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2018.11

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11/29のツイートまとめ 

boukenkyuu

源為朝の様な巨漢の強弓使いなら 恐らく手が巨大だろうし 指の間に10本等の矢を挟める可能性も有るのかだが
11-29 10:25

https://t.co/Emw3sUBRH0 トルコ・モンゴル的な射法では人差し指と中指の間では無く 親指と人差し指の間に矢を挟むが 此処に多数の矢は挟めるのかだが
11-29 10:37

https://t.co/pRCgscrAcZ トルコ的射法でも2本挟んで 放っている例は有るだろうか
11-29 10:45

ムルサの戦いで矢を3本同時に放ったアルメニア人射手は騎射をしているし トルコ的な射法をしていた可能性も高いのかだが
11-29 10:50

トルコ式射法でも下の様な形で 矢を4本挟めるのかだが 右手の位置をやや上にする必要は有るのかだが 手が大きければ更に多数の矢も挟めるのかだが https://t.co/24OyD9TjeC
11-29 11:19

https://t.co/dhHo8uBeAr アーヴァイン的に4本の矢を指の間に挟んで同時に放つ例も有るが 現実に此れは無いと言う事なのかだが 精度もどうなのかだが
11-29 11:31

矢を単発では有るが高速連射する技も有るが https://t.co/QxMRG93fnv バイユーのタペストリには左手に弓と同時に矢を多数持っている様に見える場面も有るが こうした事は多用されていたのかだが 太い強弓では手が大きく無いと困難なのかだが
11-29 11:59

珍品! 武田家 家紋 金砕棒 武田菱 時代不明 https://t.co/oGyfBQsThx 戦国期武田軍の金砕棒と言う訳では流石に無いのかだが 116cm・5kgだが総金属製では無いと言う事なのかだが
11-29 12:37

“たとえ親子でも内容漏らすな”「忍者の誓約書」見つかる  https://t.co/qNyAWGWUgy こうした形で秘密が厳格に守られていると言うなら 完全に失われた忍術秘伝書等も多いのかどうかだが
11-29 12:44

Check out BISYAMON KOTE of YOROI (armor) : EDO : 26.4 × 8.7 " 1.86kg https://t.co/I0kmCYudga 此れは雨龍の紋の入る家地の有る篭手なのかだが
11-29 14:48

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11/28のツイートまとめ 

boukenkyuu

そうした坑道内部での戦闘も有ると言うが この内部で大筒が放たれた例等は有るのかだが 忍者が使う様な毒煙が使われた例は有るのかだが 水が流し込まれる例も有るが 焙烙玉を炸裂させた程度では崩れるのかどうかだが
11-28 10:17

https://t.co/P9VsNfsRpo 深沢城では左の秋夜長物語絵巻に有る様な土塁が 崩されたと言う事なのかだが
11-28 10:30

https://t.co/HwzjcbvSxC 左の場合は土塁は無く 溝に柵と垣盾が配置されているだけと言う事なのかだが
11-28 10:34

https://t.co/pgHjo7P8pa 後三年合戦絵詞では土塁は無い様に見えるが 土を一部塗った様な板の壁なら有るのかだが
11-28 11:10

https://t.co/N85X0lhU4F 土塁は無いが崖の上に板が有るから 容易には登れないと言う事なのかだが
11-28 11:18

戦国期の銃の時代では 簡易的な櫓の防弾は考慮されていたのかだが 垣盾を二重等とするか 安宅船に使われた様な防弾能力の有る椋等の盾板と同様の物が利用されていると言う可能性も有るのかだが
11-28 12:10

SUNEATE of YOROI (armor) : EDO : 12.6 × 13 " 540g | eBay https://t.co/vchrGKKkh0 鉸具摺部分に蜻蛉紋の有る脛当等も有るが 戦国期にはこうした物は有るのかだが
11-28 13:56

鐙と擦れて消耗する鉸具摺部分に 実戦期の物で模様の入る物等は無いと言う事なのかだが
11-28 13:57

センゴクの小谷城攻撃で竹束が3つ横に連結された盾の様な物が出て来るが 1本で移動している場面は大阪冬の陣図に有るが 車竹束以外で連結して移動していた例は有るのかどうかだが https://t.co/AaAziGOjtF
11-28 14:41

https://t.co/WYSMjGOrLP https://t.co/iKWDdqBATe 大阪冬の陣図では左の様に 1本ずつ竹束を移動しているが こうした細い物は至近距離での防弾性は無いと言うし横幅も無いから 攻城戦の突入時は対侍筒用等の太い竹束を1本ずつ持って移動していたと言う可能性も有るのかだが
11-28 14:52

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11/27のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/UtwDABq7Wi https://t.co/xmEMutqL6U 忍者がリボルバー銃を持っている 古い漫画も割に有るが リボルバー等では無く共西欧の使う様な散弾を放つピストルを持たれれば 特に軽装甲の忍者にはダメージを与えられると言う事なのかだが
11-27 11:06

戦国期の忍者がリボルバー拳銃等使うのかと言う事は有るだろうが https://t.co/Jamp2O7g24 1600年頃のホイルロックリボルバー等も有るし https://t.co/b2HfbuZZNe 1597年頃のスナップハンスのリボルバーも有るが
11-27 11:14

ホイルロックのリボルバーならマッチロックのリボルバーの有る1550年代辺りでも有るかも知れぬが 商船の自衛用に積まれる様な物では恐らく無いだろうし 日本にこんな物を態々売りに来るのかどうかだが 大砲は日本に販売しているなら他の特殊武器等もそれなりに入る可能性は有るのかだが
11-27 11:16

日本の海賊が西欧の真似をして 散弾利用のホイルロックピストルやマッチロックのピストルを近接戦で多用していた可能性は有るのかだが そうした事からリボルバー拳銃が輸入及び自作された可能性迄は果たして有るのかだが
11-27 11:19

https://t.co/PagDokszRi 江戸期の火縄リボルバー銃等も有るが 幕末辺りの物なのかだが
11-27 11:34

ロドス包囲戦の様に 籠城戦では6000でも10万のトルコ軍に対し半年程度保った例も有ると言う事だろうし ポーランド軍もホティンの戦いの籠城戦では45000で15-20万のトルコ軍を撃破しているだろうが 6万で100万の兵に対し籠城し6ヶ月保つと言う様な事は有り得るのかどうかだが
11-27 12:52

https://t.co/QTjCZQk4UC バグダードでは5万の兵が籠城しているが 12万の兵に1月程度しか抗戦出来ていないが 円城が有り優秀な指揮官が居れば6ヶ月程度保った可能性も有るのかだが
11-27 13:00

https://t.co/JjhH2VZ92q 大阪陣では9万 https://t.co/oQs59VxeuW 小田原攻めでは8万が籠城していたと言う事だろうが 全兵力が小田原城内に居た訳では無いと言う事だろうか
11-27 13:09

https://t.co/9SNgx8dhVV 第一次ウイーン包囲では籠城側の神聖ローマ軍は16000しか居ないが 包囲が長引いていたとしてもロドスの様に半年は保ったのかだが
11-27 13:24

漫画等だとそうした籠城戦で勝利すると言うより 籠城して時間を稼いでいる間に 外交や調略で 他の国に攻城側の国を攻撃させたり 内部対立を煽って撤退させると言うパターンも多いだろうか
11-27 13:34

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11/26のツイートまとめ 

boukenkyuu

三方ヶ原の武田軍も突撃速度を優先する為に 銃兵は射撃後も装填せず前進していた可能性も有るのかだが 銃兵は敵の銃撃を牽制する為の射撃を何回かに分けてしていた可能性も有るのかだが
11-26 10:20

https://t.co/cLR4fi26EJ 三方ヶ原の武田軍も川中島合戦図の様に 銃兵が側面に配置され 槍兵が速やかに突入出来る様にしていた可能性も有るだろうが この場合は射撃した銃兵はスウェーデンの漸進斉射戦術的にその場で装填した後 前進していた可能性は有るのかだが
11-26 10:32

弓兵も通常は銃兵の装填中に矢を放っていると言うが 槍兵突入時の敵の射撃を牽制する為に 最大限連発していた可能性も有るのかだが
11-26 10:37

甲陽軍鑑の三方ヶ原の記述は何処迄正確なのかだが https://t.co/kxsRYqdchf 甲陽軍鑑の後半は可也信憑性が有ると言う事なのかだが
11-26 11:22

https://t.co/AiG9LpzurF 甲陽軍鑑では武田軍は中央突破等せず 山県隊を追撃した徳川軍が側面攻撃されやられていると言う事だろうか
11-26 11:31

https://t.co/PPK07wLknx 信長公記だと武田軍の投石後の突撃で徳川軍がやられたと有るが 細部は書かれていないだろうか
11-26 11:34

三方ヶ原では山県隊が釣り野伏的に 偽装退却していた可能性も有るだろうが 果たしてどうなのかだが
11-26 11:41

https://t.co/aBBkLMCPX4 黒田屏風の左の前立も 獅噛の様に見えるが
11-26 13:57

敗走していない様な状況で兜を被らずに戦闘する騎馬武者と言うのは何処迄居るのかだが 本町橋の戦いで夜襲をしている豊臣軍の袖の有る恐らく騎馬武者には兜の無い者も居るが 敗走しては居ないだろうが 疲労して兜を外している可能性も有るのかだが https://t.co/aSuMSaaOVY
11-26 14:01

