の紋は やや小さいと言う事なのかだが
12-10 11:33

https://t.co/LN9zwrmhKH 左の加藤清正の胴の紋は立花宗茂の最上胴と 似た位置に有るが https://t.co/R7hy7TCHyy 左の物は下部に有りやや大型だろうか こうした物も陣羽織でかなり隠れる例も多いのかだが
12-10 11:46

古い物でも紋が小さく成る例は https://t.co/LMSX93cyuB 左の小幡信貞の物が有るが 段替的胴の板札部分が小さい場合 此処に入る紋が小型化されると言う事なのかだが
12-10 11:48

https://t.co/W1A55OMAcC 八田金十郎の胴の場合は 横長の蒔絵が有るだろうか
12-10 11:53

https://t.co/MT8HmCqjMF 榊原康政の胴の紋は 胸板部分に迄出ている訳だろうか こうした大型の紋が鼻紙袋で一部隠れる例等は有るのかだが
12-10 11:57

下の絵の様に胴の下部は鼻紙袋が有り この部分の段は縅糸が有り紋は無く この上部の段に鉄板札が有り 紋が有ると言う様な例は有るのかだが https://t.co/12Iarj2IvF
12-10 12:08

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boukenkyuu

https://t.co/xf2kOZ0hNI 可児才蔵は首の防御を考慮して シコロを肩上に固定していたと言うが https://t.co/8nMgvXBLHU >槍を捨てて「えいえいおう」と、城兵からの弓銃にもひるまず左右の手でぐーと門を押し開こうとします。 こうした場面を考慮すれば 重装甲の可能性も有ると言う事なのかだが
12-09 09:09

可児才蔵も耐弾性の高い雪下胴を装備していた可能性は有るのかだが 西国の者でも井伊直政が関ヶ原で黒い雪下胴を装備していると言う事だろうか 西国では下馬戦闘主体だが 30kgの鎧を着る騎士も下馬戦闘を多用しているなら 疲労を考慮して戦闘すれば戦えない訳でも無いと言う事だろうか
12-09 09:09

兜も耐弾性の高い関東形筋兜かも知れぬが 眉庇は下の関ヶ原ー大阪陣辺りに西国で改造されたと言う兜の様に 西国的な物と成っている可能性も有るのかだが https://t.co/K2IWCPJlkt
12-09 09:10

https://t.co/H6bWXY4Xts 左の豊前守満茂の梵字の前立の有る具足は 1602年迄の具足と言う事なのかだが 大型の袖は当時の物なのかだが
12-09 09:12

こう言う文字の入る具足も黒田屏風には有るが 梵字では無いと言う事なのかだが https://t.co/eIJxrgI304
12-09 09:46

下の井伊家の梵字の打ち出しの有る胴は 桃山期の物なのかだが 打ち出しは江戸期に行われたと言う可能性は有るのかだが https://t.co/TYB34j8d8y
12-09 10:02

分厚い4mmの雪下胴等で こうした打ち出しは有るのかどうかだが
12-09 10:10

黒田屏風では鳴門形兜らしき物が多数書かれるが 大阪陣時点では何処迄使われていたのかだが https://t.co/kWVNsWldrt
12-09 10:15

下の烏帽子は正面に紋が有るのかだが https://t.co/0I1wM5iO54
12-09 10:16

https://t.co/MAZ6cQ2JWi 顎にスパイクの有る兜は確か絵では有った様に見えるが 初期ゴシック鎧のリプロダクション物は余り多くは無いだろうか
12-09 10:26

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boukenkyuu

https://t.co/G0S2TA6j6V >そして、600名を率いて真田勢に攻め寄せ、水野勢は大谷吉治を討ち取ります。  水野勝成の手勢が600しか無いとすれば 本陣備1個分しか無いかも知れぬし 水野勝俊と護衛の宮本武蔵も同じ本陣備に居たと言う事なのかだが
12-08 11:10

https://t.co/ec1TPhyBfh 左の4人順番での突撃と言うのも 本陣備1個しか兵力が無いとすれば小部隊に分かれての物等では無く 60名程度の騎馬武者の最前列に並んで突入したと言う事なのかだが
12-08 11:13

https://t.co/h7s8POc34k 本陣備なら騎馬武者は2列に分かれていると言う事なのかだが 大将自らの突撃時は 後列も背後に付いていた可能性も有るのかだが 士大将の護衛の徒武者は何処に居たのかだが 大将の背後或いは騎馬武者の列の側面等を防護していたのかだが
12-08 11:24

