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2014.11

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 2014年11月 

11/09のツイートまとめ 

boukenkyuu

槍もサーベルチャージも無い様なスペインの騎兵相手なら 壕や柵での阻止等不要では無いのかだが スペインにも槍騎兵(ラーンサ)は17世紀中盤迄居たと言うが 果たして数はどうなのかだが
11-09 07:56

http://t.co/78ukD1vemJ 左端の騎士の腰には良く見ると スパイクが有る様に見えるが 最初は短剣かと思ったが 肩のスパイクの基部に似た部分が有るので 恐らくスパイクだろうが 此れは攻撃用の物なのかだが 落馬の際の衝撃を緩和する為の物の可能性は無いのかだが
11-09 08:50

http://t.co/7sJg57zlC1 左の続きだが 此の騎士には短剣が無いから 短剣をスパイクに書き間違えた可能性も 有るかも知れぬが 他にも短剣の無い騎士は同一の文書に書かれているから スパイクを書いた可能性も有ると言う事だろうか
11-09 08:57

絵に短剣の無い騎士が書かれているとしても 現実には全ての騎士が短剣は 装備して居たと言う事なのかどうかだが
11-09 09:03

http://t.co/6fGhWIrEl0 30年戦争のスウェーデン猟兵は 数は余り居なかったと言う事の様だし 此れで鉄砲足軽・銃を持つ騎馬武者に対抗は困難な訳だろうか
11-09 11:15

http://t.co/4XTps7zurO >20匁以上の大筒撃ちは専門職の足軽だけに許された特殊技能であり、特別の大筒を操作できる者には30匁撃ちに3石、40匁撃ちに4石、50匁撃ちに5石の加恩給を与えられた[71]。  米沢藩では大筒は足軽が使用して居たのかだが
11-09 11:26

http://t.co/OyBCM5XZxP >会津で製造された20匁筒はもう一つの関ヶ原と言われる最上征伐で威力を発揮し上杉鉄砲隊は多くの軍功を上げています。  等と有るが 20匁筒の数は何処迄有ったのかだが
11-09 11:29

http://t.co/OyBCM5XZxP >慶長19年(1614年)、大坂冬の陣に参戦した上杉軍は、50挺の大筒と680挺の鉄砲を持ち込みます。 鉄砲680に対し50では 大筒の比率は可成り多いと言う事なのかだが 大筒の総数は500等は 果たして有ったのかだが
11-09 11:32

http://t.co/OyBCM5XZxP >この工場では10、15、20、30匁筒合わせて1000挺の火縄銃が作られましたが、  と言う事は 20匁以上の大筒は1000は無いと言う事だろうか
11-09 11:45

http://t.co/nmvoe0962F >雨に弱い火縄銃 欧州ではマントを使ったと言う。銃士の背中を半分ほど覆っている皮革製のマントを頭の上から前方にたらす。その下で火薬を装填、火皿に口薬を盛り、濡らさないようにした。 とは言え16世紀の銃兵では マントは無い様に見えるが
11-09 11:56

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