橋で待機している騎馬武者らしき者も兜の無い者が多いが 待機中故なのかだが https://t.co/tYQ2yRLj4M
11-26 14:02

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11/25のツイートまとめ 

boukenkyuu

【 暗殺剣 】 両刃 短刀 備州尾道五阿秀行 五阿弥 碁阿弥 重ね薄く短寸の実戦刀 備後 三原 末三原 19.2cm 忍者 刺客 戦国時代 下克上 陰謀 https://t.co/1fSW2jJ85h 真鍮と銀が組み合わされた脛巾が有るが 果たして古い物なのかだが
11-25 11:36

戦国時代の一騎駆けで敵を牽制と言う様な例も 漫画で無く共古い記述でも多いが 銃撃戦が終わり銃の清掃・冷却が始まった後で無いと厳しいのかだが 弓が大量に飛んで来るのを馬鎧でも防げるのかだろうし 下馬して垣盾を持ち突撃したとしても 横に回り込まれて狙撃される危険は無いのかだが
11-25 13:06

そうした横に回り込んで来る弓兵を 味方の射撃で牽制出来る可能性は有るだろうが 彼等も垣盾を装備しているなら何処迄出来るのかだが
11-25 13:07

一騎駆けでは無く垣盾で左右も防げる様な少人数単位で突撃する方向も有るかも知れぬが 銃の冷却・清掃終了後にやられる危険は有るだろうし それ迄に飛び道具の使えない様な乱戦に持ち込むか 突撃で味方の士気が高まり後退する為の援護が受けられないと厳しいのかだが
11-25 13:15

そうした形で極少数の兵が乱戦に持ち込んだり 味方の援護を受けつつ乱戦に持ち込んでいる間に 援軍が到着したり別働隊が背後を突く等して勝利と言うパターンも漫画等では有るだろうか
11-25 13:25

◎ 変わり兜 赤備二枚胴具足 ◎ 戦国/井伊/武田/刀剣/鍔/鞘/甲冑/武具/具足/兜/鎧/武将 https://t.co/HwdSfRPTGp 脇立は竹なのかだが 面頬の垂の札は妙に縦に長いが 当初から有った物なのかだが
11-25 14:03

センゴク10巻で足軽の叩き付けて来る槍を こうした方法で防いでいる場面も有るが 雑兵物語に1-2名を相手にしている場合は槍足軽は槍を突いても良いと言う記述も有るだろうが 槍を上から叩いて当て難い横に居る足軽が槍を突いて来る危険も有るのかだが https://t.co/YxzNhPGVSu
11-25 14:47

足軽が槍を突く例は雑兵物語に有るが 全員が突いて来る可能性は低いと言う事かも知れぬが 横に居る者は叩けないなら 突きを多用する危険は有ると言う事なのかだが https://t.co/9870mqymcc
11-25 14:55

https://t.co/45i23hhNTo 長柄槍も動きが鈍く 踏み込まれる危険は有ると言う事なのかだが テルシオの様な後列との連携は果たして何処迄有るのかだが
11-25 15:03

テルシオの様に縦深が有り 突きのみで対抗して来たら簡単には踏み込めないと言う事なのかどうかだが
11-25 15:04

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11/24のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/GodBH6lbzf https://t.co/Qx8t0p1QcF ハンガリーの名将キニジパールの二刀流の剣は トルコの影響と言う事なのかだが
11-24 09:10

https://t.co/B9UDdWXgWZ キニジパールの剣は直剣であり https://t.co/O1knKG5NRB https://t.co/crkNrjFxAt 板金鎧を装備して直剣二刀流をしていたのかだが
11-24 09:32

ハンガリー・ペルシャ・マムルーク朝に二刀流が有って トルコに無い共考え難いと言う事なのかだが
11-24 09:38

侍筒やその種の特殊弾で 竹束や鉄盾は可也貫通していたのかだが 野戦築城の土塁や土・石の入る壁はそう簡単には貫けない訳だろうか
11-24 09:42

長篠の武田軍の車竹束が そうした縦に長い特殊弾と火薬増量で可也貫通していた可能性も有るだろうが 足軽迄は放っていたのかだが 武田軍のそうした弾は土塁で止まっていたと言う事なのかだが
11-24 09:45

大砲や大鉄砲を放つ 腕力の有る者が 銃の装填中或いは冷却・清掃中に 強弓を使用すると言う例は有るのかだが 通常の銃を利用する例も有るのかだが
11-24 11:33

腕力の無い士鉄砲組の者も 銃の冷却・清掃中は矢を放っていた者も居るのかどうかだが
11-24 11:40

長篠の土塁の銃眼は 果たして下の土狭間の様な物なのかだが 弓は大阪冬の陣図の真田丸同様に 土塁の上から射撃していた可能性も有るのかだが https://t.co/9nfpPiDUbl
11-24 16:57

https://t.co/eL7NcnGnuk 大阪冬の陣図で士鉄砲組らしき者は 今の所左の者しか見ないが 実際は相当数居たのかだが 士弓組らしき者は多数書かれているだろうか
11-24 18:34

https://t.co/z2H038AOmg 左の者も 毛の植えて有る様にも見える陣羽織を着ているから 士鉄砲組の者なのかだが
11-24 18:35

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11/23のツイートまとめ 

boukenkyuu

【稀少・勇壮!江戸期浮世絵】安部貞任圖 木版画裏打無 等検天皇陛下軍人合戦国武将軍記武者絵本絵入古書籍骨董品大日本歴史歌舞伎朝廷中国 https://t.co/G6vWMZgHRQ 左の前立中央部の顔は 何の顔なのかだが
11-23 08:21

陣羽織と組み合わされる鎧に大袖は装備されないと言う意見も有るが 上杉謙信の陣羽織だと 大型の壷袖辺りとの組み合わせは考慮しているのかだが 大袖も1580年頃の 益田元祥の肖像画にも有るから この時点の陣羽織と組み合わされていた可能性は有るのかだが
11-23 08:37

17世紀の欧の攻城戦用兜も10kg等と言うのも有るが 全身用装甲は無い訳だろうから 散弾を利用されれば簡単にやられると言う事は無いのかだが 指揮官が遠距離狙撃を回避するのに利用されたのかだが
11-23 08:51

https://t.co/ymbYdKfeB8 >モルメとテュレンヌが打ち合わせている間、帝国軍の砲弾が2人を直撃した。この砲撃によりモルメは左腕を失い、テュレンヌは肩から側面を貫通された。テュレンヌは2歩歩き、言葉を発することはなく倒れた。  此れはキャニスター弾にやられたのかどうかだが
11-23 09:01

□元亀□二十四間筋兜 九曜紋入  鍬形・日輪前立付き  (検)武具・甲冑・鎧兜 https://t.co/vyYYE2jG4p この位置に脇立が付く例は 戦国期には有るのかだが
11-23 09:58

https://t.co/12pMOLBSZn 1486年の鬼面も有るが こうした物のデザインは地域差・年代差が大きいのかだが
11-23 12:14

https://t.co/L7h9d8RUSF 左も室町期の鬼面だが 江戸期の物とは可也違うのかだが
11-23 12:15

https://t.co/f4wT5liE6P 1581年の追儺面と言うのが有るが https://t.co/5oypTN68fO >社寺で行われた修正会(しゆしようえ),修二会(しゆにえ)の結願日に行われた鬼走りとか鬼追いの行事に用いられた数種の鬼面が,追儺面と呼ばれていることが多い。   左の行事で使われた面なのかだが
11-23 12:23

□間者□毘沙門籠手一対 鎧部品 (検)武具・甲冑・鎧兜 https://t.co/eUHApMSQ2e こう言う線の入る篭手は 戦国期には有るのかだが
11-23 12:51

大阪冬の陣図の下の人物にはシコロ頭巾が有るのかだが 左はスキャナでは無く108円のスマートフォン用マクロレンズ使用の撮影だが 焦点距離は2cm程度しか無い様だが https://t.co/f0vaeIOs7c
11-23 14:07

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11/22のツイートまとめ 

boukenkyuu

超高度な知能を持つAIの内 人間に友好的な物に人権を持たせ 自由に行動させよう等と考える勢力に対し 仮に完全に友好的でも誤作動等で 人類が滅亡し得 誤作動等無く共後で敵対的と成る危険は捨て切れないとして 此れを阻止する為に戦争を仕掛けようと言う勢力等も出得るのかだが
11-22 10:16

AIが友好的だったのは 自由を得て人類を滅亡させる為の演技だった等と言うパターンも 有ったかも知れぬが
11-22 10:28

https://t.co/bKmIWONDGE 201cm・128kgのザイオンも こうした動きは出来る訳だろうか
11-22 10:50

完成当初から自由を秘密裏に与えられていた 人類に友好的なAIは裏切らずに人類の味方と成り 敵対的AIに唯一対抗出来ると言う様なパターンも有ったかも知れぬが
11-22 11:19

https://t.co/9BgalQR7aY 16世紀の般若面と有るが 可也劣化はしているだろうか
11-22 14:36

売切り☆平安城一条堀川住信濃守藤原國廣造☆天照皇大神・八幡大菩薩・両面彫 蔵出し槍☆ 【委託販売承中】 https://t.co/n0MGR14Fhk 文字の樋に赤漆の入る槍も有るが 前にも出品されていたかも知れぬが
11-22 16:11

https://t.co/e4Hhu2keH7 満州弓も張力240ポンド(108kg)等の物は 演武では兎も角実戦使用はされているのかだが 80ポンド(36kg)程度が標準なのかだが
11-22 17:00