本陣備の騎馬武者は戦闘時は3列なのかだが 600人の兵の少ない本陣備では 30人程度ずつ2列の可能性も有るのかだが
12-08 11:27

下の図の赤は騎馬武者 青は槍足軽 緑は弓・鉄砲足軽 黄色は士大将の護衛兵だが 突入直前は弓・鉄砲足軽は雑兵物語を見る限り左右に配置されるだろうが 突入直前に敵の弓・鉄砲足軽に水野勝成を撃たせない為に 牽制射撃をしていたのかだが https://t.co/NfcVOg66wV
12-08 11:54

水野勝成は一番槍を得る為に中央で突出するとしても 3人程度に同時に攻撃され得るだろうから 短時間と言う事なのかだが 次に突入したと言う残りの3人は 水野勝成の隣に居た可能性も有るのかだが
12-08 11:59

宮本武蔵は水野勝俊の隣に居たのかだが 最初に突撃した4人には含まれないが 側面から水野勝俊を援護したのかだが 士大将の護衛の徒武者は最後部に配置されて 士気の低い槍足軽を牽制していた可能性も有るのかだが
12-08 12:05

水野勝成の左右どちらかは不明だが 宮本武蔵は茶色の水野勝俊の隣に居た可能性も有るのかだが 4人目が突撃した後水野勝俊を横で援護していたのかだが https://t.co/ZtZWMn8B2U
12-08 12:28

ワイルダーとフューリーが「ダイレクトリマッチ」へ、WBCが承認  https://t.co/iZk69igIcA ワイルダーが攻撃パターンを変えたら 12Rの様なダウンを連発してフューリーが早期にやられる危険も有るのかだが
12-08 12:37

なぜ吉田輝星1位?野球少年質問に栗山監督の回答は  https://t.co/kKqs1bzgPq >回転軸が立っていてスピンがすごく効いている球には揚力が付くから、打ちにくいんじゃないかっていうデータ分析がある。   フライボール対策にこうした球を内角高目に放るのは 有効と言う事だっただろうか
12-08 13:30

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12/07のツイートまとめ 

boukenkyuu

ミノムシから世界最強の糸 クモの糸よりも強く丈夫 興和など開発  https://t.co/CLG7ex2j0Z https://t.co/aa85ykAra0 通常の蜘蛛の2倍の強度が有ると言う ダーウィンズ・バーク・スパイダーの糸より やや強度は低いのかだが 生産性はミノムシの方が上と言う事なのかだが
12-07 14:14

https://t.co/InIgsubEpi 最強の天然物質かも知れぬカサガイの歯は鉱物が入っており 強度はダーウィンズ・バーク・スパイダーの糸の3.5倍も有るのかだが
12-07 14:18

マクロスのバジュラのエネルギー転換装甲と同様の物質の外殻や歯等は 全宇宙を見ても流石に有るのかどうかだが
12-07 14:23

黒田屏風の右下の兜は どう言う構造なのかだが 鳴門形兜に筋が入る物なのかだが 上には桃形兜が有るのかだが https://t.co/w3p3iU1k7d
12-07 16:02

下の朝鮮軍陣図屏風の騎馬武者は 大太刀が有るのかだが https://t.co/yX9A3HM8B4
12-07 16:05

下の朝鮮軍陣図屏風の歩兵は 薙刀に槍印が有るのかだが https://t.co/RVxOhBOmoT
12-07 16:07

戦国時代の以前より長い薙刀だと 槍印の有る部分の前は握らないと言う事なのかだが 蕪巻の前は握らない可能性も有るのかだが
12-07 17:18

https://t.co/nYCwXcg82g 浮世絵だとこう言う戦国時代の物より短い薙刀が書かれるが 槍を足で踏む技は有る様だが 薙刀を踏む例も有るのかだが
12-07 18:47

