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2018.08

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 2018年08月 

08/22のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/cvb1GXJOqo 1531-1623年成立のおもろそうしにティンペーとローチンが出て来るし 琉球兵の武器は片手用槍・盾が主体で 片手用刀がサブ武器と言う事なのかだが
08-22 08:36

https://t.co/BFhmo4spR5 https://t.co/VkH6AzNAtn 琉球兵も明の戚継光等のこうした編成と ほぼ同様の物を利用していた可能性も有るのかだが 盾と組み合わされるのは槍だけでは無く 盾の無い兵も居る可能性は有るのかだが
08-22 08:54

戚継光の兵と異なり 狼筅は無い可能性も有るのかだが
08-22 08:58

明の陣形に有る三叉槍は 琉球の場合は日本の十文字槍・鈎槍 https://t.co/KVfh7jqtE3 或いは左の明にも有るヌンティが利用されている可能性も有るのかだが ヌンティが入るなら三叉槍も無いのかだが 狼筅迄は無いのかだが
08-22 09:53

https://t.co/tHRz2JC1zf >剣術は、首里の御殿・殿内と呼ばれた貴族を中心に行われていた。古くは尚敬王時代の具志川親方が有名である。王国末期には示現流を修めた松村宗棍、  等と有るから 両手持ち刀や大太刀も 幾らかは利用されていた可能性は有るのかだが
08-22 09:56

https://t.co/pklafYEiXQ ティンペーも亀の甲を利用した物は少数であり https://t.co/vHpbRPuS72 竹と皮が複合された物が主体なのかだが 明同様に籐製の物は 琉球には籐は確か自生しないなら 無いと言う事なのかだが
08-22 10:33

https://t.co/NJ2ns6r6aU >ティンベーやサイも含めて琉球武術で使用される多くの武器が、中国や東南アジアで使用されている武器と形状や名称が共通しているため、貿易による交流で取り入れられたという説などがある。  こうした物が島津や松浦党等に迄 入っていた可能性は有るのかだが
08-22 10:39

>一方、那覇でも久米村士族を中心に独自の武器術が伝承されていた。1867年、尚泰王の冊封のために来琉した冊封使の歓迎祝賀会で、「鉄尺」、「棒」、「藤牌」、「車棒」等の武器術が披露されている。鉄尺は釵、藤牌は盾と手槍を用いたティンベー術、車棒は節棍術と考えられている。
08-22 10:44

こうした物が兵の主武器の可能性も有るだろうが 節棍術はヌンチャクや三節棍では無く 明的な梢子棍利用の可能性も有るのかだが 釵はサブ武器と言う事なのかだが
08-22 10:48

https://t.co/5QLIMY5caQ 釵も戦場では日本の十手術と同じに 刀と同時に構えていた可能性も有るだろうし 片手剣主体の琉球では多用されていたのかだが 捕物時は日本の十手同様に 二丁利用されていた可能性も有るのかだが
08-22 10:53

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