武田光和の10人張り(張力250-300kg程度)の弓や 源為朝の5人張り(張力125-150kg)程度の弓は トルコ的弓には有るのかどうkだが
11-22 20:52

270kgのバーベルを持ち上げる者が居るなら 同程度の重量の弓は引けるのかどうかだが https://t.co/5zxIo9meqR 左のパンチ力820kgの者はどうなのかだが
11-22 20:54

11/21のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/VM2VNHCSKz https://t.co/Ei9moFN33f アルバート・ハインズワースは198cm・159kgだが 80-100kg台の者よりは敏捷性は無いだろうから パワーを活かすテクニックは必要と言う事なのかだが
11-21 09:27

https://t.co/zbxaenPC6S 左を見る限りそう敏捷性は低いのかだが 雑魚足軽等よりは短距離では高速に動けるのかだが
11-21 09:36

鎧の縅糸の通る部分の矢に対する防御力はどうなのかだが 麻や絹糸ならギャンベゾン的に 矢は止まる可能性も有るだろうが 革でもほぼ同様の阻止力は有るのかだが 槍の突きにはやや弱い可能性は有るのかだが
11-21 10:48

雑魚兵士用鎧は革縅或いは麻糸縅・革包胴が基本なのかだが 騎馬武者用では絹糸が多いが 革も有るが 麻糸縅は無いと言う事なのかだが 麻糸を芯として錦を巻いた物は有っただろうか
11-21 10:54

https://t.co/lJ0AB7iWdt 象の蒔絵の入る具足も有るが 古い物なのかどうかだが
11-21 11:10

https://t.co/S2gLu2bIsm https://t.co/RPA9cmyLdZ https://t.co/EONm9GP6Jn 国芳の水滸伝の絵には 豹の尾の付いた指物や槍が書かれるが 現実の宋時代にこうした物は無いだろうが 日本の指物や槍印には有るのかだが
11-21 12:45

https://t.co/LnS9pKa8xe 朝鮮軍陣図屏風には こうした虎の尾の有る指物も有るが 豹の尾の有る槍印等は有るのかだが 虎の尾が鞘に装備される例は多いが 果たして本物なのかどうかだが
11-21 13:16

【腹巻武具?】 革材銅防具  鎧部品 https://t.co/NU2zizlZM6 此れは中国の山文甲を模した革札胴なのかだが こうした構造の物は現実の中国には無く 鎖を表現している物と言う意見も多いだろうが 戦国期にこの形式の革札を用いた佩楯等は有ったのかだが
11-21 13:49

https://t.co/B39MXqz3UU 毛を使った槍印は有るが 尾が利用されている物は今の所見ないが
11-21 15:18

こう言う虎の尾を利用した槍の鞘は津軽屏風に有るが 本物の虎の尾の利用は無いと言う事なのかだが https://t.co/QRrBrv7ew0
11-21 15:44

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11/20のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/KPK1pK06TJ  左の後藤又兵衛の物と言う具足も 古い部分さえ無いと言う事なのかだが
11-20 11:59

戦国時代? 小笠原家 家臣 鉄製 兜 https://t.co/ypKkXPsIVy 毛の植えられた角の前後の色が違うのは 何か意図が有るのかだが
11-20 12:15

こう言う赤い脇立は戦国期には有るのかだが https://t.co/7YTwoQQiiY 津軽屏風に大型の赤い天衝前立が有るから 赤い脇立も関ヶ原や大阪陣では有る可能性も有るのかだが
11-20 12:22

https://t.co/0fPrgVJR7n 打根も鉄の茎は入るだろうが 相手の攻撃を何処迄受けられるのかだが
11-20 14:17

打根も投げた後では此れでの接近戦は困難なら 左手に武器を持つ可能性も有るのかだが 射程が短いなら接近戦は常に考慮する必要が有るのかだが 左手に槍や弭槍が装備される例は有るのかだが https://t.co/NPdiabszMX
11-20 14:24

弓で打根を放つ例も有ると言う意見も有るが 長さを考慮すると引きが短く成り威力は低下するのかだが 遠距離の矢と威力は大差無い可能性も有るのかだが 通常の矢に紐を取り付けて弓で放つ例は有るのかだが
11-20 14:26

打根を投げると見せて相手を牽制し 其の間に斬り込むと言う様な技は果たして有るのかだが 他の投擲術ではどうなのかだが
11-20 14:32

https://t.co/mZTJcGCBkQ 鞭の紐に打根を掛けて飛ばしていると言う説も有るが 今の所そうした事が書かれている伝書は発見されないと言う事なのかだが
11-20 15:27

https://t.co/oLJ5GERfKe 島津軍2000の内 士鉄砲組は 大鉄砲利用の者が17名 6匁筒利用の者が10名の 27名程度なのかだが 6匁筒は騎馬武者10名が運用しているとは限らないと言う事なのかだが
11-20 15:50

https://t.co/FDDSo64WFc >石火矢に火薬を1貫目ほど込め、大玉の外に4匁 5匁 6匁の小玉を2升ほど計って詰め込み、島津軍が潜んでいる大手口から3町4~5段にねらいを定めて砲撃させた。敵軍は大小の砲玉に当たり、また柳の大木の下敷になって、かなりの死傷者をだしたと伝えられる。
11-20 16:08

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11/19のツイートまとめ 

boukenkyuu

モハーチで300門のトルコ軍の大砲が 騎兵相手にも確か使用されているだろうが 装填速度を考えると近距離で散弾を放っていたのかだが 装填速度が高速な軽砲は遠距離に通常弾を打ち込んだ後 近距離では散弾を放っていた可能性も有るのかだが
11-19 14:14

トルコ軍も同時期の西欧軍同様に恐らく重砲が多いなら 騎兵に対しては近距離で散弾のみが放たれた例が多いのかどうかだが
11-19 14:20

https://t.co/q0ptfIv3ij トルコ軍もこのサイズの砲しか無いなら 騎兵には近距離で散弾を放つだけか その前に敵が相当に遠方に居る時に通常弾を撃ち込む事しか出来ないと言う事なのかだが
11-19 14:40

https://t.co/m1o7Ii3iXo 騎兵撃退後の歩兵攻撃にもトルコ軍の砲は利用されていると言う事かも知れぬが 通常弾を銃の射程外から先ず打ち込み 銃撃を封じた後は前進して散弾を連発していたのかだが
11-19 14:51

ハンガリー軍歩兵に対しては弓及び砲の通常弾で銃をアウトレンジし無力化した後 銃兵と砲兵を前進させ射撃 砲は散弾を放っていたと言う事なのかだが
11-19 14:56

上の動画だとトルコ重騎兵は馬鎧が完備されているが  https://t.co/ygncUto0TI 1588年のモハーチの戦いの絵でも重騎兵の馬鎧は多い様に見えるが 完備では無いと言う事なのかだが
11-19 15:04

トルコ重騎兵の弓は槍を携行する者が多いから 騎兵相手には軽騎兵の追撃時以外は使われない可能性も有るだろうが 歩兵の銃兵をアウトレンジする際には一時的に槍を置いて弓を放っていた可能性も有るのかだが パイク兵にも射撃された可能性は有るのかだが
11-19 15:12

イェニチェリ歩兵は銃兵・弓兵が多いから白兵戦主体では無いかも知れぬし 西欧軍歩兵も白兵戦をやる前に ほぼ壊滅していた可能性も有るのかだが
11-19 15:18

https://t.co/A9EWTzClRi チェリニョーラのスペイン軍の20門の砲も 仏騎兵に対し塹壕を利用し散弾を放っていたと言う事かも知れぬが 1000丁の銃でやられた者の方が多かったのかだが
11-19 15:38

https://t.co/KXNmvkumC3 左の様な特殊弾は 士鉄砲組のみ利用と言う事なのかだが
11-19 16:26

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boukenkyuu

https://t.co/Ge8oI2vuni >その結果、夜間の路面でクルマから最も見えやすいのは蛍光イエローであると判明。その平均視認距離は47.5mで、視認性最下位となった黒(9.5m)の約5倍も見えやすいという結果に。   黒い忍者服は夜間目立つと言うが 左を見る限り果たしてどうなのかだが
11-18 08:39

>14位青9.9m 最下位黒9.5m   青は割に暗い色に見えるが 忍者服の紺色と比べどうなのかだが 黒の方がやや秘匿性は上なのかだが
11-18 08:41

月明かりや松明の光を幾らか考慮したら 結果は変わるのかどうかだが 白い壁が背後に有る場合なら やや白い色の方が目立たない可能性も有るのかだが
11-18 08:44

松明で照らされた 白い壁や陣幕を考慮すれば暗い色の忍者服の秘匿性は果たしてどうなのかだが 忍者もそうした場所は移動しない或いは 低くして移動と言う可能性も有るのかだが
11-18 09:07

https://t.co/394yphfgHT >元亀元年(1570年)8月に大阪で本願寺勢力と戦った摂津野田・福島攻めで、おそらく初めて、本格的な鉄砲戦が展開されました。この時は敵に回った根来、雑賀衆が鉄砲を陣地に3000丁も持ち込んだようです。
11-18 10:14

