FC2ブログ

Category

2018.12

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  

12/15のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/VDhOyGmJmO 黒田屏風の真田隊の薙刀が異様に多いのは 家康本陣突入を考慮して 槍に斬り込む事を狙っていた可能性も有るのかだが https://t.co/RgGpPstjrC 槍勝負の前線では特段薙刀は多くは無いだろうか
12-15 09:40

https://t.co/JjdM9GeWTN https://t.co/vIV6t9Am61 戦国期の船手具足も左の様な鱗札が多い形式なのかだが 鱗札は無いか前田慶次の具足の様に極限定的に使われる可能性も有るだろが 左の様に素懸縅には成っている可能性も有るのかだが
12-15 09:54

素懸縅では有るが 越中的な軽量な物が使われる訳では必ずしも無いのかだが
12-15 09:56

https://t.co/FP5Xar7mVC 左のスペイン兵のハーフパイクは 海戦用かも知れぬが https://t.co/ihErOdUYp8 ボーディングパイクは基本的にこの枝付き形式なのかだが 2.5mの物が有ると言う記述も有るから日本の騎馬武者用槍共 何とか渡り合えるのかだが 2m程度の物も多いのかだが
12-15 11:23

https://t.co/R6cR3lMK3S 左のレパントの海戦の絵の左下のスペイン兵の槍は ボーディングパイクなのかだが 枝が有るかは良く分からないが
12-15 11:39

槍は殆ど書かれていない所を見ると スペイン軍船の白兵戦部隊はロデレロ主体で指揮官はボーディングパイクを持つと言う様な形式の可能性も有るのかだが 陸戦で槍主体の日本軍にロデレロで斬り込むと言う事は考えるのかだが
12-15 11:46

レパントの海戦の絵には 盾と槍を持つ様に見えるスペイン兵が居るが 槍はコルセスカ的にも見えなくは無いが 士官的な兵なのかだが https://t.co/0pGX6Hn3h9
12-15 12:01

下の場面の槍は盾とは併用されないが 先端形状は良く分からないが 両手剣はこの絵が書かれた1603年時点で有るのかだが 英が両手剣を船上で使用したと有るが 此れは16世紀の話なのかだが オランダの場合は17世紀後期でも城に両手剣装備の兵が居るが 船上では使用したのかだが https://t.co/bvMIhYeMha
12-15 12:33

両手剣を持つ者が日本に来る西欧の商船に果たして居たのかだろうし ロデレロと銃兵・砲兵及びボーディングパイクを持った極一部の士官しか居ない可能性も有るのかだが
12-15 12:35

大友軍等に両手剣を持つ西欧の兵が仮に居ても 剣はロングソード程度の110cm程度の物しか無いなら 日本の槍に対抗する為に日本製大太刀を使用した可能性も有るのかだが ロデレロも槍に対抗困難と見て 槍や大太刀に持ち替えた可能性は有るのかだが
12-15 12:42

続きを読む

12/14のツイートまとめ 

boukenkyuu

そうした西欧兵も敗走し南蛮鎧を失った後は 日本製の具足を使用していた可能性も有るのかだが 戦闘員では無い者及び銃兵に 日本製甲冑が支給されていた可能性も有るかも知れぬが 銃兵は西欧兜は有るだろうが 此れはシコロの付加は無いかも知れぬが
12-14 09:08

西欧兵の鎧に受筒を背部に追加する可能性も有るのかだが 外装式の指物を付ける装置が使われる可能性も有るのかだが
12-14 09:12

ヤスケは戦闘員では恐らく無いなら 日本製の具足・武器を使用していたと言う事なのかだが 沖田畷の戦いに居た砲を操作するカフル人・マラバル人は西欧兜・剣程度は有るのかだが ヤスケもそうした砲手等で兜は西欧の物を改造した可能性も有るのかだが
12-14 09:19

https://t.co/XT8cHxS99A 砲手に兜が有るのかは左の絵では良く分からないが https://t.co/L4esZ711oo 左のフィギュアでは無い様に見えるだろうか
12-14 09:35

https://t.co/eESLjRezzx アルマダ海戦の英の艦の砲兵は 左の絵では極一部に兜が有るが 果たして事実なのかだが
12-14 09:45

https://t.co/jmws6chejJ 虎皮の有る空穂等 下位の士弓組の者が使えるのかだが 袖は無いが下位の者では無いのかどうかだが
12-14 10:38

https://t.co/ghtI0BS8ao 豹皮の有る空穂の有る士弓組の者も それなりに高位の者なのかだが
12-14 10:49

1600年4月19日のリーフデ号遭難後 此れに積まれたオランダの海戦用鎧は10月21日の関ヶ原迄に家康等の具足に改造されていたのかだが リーフデ号船員も砲手は関ヶ原に居たかも知れぬが リーフデ号の戦闘員が居たとしても 海戦用甲冑に日本製部品を装備していたのかどうかだが
12-14 12:02

https://t.co/iYlTeOHeMF 6月の会津征伐時に果たして家康の南蛮胴具足は完成していたのかだが 会津征伐にリーフデ号の砲が利用されたと言う意見も有るが 随行していたかも知れぬ戦闘員の鎧に 日本製パーツがその時点で付けられていたのかだが
12-14 12:09