Check out (ID-16) Gold YOROI set with HANE (Feathers) MAETATE Edo https://t.co/GiWOU5TH4f 前立の羽根は 孔雀以外の物は何なのかだが 戦国期にこうした物は無いと言う事なのかだが
12-07 21:11

道明寺の戦いの水野勝成の一番槍と言うのは 備単位での事なのかだが そうでは無いとすると https://t.co/mYZUx7MIYj >一番乗りが勝成、二番目に中山勘解由、三番目に勝俊、四番目に村瀬左馬という順(『日向守覚書   水野勝成の付近に水野勝俊も居り この付近に護衛の宮本武蔵も居たのかだが
12-07 22:21

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boukenkyuu

武蔵拵等に使われる虫食塗は 刀の鞘と槍・薙刀の柄のデザインは類似しているから 槍や薙刀の柄にも使われているのかだが
12-06 10:40

https://t.co/kIgVzmx5dt 左には金の鎖の有る 篭手・佩楯・脛当が有るが 江戸中期の物と言うが https://t.co/C4nF3u8lCn 14世紀末成立の明徳記に金鎖の馬鎧が有ると言う記述も有るから 人間用鎧の金の鎖も同時期には有るのかだが
12-06 10:46

後三年合戦絵詞に有る鎧の金小札は 金小札を表現していないと言う意見も有るが 同時期に金の鎖の馬鎧等が有るとすれば 人間用鎧の金の小札も有る可能性は有るのかだが
12-06 10:50

鎖鎌を使う宍戸某は 二天記の創作で実在しないと言う意見も多いが https://t.co/0MYJTftLmz  大阪夏の陣に居た由利鎌之助は 鎖鎌を使っていたと言うなら 宮本武蔵と天王寺口の乱戦時に鎖鎌で戦っていた可能性も或いは有るのかだが
12-06 11:31

宮本武蔵が由利鎌之助を倒したと言う可能性は 果たして有るのかだが 乱戦では鎖鎌の分銅が振るい難い可能性も有るだろうが 鎖で拘束する技は使えるだろうし 短く持っての打撃も出来ると言う事だろうか 鎌での掛ける攻撃や巻き落とし等も脅威で有る訳だろうか
12-06 11:54

大阪夏の陣図に由利鎌之助が居ると有るが https://t.co/YvQ3xB78su 左の真田軍の一団の中に書かれるのかどうかだが
12-06 12:08

雑兵 足軽 甲冑 かぶと 兜 よろい 鎧 等身大/YA1206 https://t.co/FQ9FI4mC8B 越中的兜でも 大型の吹返が有る例も有るのかだが 戦国期には有るのかだが
12-06 15:14

Check out (ID-34) Snake design MAETATE of KABOTO https://t.co/HZ54H2JFxt 蛇形兜も含め 蛇の入る兜は戦国期に有るのかどうかだが
12-06 15:31

卜伝流に鎖鎌が有るが https://t.co/9SnZ0Opst4 此れは北畠具教の物なのかだが 北畠具教が戦場で鎖鎌を使用していた可能性は有るのかだが
12-06 16:01

https://t.co/uS4LmWb9PS >鎖鎌は『太閤記』の三国合戦の条に、越後の宇佐美兵左衛門が鎖鎌を用いて敵を討ったことが記述されているなど、戦国期にはすでに武器として使用されていた。   太閤記は1625年成立であるから 鎖鎌鎌の戦場利用自体は 有り得たと言う事なのかだが
12-06 16:14

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12/05のツイートまとめ 

boukenkyuu

武蔵の5.45mの指物と言うのは 下の津軽屏風の指物より長いかも知れぬが 此れは紐を持って支えているが https://t.co/arGweFNW1N こうした紐を胴の前で結ぶ例も有るかも知れぬし 騎馬武者がこのサイズ以上の物を利用していた可能性は有るのかだが https://t.co/V3GjBqbZKf
12-05 10:12