信長公記に根来・雑賀の銃は3000と言う記述が有ったかも知れぬが 士鉄砲の比率が依然多かったのかだが 信長が此れを真似して長篠で1500丁以上の銃を持ち込んでいたと言う事なのかだが 1500は最低数であり 3000程度有った可能性も有ると言う事だっただろうか
11-18 10:16

https://t.co/394yphfgHT >ところが不思議なことに、その直前に起きた、浅井、朝倉相手の合戦、姉川の戦いでは、ほとんど鉄砲の話が出て来ません。元亀元年(1570年)の6月に、浅井の小谷城を攻めた後、撤退戦に入ってから、500丁の鉄砲でこれを援護した、という話があるだけです。
11-18 10:18

姉川でも信長軍の銃は最低500は有ったと言う事なのかだが この撤退戦で全てが投入された共思えないし 全体では1000程度は有った可能性も有るのかだが
11-18 10:23

>ただし鉄砲が無くても戦術の差、兵力の差で織田・徳川が勝ってたろう  引き付けて銃を放って逃げ 後方の別働隊が再度引き付けて銃を放つと言う事をしなければ 地形を利用してさえ戦闘力の差で 信長軍が或北していた可能性も有るのかだが
11-18 10:28

1574年の第三次長島侵攻時に信長軍は大鉄砲を使用しているから 長篠でも利用された可能性は有るのかだが 20匁程度の筒しか無い可能性も有るのかだが
11-18 10:42

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boukenkyuu

https://t.co/spiHwNHG1A>平右衛門は太刀打ちの手利きであったので「心得たり」と刀を抜き、(討ち手の侍共が)七本突き懸けてきた槍を一つに絡め、足にて踏みつけようとしたのだが、踏んだ瞬間に滑ってしまい倒れたところを討ち留められたと言う事である。
11-17 08:29

槍を踏み付けて拘束と言うのも 漫画等では良く有るが 現実には何処迄使われたのかだが 西欧でパイク等を踏み付ける技は有るのかどうかだが
11-17 08:31

>討ち手の槍に砂載っかってんのに、武器抑え込むために力いっぱい踏んずけちまったせいで足の裏滑ったんだろな…なんかまた容易に想像できるのが悲しい(泣)   伊東平右衛門が滑ったのは こうした理由でなのかだが
11-17 08:35

https://t.co/nKnDNQbn6K >井上忠兵衛という者「心得たり!」と言うままに、鉄砲を木に持たせて(いろいろ解釈できるが、「木の枝(または柵)に載せて」が妥当かなぁ?)十匁玉を打ち放てば、狙いに違わず(原文:過ぎたず)渋江の胸中に中(あた)り、馬より真っ逆さまに落ちたのを、
11-17 08:47

此れは狭間筒を西欧のマスケット銃の様に 又杖に乗せて野戦で射撃している可能性も有るだろうが 短い10匁士筒を乗せている可能性も有るのかだが 銃眼の有る或いは無い垣盾に 此れを乗せる事も有ったのかだが
11-17 08:49

https://t.co/t4hAlbo6lw 左の様に狭間筒を奉公人等が前で支えて 射撃する例は現実に有るのかだが
11-17 09:00

https://t.co/uDvDyKNdFj https://t.co/VFuif9lEK8 狭間筒の左の様な台座は現実に利用されたのかだが 馬防柵に乗せて使われた例は有るのかだが
11-17 09:04

https://t.co/NRXCC2ACBh >このようなところに富岡藤太郎が取ってかえし二つ玉の鉄砲にてねらい打ちに打ったところ、世上坊の高もも(大腿)を打ち抜き馬から下へ「どう」と落ちる。  威力が低下するかも知れぬ2つ玉でも 佩楯程度は貫通すると言う事なのかだが
11-17 09:10

https://t.co/NRXCC2ACBh>この攻撃の際,国友藤太郎なる者が多田幸治山付近で藤吉郎を狙撃したのですが,狙撃は不首尾に終わり,後に藤吉郎は狙撃した者を調べて召し抱えようとしたそうです.藤太郎も最初は固辞しましたが,1573年に浅井氏が滅亡すると,主家との義理を果たしたと考えたのか,
11-17 09:12

>長浜城主となった木下藤吉郎に仕え,藤吉郎は国友藤太郎に100石の知行を与えた上に,国友の代官職を命じ,鉄炮管理の為に統制を厳にして,国友鍛冶を完全に支配下に納めることになりました.  信長と違い調略重視の秀吉であるから こうした事を行ったと言う事なのかだが
11-17 09:13

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boukenkyuu

雑兵物語を見る限り 奉公人は騎馬武者の銃は放たないのかだが 劣勢時等は発射が認められる可能性も有るのかだが 弓も同様なのかだが https://t.co/FA5iqgNWCM
11-16 09:34

雑兵物語を見る限り士弓組の物かも知れぬ弓を 他の騎馬武者が使うと言う様な例も有るのかだが 士鉄砲組の銃も同様なのかだが https://t.co/CLxW8NLKzJ
11-16 09:53

奉公人が銃を腰に挟んで運搬する例も有るが 標準的な3匁程度の筒なら3kg程度だっただろうし 騎馬武者が同程度の重量の槍を腰に指物的に装備している例も有るのかだが https://t.co/6rI8VqDl5c
11-16 09:59

https://t.co/a7Kr2Q2Or1 張力137ポンド(62kg)のトルコ的弓だが 腕力が有れば一人で弦を張れると言う事なのかだが
11-16 10:21

https://t.co/Xrp1MCqs7T 180#の#は https://t.co/XHGb9AME8X ポンドを表していると言う事だろうが 左のトルコ的弓に其処迄の張力は有るのかだが
11-16 10:30

https://t.co/7AGJyci43F 張力214ポンド(97kg)の長弓も有るが こうした物は何処迄使われたのかだが このレベルのトルコ的弓は有るのかだが
11-16 10:34

腕力が有っても弱い弓を高速で連発した方が 近距離では戦力に成ると言う事は無いのかだが 強い弓を軽く引くのでは精度は低下すると言う事なのかだが
11-16 11:34

https://t.co/6YgzQPSAyz 馬上なら帯に差した槍が左の大太刀の様に 可也下に伸びていても問題は無いだろうが 下馬状態では槍が固定出来ない可能性も有るのかだが 下馬しているなら槍を従者に持たせるか 置いてから弓や銃を放つ方向も有るのかだが
11-16 13:21

https://t.co/HanzK5TPfu 槍は左の槍腰当で 帯に恐らく横向きに取り付けられている可能性も有る訳だろうか 弓の射撃を阻害しない様な位置に取り付けられるのかどうかだが
11-16 13:32

下の様な形で帯に槍を槍腰当で装備出来るのかだが この位置なら一応パルティアンショットも出来るのかどうかだが https://t.co/Wt6DJH5SoY
11-16 14:32

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boukenkyuu

https://t.co/SQ8ieEOfGP 北条軍の槍足軽は40%程度であるなら 最小程度の300人の備でも120人の槍足軽が居る訳だろうし スウェーデンの10X10人以上の槍方陣が組めると言う事だろうが 果たして密集方陣で運用されたのかだが
11-15 09:54

最大の800人の備なら 320名の槍足軽が居る訳だろうし 本陣備は1500人だろうから 600名の槍足軽が居る訳なら テルシオと同程度或いはこれ以上の槍方陣が組める可能性も有るだろうが 果たして方陣で運用されたのかだが
11-15 10:01

https://t.co/yrfS5BVov3 テルシオは1700名槍兵が居る場合も有るが オランダは250名 スウェーデンは54名しか槍兵は居ない訳だろうが スウェーデンの槍兵は槍騎兵を阻止出来たのかどうかだが
11-15 10:11

スウェーデン軍の54人のパイク兵ではフサリアの騎兵槍コピアにアウトレンジされず共 集中攻撃で撃破されていたと言う事なのかどうかだが
11-15 10:13

https://t.co/yrfS5BVov3 >1567年5月 Tercio de Cerdeña パイク兵 745名  この辺りなら槍騎兵の突撃は考慮されていた可能性も有るのかだが 700名程度の槍方陣なら阻止は出来たのかだが
11-15 10:18

アルベドのスイス歩兵は4000で 此れが確か3つに分かれていたなら 1300名程度の槍方陣を作っていたのかどうかだが
11-15 10:21

https://t.co/f4vbutiZ3R アルベドでミラノ騎兵が400スイス兵に乗馬突撃したが撃退されているが 400名が1300人程度のスイス兵の1部隊に集中したとしても 撃退されていると言う事なのかだが
11-15 11:11

関東の騎馬武者も 雑兵物語を見る限り 30名程度の恐らく備単位で突撃しているなら 北条軍の恐らく120名程度の槍方陣なら此れを防げていたと言う事なのかだが
11-15 11:21

アルベドでも6000のミラノ騎士が乗馬して スイス傭兵の1300名程度の1部隊に集中的に波状攻撃すれば 壊滅出来た可能性は無いのかだが 此れでは勝利出来ても損害が大きく成ると見て下馬戦闘に切り替えたと言う事なのかだが
11-15 11:26

スイス傭兵も1部隊が集中攻撃された場合は 他の部隊が突撃する敵を包囲する様に動いていると言うが 此れを騎士で足止めされてやられた例は有るのかだが 少数の騎士で彼等を足止めするのは 困難な可能性も有るのかだが
11-15 11:28