大阪陣にもリーフデ号の砲は投入されたと言うが 砲手は西欧人だったのかだが リーフデ号の戦闘員が大阪陣で 日本製パーツの付いた海戦用鎧を装備して戦った可能性は有るのかどうかだが
12-14 12:11

続きを読む

12/13のツイートまとめ 

boukenkyuu

黒田長政の火縄銃・次郎坊は六匁筒であり 墨縄・太郎坊は4匁だが 此れは距離等で使い分けがされていたのかだが https://t.co/fhTeVX4rpc
12-13 09:53

備の22名の騎馬武者は11人2列 30名の槍足軽は10人3列の可能性も有るなら 槍足軽の3列がテルシオ的に前に槍を出していた可能性も有るのかだが 鍵槍迄有る持槍足軽が最前列なのかだが
12-13 10:18

白兵戦時は側面に居る弓・鉄砲足軽は 白兵戦時は前列に弭槍を持つ弓足軽 後列に刀或いは鉄砲で打撃しようと言う鉄砲足軽 更に後ろに刀を持つ奉公人が配置されると言う事なのかだが
12-13 10:36

最前列の騎馬武者が槍足軽に入れ替わるタイミングはどう判断しているのかだが 後列の持槍足軽より 疲労・損耗で戦闘力が低下していると考えた段階で 士大将や武者奉行等の命令で入れ替わっていたのかだが
12-13 10:47

槍足軽も疲労した後は部隊は その時点で敵が崩れていなければ後退したのかだが 再度生き残った騎馬武者が前列に出て戦っていた可能性も有るのかだが
12-13 10:51

その時点では騎馬武者も損耗して列の人数が足りなく成っている可能性も有るだろうし 持槍足軽が前に出てこの部分を https://t.co/RgGpPstjrC 足軽も前列に居る黒田屏風の 真田幸村・松平忠直隊の槍勝負に有る様な形で補填していた可能性も有るのかだが
12-13 11:22

https://t.co/RgGpPstjrC 左の黒田屏風の真田幸村・松平忠直の部隊の槍勝負は 松平忠直側は https://t.co/KeJALIJP5T 最前列の本多富正の部隊と言う事なのかだが
12-13 11:32

https://t.co/w2WVkhaBoj 本多富正が越前騒動の際に使用した具足が有るが 草摺に被弾が有ると言うが https://t.co/hXmNflDQH4 >これは敵よりも本多隊が危険であり、本多富正本人の脚部にも弾が当たったが甲冑に守られた。  具足を見ると草摺にもそれなりに厚い鉄板が有る様にも見えるが
12-13 11:51

大阪陣では上の具足は着ていたのかだが 同等の防御力の有る物は着ていた可能性も有るのかだが 草摺が革だったら銃弾は貫通し 生命の危険さえ有り得たと言う事なのかだが 雪下胴の鉄製草摺も同様の耐弾性は有るのかだが
12-13 11:58

指物だけでは無く袖印や傘印で 部隊を識別していたと言う意見も有るが 袖の無い具足に袖印は付けられるのかだが 袖の有る陣羽織を着ている場合もどうなのかだが 傘印の場合は後立が有る場合でも シコロの縅糸部分に装備された可能性も有るのかだが
12-13 12:20

続きを読む

12/12のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/EF93TK6FUl 相馬義胤の具足は 脇の緑の部分に装甲が有るし 肩上部にも妙に装甲が有るが https://t.co/d2D8zdMJQC 長谷堂合戦図に有る様な重い金砕棒を利用するなら 武器での防御に問題が出るかも知れぬし 装甲で敵の攻撃を受けていた例も多いと言う事なのかだが https://t.co/h4swHp9LX6
12-12 10:58

本多忠勝は対照的に 軽い鎧を装備し6mの槍でアウトレンジを狙っていたのかだが https://t.co/5MkBHXUuPS 前田利家も6.3mの槍を使用していたと言う事なのかだが 士大将であるから 乗馬して護衛の徒武者の背後から槍を入れていた可能性も有るのかだが
12-12 11:06