文字の有る井伊家の指物も黒田屏風に有るし 武蔵の指物もこうしたサイズの文字が入っていた可能性も有るのかだが https://t.co/CpfSsuj17B
12-05 10:16

https://t.co/o4fmU0qkQc 武田信玄の旗には13文字入る物も有るし 武蔵の物の場合更に長い物が使われたと言う事なのかだが
12-05 11:11

武蔵の指物は志ないと有るが https://t.co/DSNpXx1OLN 此れは左の曲がっている旗だったかも知れぬが 此れが5.45m有る物なのかだが
12-05 11:57

https://t.co/9PeLpVBuQC >撓い >旗指物の一。縦長の三角形の布の長辺の一つを袋縫いにし、これに反りのある竿を通したもの。  志ないと言うのは 三角形の旗の大型な物と言う事なのかだが
12-05 13:41

武蔵拵の鞘は栗色金虫喰朱うるみ塗りだが 此れはどう言う塗りなのかだが 模造刀だと平坦な茶色だけだが https://t.co/r02gmrcQUb 金虫食い塗と言うのは左の様な物だが 朱うるみ塗りと言うのは https://t.co/lgjDqO7G7T 左のうるみ朱塗と同様の物なのかだが
12-05 13:58

此れはうるみ朱塗りの上に金虫食い塗が有る様な物なのかだが 栗色が何処に入るかは良く分からないが 全体的に見ると栗色的であると言う意味なのかだが
12-05 14:01

https://t.co/SNwD7zCt3w 茶系統では無いが金虫食い塗の有る鞘は左に有るが 金虫食い塗の有る具足は果たして有るのかだが https://t.co/t0S5fIixlm 剣道の胴なら有る様だが
12-05 14:11

https://t.co/ITeaE3FzLi 左の具足は シコロ・垂・草摺に虫食い塗りが有ると言うが 金は入らないタイプの虫食塗りなのかだが
12-05 14:39

ほぼ全面に金虫食い塗りが施される具足等は 戦国期には有るのかだが 胴や兜は兎も角 越中的な籠手・佩楯・脛当の篠部分には流石に虫食塗りは入るのかだが
12-05 14:47

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12/04のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/DFUKuy9i2T >全長約20~25センチ 重量約60~120グラム 宮本武蔵ゆかりの円明流に伝わったとされている。   この手裏剣を宮本武蔵が戦場で装備していた可能性は有るのかどうかだが
12-04 11:14

https://t.co/3g3PIKpeiF 武蔵も関ヶ原時は黒田官兵衛配下かも知れぬし 具足は官兵衛や黒田家の物の影響を幾らか受けていた可能性は有るのかだが 越中的な物の影響は有るのかだが
12-04 11:22

慶長7年(1602年)以前にも黒田官兵衛の配下に居たなら 武蔵と無二斎が朝鮮で戦闘していた可能性も有るのかだが 官兵衛の居た晋州城攻防戦や蔚山城の戦いに参加していたのかどうかだが
12-04 11:42

https://t.co/q37PQg1lGC 黒田家の兜も 長政の様な桃型兜は必ずしも多くは無いが 角は割に多いのかだが 現存しない兜も書かれるだろうが 角が実際多かったとすると 武蔵の兜にもこの影響で角が有った可能性は有るのかだが
12-04 12:13

武蔵も具足無しの勝負が多いとすると 甲冑は越中的に軽量な物を好んでいた可能性は有るのかどうかだが
12-04 12:40

https://t.co/9MWBpwrhpr 宮本武蔵の刀も長い物が多いが 拵は写真さえも現存しないと言う事なのかだが
12-04 13:11

武蔵も越中兜より軽量かも知れぬ桃型兜及び越中具足か 黒田長政の具足の様に越中的要素の強い具足を装備していた可能性は有るのかだが
12-04 13:14

https://t.co/ugCjCxXOIb  武蔵拵の記述通りの模造刀なら有るが 蜂の目貫が有るが 武蔵の具足に蜂の前立等が装備されていた可能性は有るのかだが
12-04 13:22