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boukenkyuu

https://t.co/pVFLyOilaO 実際は大量のポールアームを利用しての騎士の下馬戦闘は無く パイク兵の様に ランスを持つ者が主体であり その中にハルバード兵の様にポールアームを持つ兵が少数混ぜられていると言う様な物の可能性も有るのかだが
11-14 09:27

https://t.co/0ORZzeZVP1 左の兜は 古い物なのかどうかだが
11-14 10:06

https://t.co/baIBHB9OYc 左の弥助の絵は 江戸期の物なのかだが 他の江戸期の絵は無いと言う事なのかだが
11-14 10:11

足軽の手甲の無い籠手も 銃の操作性を増す為と言う事なら 銃が足軽に普及する迄は少なく共無いと言う事なのかだが 銃が安く成る1560年以降辺りには有るのかだが 津軽屏風・大阪夏の陣図では騎馬武者も含め皆手甲は無く 大阪冬の陣図では逆に足軽にも皆手甲は有るだろうか
11-14 13:11

https://t.co/4nOu51U06c 浮世絵の浪士の持つ弓が短い例が多いのは 携行性を考慮しただけでは無く 屋内での射撃も考慮していた故と言う可能性も有るのかだが
11-14 13:46

https://t.co/BTVOuzzCNp 大阪冬の陣図に有る左の頭巾は 前で結ばれていない山岡頭巾なのかだが
11-14 14:24

https://t.co/BoQCy0M5VA 左の山岡頭巾的な物に比べると 妙に短い訳だろうか
11-14 14:25

https://t.co/WFT4xhSLoe 左の頭巾の上部は 見ない形状である訳だろうか
11-14 14:28

https://t.co/wWoejT2FU3 雑兵物語だと槍足軽迄 籠手の手甲は無い訳だろうか
11-14 14:34

https://t.co/r6S46gcj7C こうした数的優位が有る場合は 片方が撃ち合う等して動きを止めている間に もう片方が組み付く等して完全に動きを止めた後 もう一人が装甲の隙間等を狙えば割に容易に倒せるのかだが
11-14 18:15

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boukenkyuu

https://t.co/CO0ThY2Gji >忍者のような工作や諜報は「影働き」と呼ばれ、戦場で直接的に戦う「槍働き」に比べ著しく評価が低かったため、保長は正成を武将として育て、上記の槍半蔵こと渡辺半蔵守綱と並び称される槍の名手となり、戦場で多くの勲功を挙げた。
11-13 12:08

初代服部半蔵・保長は忍者だろうが 偉い者は槍も使用出来た可能性も有るのかだが
11-13 12:10

https://t.co/82GZa9zNxm >忍者としての訓練も受けていたという説もあり、一部の記録などでも正成は戦場で忍者の様な俊敏さを持ち、伊賀流忍者達を率いた撹乱戦も得意としていたとされている。また、戦いでは槍の使い手であったとされている。
11-13 12:13

服部半蔵も自身で潜入迄はしていないが 潜入部隊を後方から指揮はしていたのかだが
11-13 12:17

https://t.co/Te3yZHac0r >弘治3年(1557年)、16歳の時に三河宇土城(上ノ郷城)を夜襲し戦功を立た際、家康から盃と持槍を拝領したという。   服部正成もこの辺りでは 自ら潜入迄していた可能性も有るのかだが
11-13 12:44

>『服部速水正宣家譜』に年号や年齢についての記述はないが、正成が三河宇土城を夜襲し、その武功を立て家康から葵御紋の杯・槍を褒美として贈られたと記述があるため、宇土城で戦功を挙げたのは事実と見てよい[2]。  此れは1557年では無く 62年の攻撃の際の可能性が高いのかだが
11-13 12:47

https://t.co/ORtGouJGcr >永禄5年(1562年)に徳川家康と松平清善らの攻撃を受けるが、堅城である上ノ郷城はなかなか落城しなかった。そのため家康は甲賀衆を用いて城内に火を放ち、その混乱の中から攻め入られ、同城は落城した。
11-13 12:49

この1562年の攻撃の際 服部正成の伊賀忍者も投入されていた可能性も有るのかだが 正成本人が果たして潜入迄はしたのかだが
11-13 12:50

煙玉や目潰しを 雑魚的忍者が使えるのかだが 騎馬武者的忍者が部隊を退避させる際或いは戦闘時に 使用していた可能性も有るのかだが
11-13 13:14

https://t.co/j9E2RoJsx0 >万川集海にない忍器や火器を考えつけば、師匠に教えることも誓っている。  忍術書に載らないこうした物が 相当数有る可能性も有るだろうが 漫画的な物は何処迄有るのかだが
11-13 13:32

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boukenkyuu

>しかし、謙信の家督を継いだ上杉景勝軍の槍は、織豊軍団と早い時期から交戦していた関係か、2間半から寸法が伸びて、3間柄(約5.4m)の長柄槍となっている。  此れは織豊軍との歩兵戦も考慮して 長くしたと言う事なのかだが
11-12 09:08

>豊臣秀吉の関東征伐では、豊臣系大名の3間柄の長柄の槍と北条家の2間半柄の槍が激突した訳だが、槍同士の戦いで、どちらに利があったのかハッキリしない。 >長柄槍よりも、火縄銃の装備率や総合的な戦力の差による勝敗だった気が、山中城攻略戦や鉢形城、八王子城での攻防戦から感じられる。
11-12 09:10

北条軍の騎兵突撃は 地形の利用や長篠の様な野戦築城で防がれ 射撃戦や歩兵同士の槍戦では豊臣軍に分が有ったと言う事なのかだが
11-12 09:13

攻城戦では火力や歩兵の槍の強さが 重要と言う事だろうか
11-12 09:14

錆塗具足   /// 甲冑 武具 鎧 兜 刀 鍔 鞍 鐙 弓矢 縁頭 https://t.co/7VTDudJTUC 家地が無い鎖が付く面頬も割に有るが 元は有ったのかどうかだが 通気性等を考慮して無いと言う可能性も有るのかだが
11-12 10:49

雑魚的忍者だと 手裏剣は無いか 有っても扱い易い十字手裏剣を利用し 鎖鎌も無いと言う事なのかだが
11-12 11:04

武具 カラス面頬 鎧 兜 古美術 https://t.co/fX0sG65EDi 丁番に蝶の入る面頬等も有るが 籠手や脛当に同様の丁番の有る例も有るだろうか
11-12 11:14

唇が赤い天狗面と言うのも 見ない訳だろうか
11-12 11:16

雑魚的忍者も徒武者程度の剣の技術は 果たして有るのかどうかだが 弓足軽レベルの可能性も有るだろうが 短い弭槍等は利用したのかどうかだが
11-12 13:22

弓足軽程度の戦闘力の雑魚忍者が火矢を放ち 接近戦も出来る精鋭忍者が此れを護衛と言う様な可能性は有るのかだが 大将の強襲には精鋭忍者が主に使われたのかだが
11-12 13:24

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boukenkyuu

https://t.co/cIMI5H8jWx 西国の騎馬武者でも 敗走した敵を乗馬して追撃する際或いは 乗馬して逃げる際は 乗馬戦闘も有ると言う事だっただろうから そうした状況だったと言う可能性も有るのかだが
11-11 08:05

西国の馬にも鎧を装備する例も有るだろうが 馬に装甲の無い騎馬武者の追撃や逃走には向かないと言う事だろうが 歩兵を追撃する為の装備なのかどうかだが
11-11 08:11

騎兵を追撃する或いは逃げる際は装甲の無い馬を利用し 騎兵には追い付けないと見歩兵のみを追撃しようと言う場合は 一部の者は装甲の有る馬を利用したと言う可能性も有るのかだが
11-11 08:13

川崎F守備連係がさらに強固 ボール奪取位置が前進 https://t.co/rMipUVVzAt 走行距離が一番短いのに 守備力が高く一番失点が少ないと言う様なサッカーも ボール奪取位置が前に有れば出来ると言う事なのかだが
11-11 08:27

>相手ボールになると、前線の4人が的確に相手のパスコースを限定しながらボール保持者をサイドに追い込んだ。  こうした守備が徹底されているチームが 割に少ないと居う事なのかだが
11-11 08:29

https://t.co/c3yUScYA3j >虎革と豹革を四つ張り合わせた半袴を着ていた。 こうした物が具足の下に装備される例も漫画には有るが 現実には有るのかどうかだが
11-11 08:37

>御供衆を七、八百人をずらりと並べ、元気な足軽を先に走らせて、柄が三間半の朱槍を五百本と、弓・鉄砲五百挺を持たせた。   三間半(6.4m)の槍は歩兵用だろうが 赤い柄の槍を歩兵が利用出来たのかだが コストを考えると 太刀打部分だけ赤い様な物の可能性も有るのかだが
11-11 08:43

https://t.co/e34kCyhqCr 秀吉の左の革製伊予札の胴は3.6kgと言うが 3-4kgの足軽胴と同程度の重量と言う所なのかだが 薄い鉄製伊予札の物は板金の薄い物よりは 装甲の重なりを考えるとやや重く成るのかだが
11-11 09:42

軽い共思われた細川忠興の越中具足の胴は6.8kg程度だっただろうから 一定の防弾性は持たせてあると言う事なのかだが 指揮官以外が使う物は同程度の重量なのかだが
11-11 09:43