馬上でそうした6mの槍は使えないと言う意見も有るが https://t.co/DHJaDoqbN1 ポーランドフサリアのコピアは片手用で5.5m有ると言う事だろうか
12-12 11:11

https://t.co/cSCJBn4syR 前田利家の短い槍は残るが 此れとは別に長い物も有った可能性は有るのかだが
12-12 11:33

https://t.co/HaqOHVEfPt ランスを両手持ちとして 石突側で突く技も有るが 太い部分で殴る技は有るのかだが 3.5m程度有るなら 金砕棒以上の威力は有るのかだが
12-12 11:52

アルベドでハーフアーマーやそれ以上の物を着ている前列のスイス歩兵が ミラノ騎士のそうしたランスの打撃でやられていた可能性は有るのかだが
12-12 11:53

https://t.co/t0JhlfK4te 前田慶次の具足も 相馬義胤の物に似て肩装甲が妙に有るが https://t.co/KxZWCIqw1P 313cmの大身槍を使う訳だろうし 武器での防御がやや困難と成るから肩部の装甲を強化して この部分で攻撃をかなり受けていたのかだが
12-12 12:31

隊列を組んでの戦いの場合は 突きと上からの打撃が多く成る故に 相馬義胤や前田慶次の具足は肩部の装甲が強化されていると言う事なのかだが 甲冑の隙間への突きは中々命中し難いと言う意見も多いだろうが 相馬義胤の具足の場合は脇に装甲が追加されている訳だろうか
12-12 12:49

https://t.co/hyvtstKTJo ガチ甲冑合戦の槍の隊列を組んでの集団戦も 横方向の強打と言うのは基本的に無いのかだが
12-12 13:17

https://t.co/kRxl29BLDS スペースが有る場合は中央の武者の様に 横への打撃も加わり得るのかだが
12-12 13:34

続きを読む

12/11のツイートまとめ 

boukenkyuu

https://t.co/Ce9ldY1ezb >そのほかにも豊臣秀吉が「カフル人」の踊りを見て褒美を与えたなど、さまざまな記録にアフリカの人々の姿が残されています。  カフルはモザンビークと言う意見が多いが 踊りと言うのは西欧的な物では無いと言う事なのかだが
12-11 10:51

ポルトガルのモザンビーク完全植民地化は17世紀中盤であるから 16世紀後期では現地の文化が依然残っていたと言う事なのかだが
12-11 10:57

https://t.co/LZ7dT0oAvF >ところでその場には砲手がいなかったので、一人のアフリカのカルフ人が弾丸を込め、一人のマラバル人が点火していた。そうした厄介な操作にもかかわらず砲は見事な協力のもと発射を始めた。
12-11 11:05

>何分にも敵兵は大群であったから弾丸が当たり損ねることがなく、敵の一群が木端微塵に粉砕されると https://t.co/VVkGy8fSFl >浜手(有明海側)を密集して進む龍造寺軍の江上勢・後藤勢2千に対し、  と有るから 密集陣に葡萄弾等が撃ち込まれた可能性も有るのかだが
12-11 11:08

発射速度の高速なフランキ砲から 葡萄弾が短時間に連続して密集陣に撃ち込まれたから 2000の兵は敗走したと言う事なのかだが 明のフランキ砲は余り役に立っていない様に見えるが 龍造寺軍が狭い地形を通っていたからこうした物の効果が出ていたのかだが
12-11 11:11

大友宗麟が使用した国崩しの場合は キャニスター弾的に4・5・6匁弾が多数詰まっていたが 沖田畷の戦いの物は日本人の操作さえ無いから 西欧製の葡萄弾利用なのかだが
12-11 11:16

泗川の戦いの島津軍の砲は キャニスター弾的な物では無く鉄片や鉄釘が入っていたと言うが https://t.co/7TohfYwGAw 西欧でも同様のラングリッジ弾と言うのが有るが 此れの模倣なのかだが フランキならこうした物も高速連射可能と言う事なのかだが
12-11 11:23

https://t.co/7ib0uJR9xT >野戦の関ヶ原で、石田三成が、大砲を使った時は、大量の鉄砲の鉛玉や小石を詰めて、散弾銃のようにまき散らしたそうです。  関ヶ原では大友宗麟の国崩し同様に キャニスター弾的な物を利用していたのかだが 何処迄役に立ったのかだが
12-11 11:29

https://t.co/TuCbfV0vHl >このフランキ砲は国産化に成功し、石田三成が関ヶ原の戦いで使用しています(5門)。また大坂の陣で豊臣方が使用したのも同タイプだと考えられています。   関ヶ原の西軍のフランキは5門と言うが 此れ以外に日本製大鉄砲の散弾もかなり放たれていたのかだが
12-11 11:32

とは言え500匁等の大筒は大量に有ったのかどうかだが 20匁程度の物が多かった可能性も有るのかだが
12-11 11:33

続きを読む