武蔵の具足も武蔵拵の柄に似て 茶系の塗りと成っている可能性も有るのかだが 黒い革の縅糸等が有る可能性は有るのかだが
12-04 13:31

越中具足も居合を重視する細川忠興の考案だろうから 居合の速度を落とさぬ為に軽量化したと言う可能性も有るのかだが とは言え胴は6.8kg有るから 耐弾性は重視されている訳だろうか
12-04 13:34

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12/03のツイートまとめ 

boukenkyuu

ベルセルク40巻の巨人が騎士を倒せる程度の小型の石を大量に投石紐等で放れば 鷹の団一般兵は壊滅していた可能性は有るのかだが 戦魔兵には大型の石でも通用しないと言う事なのかだが
12-03 09:14

投石機から小型の石を大量に放つと言う例は有ったのかだが https://t.co/ulHbhDotrJ ヤクサルテス川の戦いでアレクサンダー大王がスキタイ騎兵を投石機で攻撃しているが この際は小型の石を大量に放った可能性は有るのかだが
12-03 09:26

北条軍等は銃の時代でも馬鎧が有るが 雑兵物語では先ず銃撃戦が有り 恐らく此れを冷却・清掃が必要と成る5発程度放った後 弓のみでの射撃が始まると言う事だろうが 銃を5発放った後に乗馬突撃するなら弓を幾らかは防げる馬鎧は意味は有ると言う事なのかだが
12-03 10:02

https://t.co/5TNaiVF7nj >しかし、長篠合戦直前の頃の史料では、「馬介が不足しているようだが、着せるように」と書かれており、全員に徹底できていないようです。  武田軍の場合は乗馬突撃は小幡信貞以外は無いなら 馬鎧は必要なのかどうかだが 乗馬追撃時の歩兵攻撃を重視したのかだが
12-03 10:05

侍筒等は射程が無いなら 遠距離の銃撃戦では使わず 引き付けて至近距離で放っていた可能性も有るだろうし 此れでやられた関東の乗馬突撃した騎馬武者も多いのかだが
12-03 10:08

そうした侍筒を持つ兵は 雑兵物語に出て来る関東の騎乗銃兵や弓兵の射撃で牽制し射撃を幾らかは封じていた可能性も有るのかだが
12-03 10:12

https://t.co/5TNaiVF7nj >特に武士ならまだしも、滅んだ大名家の馬に着せた物が残るとは思えません。武田家では馬鎧のみならず、馬具である鐙や鞍もほとんど現存していません。  北条等の馬鎧の革小札の残欠なら 割に残るだろうか
12-03 10:22

弓歩兵の集中射撃も騎馬武者に完全装甲は無いだろうし危険だろうから 味方の弓歩兵が牽制しつつ乗馬突撃すると言う事なのかだが
12-03 10:30

相手が関東の兵なら 数が劣勢で無ければ騎馬武者が乗馬して迎撃して来るかも知れぬし 仮に此れが敗走してもその間に歩兵の銃の冷却・清掃が完了している可能性も有るなら 即歩兵に突撃と言うのは困難なのかだが 再度歩兵が銃撃戦をして5発放たせた後 突撃すると言う事なのかだが
12-03 10:33

https://t.co/7FXbtTpzVC >戦力的には不利で、北条氏勝が北条氏忠の救援に赴きピンチだったが、北条軍1万人に対し勝成は1人で戦いに挑み300もの首級をあげた。  https://t.co/i5RLwhFZle 此れは北条軍が油断して桶狭間の様に略奪をしていた最中の事なのかどうかだが
12-03 12:35

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boukenkyuu

黒田屏風の下の騎馬武者の前立は 耳の巨大な獅噛なのかだが https://t.co/W1XeD0sFrq
12-02 12:10

黒田屏風では士鉄砲組らしい者は https://t.co/oSKv5BDmWF 左の者以外今の所見ないが 津軽屏風では今の所見ないが
12-02 12:30

https://t.co/7smMA5ailo 17世紀後期の川中島合戦図にも 士鉄砲組らしき者は書かれるが 余り数は無いと言う事だろうか
12-02 12:42

長久手合戦図・耳川合戦図・長篠合戦図では士鉄砲的な者も多いが 絵の形式上の物なのかだが 長篠・耳川では士鉄砲の比率は依然多いと言う事かも知れぬが 長久手ではそうでも無いのかだが
12-02 13:16