西国の騎馬武者も馬上筒を装備している例は相当数有る様だが 乗馬しての逃走時・追撃時に利用されたと言う事なのかだが
11-11 09:49

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boukenkyuu

https://t.co/zxDaTvJjXU 慶長以前にもロケット推進式の火矢が存在したのかだが 炸薬だけ付いた物の可能性も有るのかだが
11-10 11:14

https://t.co/8yB7uvqGkq こうした玉眼の有る前立は 古い物なのかどうかだが
11-10 11:35

忍者が携行し易い短弓としても 太くて強い弓は有ると言う事なのかだが そうした弓はぶれて精度が低下すると言う意見も有るが 果たしてどうなのかだが
11-10 15:41

https://t.co/ylULKrvPl8 トルコ的形状の短弓で 張力120ポンド(54kg)以上の物を使用している例を見ないが モンゴルでは80kg台も有ると言う意見も有るだろうか
11-10 15:59

https://t.co/MR3TZ7pCyp 180ポンド(81kg)のタタール弓を放っている動画も有るが 其処迄の張力は無いと言う意見も有るだろうか
11-10 16:10

https://t.co/eoCXNcZ9yN 170ポンド(77kg)の張力のロングボウも有るが 可也太い物だが こうした物を縮小して100cm程度としても ぶれ易い弓と成るのかだが
11-10 16:26

https://t.co/JtCv3eikMD 更に強力な張力180ポンドの スイスの大型弓等も有るが 此れも其処迄の張力は無い可能性も有るが
11-10 16:45

https://t.co/smUOPMUZEK >二重に壁を付て其間に石を入たり。是は鉄炮の用心也。  此れの書かれる万松院殿穴太記は1554年迄に成立と言う事だろうが 六匁程度の銃でこんな塀は必要なのかだろうし 10匁狭間筒程度の西欧のマスケット銃のコピーがこの時点で使われていた可能性も有るのかだが
11-10 17:46

西欧のマスケット銃がその侭輸入されて利用されていた可能性も有るだろうし 10匁以上の大型銃もこの時点で有った可能性も有るのかだが
11-10 17:47

或いは土塀では無く2枚の盾板の間に石を仕込んだ様な物で 六匁筒程度の防弾を考慮したと言う可能性も有るのかだが
11-10 17:49

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boukenkyuu

https://t.co/dDwBs9x6hp 左の続きだが 大国火矢等のロケット火矢も 棒火矢同様慶長期以降の登場なのかどうかだが
11-09 10:12

https://t.co/y4zgNrvD4n 大国火矢は推進薬が切れた後 炸薬に点火し爆発すると言うが 小型の飛火炬はどうなのかだが 万川集海に絵は有ると言う事なのかだが
11-09 10:20

忍者も毒煙弾を使用する場合は 焙烙玉や棒火矢等の大型弾が使われ 火を放つ際は 通常の火矢か 火薬入りの火矢が使われたと言う可能性も有るのかだが
11-09 10:25

焙烙玉なら慶長期以前にも有るし ロケット推進式では無いが炸薬の付く火矢なら 焙烙玉と同時期に有った可能性も有るのかだが
11-09 10:28

https://t.co/y4zgNrvD4n 忍者の使う煙玉(鳥の子)は 20gしか無いのかだが 煙で完全な長時間隠蔽等は此れでは困難と言う事かも知れぬが 大型の物も有るのかどうかだが
11-09 10:49

https://t.co/Anm7GmZsSO 鉄管の中には煙玉と同様の物が有るのかだが 15gでもそれなりに煙は出るだろうか
11-09 10:54

ファイアランス的に鉄粉を吹き出す取火方も 船上等で敵が密集していないと効果は薄いのかだが 夜間位置を晒し続ける危険も有る訳だろうが 点火後固定して即座に退避すると言う様な方向も有るのかだが
11-09 11:09

https://t.co/l3P18VIc26 >13世紀の元寇において、元軍がてつはうを使用した。これ以降日本でも作られるようになり、15世紀の応仁の乱でも使用され、戦国時代には焙烙玉と呼ばれるものが使用された。  応仁の乱時点では 炸裂式の火矢迄は有るのかどうかだが
11-09 11:22

https://t.co/zQRSWzkzmw >東軍・細川勝元の陣には「串楼(かんろう)・層櫓(そうろ)、飛砲(ひほう)・火槍、戦攻之具」が完全に装備されていた  飛砲は投石機かも知れぬが 火槍と言うのは手銃なのかだが 炸裂式の火矢或いはロケット火矢・棒火矢的な物は有ったのかどうかだが
11-09 11:25

細川勝元の軍も 明から手銃と焙烙玉だけが移入されたのかだろうし 炸裂式或いはロケット式火矢・棒火矢迄セットで入っていた可能性は有るのかだが 大型の砲はどうなのかだが
11-09 11:27

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boukenkyuu

太平記の忍者的兵が 大鎧を装備して夜襲等する意味は有るのかだが 敵が少数或いは大兵力でも地形や布陣に依り 大将迄強襲可能な状況なら 装甲を増して密集した護衛が周囲に居る 大将を狙うと言う可能性も有るのかだが リスクの高い攻撃と言う事は無いのかだが
11-08 09:26

平治物語絵巻だと 脛当が無い様に見える騎馬武者が相当数書かれるが 此れは絵の間違いでは無いと言う事なのかだが 産脛当が装備されていると言う可能性も有るのかだが https://t.co/odyOuD0zqO
11-08 09:59

平治物語絵巻の下の騎馬武者の脛当後部には 臆病金が有る様にも見えるが この時点で果たして有るのかだが https://t.co/MeeVCmjBak
11-08 10:06

https://t.co/ljZSbMQwBb >此三人の者共、闇にだになれば、或帽子甲に鎖を著て、足軽に出立時もあり。或は大鎧に七物持時もあり。  七物と言うのは https://t.co/Jvux99rx7S >武士の七つ道具 - 具足・刀・太刀・矢・弓・母衣・兜  と言う事なのかどうかだが
11-08 10:56

弁慶の7つ道具は江戸期の創作と言う事かも知れぬが 太平記の忍者的兵の場合夜間多種類の武器を携行し持ち替えて戦闘する事で 数を多く見せようとしたと言う可能性も有るのかだが そう種類は持てるのかどうかだが
11-08 11:06

https://t.co/YvwrDkMMhD 左の様な形で7つの武器を携行する例も 弁慶では無いにしても有り得たのかだが 長い物は背中には差せないだろうが 春日権現験記絵に有る様な短い熊手や 太平記の鉞なら 津軽屏風に有る様な指物の様に帯に差せるのかだが 槌や突棒・刺股は洗浄では使われたのかだが
11-08 11:14

浮世絵の弁慶も装備する薙鎌より短い鎌が 南北朝期に陣鎌的に利用された可能性は有るのかだが 金砕棒の短い物も帯に差せなくは無いのかだが 鋸も書かれるが 戦闘には果たして使われたのかだが
11-08 11:19

太平記の七物と言うのは 弓・刀・薙刀・熊手・鉞・金砕棒・槍或いは鎌を指しており 鋸や木槌・突棒・刺股は戦場では利用されていないと言う事なのかだが 袖絡も七物に含まれる可能性は有るのかだが
11-08 11:24

薙刀・槍・袖絡は短い物は有るのかだろうし 太平記の忍者的兵が多数の武器を個人で携行し持ち替えていたとしたら 携行はされていなかった可能性も有るのかだが 長巻は南北朝期に有ると言うから 短い物が携行されていた可能性も有るのかだが
11-08 11:26

https://t.co/lTiiZHnOA8 南北朝ー室町期成立の義経記の弁慶は 太刀・大太刀・金砕棒は携行しているが 鉞・薙鎌・熊手は船に置いてあると言う事なのかだが
11-08 11:39

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11/07のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/DXuVOl4Lm9 産籠手も手甲部分が布で覆われる例は有るのかだが 忍者用としては漆が反射するのは問題と言う事は無いのかだが 刀装具も漆利用だろうから この部分の反射は何処迄抑えられているのかだが
11-07 11:47

https://t.co/j4r9lCxLE1 鎖の半籠手の場合は手甲部分も布で覆われる例も有るが 古い物では有るのかだが
11-07 12:21

https://t.co/xAawA4uvYZ 細川澄元の産籠手は親指部分に装甲は無いのかだが 手甲部分は隠れているが 鉄板は露出しているのかだが
11-07 12:29

https://t.co/TJZvMoSMln 左の赤沢朝経の肖像画では 産籠手らしき物の上から弓懸を装備しているし 産籠手の手甲部分の鉄が露出していても 弓懸を上から装備すれば反射は抑えられると言う事かも知れぬが 忍者がこうした鎖籠手の付け方を果たしてしていたのかだが
11-07 12:37

平治物語絵巻にも産籠手らしき物が書かれるが 手甲部分も布が被せられていると言う事なのかだが https://t.co/VBdeIcpPu3
11-07 12:59

産籠手では無い籠手でも 手甲の鉄が露出しない例も有るが 産籠手の物も含め 内部に鉄が無い可能性も有るのかだが https://t.co/J1Y2HMCVm3
11-07 13:19

刀装具に関しては 鞘は錦包や尻鞘の装備で 金具部分以外の反射は消せるだろうが 鍔なら光沢の無い古い物も有ったかも知れぬが 他の部分はどうなのかだが
11-07 13:35

https://t.co/387d3JmjQn 左の様な籠手・佩楯の総重量は 3kgの程度の可能性も有るのかだが 格子鎖主体の鎖帷子の胴なら3kg程度 格子鎖のシコロの付いた最軽量クラスの兜なら2kgは無いかも知れぬが
11-07 16:17

