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2018.10

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 2018年10月 

10/23のツイートまとめ 

boukenkyuu

∇花∇武家より伝来 江戸時代 鉄地六十二間筋兜 満月前立に素晴らしい捻鍬形 高さにして52cmです! https://t.co/d4PdrEbgg6 脇立は捻鍬形と言うのは正しいのかだが 捻馬楝の可能性は有るのかだが
10-23 14:30

https://t.co/HszW5y5YuI 九州と東北以外では大口径の銃は余り無いと言うなら この地域では雪下胴や南蛮胴で無く共 近距離で無ければ銃は胴・兜鉢では防げた可能性は有るのかだが
10-23 15:50

>船での戦いでは、相手は基本的に遠くにいます。遠くの敵を狙うのに必要な銃の条件は、長い銃身と小さな口径です。  船戦では盾板を貫通出来る大型の銃を使うか 火矢で延焼させると言うのが基本と言う事は無いのかだが
10-23 16:04

関船以下では防弾能力の無い様な 竹製の盾板も多い訳だろうから 此れの貫通は小口径の銃でも出来ると言う事なのかだが 信長の鉄甲船の盾板は椋利用で鉄が有るなら そうした銃は至近距離でも貫通しなかったのかだが
10-23 16:07

>雑賀の銃は他のものと比べても長く、細く、軽くが徹底しています。よほど遠距離からの狙撃を好んだのでしょう。   雑賀衆も胴・兜鉢以外を遠距離から狙撃する技術が有る故に 小口径銃に拘ったのかだが
10-23 16:11

>九州の鉄砲は短く、重く、口径が大きいという特徴があります。  島津軍の場合は長距離の射撃戦よりもすてがまり等の伏兵利用の接近戦が多いから 短射程大口径の銃が好まれたのかだが
10-23 16:18

一方で黒田長政の墨縄は4匁だろうから そう大口径でも無いだろうし 島津家以外の銃は何処迄大口径なのかだが
10-23 16:20

https://t.co/Qs4WxBIHmu >帰国後忠胤公の命令で大量の鉄炮や大筒が製造された。特筆すべきは、10匁筒(口径約19mm)を800丁も作り、その内600丁を足軽用として渡したことである。  此れは戦国期では無いが 同様の重火器部隊が東北には有った可能性は有るのかだが
10-23 16:29

>理由を憶測すれば、隣の62万石仙台藩の主力銃が4匁筒(口径14mm)だったからではないだろうか。  仙台藩以外の東北の銃も6匁筒では無く 4匁程度が多かったのかだが
10-23 16:30

トルコの剣術なら ペルシャやマムルーク同様に二刀流は有るかも知れぬが コンツェシュ的な剣とシミターの二刀流は 有り得たのかどうかだが コンツェシュを2本装備しているとすると 此れの二刀流の方が間合いを考慮すると有り得るのかだが
10-23 21:27

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