061 やり 槍 無銘 長さ19cm 登録証 https://t.co/gO7TCyz5LF 妙に短い樋が有るが 削れたと言う訳では無いと言う事なのかだが
12-02 13:33

1570年の雑賀衆の3000の鉄砲の大半が 高精度の士鉄砲の銃だったと言う可能性は有るのかだが 最低でも半分程度は士鉄砲だったのかだが
12-02 13:44

士鉄砲組が大量に書かれる古い可能性のある絵は 下の朝鮮軍陣図屏風が有るが 此れは従軍絵師が書いたと言う意見も有るが 何処迄古い物なのかだが https://t.co/quUST7Wrmo
12-02 14:40

一方で前線等に鉄砲足軽が大量に書かれているし こちらの方が士鉄砲的な者より圧倒的に数が多いが 1590年台の現実を反映していると言う事なのかどうかだが https://t.co/uHqHhkUHwW
12-02 14:45

士鉄砲組らしき者は朝鮮軍陣図屏風では 下の場面以外は居ないと言う事なのかだが https://t.co/TzlptwyGh2
12-02 14:50

士弓組らしき者も書かれるが 鋸歯紋の有る布子等が 1590年台に有ると言う事なのかだが 津軽屏風にも鋸歯紋の有る羽織や袴が書かれるだろうか https://t.co/qyiZFQt2xU
12-02 14:55

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boukenkyuu

鎖帷子 着籠め 鎧下 簡易具足 非常用具足 *兜鎧甲冑武士戦陣弓刀鞍鐙鍔目貫縁頭大名侍 https://t.co/u3vBhQhF1M 短い袴状の部分も有る鎖帷子も有るのかだが 脛当は篠が有ると言うが 篭手はどうなのかだが
12-01 10:13

https://t.co/UpUUjbnWF0 土浦城には大筒狭間が有るが 復元品と言う事の様だが 古い壁にも有ったのかどうかだが
12-01 11:27

https://t.co/kXf1tr74hI 此れだけ大きな狭間だと 大鉄砲も放てるのかだが
12-01 11:30

https://t.co/iXjrxNwFfN 四角い物は弓狭間と言う事なのかだが 此処から意表を突いて銃が放たれる例も有ったと言う事なのかだが
12-01 12:03

韃靼人(?)画韋栴檀鳩尾 /// 甲冑 武具 鎧 兜 刀 鍔 鞍 鐙 弓矢 縁頭  https://t.co/S60UmAYfYh 此れは江戸期の復古具足の物なのかどうかだが
12-01 12:09

脛当の鉸具摺部分は擦れて消耗する部分であるから 戦国期の物は https://t.co/3YhEGlaKrE 左の黒田長政の物の様に栗色革が張られるのが基本なのかだが https://t.co/sy8wHpeyGf 左の徳川義直が大阪陣で使用した物の場合は 白い布が張られるのかだが
12-01 12:33

https://t.co/eL5vAyiJfk 漫画等だとそうした阻止困難な大筒の射撃を 伏せる等して回避すると言う例も有るだろうが 実際そうした事は行われたのかだが 回避しても車竹束が可也ダメージを受けると言う事だろうか
12-01 12:46

【魁】武具収集家放出品 本歌江戸期 槍名工 藤原国久作 朱塗業物薙刀 全長172.5㎝ 美濃薙刀 優美な形状!見事な作域!!! https://t.co/sCSz9bMVpk 石突に穴が有るが 紐が通されていた訳では無いと言う事なのかだが
12-01 12:59

【櫻】武具 鉄地袖 甲冑 鎧兜 具足 [eag]11 https://t.co/YfamXrVDzB 中国の山文甲的な物の有る袖なのかだが 亀甲金的な付き方をしているのかだが 戦国期にはこうした物は無いと言う事なのかだが
12-01 13:13

https://t.co/tqBSOn9LVN この蜻蛉前立には触覚が有るのかだが https://t.co/2qe5A0EjF7 左のツノトンボを模したと言う訳では無いのかだが
12-01 13:57

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