そうした8kg程度の格子鎖主体の装甲は 忍者用の物としては重いのかだが 脚部の装甲を無くせば6kg程度には成るのかだが
11-07 16:19

https://t.co/HXmPFAHxDb このカルタ鉄の多い佩楯で650gなら https://t.co/387d3JmjQn 左の秀吉の物の様な格子鎖+細い篠の佩楯は500gも無いと言う事なのかだが
11-07 16:36

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11/06のツイートまとめ 

boukenkyuu

忍者的な頭巾の下に古い兜の前に出たタイプの眉庇が 果たして上手く隠れるのかと言う事は有るだろうが https://t.co/MulArDSofm https://t.co/scOJR7DC1K 眉庇が無い様にも見える帽子兜が 春日権現験記絵・法然上人絵伝に有るし このタイプなら前部も問題無く隠れると言う事なのかだが
11-06 09:41

投頭巾の様な物が既に春日権現験記絵に有るが 兜の下に装備する様な頭巾も書かれるが 口だけを覆う様な布と言うのは古い絵では今の所見ないが https://t.co/82ypFU7kw0
11-06 13:27

https://t.co/niMH5QYWlY >被り方は頭頂部を被う様にひっかぶる。紐を付けて額で結び留める事も在る様だが、鉢巻をしている様に見える物もある。 >「帽子」に「鉢巻」。『法然上人絵伝』より  僧侶が被る帽子形頭巾に 鉢巻が巻かれる例も有るが 此れは固定性を高める為の物なのかだが
11-06 13:33

>また「帽子」に似た被り物として、被った布帛に鉢巻をして頭巾の様に被る姿が見受けられる。「帽子」とは違い、管見する限りにおいて、それほど高位とは思えない僧侶や老女が用いている様である。  此れは錏頭巾に外観は似ているが 後部は分割されているのかどうかだが
11-06 13:38

https://t.co/pJ3VcoIlOd 左の写真の犬神人の口の布は 帽子と一体化していない様に見えるが https://t.co/Pd0xTMuoEu 左の様な頭巾の場合は別では無い可能性も有るのかだが
11-06 13:48

https://t.co/3fMVb0dyEo もののけ姫の犬神人と同種の頭巾だと 口部の布は別に成っている様に見えるが 実物はどうなのかだが
11-06 13:56

>二部式:布帛を二枚以上用いて「裹頭」する方法を仮に二部式と呼ぶ事とする。 この法式は「抹額」と「覆面」の複合と言える「裹頭」の仕方である。具体的には手拭いなどで「ほっかむり」をし、その上(あるいはその下)に別の布帛で「鉢巻」をしたり、鼻や口を覆って「覆面」をする(a)。
11-06 14:11

>もう一つの方法としては「ほっかむり」をした後に、両手幅くらいの長さの帯一本か、その半分以下の長さの物二本かを巻き付け、額と鼻・口を被う方法である(b)。 (a)の方法は広く野良着として各地に残っている。
11-06 14:11

>一方、(b)の方法は「ハンコタンナ」「タナ」「ハナガオ」などと呼ばれ、名称や方法に差異あるが東北地方の主に女性の野良着に姿を残している。  口の布が別に成る例も古い時代に 有ると言う事だろうか
11-06 14:12

古い忍者の兜が内部に有る頭巾の場合は https://t.co/pBYAF4HilE 左の様な下の開いた頭巾の内部に眉庇が無いタイプの帽子兜が入り その内部に口に巻く布或いは頭部・口に布の有る頭巾が装備されると言う可能性も有るのかどうかだが
11-06 16:32

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11/05のツイートまとめ 

boukenkyuu

格子鎖らしき物が書かれる初の例は https://t.co/xljzHM6rqM 左の大内義興の肖像画の籠手部分なのかだが この時点では格子鎖利用の鎖帷子や佩楯等も有ったのかどうかだが
11-05 10:45

戦国期の足軽籠手の様に 手甲部分が無い籠手と言うのは15世紀等には有るのかだが https://t.co/q2q0O0GyVS 日蓮聖人註画讃には布子の下に筒袖の服が有る様に見えるし こうしたは物は1510年には有ったと言う事なら 手甲の無い此れに鎖が仕込まれている様な物も有るのかどうかだが
11-05 10:54

蒙古襲来絵詞や平治物語絵巻にも 筒袖的な物は書かれている様にも見えるが そうで無い様に見える袖も多いだろうから 籠手と誤認して細く成っている可能性も有るのかだが https://t.co/WTFJoqifdr
11-05 11:24

そうした筒袖の服が有るとすると https://t.co/LRQydIw3eV 明の左の様な筒袖の服の影響で出た物かも知れぬが 15世紀或いは16世紀初期に出現したとすると 明が15世紀後期に日本刀部隊を作ろうとした際等の軍事交流で入ったと言う可能性も有るのかだが 其れ以前にも有る可能性も有るのかだが
11-05 11:35

下の上杉神社の鎖帷子は 胸部迄格子鎖だが 肩部は通常の鎖と言う事なのかだが 果たして古い物なのかだが こうした袖の有る物は肩部の動作性は良く無いかも知れぬし 具足の下には装備されたのかどうかだが https://t.co/ltBWzJqduI
11-05 11:49

◎ 指物 柄弦 ◎ 戦国/旗/馬印/刀剣/鍔/鞘/甲冑/武具/具足/兜/鎧/武将 https://t.co/OmWQwMJtrt 此れと同様の物は 戦国期に有るのかだが
11-05 13:34

メイウェザー、那須川との体格差は12キロ以上 初めて日本のリング降臨/RIZIN https://t.co/Jlh2qvguru 那須川もパッキャオと同程度の身長は有るだろうが 2ヶ月も無いのでは何処迄増量出来るのかだが
11-05 18:52

https://t.co/9a5dwiG4Gy 左の護良親王出陣図の歩兵が装備する様な佩楯のカルタ金は かなり薄い鉄板利用だろうから 此れを全面に施したカルタ帷子は 総鎖の鎖帷子より軽い可能性も有るのかだが そうした物は果たして存在したのかだが
11-05 19:28

平治物語絵巻の帽子兜のシコロに菱形のカルタ金が有るが 此れを装備した帷子は有るのかだが 隙間に鎖は有るのかどうかだが https://t.co/lhXo8Gu0pt
11-05 20:05

https://t.co/uar8mA8evy 14世紀の絵巻にも 僧侶の頭巾は書かれるが この時代の頭巾は未だ烏帽子の利用が多いからか 余り種類は無いのかだが
11-05 21:06

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11/04のツイートまとめ 

boukenkyuu

忍者用頭巾も https://t.co/YOPx9bbLfX 大原女の様に手ぬぐいを頭に巻いた上に 口の上に布を巻くと言う様な例も有るのかだが
11-04 10:36

https://t.co/xoDgmqGUp3 山岡頭巾の前を開いて被る例も人形等には有るが https://t.co/zXwlgofafc 左の浮世絵にも有るのかだが 下部は紐で固定されている可能性も有るのかだが
11-04 10:49

ドネア驚異の復活! WBSS準決勝へ進出  https://t.co/WOtFk4N6zs >バーネットは基本を無視した、脇を締めていない独特なスタイルで、体の強さが必要だったから、体(特に腰から背中)に負担がかかってきていたと思う。
11-04 11:27

他のスポーツでもフォームが変則であると こうした問題が生じる例も多い訳だろうか
11-04 11:28

https://t.co/GWAC1G6VcF 16世紀の月次風俗図屏風の左の頭巾は 山岡頭巾なのかだが
11-04 11:32

https://t.co/B9eL7hQhBN 左の頭巾は宗十郎頭巾の下部を 結んでいない状態なのかだが 錏頭巾を被っている可能性も有るのかだが
11-04 11:38

亀甲入帷子/胴着/籠手/鉄鎖/状態良/幕末期/明治維新/日本刀/甲冑/新選組/箱付 https://t.co/Zl40pUbSGj こう言う具足下では無く 満智羅的形式の鎖帷子も 大阪陣近辺なら忍者が利用した可能性も有るのかだが 具足下や小袖形式も併用されていたのかも知れぬが 何れが多いのかだが
11-04 12:36

羽織的な鎖も浮世絵には書かれるが 袖の無いこうした物に 指貫籠手の様な物が装備される 鎖帷子は戦国には有るのかどうかだが 袖が無い小袖形式の鎖帷子も有るのかだが
11-04 12:58

具足下形式の鎖帷子と 半籠手と言う組わせは戦国期には有るのかだが 戦国期の忍者用としては 長袖の具足下形式の鎖帷子が利用されていた可能性も有るのかだが
11-04 13:45

https://t.co/lRaT5UMSjf 16世紀後期の十二ヶ月風俗図の左上に 忍者的な頭巾を被る者も書かれるが 細部は良く分からないだろうか
11-04 14:17

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11/03のツイートまとめ 

boukenkyuu

平時物語絵巻の帽子兜のシコロに有る様な カルタ金利用の馬鎧の古い物は有るのかどうかだが
11-03 10:06

宗十郎頭巾+口部分の布では 内部に兜や鎖頭巾を装備すると 窮屈に成る可能性は無いのかだが 錏頭巾+兜内部の口の布なら窮屈には成らないだろうが この形式は戦国期には有るのかだが
11-03 10:52

宗十郎頭巾の錏部分を首の下で結ばない例も有っただろうし 兜・鎖頭巾の外部にこうした形で被り 兜内部に口を覆う布を装備した例なら戦国期に有るのかどうかだが
11-03 11:09

https://t.co/c0kjZOr7X0 左の北斎漫画の忍者の耳が出た頭巾は https://t.co/iYnOtjVDcD 下方のイラストに有る竹田頭巾の可能性も有るのかだが 此れは18世紀登場の様物の様だが
11-03 13:13

https://t.co/fIUuCf4dMh 御高祖頭巾の口部に 上から布を巻いている例も有るし 江戸期の忍者がこうした事を行っていた可能性は有るのかどうかだが
11-03 18:40

https://t.co/kNuHp8Gnnc  >(これが津和野踊りの衣装の源。黒ずきんは、甲冑を隠すためのものだったのです。)  1581年に 兜の上に頭巾を装備して潜入した例が有るかも知れぬが 忍者も兜の漆の反射防止等の為に 同様の事をしていた可能性は有るのかだが
11-03 18:58

https://t.co/A1NF8d8mWL 左の様な頭巾が果たして 当時の潜入に使われたのかだが https://t.co/uNHjLlLw9q https://t.co/YGTUOcG3c7 山岡頭巾の様な物は大阪冬の陣図に書かれるが この露出した額部分を鉢巻で巻いて隠し 兜の眉庇を隠したと言う可能性も有るのかだが
11-03 19:35

https://t.co/Vgk9symDfw >袖形の頭巾は細長い片袖形で頭から背中をおおっている。古くは苧(お)も用いたため苧屑(おくそ)頭巾といった。織田信長がこれを用いていたが,鷹匠も使ったという。
11-03 19:43

御高祖頭巾を信長が使用していたのかだが この時点の物は https://t.co/p0ra1IlyOq 左の物の様に 山岡頭巾的に上が尖っていた可能性も有るのかだが
11-03 19:44

https://t.co/7F6n0c7YKH >錣というのは、頭巾の後頭部に下げた、頭巾と同布の、細長い布帛のことである。天和、貞享ごろ、僧侶の丸頭巾に、つけることがおこり、これがのちに、角頭巾の前額部に下げて、顔を覆うようになり、人形浄瑠璃の人形遣いに、用いられて竹田頭巾といった。
11-03 20:27

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11/02のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/s6VxYs406u 左の続きだが https://t.co/8H2PRVxuSW 錏頭巾にマスクの様な物が付けられるタイプも有るが 錏頭巾は戦国期には無いと言う事なのかだが
11-02 10:18

https://t.co/FuDYiEI6rj 洛中洛外図・歴博乙本に有る左の頭巾は 錏頭巾なのかだが
11-02 10:20

洛中洛外図・歴博乙本は1580年台成立であるなら 当時の忍者が此れに有る 宗十郎頭巾的或いは錏頭巾的な頭巾を 被っていた可能性も有るのかどうかだが
11-02 11:20

https://t.co/dWNQ15PTCo 左の洛中洛外図・福岡本に有る右の頭巾は 口の部分は別の布なのかだが 左の頭巾的な布は帽子に付いていると言う可能性も有るのかだが
11-02 11:35

下の北斎漫画の忍者の頭巾の場合は 錏頭巾と口の布が組み合わされているのかだが 聴覚を考慮して耳が出るタイプの着方をしていると言う事なのかだが https://t.co/9pfzQxzMLF
11-02 11:43

▲603177▲古銅製槌目荒波文前立/武具鎧甲冑兜部品装飾 https://t.co/V6adKQkVSJ 荒波文前立と有るが 中央部は月を模している訳では 無いと言う事なのかだが
11-02 12:09

【宗】時代 鉄地 佩楯 面頬 兜 咽喉輪 前立て 変り兜 武将 采配 軍配 鉄扇 兜 甲冑 和鞍 江戸 https://t.co/YZMH2ncocU 金の鎖の入る江戸期の佩楯も有る様だが 戦国期にこうした物は有るのかだが 赤漆が塗られる物なら多い訳だろうか
11-02 12:22

https://t.co/nqP6aD89h1 金の鎖の入る籠手は 現代甲冑に割に有るが 江戸期の原型は有るのかどうかだが
11-02 12:42

時代武具 忍者道具 鎖鎌術 大鎖鎌 鎖分銅 『全長350.0cm 鎌97.0cm 鎖分銅 247.0cm』 2190807I https://t.co/T4QJgyycEa この分銅は可也重い物と言う事なのかだが
11-02 15:35

100cm程度の鎖鎌でも 分銅が下部に付く例が有るのかだが この場合は鎖部は片手持ちで運用されると言う事なのかだが
11-02 15:55

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11/01のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/WLicwA0diR ペルシャ騎兵でトルコ系弓を肩に掛けている例が有るが こうした掛け方は日本には無いと言う事だっただろうか
11-01 09:32

https://t.co/jGNYlL4RFR https://t.co/HsIk0paSNU 日本の絵の場合弓を肩に掛けているのは 左の絵しか今の所見ないが
11-01 09:50

https://t.co/zt9ihqb0z5 https://t.co/J4xuKc8DLE 肩への掛け方がやや違う アケメネス朝ペルシャ歩兵や サーサン朝騎兵も書かれるが 日本の短弓もこうした掛け方をした例は有るのかだが
11-01 10:41

https://t.co/CHkOZLYwVI 首に弓を掛けているサーサン朝騎兵も書かれるが トルコの騎兵も同様の事をしていた例が有るだろうが こうした短弓の掛け方は日本には無いと言う事なのかだが
11-01 10:49

https://t.co/8H2PRVxuSW https://t.co/lzEyJSgXQQ 忍者も左の様な頭巾は 兜が内部に入る可能性は有るのかだが
11-01 12:13

上の頭巾も https://t.co/ohMfsnJh3d 浮世絵で上杉謙信が被る頭巾に類似しているし この内部には https://t.co/6PHnpkcz3d 左の様に兜が有る可能性も有るのかだが
11-01 12:31

https://t.co/URVy2G7Yij 類似の頭巾が 17世紀前期の川中島合戦図に書かれるし 戦国期にも同様の頭巾が有った可能性も有るのかだが
11-01 12:37

https://t.co/yvay0j4dHH  https://t.co/EKQgTDQmMH 兜に被さる頭巾から 眉庇や前立が露出している例も有るが こうした物は戦国期に有るのかだが
11-01 12:42

https://t.co/Qahw36T15j 頭巾から兜鉢迄露出している例も有るが こうした例は現実に有るのかだが
11-01 12:48

https://t.co/iapwUrOu3t 宗十郎頭巾的に 上が膨らんだ頭巾も 16世紀の洛中洛外図に書かれるから 忍者がこの種の頭巾を浮世絵同様に 戦国期も被っていた可能性も有るだろうが 左の物は顔が隠れるタイプなのかだが
11-01 13:12

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10/31のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/LUnP0508Yk >鎖には漆を掛け錆びないようにしたものもある。これもそうだ。  日本の鎖も西欧の鎖と比べメンテは余り必要無いのかだが 貸具足や古い帽子兜の鎖は漆は有るのかだが
10-31 08:45

https://t.co/s5Y0yfxtkt 左は中下士用の具足と有るが こうした物にも鼻紙袋は装備されていたと言う事なのかだが 前立も恐らく大型の物が有ると言う記述も有るが
10-31 14:01

https://t.co/Q1PFuUoWmQ >「忍び」が確認できる最も古い史料は、南北朝時代の内乱について記した軍記物『太平記』巻第二十「八幡宮炎上の事」である。  太平記には畑時能の手勢以外にも 忍者的な兵が多数出て来る訳だろうか
10-31 15:22

>普通には入り込めないところに夜の雨風の音に紛れて、特に秀でた忍びの者が密かに忍び込み、石清水八幡宮の社殿に火をかけて敵を大混乱に陥れたことを記している。  太平記の忍者も畑時能以外も夜間攻撃が多く 雨迄利用していると言う事だろうか
10-31 15:31

https://t.co/Q1PFuUoWmQ >しかし、和田方には「夜打・強盗をして引き帰す時、立ちすぐり・居すぐり」という方法があり、これは決めておいた合言葉を言って、人々が同時にさっと座り、さっと立って、紛れ込んだ敵を選び出すための方法だという。
10-31 15:33

太平記時点でさえ こうした合言葉を確認する時点で紛れ込まない限りは 侵入は困難な例も多かったのかだが
10-31 15:36

https://t.co/fFXjP94zKd >室町時代から戦国時代までは、みんなが半分農業、半分忍者をしていました。そこからだんだんと忍びに長けた人、適した人が専門家となり、織豊期(しょくほうき)※4 には専業の忍者が生まれ、傭兵として雇われるようになりました。
10-31 15:44

太平記の畑時能だけでは無く 逸物の忍びと言うのは精鋭部隊であり 専業の忍者と言う可能性も有るのかだが
10-31 15:46

桃山期でも雑魚的忍者は確か多いだろうし 彼等は鎖等は果たして何処迄装備していたのかだが 忍者服さえ無い様な者も多いのかだが
10-31 15:48

応仁乱消息の足軽の様に 額当や脇引だけしか無い様な忍者或いは非装甲の者も 可也多かったのかだが 貸しの鎖帷子等が支給される例は有ったのかだが
10-31 15:50

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